第七十五話 クライシス神聖国
ストライドを出立して二週間程が経過した。
俺達はもう少しでクライシス神聖国へ到着するというところまで来ていた。
予定よりも一週間ほど早い。
というのも、道中でクライシス神聖国の方面へ向かう商人の馬車に乗せてもらうことができたのだ。
その人はクライシス神聖国に行くわけではなかったのだが、近くまでなら乗せて行ってもいいと快く乗せてくれた。
運がよかった。
「もう少しでクライシス神聖国に着くわけですが…予め決めておいたことだけを行動しましょう。それ以外は面倒事になるのでダメです」
先頭を歩くヒルダが言う。
何で彼女がこんなことを言うのかというと、クライシス神聖国ではこの国独自の法律みたいな規律があるらしい。
しかも、それを破ると尋問を受けたり、最悪拷問なんてことにもなりえるらしい。
なので、そうならないよう予めやることを決めておこうということだ。
「それで? クライシスでは何をするの?」
「今決めていることは食料の買い出し。それから東方面へ向かう馬車があるかどうかの確認。それと冒険者ギルドへ行き、情報収集とヒカリを見つけたことをヴァイオレッドに伝えてもらう」
「と、大体こんな感じですかね。後は宿の確保などがありますがこれは行ってみないと分かりません」
大体いつもと同じ感じだな。
大きく違うのはヒカリを見つけたことを冒険者ギルドを通してバスクホロウ王国にいるヴァイオレッドまで伝えてもらうってことだ。
一応、カリム達にもこのことは言っておいたのでよっぽどのことがない限りは彼女まで伝わると思う。
そういえば、ヒカリを見つける為に手伝ってもらっているフィーベルにも見つかったことを知らせておいた方がいいな。
これも冒険者ギルドへ行った時に伝えてもらえるように言おう。
「何事もないといいけど…」
「ほんとよね。何もしてないのに捕まるなんてごめんだわ」
心配するユリアにジブリエルが共感する。
「まずは無事に入れるかですね」
「そこからなのか?」
「わたくしは鬼族。ユリアはエルフ。ジブリエルは妖精族。シャーロットは魔人で、ソラは機械。ヒカリは獣人族で首には首輪。止められる要素が一杯です」
「確かに…」
言われてみるとよく分からん組み合わせだな。
入る時に止められる可能性がある国というのは初めてだ。
「噂をすれば見えてきましたよ。アレがクライシス神聖国です」
少し遠くまで見渡せる丘から見えたのは大きな教会のような建物。
それを中心として街が周りに建ち並び、サミフロッグなどで見た外壁がそれらを囲っている。
これがクライシス神聖国か。
流石に国というだけあって大きい。
バスクホロウと同じぐらいの面積だろうか。
「大きな街だね」
「そうね」
「ここからだと一時間ぐらいかしら」
「とりあえず、近付きましょうか」
「ああ」
それから小一時間歩いた俺達はクライシス神聖国の城門まで来ていた。
「結構並んでるわね」
「うん」
そこそこ長い列ができている。
どうやら念入りな身体検査等を行なっているらしい。
そういえば、セレナロイグからクライシス神聖国へ来る途中、関所のようなものがなかった。
ミント大橋では結構しっかりとした関所があったんだが、ここに来る時にはそれがなかったからそれが理由で念入りな身体検査をしているのかもしれない。
それからどのぐらい待っただろうか。
それなりの時間待ってやっと俺達の順番が来た。
「君達は何故この国へ?」
銀の防具を身に付けた聖騎士という感じの門番が質問してくる。
「この国ではここから東へ向かう為に必要な物資を買う為と冒険者ギルドへ行き伝えなければいけないことがあります」
「ふむ。冒険者か…」
「なら問題はないだろう」
「ああ」
そんな会話をする門番達。
しかし、
「ん? そちらの少女は奴隷ですか?」
「ああ…今は違います」
「では、その首輪は?」
「彼女は心の病でして、それで首輪を外せないんです」
実はストライドでヒカリの首輪を外そうと試みたことがあったのだが、本人がかなり嫌がったので諦めたということがあった。
できれば俺達もヒカリの首輪を外してやりたいが本人が嫌がってるから無理矢理はできない。
「ふむ」
「何か良くないことでも?」
「いや、何かの罪になるみたいなことはない。ただ、この国は奴隷を認めていないからな」
「できるだけ奴隷を国から追い出そうという考えなんだよ。だから、冒険者ギルド以外はどこも利用できない可能性が高い」
「そんな…」
「奴隷に優しくないのね」
「それでもいいなら街へ入っていいが…どうする?」
俺達は顔を合わせる。
が、すぐに、
「それで構いません」
ヒルダが俺達を代表して言う。
「分かった。一応、奴隷でも寝泊まりできる宿が一つだけあるからそこに行くといい」
「分かりました」
「それとこの国には多くの規則があるからこれを読むことを勧めるよ」
そう言うと門番が分厚い本をヒルダに渡す。
「こんなに厚くなるぐらい規則があるってこと…?」
「みたいね…」
本の分厚さを見たシャーロットとジブリエルが若干引いている。
「それでは、あなた達に神の御加護があらんことを」
そう言われて俺達は無事にクライシス神聖国の街へと入った。
まずは歩いてさっきの門番が言っていた奴隷が居ても泊まれるというこの街唯一の宿へと向かう。
その間、ひとまず貰った本に目を通してみた。
本はページがしなしなだったり、紙の端がギザギザしていたりとあまりいい物とはいえない。
俺はセレナロイグの王立図書館でそれなりに本を見たから分かる。
これはそれと比べると粗悪品だ。
だが、俺はこの本を見て少し思ったことがある。
これが普通なのではないかと。
今までバスクホロウだったり、王立図書館だったり管理が行き届いたところの本しか見てこなかった。
だから、本はそういう物だと勝手に思い込んでしまっていた。
でも一般的に流通している本はこういう感じのがほとんどなんだと思う。
「どう? 何か注意した方が良さそうな規律はあった?」
シャーロットが俺に聞いてくる。
正直、本のことを考えていてあまり読み進められていない。
「こんだけ分厚いからなまだ何とも言えないよ」
「それもそうね」
「でも、この本の初めの方に大きな文字で”教皇”の言うことは絶対って書かれてある」
「教皇?」
「確か、クライシス教の教皇は代々とある家系がその地位を受け継いでいると聞いたことがあります」
「へえ」
教皇か…。
どんな人なんだろうか。
「まあ、教皇なんて言うからには忙しそうだし、私達には関係ないでしょ」
と、ジブリエルが能天気に言う。
すると、
「そんなこと言ってるとまた面倒なことが起こるかもよ?」
ユリアが揶揄うように言う。
「それは勘弁して欲しいわね」
ジブリエルは肩を竦めながら言うのだった。
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