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第七十四話 理不尽

 ストライドを出立してから一週間程が経過した。

 俺達は今ビビ砂漠を抜けて東へ移動した森の中で野宿中だ。


「その刀って業物だったりするの?」


 刀を研いでいたヒルダにジブリエルが聞く。


「ええ。この刀は師匠が長い旅の中で手に入れた刀の一本らしいのですが、ある時わたくしにこれをやると言ってくれたんです」


「へえ〜、夜色の刀身なんて珍しいわよね?」


「そうですね。わたくしも詳しいことは聞きませんでしたが、もしかしたら素材が少し特殊なのかもしれませんね」


 ジブリエルが興味深そうにヒルダの刀を研ぐ様子を見る。

 と、その時、


「みんな〜ご飯できたよ〜」


 ユリアのご飯ができたらしい。


「今日のご飯は何なの?」


 真っ先に食い付いたのはシャーロットだ。

 楽しみにしていたというのが顔に出ている。

 まっ、俺も楽しみにしてたんだけどな。


「今日はポトフを作ってみました」


「おお〜!」


 シャーロットが渡された器の中身を見て早く食べたいって顔をしている。


「ご飯だからみんな一旦作業を止めてね」


「分かりました」


「ああ」


 刀を研いでいたヒルダと魔法の練習をしていた俺は一旦それを止める。


「はい、これ」


 ユリアが取りに来た人にポトフの入った器を渡す。


「ありがとう」


「うん」


 俺も器を受け取り焚き火の側へ腰を下ろした。

 他のみんなも焚き火を囲むように座っている。

 これはせっかくなんだからみんなで一緒に食事を摂ろうというユリアの案だ。

 今までも自然とこうやって一緒に食べてはいたんだが人数が増えてから各々が好きなことをしているので改めてしっかりとした自分達のルールということにしたのだ。


「それじゃあ、最後に。はい」


 そう言ってユリアがヒカリに器を渡す。

 それをヒカリは何も言わないで受け取る。


 この一週間でヒカリはほとんど喋っていない。

 歩いている時も食事をしている時も。

 何をする時も基本的にはヒカリは無言だ。


 でも、ストライドの時のようにスプーンを弾いたりとかそういうことはなくなった。

 多分だが、少しずつヒカリも現実を受け止められてきたのではないかと思ってる。

 だから、俺達は無理にヒカリに関わらず見守ってあげるということになった。


「熱いから気を付けてね」


 ヒカリは器を受け取ると俺の左後ろの位置へ座る。

 ここが今のヒカリの定位置になっている。

 どうしてかは分からないが基本この位置にヒカリは必ずいる。

 ご飯を食べる時ぐらい横に座って一緒に食べられたらいいんだけどな。

 いつかそんな日が来るといいんだが。


「それじゃあ、食べようか」


 最後にユリアが座る。


「いただきます」


「「「いただきます」」」


 シャーロットを皮切りにみんながご飯を食べる。


「美味しい〜」


 シャーロットが美味そうにポトフを食べる。

 いつも通りの光景だ。


 しかし、このポトフ美味しいな。

 いつも思うがユリアの飯は美味い。

 どうやったらこんな美味い飯が作れるんだろうか。

 今度ユリアに聞いてみようかな。


「どう? 美味しい?」


「ああ。美味いよ」


「それはよかった」


 ユリアが感想を聞いてきたので素直に答える。


 と、俺はここでふとヒカリの方を見る。

 ちゃんと食べてるか心配だからだ。

 子供にしてはかなりの長距離を歩いているからご飯を食べないと途中で倒れてしまう。


 そう思ってご飯の時は気にしてヒカリの方を見るようにしているのだが、


「……」


 ゆっくりではあるがヒカリは口にご飯を運んで食べている。

 この感じなら大丈夫だろう。

 そう思って俺もご飯を口に運んだ。




 ご飯を食べ終わった俺達は各々好きな時間を過ごす。

 ヒルダは再び刀を研ぐ作業。

 ジブリエルはそれを見る。

 シャーロットは木の上で欠伸をしながら休憩。


「じゃあ、私はお鍋と器を洗ってくるから」


「俺も手伝うよ」


 魔法の練習でもしようと思っていたんだがユリアがそんなことを言うので手伝うことにした。

 全部ユリアに任せちゃうのは流石に少し心が痛い。


「ああ、ありがとう。それじゃあ、この近くに川があったからそこまでこれを持ってくれる?」


「分かった」


 そう言ってユリアから器の入った鍋を受け取った。

 すると、俺の服を誰かが引っ張る。

 振り返るとそこにはヒカリが立っていた。

 とても不安そうな顔をしている。

 もしかしたら自分を置いて何処かに行くと思ったのかもしれない。


「別に何処かに行ったりしないよ。何なら付いてくるか?」


 俺がそう言うとヒカリは何も言わないがその場から動かない。

 付いてくるつもりなんだろうか。


「すぐそこだし、ヒカリちゃんも付いてきたら?」


 ユリアがそう言うがやはりヒカリは無反応だ。

 まあ、付いてきたければ自然と付いてくるだろう。




 それからすぐ近くにある川へ。

 結局ヒカリは俺に付いてきた。

 いつものように俺の左後ろの位置だ。


「ここだよ」


 着いたのはそこそこ大きな川。


「それじゃあ、早く終わらせちゃおうか」


「おう」


 それから俺とユリアでご飯で使った物を洗っていく。

 その間もヒカリは俺の左後ろに座っている。


「こうやってご飯を食べるのに使った器とかスプーンとかの量を見ると、最初は二人分しかなかったのに随分増えたなって思うんだ」


「そうか。今は六人も居るもんな」


「うん。作るご飯の量も増えたしね」


「シャーロットもよく食べるしな」


「フフ。そうだね」


 ユリアが笑う。

 この笑顔を見るとやっぱり俺はユリアに恋をしているのだと、そう思う。


「ん? どうかした?」


「え? いや、何でも」


 不意に視線が合うとなんか自然と視線を逸らしてしまう。

 これも恋をしている時の症状の一つとして書かれていた。

 これじゃあユリアにバレてしまうんじゃないだろうか。

 でもどうしようもできないんだから仕方がない。

 俺はバレないことを祈るしかない。


「あっ、そうだ」


 俺はいきなりのユリアの言葉にビクッとする。


「せっかくだし水浴びでもしようかな」


「え…?」


 俺の脳裏にはあられもない姿のユリアが川で水浴びをしている様子が浮かぶ。

 これも仕方のないことだ。

 不可抗力。

 別に不埒な事を考えようとしていたわけではない。

 自然と、勝手に想像してしまっただけだ。


「みんなも呼んできて水浴びするの。しばらくできてなかったし」


「ああ…はい…」


 みんなを呼んできてって、そんなとんでもないことをするつもりなのか?!


「あっ…ソラは荷物の見張りをしてもらおうかな。一緒に入るのは流石に…恥ずかしいし…」


「そうだな」


 それはそうだ。

 俺は一体何を考えていたんだ。

 一緒に入れるわけないだろ。

 ユリアのことを考えていたから頭がどうにかなったのか?


「それじゃあ、洗い終わったらみんなに言ってどうするか聞こうかな」


「おお。俺もせっかくだし水浴びして体を綺麗にしとくか」




 それから洗い物を済ませた俺とユリアとヒカリはみんなの元へ戻った。


「ねえ、みんな。近くにある川で水浴びをしようかと思うんだけどどう?」


「一緒に入るってこと?」


 シャーロットが聞く。


「そう。せっかくだし、みんなで水浴びしようかなと思って」


「う〜ん」


 悩んでいる様子のシャーロット。

 すると、ヒルダの研ぎを見ていたジブリエルが、


「それじゃあ私は入ろうかしら。ヒルダは?」


「わたくしは……そうですね。入りましょうか」


「てことらしいわよ? そんなこと気にしないで一緒に入ったら?」


 と、シャーロットへニヤけながら言う。


「別に気にしてないわよ!」


 そう言って木の上から降りてくるシャーロット。

 一体何を気にしているんだろうか。


「それじゃあみんなで水浴びだね。後は…」


 そう言って俺の左後ろにいるヒカリを見るユリア。


「ヒカリも一緒に水浴びするの?」


「私達と一緒に居れるかしら?」


「う〜ん。できれば水浴びさせてあげたいんだけど、そうするとどうしてもソラがいなきゃダメだし…」


「それはダメよ…! 乙女の体を見せるなんてできないわ!」


 と、顔を少し紅潮させながら言うシャーロット。


「私も流石に裸を見せるのはできないわ」


 手で体を隠すような仕草をするジブリエル。


「覗いたら斬ります」


 刀を研いでいた手を止めてまっすぐ俺を見つめるヒルダ。

 覗くつもりはないのだが、もし覗いたら本当に斬られそうで少し怖い。

 流石に冗談だよな?


「どうしようか…」


 ユリアが困った表情でヒカリを見つめる。

 こうなったら本人に聞くのが一番いいかもしれない。


「ヒカリ、せっかくだしみんなで水浴びでもしてきたらどうだ?」


「……」


 聞いてみたが何も言わない。

 だが、少しだけ猫耳がピクリと動いた。

 もしかしたら入りたいのかもしれない。


「そうだな…俺が目隠しをして後ろを向いてるからその間に入るってのはどうだ?」


「う〜ん…」


「目隠し…」


「怪しい…」


「斬るしかないですかね…」


 あれ? 悪くない提案だと思ったんだが女性陣の反応はよろしくないようだ。

 ていうか、さっきからヒルダは俺のことを容赦なく斬ろうとするの止めてくれない?


「でも、そうするぐらいしかないか…じゃあ、絶対見たらダメだからね?」


 ユリアが俺を見る。


「それは勿論分かっ…」


「嘘でしょ?! ソラの近くで裸になるの?!」


 赤面するシャーロット。


「だって、そうするしか…」


「……」


 ユリアに言われてシャーロットが固まる。


「ていうか、なにもみんなで水浴びしなくてもいいんじゃない?」


 と、ジブリエル。


「ええ〜せっかくなんだしみんなで入りたいなって思ってたのに…」

「それにソラも後で水浴びしたいって言ってたからみんなでヒカリちゃんのことを水浴びさせてあげないとソラがヒカリちゃんの体を洗ったりすることになるかもしれないよ?」


「それは流石にダメね」


「この変態!」


「やはり斬りますか」


「何でだよ!? 俺まだ何にもしてないぞ?!」


 罵倒された上に斬られそうになるのは勘弁してくれ。


「はあ……もうしょうがないですね」


 と、ヒルダがそう言うと自分のバッグから晒しを取り出す。

 すると、それを持って俺へ近付いてくる。


「覗いたら斬りますからね?」


「……はい」




 それから俺は目隠しをしたままさっきの川まで戻ってきた。

 今は後ろの方で楽しそうな声と共に水の音が聞こえている。


「比較的暖かい場所だからなのか分からないけど水が丁度いい温度で気持ちがいいわね」


「これなら水を掛け合ってもいいわね!!!」


「わあ?! やったわね!?」


 どうやらジブリエルがシャーロットへ攻撃を仕掛けたらしい。

 しかし、こうやって二人の声を聞いてると本当に仲のいい姉妹みたいなんだよな。

 微笑ましいって感じだ。


「ヒカリちゃん、どう?」


「せっかく水浴びをするんですから体を綺麗にしないと」


 打って変わってユリアとヒルダはヒカリの世話をしているらしい。

 多分、ヒカリの体に水でも掛けてやってるんじゃないだろうか。

 お姉さんか母って感じがするな。


「ダメそうだったらいつでも川から上がってもいいからね」


 ユリアは優しいな。

 いつもヒカリのことを気にしている。

 もしユリアに子供ができたらきっといい母親になるな。


「喰らいなさい!」


「甘いわね。『ウォーターブラスト!』」


 なんか凄い音がした。

 もしかして今魔法を使ったか?


「もう! 二人とも!」


 ユリアの怒った声が聞こえる。


「ごめん! あんたが魔法なんか使うからよ?」


「別にわざとじゃないし…」


 どうやら魔法を使ったのはジブリエルっぽいな。


「二人とも?」


「「あっ」」


 ヒルダの少し低い声。

 そして、シャーロットとジブリエルのあっ、という言葉。

 もしかしてヒルダ怒ってる?


「シャーロットが悪いです!!!」


「あっ!!! ちょっと〜!!!」


 これジブリエルが逃げたか?


「待ちなさい!!!」


「ぎゃっ!?」


 ヒルダの声がした瞬間、物凄い水の音と共にジブリエルの無残な声が聞こえた。


「ケホッ、ケホッ」


「随分と楽しそうでしたね?」


 どうやらジブリエルはヒルダに捕まったらしい。


「ヒカリちゃん、大丈夫だった?」


「……」


 ユリアがヒカリに声を掛けるが何も言わない。


「ああっ…ヒカリちゃん?」


 ヒカリがどうかしたんだろうか。

 と、そう思っていると、水が俺の体に掛かる。


「先に上がっちゃう? だったら、この布で体を拭いて?」


「……」


 ユリアの声が近付いたことを考えるとヒカリが俺の近くに来たって感じか。


「……ソラ、ヒカリちゃんの体をこの布で拭いてあげて?」


「え? でも俺何も見えないんですけど?」


「あ……えっと…それじゃあ…私がソラの手を使ってヒカリちゃんの体を拭こうかな…」


「え?」


 ユリアって今何も着てないよね?


「絶対見たらダメだよ?」


「あ…はい…」


 それから俺はユリアの代わりの手となってヒカリの体を拭く。

 何だかよく分からない状況になったがこれは不可抗力だ。

 俺は悪くない。

 ヒカリの柔らかい体に布越しで触れていることも、ユリアの香りがほんのり香るこの状況も、全て仕方のないことなんだ。


「よし。後は服を着させてと……うん。これでよし」


「終わったのか?」


「うん。私はもう少し体を綺麗にしたいから待ってて」


「はい…」


 改めてこの状況ってどういう状況?




 それからヒルダに怒られていたジブリエルとシャーロット。

 説教していたヒルダと体を綺麗にしていたユリアが水浴びを終わらせた。

 なので、次は俺が川に入ろうと思ったのだが、


「あの…ヒカリ…目隠しをしてください…」


「……」


 ヒカリが目隠しを嫌がってなかなか水浴びできずにいた。


「なあヒカリ? せめて後ろを向いてくれないか?」


「……」


 ヒカリは俺の目を見つめるだけで後ろを向かない。


「困りましたね」


「どうにか工夫して入るしかないわね」


「具体的にどうすんだよ?」


 言ってきたジブリエルに聞く。


「腰に布でも巻いて入るのよ」


「布か…」


 確かにそれだったら入れるかも。


「でも、着替える時はどうするんだ?」


「上から更に布でも巻いて着替えればいいのよ。でも、もし脱げてヒカリに変なものを見せたら…」


「見せたら…?」


「わたくしが本当に斬ります」


「嘘だろ…?」


「嘘だと思いますか? ヒカリがまた傷付いたらどうするんですか?」


 まあ、一理あるけども…それはあまりにも理不尽じゃないか?

 俺も水浴びしたいんだけど…。


「じゃあ、私がここに残って何とか阻止するよ…?」


 顔を赤らめながら言うユリア。


「いえ、わたくしが残ります」


「ヒルダが?」


「わたくしもできるだけ配慮はしますよ。それに、いいですかユリア。男というのはいつ変な気を起こすか分からない狼なんです」

「もしかしたらユリアがソラに食べられるなんて可能性だってあります。そんな時、側にはヒカリしかいません。分かりますか? これは狼にとってとても理想的な狩場なんです」


「狼だなんて、ソラは私と二人で一緒に旅をしていたこともあるし、信頼してます」


 ユリアに信頼されていて俺は嬉しいよ。

 あとヒルダさんや。俺にそういう機能は無いんだよ。


「はあ…ねえ、これなんの話?」


「そんなにここに残りたいなら二人とも残ればいいじゃない」


「え…?」


「わたくしは別に残りたいわけでは…」


「それじゃあ、私とシャーロットは先に戻ってるわよ? 荷物もあるし」


「ソラ、変なことしちゃダメよ?」


 そう言うとジブリエルとシャーロットの二人は野営地まで戻って行った。


「……コホンッ。それで、ユリアはどうしますか?」


「……変なことしたらダメだからね?!」


「えっ?!」


 そう言うとユリアは駆け足で二人の後を追って戻ってしまった。

 信頼してるみたいな話をしてたのに…。


「さてと。それじゃあ、わたくしもできるだけ配慮はしますのでどうぞ」


「ああ……はい……」


 それから俺はヒルダの視線にヒヤヒヤしながら水浴びを済ませた。

見てくれてありがとうございます。

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今週からまた投稿を再開していこうと思います。

今まで通り週三話、金土日の二十一時に投稿予定なのでよろしくお願いします。

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