第七十二話 ヒカリと今後の予定
あれから一日が経過した。
あの後、カリム達はこの街で待機させていたというセレナロイグの兵士と共に七武衆の身柄を拘束。
暴れ出さないように手錠を付けた上で簡易的な檻の中に入れた。
扱いは酷いかもしれないが彼女達に暴れ出されたらたまったもんじゃないからな。
必要以上に警戒しておいて損はないだろう。
でだ。
少し話し合った結果、ヒカリは俺達が預かることになった。
正直、七武衆と一緒に檻へ入れるという案もあったのだが、彼女はまだ幼い。
見た目は十代でも精神は年齢一桁の子供だ。
自分で正しい判断はできないだろうということで俺達が責任思って彼女を監視、世話をするということになったわけだ。
「それにしても、起きないわね」
「うん」
あれからヒカリは一日寝たっきりだ。
息もしてるし、たまに動くから心配はないと思うがそれでも不安だ。
色々あったし、肉体的にも精神的にもかなり負担が大きかったと思う。
無事に目を覚ましてくれるといいんだけどな。
「これからの予定はどうするの? ホーラル大陸へは行けないからしょうがないとして、彼女を故郷へ送る? それとも予定通り東の巨人族の元へ行く?」
「そうだな…」
できればヒカリを先に獣人族の村へ帰してあげたい。
ルーンのところへ行けば危険が伴う。
もしかしたら、魔王と戦うことになる可能性だってある。
そんな場所にヒカリを連れては行けないだろう。
「因みに、獣人族の村ってどこにあるんだ?」
「獣人族の村は中央大陸の南東。ここからほぼ真反対の位置にあります」
ヒルダが俺の問いに答えた。
彼女は冒険者ギルドに寝泊まりしていたらしいのだが、ジブリエル達が割と強引にこの宿に連れてきた。
それによって寝るベッドがぎゅうぎゅうになっていた。
ヒカリは一人でベッドに寝かせているし、俺は男だからもちろんベッドは一人で寝る。
そうなると、残る二つのベッドに四人が眠らなければ行けなくなる。
ヒルダは床で寝ると言っていたが、それはダメだとみんなから猛反対された。
結局ヒルダはジブリエルと、ユリアはシャーロットと一緒に仲良く寝ることになった。
「確か大森林って呼ばれてる自然豊かな場所だったっけ?」
「ええ。よくヴァイオレッドに故郷の話を聞かされました」
「へえ」
「それに獣人族の村へは師匠達と一度行ったこともあります」
「じゃあ、場所は分かるんですね」
「はい」
となると獣人族の村までは迷う心配はなさそうだな。
でも、どうしようか。
南東って言い方的に寄ると時間が掛かりそうだよな。
「もし、獣人族の村へ寄ってから東の大陸へ行ったらどのぐらい時間に差ができる?」
「そうですね……大体四週間から…一ヶ月ぐらいでしょうか」
かなり遅れるな…だとすると、獣人族の村へ行ってから東の大陸へ行くのは止めた方がいいだろう。
時間がそれ程あるとは思えない。
「う〜ん。じゃあ、先に東の大陸に行くべきだな」
「そうね。一ヶ月も遅れるのは避けたいわ」
「でしたら、わたくしがヒカリを連れて獣人族の村まで連れて行くのはどうでしょうか?」
「ヒルダ一人で?」
「はい。わたくしは場所も知っていますし、ヒカリを守りながら旅をすることもできます」
「まあ、確かに…」
聞いた話だと七武衆の六人を一人で相手して圧倒してたって話だったしな。
案内役としても獣人族の村の場所を知っているのは彼女だけだ。
任せるなら彼女以上の適任者はいないだろう。
「無事にヒカリを故郷まで届けたらそれから東の大陸、エクスドット大陸へ向かいますから」
「どう思う?」
みんなに聞いてみる。
「私はそれがいいと思うわ。できるだけ早くルーンの元へ向かうのがいいでしょうし」
「私もお願いできるならヒルダにヒカリのことを任せた方がいいと思うわ」
「私も二人と同じかな」
満場一致か。
俺もヒルダの話を聞いてそれがいいだろうと思った。
ヒルダには苦労を掛けるがお願いしよう。
「じゃあ、ヒルダ。ヒカリのことを任せてもいいか?」
「はい。必ず家まで送り届けます」
よし。
これでこれからの予定が決まってきた。
まずは途中までヒカリと一緒に旅をして、獣人族の村が近くなったらそこからはヒルダにヒカリのことを任せてそこで一旦別れる。
俺達はまっすぐ東の大陸、エクスドット大陸だったか? へ向かう。
大体こんな感じか。
「ん……」
と、その時、ヒカリが声を少し出した。
悪夢でうなされているような声だ。
「っ……」
「「「!?」」」
ヒカリが目を開けた。
周りをゆっくりと確認している。
どこか分からないって顔だ。
「ヒカリちゃん、目が覚めたのね」
「……」
「ここは私達の泊まっている宿よ」
「!!! ご主人様!!!」
慌てて体を起こすヒカリ。
「落ち着きなさい。あの男はもう死にました」
「死んだ…? ご主人様が…?」
ヒカリの表情がどんどん暗くなる。
「覚えていないのですか?」
「……! そうだ…私……ご主人様を守れなかったんだ…」
「おい、ヒカリ。あの男はお前を利用しようとして…」
「うるさい!!! 私のご主人様を悪く言わないで!!!」
「……」
洗脳は解けていると思うんだが、長い間洗脳されて混乱しているのか?
「なあ、シャーロット。まだ洗脳が解けてないみたいなことないよな?」
「ないと思うわよ。基本的に洗脳された人はその洗脳をした人が死んだら解けるから」
「私は洗脳なんてされてない!」
「ヒカリちゃん、落ち着いて」
「……」
ヒカリが下を向く。
しかし困った。どうしようか。
洗脳されていないとすると自分の意思で俺達と敵対してたってことか?
「ねえ、ヒカリ。本当にあなたがご主人様を思っているのなら、もし自分の為に死んでくれと言われた死ねる?」
「ジブリエル?」
ジブリエルがよく分からないことを聞く。
洗脳されているか、いないかを確かめるつもりなんだろうか。
「当たり前よ! 私はいつでもご主人様の為に死ねる!」
「そう。じゃあ、そのご主人様との思い出は何があるかしら?」
「思い出…?」
「そう。例えば、どこどこに行ったとか、何を食べたとか。そういう思い出よ」
「そんなの一杯あるわよ!」
「まあ、そうよね。じゃあ、一番思い出に残っていることは?」
「一番の思い出…?」
「何が一番記憶に残ってる?」
「それは…それは…いつも私を可愛がってくれたこと…」
「そう。大切にされてたのね。それじゃあ、それはあなただけだったの?」
「それは……七武衆のみんなも…」
「そうね。じゃあ、あなたの洗脳を完全に解く為にもう少し質問をしましょうか」
「だから私は…!」
「あなたはどうしてあの男のことをそんなに慕っているの?」
「それはご主人様が私のことを助けてくれたからよ」
「なるほどね。それは多分本当ね。でも、少し変だと思わない?」
「変…?」
「だって、いくら自分を救ってくれた恩人だからって自分の全てを捧げてまで尽くすかしら」
「私はあなたとは違う!」
「まあね。それじゃあ、あなたに最後の質問よ。そんな慕っているあなたのご主人様の名前は?」
「名前…?」
「そうよ。名前ぐらい知ってるでしょ?」
「名前……」
「知らないの? 自分のご主人様でしょ?」
「名前…」
「まっ、知らないわよね。だって誰も知らない筈だもの。私があの建物に入ってから出るまで誰一人として彼の名前を言わなかった。本人でさえも」
「……」
「それはどうしてか。答えは簡単よ。誰も信頼してないからよ。部下も、七武衆のみんなも、そして、あなたも」
「そんなこと、ない…」
「そうかしら? あなた、彼になんて思われてたと思う?」
「止めて…」
「あなたが人質になっていた時に思っていたことはこうよ」
「止めて!!!」
ヒカリが大きな声で言う。
が、ジブリエルは言った。
「この捨て駒が役に立つ日が来るとはな。ここを出たらコイツを適当に使った後に殺せばいい。替えはいくらでもいる、よ」
「はぁ……はぁ……」
ヒカリが過呼吸になっている。
「おい、ジブリエル。これ以上は…」
「あなた、気が付いてた? ヒルダがあの男を止めなかったら死んでいたのよ?」
「はぁ……嘘……全部…」
「そうよ。あなたが見ていた、感じていたものは全て偽物。洗脳によっていいように利用されてただけ」
「そん…な…じゃあ…」
涙を流し、更に過呼吸が酷くなる。
なんか危険な感じがする。
「あなたが感じていたその愛情は男にとってただの快楽の為の道具に過ぎなかったってことよ」
「私……」
ヒカリがベッドから立ち上がりフラフラ少し歩くと床に座り込む。
「ウゲェェェ……」
不快感からか床に吐いてしまった。
「おいおい」
「大丈夫?!」
「ちょっと、ちょっと! ジブリエル、あんたね…」
「本当は言いたくなかったけど…これからの彼女の為よ」
「だからって…私、拭く物を貰ってくるわ」
そう言うとシャーロットが部屋から出ていく。
「……」
ユリアが心配そうにヒカリの背中を摩ってやる。
「なあ、もしかしてだけどヒカリは…」
「多分そのもしかしてだから何も言わないの」
「分かった」
俺はジブリエルの発言で色々と察した。
それから少し時間が経って落ち着いたのだが、
「……」
ヒカリが死んだ顔をしたまま壁に寄り掛かって動かない。
これは思ったより深刻な状況かもしれない。
生きる意味を失ったって感じだ。
「……あんたがあんなに言うから…」
「洗脳を完全に解くにはこうするしかなかったのよ」
「……」
「それに、いつかはこうなっていたわ。彼女の中にも思うところがあったのよ」
それはそうかもしれないんだが…ヒカリのこの姿を見るとな…これじゃあまるで廃人だ。
と、その時、俺達の部屋のドアがコンコンとノックされた。
「? はい」
ユリアが返事をするとドアが開く。
すると、そこには
「失礼するよ」
「お邪魔しますにゃ」
トレサとティサナがいた。
「どうかしたのか?」
「七武衆が全員目を覚ましてね。それで洗脳は恐らく解かれたと判断したんだが、シャーロットの姿の件で少し困っていてね」
「あ…」
そういえば魔人の姿を見られてたもんな。
当の本人はヤバいって顔をしている。
「それでできれば話し合いでなんとかしたいと考えているからシャーロット達には一緒に来て欲しいんだ」
「なるほどね。だって」
「私は行かないとダメね」
「では、わたくしも行きましょう。その方が彼女達も素直になってくれる筈です」
ヒルダはさらっと怖いこと言うな…。
「私も色々といると役に立てると思うから行こうかしら」
「じゃあ、私はここに残ってヒカリちゃんの様子を見ていようかな」
「それじゃあ、俺もここに残ろうかな」
行っても何もすることないだろうし。
「ソラもこっちに来たら? 多分だけどここは一人で大丈夫だと思うし」
「え? う〜ん、まあ、それでもいいけど…」
少し心配なんだが。
「酷い顔だにゃ…」
「生気を感じないわね…」
ティサナとトレサがヒカリを見て言う。
まあ、そうだな。
この状態のヒカリがいきなりどこかに行くってことはないだろう。
ないよな?
「じゃあ、俺もそっちに付いて行くよ」
「分かった。それじゃあ、付いてきて」
それからヒカリのことをユリアに任せた俺達はトレサとティサナに連れられて七武衆が捕えられているという場所まで歩いていた。
「そういえば、この一件がひと段落したら七武衆に仕事を任せようと思っているんだ」
「仕事?」
先頭を歩くトレサが言う。
「ここには冒険者ギルドがないだろう? かなり不便でな。そこで彼女達に冒険者ギルドの運営を任せたいと思っているんだ」
「へえ」
「能力は高いからな。だが、彼女達は強い。素直に言うことを聞いてくれるかどうか、これから話し合わないとな。犯罪を犯していたのも気になるところではあるし」
「でも、なんか素直そうなのが多かったからにゃ。多分引き受けてくれるにゃ」
「そうだといいけど。さあ、ここだ」
着いたのは少し大きめのお金持ちが住んでそうな家。
この街の中心に近いから昔からある建物ではあると思う。
「入ってくれ」
そう言われてトレサの後に付いて家の中へ入る。
すると、
「早くここから出しなさいよ!」
という声が聞こえる。
確かこの声はクロエとかいう鎖鎌を使っていた少女だ。
「またか」
「あの子はいっつもこうにゃ」
それからトレサ達に付いていくと一階のとある部屋に檻が七つあった。
中にはそれぞれ七武衆が入っており、その近くには見張りが一人いる。
「おお、トレサにティサナ。戻ったど?」
「ええ」
「連れてきたにゃ」
見張り役はアーダンらしい。
「あんた達は!? よくも私をこんな目に!」
俺達に気が付いたクロエが言ってくる。
正直、少しうるさい。
「元気そうで大変よろしいですね」
「あっ…あんたは…あの…その…なんでもないです……ごめんなさい〜…」
ヒルダに気付くと叱られた子供のように静かになった。
分かりやすいな。
「おっ、来たか」
「一日ぶりね」
隣の部屋からカリムとルビーがやってきた。
「ああ」
「話は聞いたわよ。私のことで色々と困ってるんだってね」
「まあな」
「そう。だったら私がなんとかしないとね」
「ねえ…あれって」
「ええ。あの翼と尻尾が生えていた女性だわ」
隣同士のクロエと確か聞いた話だとエレノアとか言った女性が言う。
「もしかして、私達を殺しに…」
そう言うのは銀色のメイド服を着たフレイアだ。
「そんなことしないわよ! 全く…私をなんだと思ってるのよ」
「じゃあ一体…」
エルフのペトラが不安そうに聞く。
「私は私のことを黙ってくれたら何も文句はないわ」
「嘘だ! どうせ殺す為に戻ってきたんだろ!」
赤髪のアルマが言う。
「だから! 違うって言ってるでしょう?!」
「では、本当にあなたのことを言わなければ何もしないということですか?」
獣人族のジャンヌが聞く。
「そうよ。できれば私も秘密を知っている人は少ない方がいいんだから。それでもこう言ってるのよ? 少しは私を信用しなさいよ」
そう言うと七武衆の連中は顔を合わせる。
「私は信じるよ」
そう言うのは俺と戦ったマルティナだ。
「そもそも私達は死刑でもおかしくない身だ。それが黙っているだけでいいと言うのならこれ以上の幸福はない」
「それは…そうね」
みんなが下を向く。
「分かってくれて良かったわ。でも、本当に私のことは秘密よ。もし、私のことを喋ったら…」
「喋ったら…?」
みんなが息を呑む。
「わたくしがあなた達を地獄の果てまで追いかけて必ず斬り殺します」
「「「ひっ…!?」」」
マルティナ以外のみんなが明らかに怯える。
やはりヒルダにトラウマがあるんだろうか。
「…? なんでみんなそんな怯えてるんだ?」
「マルティナも死にたくないなら約束は守った方がいいぞ」
「ん? まあ、そのつもりだが…」
「まあ、これでいいか…私の話は以上よ。あとは冒険者ギルドの話をしたら?」
「なんだ、聞いてたのか?」
「トレサにね」
「なんのことでしょうか?」
エレノアが聞く。
「コホン。お前達は能力が高く優秀だ。だが、今までの行いは許されるものではない」
「……」
「そこで俺達はお前達を冒険者ギルドの運営の仕事を与えようと思っている」
「「「!?」」」
七武衆達が驚いた反応をする。
「これはお前達の罰だと思ってくれ。金は出ないし、自由も今までよりはない。監視として俺達もお前達と一緒に冒険者ギルドを運営する」
「だが、この街を建て直すにはお前達の力が必要だ。だから協力してくれ」
カリムが言うと彼女達は顔を合わせる。
そして、
「「「必ずやり遂げてみせます」」」
七武衆全員がピッタリ息を合わせて言う。
「そうか。感謝する」
なんかこの街がいい方向に変わっていく気がする。
そんな感じがした。
その後、俺達は宿へと戻るため帰路を歩く。
「なんとかなってよかったわ。記憶は消せないからね」
「そういえば、シャーロットの洗脳はどうして七武衆達に効かなかったんだ?」
「多分だけど、すでに強い洗脳状態だったからかしら。私の『魔性』の能力は相手の意識を操作するみたいなものだから、正常な判断ができない洗脳状態だと操れないのかも」
「ふ〜ん」
それ程の洗脳が彼女達にされていたってことか。
「それにしても、意外と素直でいい子達だったわね」
「七武衆のことか?」
「ええ」
「まあ、あれはヒルダが居たからってのもあったと思うけどな」
ヒルダにみんな怯えてたみたいだったし。
「でも、みんな頑張って冒険者ギルドを運営していくつもりっぽいわよ」
「へえ。嘘は言っていなかったわけか」
「そういうこと。そもそもあの場で嘘を吐いたら私が教えるつもりだったし」
「そうか」
七武衆の七人がこの街をいい方向へ変えてくれるといいな。
今は黒い噂が絶えない街なんて言われてるけど。
「でも、あのカリムって男は大丈夫かしらね」
「ん? 何がだ?」
ジブリエルが言う。
どういうことだろう。
「だってあの男、凄い女誑しじゃない? なのにあんなに女性に囲まれて。ルビーが泣いたりしないかと思って」
「ああ…そういうこと…」
確かにカリムは女に対してゆるいところがある。
でも、なんだかんだルビーのことは大切にしていると思うし、大丈夫だとは思う。
まさか女性に囲まれて浮かれてるなんてことはないと信じたい。
「カリムならやりかねないわね」
「おい…」
「わたくしもあの男は何かやらかすのではないかと思います」
「……」
女性陣のカリムの評価は散々なようです。
それから俺達は宿へと戻ってきた。
自分達の部屋へ入ると、ユリアと死んだ顔のままのヒカリがいる。
「おかえり」
「ああ、ただいま。特に何もなかったか?」
「うん…このまま動かなくて」
ユリアが不安そうな顔で言う。
「絶望してるみたいね。負の感情で満たされてるわ。少し不安ね」
「なんとかできないのか? ずっとこのままってことは…」
俺は心配になってジブリエルに聞く。
「時間が経てば少し落ち着くとは思うけど、そもそも生きる意味を見出せていないから気力がないわね」
「……困ったな」
何か彼女の生きる目的ができるといいんだが…。
「まあ、これから一緒に旅をしていくんだし。その間に少しずつ良くなっていくことを祈りましょう。心の問題はすぐには解決しないわ」
「ああ、そうだな」
「てことで、私はお腹が空いたから夜ご飯を何か買ってきて頂戴」
「……」
せっかくいいことを言うなと感心してたのに飯の話かい。
「そんなにお腹が空いたんなら自分で買ってくればいいだろ?」
「ええ〜私歩き疲れたわよ」
「ならわたくしが行きましょう」
「いや、でもそれは悪いし…」
「なんで俺は良くてヒルダはダメなんだよ」
「はいそこ、黙りなさい」
「……」
なんでだよ。マジで。
「じゃあ、私が付いて行こうかな。多分ここの厨房を貸して貰えると思うから食材買ってくるよ」
「私も行くわよ。言い出したのは私だし」
「分かりました」
「それじゃあ、私とソラは留守番ね」
「ああ」
「それじゃあ行ってきます」
「はいは〜い」
それから時間が経って買い物に行ってきたユリア達が帰ってきた。
ユリアが厨房を借りて料理を担当。
その間、俺達は腹を空かせてご飯を待つ。
「お待たせ〜」
「いい匂いね!」
ベッドに寝っ転がっていたシャーロットがすぐに反応した。
「今日はビーフシチューです!」
「これは!? 美味しそうですね」
ヒルダが思ったよりいい反応をする。
いい匂いだから無理もないか。
「はいどうぞ」
ユリアがみんなにビーフシチューを配る。
「ありがとう! いただきま〜す」
ユリアに貰って早々シャーロットが食べる。
すると、幸せそうな顔をして次の一口を頬張る。
いつもこんな感じだが、可愛い小動物みたいだな。
「よし。それじゃあ、最後はヒカリちゃんの分ね」
そう言ってユリアが目の前の床にビーフシチューの入った器を置く。
「食べられる?」
「……」
ヒカリは何の反応もしない。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
「無理にでも食べさせたら? じゃないと死んじゃうわよ?」
と、シャーロット。
「でも…」
「口に入れたら自然と食べるかもしれないし、物は試しよ」
ジブリエルが言う。
「う〜ん…分かった」
シャーロットとジブリエルに言われてユリアが渋々返事をする。
それからユリアはスプーンでビーフシチューをとってヒカリの口元へ近付ける。
すると、
「!? 来ないで!!!」
ヒカリがそう言ってユリアの持っていたスプーンを弾き飛ばした。
「ビーフシチューが…!」
シャーロットが悲しそうな声で言う。
なにかもっと言うことがあっただろう。
「ユリア、一度離れて」
「……うん」
ユリアが落ち込みながらヒカリから離れる。
「今のはユリアの匂いが原因だわ」
「私の匂い…?」
「ほら、エルフのペトラって子が居たでしょ? あの子とユリアの匂いが近いから当時の記憶を鮮明に思い出させちゃったみたい」
「そうなんだ…」
「もしかしたら…」
ジブリエルが珍しく焦ったよな反応でヒカリに近付く。
すると、ヒカリは体を小刻みに揺らし震え出した。
「……獣人族だから匂いに敏感なのね…これはまずいかもしれないわ」
「何が、どう、まずいんだ?」
「近付いたら攻撃されるかも…」
「……どうすんだよ」
近付けないなら連れて行けないぞ?
「こればかりはどうしようもないわ」
「マジかよ…」
「匂いで言うならソラからは種族的な匂いがしません。もしかしたら、何の抵抗もなく近付けるのでは?」
「その手があったわね。ソラ、お願い」
「……分かった」
俺はヒカリの側へ恐る恐る近付いてみる。
すると、小刻みに震えてはいるがさっきよりは酷くない。
「なあ、ヒカリ。ご飯食べないと元気が出ないぞ?」
「……」
相変わらず何も言わない。
でも、拒絶してるって感じでもない。
「なあ、俺のご飯とってくれ」
「うん」
ユリアが俺のご飯を持ってきてくれた。
そして、俺はスプーンでビーフシチューをとってヒカリの口元へ近付ける。
すると、食べようとはしないが拒絶もしない。
こうなったら少し無理しても食べてもらおう。
俺は少し開いている口へスプーンを突っ込む。
「……」
ヒカリは何も言わないがゆっくりと噛み締めるように食べる。
少ししてそれを飲み込み腹の中へ入れた。
「……っ……っ……」
ヒカリの瞳から涙が滝のように溢れ出す。
彼女は何度もそれを手で拭うが枯れることはない。
「……今は泣きたいだけ泣け」
俺はヒカリの頭を撫でた。
それからヒカリは暫くの間涙を流した。
見てくれてありがとうございます。
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今週は四話投稿予定です。




