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第七十一話 約束

「おい、ソラ! 何とか堪えろよ!」


「ああ!」


 まずは先頭を走るマルティナからだ。

 俺が構えると彼女は槍を俺にまっすぐ突き刺してくる。

 俺はそれを躱すと右の拳を彼女の脇腹目掛けて殴り付ける。

 が、彼女は槍を使って俺の腕に打つけてその軌道をずらした。


「くそ…」


 悔しんでるのも束の間。

 マルティナは槍で追撃してくる。

 一つ、また一つと休む暇を与えてくれない。

 この動き。多分彼女が最後の七武衆の一人だろう。

 このままだとユリアがまずい。

 殺すなとはあの男が言っていたがどうなるか分からない。

 早く何とかしないと。


 そう思っているとユリアの元に獣人族の少女が遂に近付いてしまった。


「ユリア!!!」


 俺は自然と叫ぶ。


「ご主人様に褒めてもらう!」


 少女がユリアに向かって蹴り付ける。

 と、その時、ユリアが近くの杖を拾いその攻撃を腕で受けた。

 その際、ユリアのローブが脱げて素顔を見せた。


「へえ…あの女よく動けるな。にしても、エルフで美人ときた。ついてるぜ」


 男のそんな声が聞こえる。


「『ウィンドブレイク!』」


 ユリアが風魔法を使う。

 すると、少女が杖から放たれた風によって壁の方まで吹き飛ばされた。


「『十字槍!』」


「!?」


 まずい!

 ユリアのことに注目し過ぎた。

 マルティナの槍が俺に迫っていた。

 彼女の槍の先端の両刃が俺の胸部分を横に切る。

 と、すぐに彼女の槍が縦に振り下される。

 俺は何とかそれは腕で受け止めた。


「!? 斬れない…」


 不思議そうにするマルティナ。

 まあ、普通は腕が斬れてもおかしくないからな。


「はっ!」


 腕の力を使って彼女の槍を押し返す。

 すると、彼女が一度俺から距離をとる。


 今のうちに傷を塞がないとな。


「『ロード・コアドライブ』」


 胸にできた槍の傷が塞がる。


「これは一体…?」


「奇妙な技を使うガキだな」


「お前の相手は俺だ!」


「『カオス・コアドライブ』」


 俺は青い炎の性質を元に戻す。


「ユリア、大丈夫か?」


「うん……でもまだクラクラする」


「そうか」


 早めにこのマルティナを何とかしないとな。


「はあああ!」


 ユリアに吹き飛ばされた少女が走ってくる。


「おい、ヒカリ!!! その女は丁重に扱え! 顔には傷をつけるな!」


「はい!」


「ヒカリだと!?」


「!?」


 俺はそう言われてドキッとした気がする。

 言われてみればそうだ。

 ヴァイオレッドから言われた特徴と一致する部分が多い。

 小麦色を薄くしたような髪色。黄色い目の少し垂れ目。そして、猫耳に猫の尻尾。

 ヒカリだと言われれば納得できる。


 だが、おっとりとした雰囲気だという話だった。

 今の彼女からはそのような雰囲気は感じない。

 殺意を持った獣人族の少女だ。


 それに確か七歳とか言っていた筈だ。

 でも、彼女はどう見ても十代半ぐらいに見える。

 いくら獣人族の成長が早いからって成長し過ぎだろ。

 胸だって平均的な大人の女性ぐらいある。


 俺が想像していたヒカリという獣人族の少女とはかなり違う。


「あなた、ヒカリって言うの?」


 ユリアが聞く。

 が、少女は構わずユリアに向かっていく。


「ヴァイオレッドさん、知らない?」


「!?」


 ユリアがヴァイオレッドの名前を出した瞬間、彼女が走るのを止めた。

 その彼女の顔には困惑と驚きがあった。


「ヴァイオ…レッド…お姉ちゃん…」


 彼女が自然と洩らすように言う。


「私達はあなたが攫われたからもし見つけたら教えて欲しいってヴァイオレッドさんに頼まれてるの」


「攫われた…そう…だ…私は…」


「チッ…おい、ヒカリ! 命令だ!」


「っ…! 命令!」


 ヒカリが再びナイフをユリアに構え出す。

 事情はよく分からないがもしかしたらヒカリは操られてるのかもしれない。

 シャーロットも気になることを言ってたし。


「どうやら彼女のことを知っているみたいだね」


 と、マルティナが話し掛けてくる。


「ああ」


「彼女は半年ほど前にご主人様に買われた奴隷だ」


 彼女に首輪が付いていたのはその所為か。


「ここに来た時は今より痩せていてな。前にいたところで色々と辛い思いをしたみたいだ」


「……」


「でも、ここではご主人様が可愛がってくれる。ちゃんと仕事をした者にはそれ相応の対価もある」

「彼女もそれが分かってからは従順なご主人様の奴隷だ。私達と同じようにな」


「従順か…お前達は操られてるかもしれないんだぞ」


「操られている? 別にそれでもいい。私はご主人様の為なら自分がどうなろうと構わない」


「だから、その考え自体が操られているかもしれないってことだよ!」


「…私達がどうしてここにいると思う?」


「? どうして?」


 どういうことだ?


「私達は皆、元々奴隷だったんだよ。今もそうだがな。でも、今と昔では全然違う。今は何でもある。ご主人様が用意してくれるんだ」


「そうだとして?」


「私達は好きでここにいるんだ。自分達の意思でな」


「……」


 これが洗脳されて言っているのか。

 それとも本当に思っているのかは分からない。

 でも、分かることが一つだけある。

 彼女は俺達の敵だ。


「だから、ご主人様を困らせる者は許さない! 『激流槍!』」


 マルティナが物凄い勢いで迫って来た。

 俺はそれに合わせて警戒する。


 すると、彼女は先程と同様に槍を俺に突き刺してきた。

 俺はさっきやったように躱そうと体を動かす。

 と、その瞬間、彼女はそれを予想していたかのような速度で槍を突き刺すのを止めて俺にもう一度突き刺してくる。

 その動きは一瞬で、今までの動きとはまるで違った。

 彼女も本気できているのだろう。


「くっ…」


 何とか攻撃を躱したがすぐに次の攻撃がくる。

 俺はどうにかして攻撃を往なしているが彼女の攻撃がどんどん早くなって対応しきれない。

 このままだとまずい。

 いつかやられる。


 そう思った俺は体に纏っていた青い炎を一気に燃え広がらせた。

 ここまでしてようやく彼女の連撃を止めることができた。


「厄介だね」


 そう言って俺に槍を向ける。


「ほらほら、お貴族様の剣術はこんなもんか?」


「喧しい」


「『ライトニング・アロー』」


「はっ」


 周りを見ると二人とも拮抗している。

 今は何とかなっているがこのままだとダメだ。

 俺が何とかしないと。

 青い炎を燃やしてマルティナに集中する。


「ここから一気にケリをつける!」


「望むところ!」


 俺は両手に魔力を纏わせる。

 そして、その魔力を炎へと変化させるとマルティナへ走り出す。


「流星槍!」


 マルティナが構えをとる。

 と、その時、俺はその構えに見覚えがあった。

 確か、セレナロイグでマルシラックが赤竜に使っていたものと一緒だ。

 まさかこんなところでアイツに感謝することになるとはな。


 俺は右拳をマルティナに殴り付けるフリをする。

 と、マルティナは俺の攻撃を躱そうと動く。

 躱してから流れるように反撃する。

 マルシラックと同じ動きだ。

 初めてだったら俺もこの技を喰らっていただろうが生憎見たことがある。


「はああああ!!!」


 俺は彼女の動きを予測して攻撃する。


「!?」


 彼女は驚いたような反応をすると咄嗟に槍で俺の攻撃を受ける。

 が、彼女の槍は俺の攻撃によって宙へと舞う。


「ここだ!!!」


 俺は彼女の腹に右拳で思いっきり殴り付けた。


「ぐふっ…!?」


 マルティナは吹き飛ばされて壁に大きなヒビを作るとそのまま壁伝いに下へと落ちた。


「後はヒカリとボスだな」


 二人の現状を確かめる。


 カリムはボスとやり合ってる。

 優勢とも劣勢とも言えない感じだ。


 ユリアは魔法でヒカリと距離をとりながら何とか時間を稼いでるって感じか。

 加勢するならまずはユリアからだな。


 俺はヒカリを止める為に急いでユリアの方へ走る。


「ユリア! 加勢する!」


 俺がユリアとヒカリの間に入る。

 すると、ヒカリが俺を敵と認識してこちらにナイフを向けてきた。

 そして、俺目掛けて走ってくる。


 ヒカリは左右にステップを踏んで揺さぶる。

 子供の動きではない。

 これが獣人族だからなのか、それともここにいたからなのかは分からない。

 でも確実に俺の命を狙っている。そんな動きだ。


 俺は構えてヒカリの攻撃を待つ。


「はああああ!!!」


 ヒカリがナイフを刺そうと腕を伸ばしてきた。

 動きは早いがまっすぐで分かりやすい。

 俺はその攻撃を避けるとヒカリの持っていたナイフを奪い取る。


「返せ!」


 ヒカリがそう言って俺を踏み台にしてナイフを持っている俺の手に飛び付く。

 何とかナイフを離さないように手の力を入れるがヒカリもかなりの力だ。


 このままだといつか盗られるな。


 そう思った俺は仕方なくヒカリを振り払おうと腕を振る。


「おい、ヒカリ! 目を覚ませ! こんなことしなくてもいいんだよ!」


「うるさい! ご主人様の為に頑張らないといけないんだ!」


 仕方ない。あまりやりたくないがこのままだと埒が明かない。


「うっ……」


 俺は止む無くヒカリを地面へ叩き付ける。

 それでようやく離れてくれた。


「返して……」


 薄ら涙をその瞳に浮かべながらこちらに手を伸ばすヒカリ。

 申し訳ない気持ちになるが今は仕方がない。


「ユリア!」


 俺は青い炎を消してしゃがみ込んでいるユリアに近付く。


「大丈夫か?」


「うん…なんとか…」


 ユリアの顔色が優れない。

 ここに長くいるのは止めた方がいいだろう。


「後はボスだけだな」


 俺はカリムの方を見る。


「どうした? 俺を捕まえるんじゃないのか?」


「流石に殺しをやってただけあるな…!」


 剣を押し付け合いながら拮抗する二人。

 実力的には完全に互角って感じか。

 と、その時、


「ソラ!」


「!?」


 入口の方から声がしてそちらを振り向いた。

 すると、そこにはジブリエルが先頭にシャーロットやヒルダなど全員がいた。


「みんな! なんとかなったのか!」


「ええ」


「カリム!」


「チッ。アイツらは一体何をやってやがる」


「おいおい、焦ってるんじゃないか? 顔に出てるぜ?」


 カリムが男を煽る。


「……これは…何かの毒ですか? 変な匂いと同時に頭が少し変な感じです」


 鼻をピクつかせたヒルダが言う。


「鼻が曲がりそうにゃ〜…」


 鼻がよく効く二人は部屋に入ってきて早々そんなことを言う。

 そんなすぐに分かるものなんだな。


「この部屋には女性だけに効く特別な薬が使われてるらしい」


「それでですか」


 と、その時、俺の手に何かが触れた。


「!?」


 気が付くと持っていたナイフが盗られている。

 周りを見るとナイフを持って走るヒカリの姿が目に入った。

 しくじった。話に夢中になり過ぎたか。


 と、俺が後悔しているとヒカリはカリムに向かってナイフを突き刺そうとする。


「カリム!!!」


 ルビーの声が響く。

 すると、カリムは剣を弾き、ヒカリのナイフを弾いた。


「危ねぇ…ナイスだルビー!」


「ご主人様は私が守る!」


 そう言ってヒカリがボスの前に立つ。


「あの子は?」


「どうやら私達が探してたヒカリって獣人族の子らしいわよ」


「ヒカリ?! あの子が?」


 ジブリエルから聞いたシャーロットが驚いたという顔をする。


「よくやったぞ、ヒカリ」


「!?」


 ヒカリが一瞬尻尾を振って嬉しそうな顔をした。

 が、すぐに警戒して気を引き締める。


「よく分かりませんがあのヒカリという子の後ろにいる男を殺せばいいのですか?」


「いや、殺さない方がいい。色々と情報を聞きだしたいってカリムが言ってた」


 ヒルダにトレサが言う。


「そうですか。では、加減はしましょう『紫電放電』」


 ヒルダの体が紫色の電気を帯びる。


「口が動けば問題ありませんね」


「くっ……」


 ヒルダの言葉に男が苦しそうな顔をする。


「!? 正気?!」


 と、ジブリエルがいきなり言う。


「お前ら、動くな!!!」


「!?」


「「「!?」」」


 いきなりのことにその場にいた全員が驚いていただろう。

 驚いていないのは声を発した本人だけだ。


「ご主人様……」


 男が左腕で首を固定し、右手に持った剣をヒカリの首に当てたのだ。


「いいか、ヒカリ。俺の役に立ちたかったら言うことを聞け」


「…はい……」


 困惑しながらもヒカリは暴れたりしない。

 こんな状況になっても主人と奴隷という立場は変わらないということだろうか。

 それともやはり洗脳がそうさせるのか…。


「お前ら、よく聞け! 俺をここから逃がせ。じゃないとこいつを殺す」


「っ!? お前、自分が何言ってるか分かってんのか!」


 俺は声を荒らげて言う。

 すると、男は更にヒカリに剣を当てる。

 首からは赤い血がすうーと垂れる。


「ん? 聞こえなかったな。もう一度言ってくれないか?」


「クソ野郎が……」


 拳を握り締める。


「さあ、何度も言わせんな! 俺をここから逃がせ」


「おい、ヒカリ! こんなクソ野郎なんかの言うこと聞くな! そのナイフでそいつを刺すんだ! そうすればお前は家まで帰れるんだよ!!!」


「なんだ? こいつを口説こうってか?」


 男がニヤリと笑う。


「ハハハ。いいぜ。もしこいつが自分でお前らの元に行くと決めて俺にナイフを刺したら俺は大人しく捕まってやるよ」


「……ご主人様…」


「その男、嘘は言ってないわ。どうやら自信があるみたいね。彼女が自分を選ぶっていう絶対的自信が」


 こいつのあのニヤリとした顔はそれ故か。


「さあ、選べよヒカリ。今俺をそのナイフで刺せば家に帰れるってよ」


「私は…」


 ヒカリのナイフを持つ手に力が入っていることが分かる。

 いつまでも奴隷のままじゃダメだ。

 自分の人生は自分で決めて切り開かないと。


「ああ…そうだ。今、俺を助けてくれたらお前にはとっておきのご褒美をやろう」


「ご褒…美…」


「そうだ。ここを離れられたらお前の言うことを何でも聞いてやる」


「何でも…」


「ああ。例えば、お前が自分だけを愛してと言えば俺はお前だけを愛してやるよ」


「っ…………」


 明らかにヒカリが動揺している。


「嘘よ。そいつは嘘を吐いているわ」


 ジブリエルがそう言うがヒカリには聞こえていない。


「さあ、ヒカリ。言うんだ。俺のところがいいって」


「お前ってやつはどこまでも…」


「おいおい、決めるのはこいつだぜ?」


 この顔をぶん殴ってやりたい。

 と、その時、


「私はご主人様と一緒がいい! 一緒に居たい!」


 ヒカリがそう言うと男がニヤリと笑う。


「そうか、そうか。お前はやっぱり俺がいいか。そうだよな。よし、この後たっぷり可愛がってやるよ。隅々までな」


「!!!」


 嬉しそうな顔を浮かべるヒカリ。

 と、それとは対照的にジブリエルの表情は暗く、ゴミを見るような目で男を見ていた。


「随分、いい趣味してるじゃないの」


「…どうかしたの?」


 珍しいジブリエルの顔を見たシャーロットが恐る恐るという感じで聞く。


「……言わないでおくわ。彼女の為にね」


「……」


 シャーロットはその言葉に息を呑んだ。


「じゃあ、俺はこれでここを出させてもらうぜ」


 そう言って男がヒカリを連れて動こうとする。

 が、その瞬間、刀を鞘から抜く音が響く。


「待ちなさい」


 ヒルダが剣を男に向けながら言う。


「何だ? こいつがどうなってもいいのか?」


「ヒルダ! 今はこいつの言うことを聞いてくれ。じゃないとヒカリが…」


「そもそも前提がおかしいのです」


「?」


 どういうことだ?


「確かにこの部屋の毒で体は少し鈍るかもしれません。ですが、この距離です。そして、わたくしはいつでも最高速度で斬れる状態」


「何だ、お前! こいつが死ぬぞ!」


「だから、それがおかしいと言っているのです。わたくしは力より速さを重視しています。あなたのその腕があるのはわたくしの気まぐれです」


「……ハッタリだな」


 と、そう言う男は緊張している気がする。


「そう思いますか?」


 ヒルダがクスッと少し笑う。


「刃を当ててる俺より早く動けるわけねえだろ…」


「因みにハッタリじゃないみたいよ?」


「……」


 男は何も言わずに動かない。


「あなたの敗因はわたくしをこの状態にしてしまったことです。その前に止めたら分かりませんでした」


「…………!!!!!」


 男の表情が少し動いた気がする。

 それと同時に剣を持っていた腕の筋肉が少し動いた気がする。

 そう、気がしただけだ。

 何かをしたわけではない。


「『刹那の太刀』」


 それなのに男の両腕が斬れていた。


「ぐああああ……!!!」


 男はその場に倒れ込む。


「だから言ったでしょう。わたくしの気まぐれだと」


 いつの間にか男の背後にいたヒルダが奴を見下しながら言う。

 その表情はとても怖い。


「ご主人様!」


 ヒカリが男に触れる。


「許さない…」


 そう言ってヒルダを睨むヒカリ。


「わたくしはあなたがどう答えようとその男は斬るつもりでした。恨むなら自分の守りたい者を守れなかった自分を恨むことですね」


「っ……」


「ん?」


 その時、ヒルダの耳がピクっと動いた。


「これは…鐘の音ですか…?」


 何も聞こえないがヒルダには聞こえているのだろうか。

 と、その瞬間、ドカーンという轟音と共に地面が揺れる。


「こうなった以上はお前らは道連れだ。死ね……」


 そう言うと男が地面へ倒れた。


「!!! ご主人様?! ご主人様!!!」


 ヒカリが男を揺さぶる。

 が、男は動かない。

 どういうことだ? 一体ここで何が起きてる?


「どうやら上で爆発が起きているみたいですね」


「爆発?」


「ここから早く出ましょう」


「みんなそういうことらしいから急ぐぞ!」


「はいにゃ!」


「うす」


「分かった」


「でもここにいる動けない人達はどうするの?」


 ルビーが聞く。


「そうだな…アーダン、お前はあそこの壁で横になってる女を上まで運んでくれ。俺はボスを上まで運ぶ」


「分かったど」


「では、わたくしは上で倒れている七武衆達を先に安全な場所へ運んでおきます」


「ああ、分かった」


「急いでくださいね。いつここが崩れるか分かりません」


 ヒルダはそう言うと全身に紫色の電気を帯びる。

 そして、次の瞬間、ヒルダの姿が消えた。


「私達も急ぎましょう!」


「うん。ユリア、大丈夫?」


「うん…」


 シャーロットが自分の肩を借りながらユリアを立たせる。


「おい、起きろ! いつまで寝てやがる!」


 カリムがそう言って倒れている男を起こそうと何度か体を揺する。


「こいつ?! 死んでやがるのか!?」


「何だと?!」


 動かないと思ったらそういうことか。

 だから道連れとか言ってたのか。


「クソ…一応こいつの遺体は持っていく。何か分かることがあるかもしれない」


「分かった」


「おい、ヒカリ…とか言ったっけ? 退けてくれ。そいつの体は俺が持っていく」


「…………」


 カリムがヒカリに話し掛けるが何も反応しない。

 少女はただ男の体に触れて止まっている。


「おい、時間が無いんだ。そこを…」


「いや…いやあああぁぁぁ!!!」


 いきなりヒカリが叫び出す。

 男が死んだって事実が受け止められないっていう悲痛の叫びだ。

 泣きながら、叫びながら、男の体に抱き付くヒカリ。


「……悪いな。今は時間がないんだ」


 そう言うとカリムはヒカリの後ろ首を手刀でトンと勢いよく当てる。

 すると、ヒカリは麻酔を撃たれた猛獣の如く大人しくなる。


「ソラ、悪いがこの子を頼む」


「分かった」


 それから俺はヒカリをおんぶする。

 起きた時、また大変だろうが今はしょうがない。

 許してくれ、ヒカリ。


「カリム! オデは先に行ってるど!」


「分かった。俺もすぐに向かう。みんなも準備ができたらすぐに上へ向かってくれ」


「分かったわ。手を貸すわユリア」


「ありがとう」


 この後、ティサナ、アーダン、トレサ、ジブリエル、ユリア、シャーロット、俺、ルビー、カリムの順で地下から脱出した。

 ティサナだけは少し早く上へ戻ってヒルダの手伝いをしに少し早く戻ったが、他は団子になって上へ戻った。

 マルティナを後ろからトレサが支え、ユリアをジブリエルとシャーロットの二人が支え、ボスはルビーが後ろから支えて。

 俺はヒカリが軽いから一人でも大丈夫なので一人でだ。


 階段を上りきるとヒルダとティサナが俺達を待っていた。


「早く外へ! もうすぐ崩れます!」


「分かってるよ!」


 それからヒルダがヒカリのことを支えてくれた。

 ティサナは俺達を先導。

 邪魔になりそうな物があればそれをどかしてくれた。


 この調子で三階から二階へと移動した俺達。

 廊下を進んでまっすぐ行くと七武衆と会ったあの吹き抜けの所まで戻ってきた。

 来たのだが、何か嫌な匂いがする。

 と、俺がその匂いを気にしていると、


「シャーロット、それからユリアも。上を向いておいた方がいいかもしれないわ」


「上を?」


 ユリアが聞く。


「ヒルダが斬ったここの連中の死体の山があるのよ…」


 心なしかシャーロットが辛そうに言っている気がする。

 やっぱり人を殺すのがダメなシャーロットにとって死体の山は辛いよな。

 俺ですらそんなに得意なものではないと思うし。


「分かった…」




 そんな会話をした後、俺達はあの吹き抜けの場所まで来た。

 すると、嫌な匂いと共に死体の山が見えた。

 正直言ってあんまり直視したくない。

 まさに惨状って感じだ。


 俺はあまり周りを見ないように心掛けて開いている玄関を目指す。


「もう少しだ。急ごう」


 それから申し訳ない気持ちで死体の上を歩き、やっと外へ出た。

 すると、門のところに倒れている七武衆の六人と案内役の男が見えた。


「ふう……外の空気を吸ったら少し楽になったかも」


「それはよかったわ」


 ユリアの声色が明らかによくなっている。


「はあ……なんとか間に合ったな」


 カリムが地べたに座り込みながら言う。

 と、その時、建物が一気に崩れて砂埃が舞った。


「本当にギリギリじゃないの」


「間に合ってよかったにゃ!」


「全くだど」


「カリム、お疲れ様」


「ああ」


「シャーロット、翼と尻尾。隠した方がいいわ」


「あっ…うん」


 トレサに言われたシャーロットが慌てて魔人の特徴を隠す。


「これで、よかったのか…?」


 俺はカリムとの約束を果たせたことになるんだろうか。

 確認のしようがないから分からない。

 でも、俺ができる最大限はやったと思う。

 文句があるなら後は自分で何とかしてくれと言いたい。

 まあ、できないんだけどな。


 それにしても…ヒカリが見つかったのはよかった。

 普通はあんなところまで探せないからな。

 運がよかった。

 それともこれはあいつが導いてくれたみたいなことなんだろうか。

 運命的な。

 いや、あいつはそんな感じじゃないな。


 とにかくこれで一応、一件落着だ。

 これからのことは休憩した後に考えよう。


 俺は崩れた建物を見ながらそんなこと考えていた。

見てくれてありがとうございます。

気軽に感想や評価、ブックマーク等をして下さい。嬉しいので。

今週は四話投稿して、それで一旦間を空けようと思います。

七月五日の金曜日から今まで通り週三話投稿で再開していこうと思いますのでよろしくお願いします。

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