第七十話 主人と奴隷
〜ソラ視点〜
階段を上がり、ヒルダ達と別れてからボスのいる部屋を目指して走る俺達三人は三階まで来ていた。
「ここのどこかにボスの部屋がある筈だ」
「手当たり次第に探すしかないか」
「でもかなりの部屋があるよ? 手分けして探す?」
確かにこの階にもかなりの数の部屋がある。
一つづつ探してたら時間が掛かってしまうのだが、どこにいるか分からないのだから仕方がない。
「いや、俺に少し考えがある」
「何か知ってるのか?」
「いや。だが、こういう偉い奴らってのは自分のことを凄く見せる為に見栄を張るもんなんだよ」
「ほう」
「つまり、今までの普通の部屋みたいなのには居ない可能性が高い。だから、他の部屋とは違う要素のある部屋を探すぞ」
確かにそうかもしれないがなんでそんなの知ってんだ?
それともこういうことは意外と常識なのだろうか。
「分かりました」
「それじゃあ行くぞ」
「おう」
それから俺達三人は幾つも部屋を素通りしてあるかも分からない特別そうな部屋を探す。
「おい、もうちょっとで廊下の端だぞ?」
「分かってる。正直ここまでは想定通りだ」
「へえ」
本当かよ。
俺はカリムを疑いながらも走る。
廊下の端まで来たので左に曲がり更に先へと進む。
すると、
「ほら、いかにもって感じの扉が見えてきたぞ」
俺達の視線の先に両開きの扉があった。
確かに他の部屋とは明らかに違う。
なんというか高級感みたいなものが感じられる。
「まさか本当にあるとはな…」
「中にここのボスが居るかも。注意しよう」
「そうだな」
「ああ」
俺達は気を引き締める。
「じゃあ、開けるぞ」
カリムがそう言うと俺達は頷いて返事をした。
すると、カリムも頷いて返してきた。
そして、扉のドアノブにカリムの手が触れる。
ガチャっという音がした瞬間、勢いよく扉を開け中へ入る。
「!?」
「誰も…居ない…?」
「……」
中に入ると誰も居なかった。
あるのは高そうな宴用のテーブルや椅子、絵画や銅像、甲冑や何かの剥製、後は暖炉とその近くに薪がある。
「ここじゃないのか…」
警戒しながら周りを見て何かないか探す。
が、特に怪しいものはない。
貴族のような位の高そうな家だったらどこにでもありそうな部屋だ。
「くそ…あんまり時間がねえんだぞ…」
カリムが焦りを露わにする。
気持ちは分かる。
俺も早くしないととは思ってる。
だが、一番怪しかったここにボスが居ないとなるともう当てがない。
どうする…反対側の廊下まで行って何かないか見てみるか。
それともここをもう少し探すべきか。
そもそもここの建物にボスが居ると思っているが今は居ないという可能性も…。
「何か…何か…手掛かりになりそうなものを…」
カリムも焦っている。
俺も焦りはするが、まあ一旦落ち着こう。
こういう時はもう少し周りをよく見てみるんだ。
俺は改めてこの部屋を見る。
縦長の部屋。
異常に広いがここの主人の部屋だと考えればおかしくはないか。
いや、でもここは個人の部屋というよりは食堂とかのみんなで食事をする部屋という感じがする。
もしかしてここじゃないのか?
俺は部屋を歩いてみる。
高そうな装飾がされた天井の灯火。
恐らく魔石なんかを使ったものだろう。
バスクホロウでもこんな感じのシャンデリアを見た。
そういえばこの部屋窓がないな。
造り的に窓は必要ないから当然といえば当然なんだろうが少し違和感はある。
でも、だからなんだって感じだ。
後はこの長いテーブルか。
俺は部屋の端から端まであるこのテーブルに触れてみる。
テーブルクロスの上からでも分かる。
長さ以外は普通のテーブルだ。
下には…特にないか。
あと気になるのは絵画とか剥製とか…。
と、そんなことを考えていた時、
「ねえ!」
ユリアが声を掛けてきた。
「どうした?」
俺とカリムはユリアのいる方へ急いで向かう。
「この暖炉、怪しいと思うの」
「暖炉?」
言われて暖炉を見る。
壁に嵌められたみたいな見た目でどこにでもありそうな暖炉だ。
素材は多分石かなんかだと思う。
少し大きいとは思うがこれのどこが変なんだろうか。
「この暖炉、綺麗すぎると思わない?」
「ん? まあ確かに…」
「言われてみれば…」
よく見ると煤とかもないし確かに綺麗だ。
「怪しいと思うのはそれだけじゃないの。ここって暖かい気候だよね? なのにここに暖炉があるのは少し変だと思わない?」
「ああ…! 確かに!」
そういえばそうだ。
ここは基本的に暖かい地域のはず。
なのに暖炉があるのは少し変だ。
「だとすると、何かある筈だ…」
そう言ってカリムが暖炉の色んなところを触ってみる。
すると、
「ん? この壁、先に空洞があるぞ!」
暖炉の中の壁の先が空洞らしい。
「どこかにここを通る為のボタンか仕掛けがある筈だ」
そう言って色んなところを触ったり、叩いたりする。
すると、ある時ガタンという大きな音が鳴った。
「開いたぞ! 中は階段みたいだ」
「やっぱり」
「ナイスだ! ユリア!」
「ああ、お手柄だぜ」
「うん」
「じゃあ、行くぞ」
「ああ」
「はい」
それから俺達はカリムを先頭に螺旋状の階段を下へ落ちていく。
「どこに繋がってると思う?」
「さあな。こういう奴らの考えていることはよく分からん。頭のネジが飛んでるやつも多いからな」
「なあ、気になってたことがあるんだけど聞いてもいいか?」
「ん? なんだよ、改まって?」
カリムが不思議そうに言う。
「いや、そのさっきからこういう場所だったり、位の高い人だったりのことをよく知ってるなと思って」
「ああ…そのことか」
「もしかして、カリムって偉い位の人だったりするのか?」
俺が聞くとカリムが顔だけをこちらに向ける。
が、すぐに正面へ向き直した。
「そうだな。お前達には言っておくか。俺とルビーはセレナロイグの貴族だ」
「「…!」」
よくよく考えればフィールも元は貴族の家に生まれたんだ。
カリムも貴族だって不思議ではない。
「俺の本当の名前はテリウス・カリム。伯爵の位、テリウス家の長男だ」
伯爵って確か結構偉いよな。
しかも長男って…そんな感じはしなかったが演技だったのか?
「まあ、と言っても親父とは仲が悪くてな。俺がこうして冒険者として外に出ているのが気に食わないんだそうだ」
「それで半ば強引にセレナロイグを出たんだが、ルビーはそんな俺のことを支えてくれてる」
「へえ…」
「仲間のみんなはこのことを知っているんですか?」
「そりゃな。アイツらとは俺が家を抜け出し始めた頃からの長い付き合いだ」
「そうだったんですか」
「でも貴族と知った上であんな感じに普通に接してるんだな。少しはぎこちなくなったりしなかったのか?」
「みんなそうはならなかったな。現にお前も変わってないだろ?」
「まあ」
なんか今更話し方を変えるというのも変だしな。
「とにかく、今まで通りでいい」
「分かった」
「はい」
「それじゃあ、さっさと行こうぜ」
その後、階段を降りているとカリムが手を出して俺達を止めてきた。
何かあったのかもしれない。
「なんかの部屋みたいだ」
「敵は?」
「分からねえ」
「どうする? 階段はまだ下に続いてるぞ」
「素通りはできないだろう。後ろから挟み撃ちされても困る」
「それもそうだな」
「行きましょう」
「ああ」
カリムは剣を出し、ユリアは杖を構えていつでも戦闘できるようにする。
「入るぞ」
そう言ってカリムが扉も何もない部屋に入る。
俺達も遅れずその後を追って中へ入る。
「これは…?」
中に入ると見えてきたのはテーブルにソファー、そして、何かの道具がいくつもある。
どうやらここはこの部屋一つしかないらしい。
「…こりゃあ、なかなかの趣味をしてやがるな」
「…? どういうことですか?」
「ああ……そうだな…簡単にいうとこれらは奴隷とかを躾ける道具だ」
「拷問……」
ユリアの表情が曇る。
そんなものがここにあるってことはこれを普段から使っているということだろうか。
「でも少し道具に偏りがあるような…遊ぶのが好きみたいだな」
「…?」
「因みになんでそんなことを知ってるか聞いてもいいか?」
「貴族の中にはこういうのを使うのが好きな奴もそこそこいるんだよ。俺が知ってるのはその所為だ」
「そうか」
カリムが使ったことあるのかと思ったよ。すまん。
「この感じだとここには何もなさそうだな」
「ああ」
「はい」
「ならさっさと先へ行こう」
「そうだな」
それから俺達は階段へ戻り下へと降りていく。
すると、また、カリムが手を出して俺とユリアを止めた。
「まただ」
「今度はなんの部屋だ?」
「そんなの知るか。とにかく入るぞ」
「おお」
「……」
俺達はまた扉のない部屋へ入る。
すると、今度はいくつかの種類の葉が育てられていた。
俺が見たことあるものだと薬草を育ててるジブリエルの畑が近いだろうか。
「これは何の植物だ?」
「これは俺にも分からん」
「ユリアは何か知ってるか?」
「ううん」
全員知らないか。
「まあ、草なんかどうでもいい。敵が居ないなら結構。下へ急ぐぞ」
「ああ」
「はい」
こうして、俺達は再び階段を降りた。
しばらくすると、カリムがさっきと同様手を出して俺達を止める。
また、部屋か。どれだけあるんだ?
というかここって建物の中の筈なのにどうしてこんなに部屋があるんだよ。
「今までと違う。鉄の扉だ」
「鉄の…?」
もしかして、ここのボスがいる部屋まで来たのだろうか。
確かにいてもおかしくないぐらいこの怪しい階段を下ったような気がするが…。
と、そう思っていると、
「しかも、ここで行き止まりだ」
「それじゃあ…」
この鉄の扉の先にボスが居る。
ダリウス・フィールの家を襲った奴が。
「入ろう」
「ああ。心の準備はいいか?」
「はい」
「うん」
自然と自分の拳に力が入る。
俺はフィールに頼まれただけだがアイツの最後のあの力強い手にようやく答えられる気がする。
フィール。ミーシャのことはこれでチャラだぞ。
カリムが鉄の扉を開け中に入った。
俺達も中へ続く。
薄明かりに照らされる中を見ると、左右には鉄製の檻が四つ見える。
何の為にあるのかは知らないがそれはいいだろう。
正面に見える大きな天蓋ベッド。
カーテンが閉められていて、それにうっすら映る三つの影。
誰かいる。
「やっと見つけたぜ!」
カリムが言う。
すると、影が一つ動く。
「思ったより遅かったな」
男の声が聞こえる。
「ここを見つけるのに時間が掛かったて感じか」
「……お前がここのボスで間違いないな!」
「ボス? ああ…そうだな。そうだ! 俺様がここのボスだ」
そう言うと天蓋ベッドのカーテンから三人出てきた。
「よく来たな。お前がダリウス・フィールのことを嗅ぎ回ってるって奴か?」
そう言うのは真ん中にいる男。
前髪を真ん中で左右に分けた金髪で恐らく四十代ぐらいだろう。
下はズボンで腰には剣、上は白のシャツに腕を通しただけの格好で割れた腹筋と筋肉の付いた体が見えている。
「いや、確か報告には男は一人だと聞いていた。お前誰だ?」
「俺はテリウス・カリム。お前が消したダリウス家の親戚だ」
「テリウス…なるほど。お前、セレナロイグの伯爵家か。面倒なのにバレちまったな」
「安心してくださいご主人様。私が必ず息の根を止めてみせます」
そう言うのは男の右隣に立つ紫色の長髪の女性。
ネグリジェを着ており、その右手には槍を持っている。
「おお、マルティナはいい子だな」
そう言って彼女の頭を撫でる男。
と、その時、男の左少し後ろにいる獣人族の少女が尻尾を少し左右に揺らす。
「なんだ、お前も褒めて欲しいのか? だったら俺の役に立つんだ」
「はい! ご主人様!」
そう言うと、彼女は腰に付けたナイフを取り出し俺達に構える。
よく見ると彼女の首に鉄製の首輪が嵌められている。
今までのここの女性にはなかったから扱いが少し違うな。
「さて、やる気のあるうちの女共の為に大人しく捕まってくれると嬉しんだけどな」
「何言ってやがる。捕まるのはお前だよ」
そう言ってカリムが剣を向ける。
すると、ピリピリとした空気がこの場を支配する。
いつ戦闘になってもおかしくない。
俺も準備しないとな。
そう思い青い炎を全身に纏う。
「!? 何だそれ。見たことねえぞ」
「俺専用魔法みたいなもんだ」
「へえ。面白そうだ。マルティナ、アイツは殺すな。商品価値があるかもしれない」
「はい」
商品ね。俺を売ろうってことか。
そうはさせないけどな。
と、その時、俺の右後ろから杖が落ちる音が聞こえた。
俺は気になりそちらを向く。
すると、ユリアが床に座り込んでいた。
「ユリア!? どうした?!」
「…分かんない。でも、頭がぼ〜とする…」
頭を手で抑えながら言う。
体調が悪そうな声色だ。
どうして。さっきまで普通だったのに。
「おお!?」
嬉しそうに男が言う。
「ユリアに何をした!!!」
「別に何もしてねぇよ。ただ女にだけ効く薬を吸ってるだけだ」
「薬だと?!」
吸ってるってことは今もこの部屋にはその薬が充満してるってことか?
「人の女にだけ効果がある特殊な分泌液を生成する植物型の魔物がいてな。今、そいつの分泌液を使った蝋燭を燃やしてたんだ。それでその女はそうなってるわけ」
「はあ…はあ…」
ユリアが少し苦しそうだ。
どうにかしてやりたいが…。
「お前らが勝手に入ってきたんだから俺は悪くないよな?」
男がニヤリと笑いながら言う。
「そうだな…その女がブスだったらいらないんだが…少し見えた感じ良さそうだったからな。よし、こいつも殺すな」
「はい」
「…ふざけやがって」
俺のことはどうでもいいがユリアのことをそんな物みたいに言うのは許せない。
「俺はカリムとかいう男を相手するからマルティナはそこの小僧だ。お前はあの弱ってる女だ。できるな?」
「はい!」
まずいな。
ユリアがこの状態では満足に戦えないだろう。
俺がユリアを守らないと。
「はい、それじゃあ開始!」
男が言うとマルティナと呼ばれていた女性と獣人族の少女が走り出した。
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