第六十三話 黒弟子
冒険者ギルドを出た俺達は暗くなった道を歩き酒場に向かっていた。
酒場は晩御飯をどうしようか宿のおばあちゃんに聞いてみたら教えてくれた場所だ。
流石に安全だとは思うが何があるか分からない。
こうやって夜に歩いているだけで襲われる可能性がある街だと分かったからな。
警戒はしていて損はないだろう。
そんなことを考えていると酒場に着いた。
中には人が結構いるようで声が漏れてくる。
「席空いてるかしら」
「さあね。とりあえず入ってみましょう」
「うん」
「そうだな」
それから俺達は酒場の扉を開けた。
中には人が多く、空いている席がないように見える。
と、俺達に気が付いた女性の店員が近付いてきて、
「全部で四名かい?」
「はい」
「だったら、一番奥のテーブル席が空いてるからそこに座ってくれ」
「分かりました」
俺達は言われた席まで移動し、椅子に座る。
「何にしよっかな〜」
シャーロットが嬉しそうにメニュー表を見る。
「確か海がすぐそこだから海鮮系が美味しいって言ってたよね」
「ああ」
それから俺達は各々好きな物を注文した。
「それにして、冒険者ギルドがないんじゃ情報の集めようがないわね」
「うーん、どうしようか」
「そうだな…」
今までは冒険者ギルドを頼ったり、そこで知り合った人に聞けたんだがここは違う。
冒険者ギルドも無ければ、知り合った人もいない。
非常に困った。
魔王のことやヒカリのこと。
それにこの火山灰のこともある。
知りたい情報が一杯だ。
「おい、あれ見たか?」
「ん? どれだ?」
「あそこの席の奴だよ」
隣の席から声が聞こえる。
「胸のデカいのがいるだろ?」
「胸のデカいの? どっちだよ? ローブしてる方か? それともカウンターで寝てる方か?」
「ローブの方もいいがそっちじゃねえ。寝てる方だ」
なんか後ろの席の奴らの会話が怪しい。
「寝てる方か。ああ、見たぜ?」
「どう思う?」
「どうって…そらおめえ…とんでもねえもんを持ってるって感想だ」
「だろ? お前もそう思うよな?」
俺はカウンターの席の方へ視線を向けるとそこには黒の長髪で背の高そうな、黒の着物を着た女性が酒に酔ったのか顔を伏せて寝ていた。
飲み屋だったらたまに見る光景だ。
まあ、女性一人ってのは珍しいんだが。
ていうか胸デカ?! ユリアより一回りはデカいんじゃないか?
胸が机に押し付けられて主張が強くなっている気がする。
「ん?」
俺はどこからか視線を感じて正面に視線を向き直す。
すると、どうでしょ。
ユリア、シャーロット、ジブリエルが俺の方を真顔で見ているではありませんか。
「そこでだ。今からちょろっと引っ掛けてお持ち帰りして楽しむってのはどうだ?」
「おお…! それはいい考えだな。ありゃあ上玉だぜ。ぐへへ……」
ぐへへ…じゃねえよ?! 俺の後ろでなんてこと言ってんだ?!
これは俺に向けられた視線ではない。
後ろのこいつらに向けられた視線だよな。
そうだよな?
真顔で俺を見ている気がするけど気の所為だよな!?
俺は汗を垂らしながらじっと息を潜める。
「行くぞ」
「おう」
そう言うと後ろの奴らが立ち上がった。
「はぁ…店はお客を選べないものね……」
そう言ってジブリエルも立ち上がる。
「なあ、嬢ちゃん。こんなところで一人だと悪い大人に悪戯されちゃうぜ?」
そう言って男が寝ている彼女の肩に触れようと手を伸ばす。
が、しかし、男は手を伸ばしたまま動かない。
何やってんだ?
俺を始め、みんなが不思議そうにしている。
ジブリエルは男を止めようとしていたのか手を出したまま固まっている。
「おい…どうした…?」
連れの男が聞く。
すると、
「うっ……」
いきなり男が床に倒れ込んだ。
「「「?!」」」
俺達がいきなりのことで驚いていると、
「は”あ”あ”……誰だ…俺の邪魔をする奴は…?」
機嫌が悪そうな低い声が寝ている彼女から聞こえる。
そして、寝ていた筈の彼女の手にはいつの間にか刀が握られていた。
「ひいっ?!」
連れの男がビビる。
「ん? ああ…寝てしまったのか」
起き上がりながら言う彼女。
額に角?
その彼女が赤色の目で倒れている男を見る。
「これは…お前ら、俺に何かしようとしたな?」
「っ…?!」
「はあ…今回だけだ」
そう言って彼女は席から立ち上がる。
すると、彼女の背丈が分かった。
目測だが百八十センチはある。
女性としてはかなり大きいだろう。
と、俺が彼女の背丈を気にしていると片手で倒れた男の服を掴む。
そして、次の瞬間、軽々とその男を持ち上げて連れの男へ放った。
「うっ…重い…」
「次は無い。分かったらもう行け」
「ひっ?! は、はいいいい!!!!!」
連れの男は動かない男を引き摺ってそそくさと店から出て行った。
「ふう…………少し飲み直しますか」
今までの低い声とは違い、優しい声色で言う彼女。
と、その時、立っているジブリエルに気が付いた彼女が、
「あの…どうかされましたか?」
不思議そうに聞く。
「あなた、どうして私を攻撃しなかったの?」
「ん? どうして? すみません。言っている意味が分かりません」
「あの時、あなたからは何も聞こえなかった。もし、自分に近付いた人を攻撃したのなら私も攻撃するはず。でも、そうじゃなかった」
ジブリエルに言われて彼女はそういうことかという顔をする。
「あなたからは悪意を感じませんでしたから」
「悪意…あなたには悪意がある者とそうでない者の違いが分かるの?」
「ん〜…これは昔からの習慣というか…まあ、勘ですかね」
「勘…」
「そういえば、後一人ぐらい邪な気配を感じたのですが…」
そう言って彼女は俺を見てピタリと視線を止めた。
あれ? 邪な気配って俺のこと?
そんな馬鹿な。
俺は機械だぞ? 邪な気配を俺が発するわけ…わけ…そういえば胸がデカいと思って見てましたね…。
「まあ、わたくしの気の所為ですね」
「「……」」
ユリアとシャーロットが真顔で俺を見てくる。
怖いからやめて欲しい。
「っ?! あなたその左手の紋様?!」
俺は彼女の左手を見る。
すると、彼女の左手の甲にはユリアとジブリエルと同じ花弁の紋様があった。
「ああ…これはこの前黒いモヤに覆われた者と戦った時にできた痣です」
「それは世界に選ばれた者の証よ」
そう言ってジブリエルも紋様を見せる。
「わたくしと同じですね」
不思議そうにそれを見る彼女。
「これも運命なのかしら。あなた名前は?」
「私は鬼族〈オーガ〉のヒルダです」
「「ヒルダ?!」」
彼女からその言葉が出てきた時思い出した。
ヴァイオレッドが言っていた黒弟子のヒルダのことを。
「? どうかしましたか?」
「いや…」
「もしかして、ヒルダさんはヴァイオレッドさんの妹弟子ではないですか?」
「あら? ヴァイオレッドを知っているのですか?」
「はい。前に会って仲良くなったんです」
「そうでしたか。懐かしい…また会いたいですね」
「ねえ、せっかくだし座って話したら?」
ということでそれから俺達はヒルダと席を共にした。
「師匠達と会ったのはわたくしが十歳になった時に鬼ヶ島から修行という形で一人で旅に出されて一年ほどが経った頃です」
「十歳で一人旅ってことですか?」
「はい。この一本角が原因で」
ヒルダの一本角は額から申し訳程度に生えている。
小さくて可愛らしいという印象だが、もしかして鬼族の中では不吉とされているみたいな風習でもあるのだろうか。
「一本角だと何か良くないんですか?」
ユリアが俺も気になっていたことを聞く。
「いえ。一本角の鬼は強い鬼が多かったらしいんです。なので、縁起がいいとして家族なんかは喜ぶんですが…」
「?」
聞いてた感じ一本角はいいことみたいだがヒルダの顔は少し暗い。
「一本角の鬼は十歳の時に強くなる為に強制的に旅に出されるんですよ! 信じられません!」
お酒をグビグビ飲みながら怒るヒルダ。
「それで一人で旅に出たんですか」
「そうなんです。あの時は最悪な気持ちでした。見送りに来た母は泣きながらわたくしに手を振ってくれましたが、父のあの笑顔…許せません!」
そう言って更にお酒を飲む。
「大変だったんですね…」
「はい」
「それで、その後は一人で旅をしたの?」
ジブリエルが聞く。
「ええ。師匠達に会うまで一年ほど一人で世界を旅してました」
「へえ、凄いじゃない」
「自分の技には自信があったので戦闘面では困りませんでしたね」
その頃から一人で旅ができるほど強かったのか。
確かに、さっきの男への攻撃。
何をしたのか分からなかった。
「ですが、困ったのは生活面です。今まで自由気ままな生活をしてきていきなり旅に出たのでそれは困りました」
「最初の頃は世界の常識も分からずよく騙されたものです」
「なんか大変そうね」
「大変でした。でも、師匠達に会ってからはそんなことも減って今では一人で旅をしてもなんの問題もありません」
てことは、ヒルダもヴァイオレッドと同じで今は師匠の元から離れて一人旅をしているんだろうか。
「ヴァイオレッドさんとはどうやって出会ったんですか?」
「わたくしがしばらくセレナロイグ周辺で魔物を狩っていた時ですね。どうやら鬼族の子供が刀を持って魔物を殺しまくっているという噂が流れたみたいで」
「それを聞いた師匠が興味を持ってわたくしを探したみたいです。その時ですね。師匠とヴァイオレッドと初めて会ったのは」
「そうだったんですか」
「はい。それでその時、師匠に勝負を挑まれました」
「ん?」
なぜだろう。何か嫌な予感がする…。
「わたくしが勝ったら一生分のお金を貰う。師匠が勝ったらわたくしを弟子にするという条件での勝負です」
「負ける筈がないと思っていたわたくしは意気揚々と挑み、そして負けました」
なんだ。俺の考え過ぎだったか。
「それから師匠の二番目の弟子として一緒に旅をすることになるのですか…そういえば、あの時の条件に師匠が勝ったら胸を揉ませるというのもあったような…」
ああ…やっぱダメだったか。
「あの時は負けたショックであまり気にしていませんでしたが、今思うとアレが初めて胸を揉まれた時…? 師匠には揉まれ過ぎてもう覚えてませんね…」
師匠胸揉み過ぎじゃないか? いつか斬られるぞ?
「お待たせしました」
と、ここで料理が運ばれて来た。
「美味しそう!」
「いただきま〜す」
「すみません。お酒のおかわりをおねがいします」
それからしばらく料理を食べた。
そして、みんなが食べ終わった頃、
「ヒルダ、あなたこれからどうするの?」
「どう…ですか?」
「私達は今魔王を封印する為に旅をしているの」
「魔王ですか。噂は聞いています」
「もしよかったらあなたにも協力してもらいたいわ」
「……」
これはジブリエルが言い出したことで俺達は何も相談していない。
が、左手の紋様といい、彼女の実力といい、一緒に旅をしてくれるならかなり心強い。
みんなもそう思っているから何も言わないのだろう。
「そうですね…一人前になるまでは戻ってくるなと言われて鬼ヶ島を出て十数年。そろそろ何かを成し遂げたいと思っていました」
「それに前の黒いモヤの者のこともあります。いいでしょう。わたくし、ヒルダ。微力ながらお供します」
「良かったわ。よろしくね、ヒルダ」
「はい、よろしくお願いします」
唐突だったが、ヒルダが仲間になった。
これからは五人旅になりそうだ。
「ところで気になってたんだけど黒いモヤの者って、魔王の使い魔のことよね?」
ジブリエルが聞く。
「魔王の使い魔? なるほど…確かにそう言われるとあの禍々しさにも納得がいきます」
「気付かずに戦ってたの?」
「はい。というか、敵と判断してからすぐに斬ったので何も分かりませんでした」
「じゃあ、一撃ってこと?!」
「そうですね」
「それは凄いですね…」
その場にいた全員が驚いていた。
ヴァオイレッドが言っていた弟子の中でヒルダが一番強かったと言うのも頷けるな。
ていうか、そんなヒルダを子供のように遇らう師匠ってどんだけ強いんだよ。
「んん〜……眠くなってきました。今日はこの辺りにして明日ゆっくり話をしましょう」
「まだそんなに遅くないのに、お酒飲み過ぎたんじゃないの?」
シャーロットが揶揄う。
「わたくしは眠る時間が長いのでいつも通りですよ。寝る時間短いと機嫌が悪かったり、後は寝起きも悪いのでさっきみたいに寝ぼけて父の口調で喋ったりしていいことがありません」
「なので、早く寝て遅く起きるを心掛けているんです」
「聞いたことないぞ」
「まあ、明日話をしましょう。そうですね…明日の正午に冒険者ギルドの前で待ち合わせでどうでしょうか?」
「いいわ」
「では、わたくしはこれで。また明日会いましょう」
そう言うとヒルダは自分のお会計を済ませて店から出て行った。
「なんか、感動もしたけど凄い人だったね」
「色んな意味でね」
「そうだな」
「でも、これは思わぬ収穫よ。セレナロイグで少し思ったのよ。私とユリアとシャーロットは魔法を使うから少しバランスが悪いなって」
確かに黄龍には苦戦した。
魔法が効かないとああも戦術の幅が無くなるのかと考えさせられたからな。
「そうね。前衛をできる人が増えてよかったわ」
「うん」
「後は情報収集だけね」
「そうなのよね…」
「大丈夫よ。私に考えがあるの」
「「「?」」」
「任せて」
この時のジブリエルの顔を見て俺は嫌な予感がした。
見てくれてありがとうございます。
気軽に感想や評価、ブックマーク等をして下さい。嬉しいので。




