第五十九話 母親
フィーベルと約束した日になり俺達は王城に来ていた。
何度見てもやはり大きい。
「待たせてすまないな」
「いえ」
城門で待っているとフィーベルがやってきた。
「案内する。付いて来てくれ」
そう言われてフィーベルの後を付いていく。
「先日は助かった」
「いえ、あの後はどうなったんですか?」
「あの後は残りのドラゴンの元に行って討伐。その後は色々と処理に追われてた。書類も山のようにあって大変だよ」
「そうだったんですか」
どうやらかなり大変だったようだ。
「あっ! フィーベル様!」
「噂をすればかな」
俺達に兵士が向かってくる。
「申し訳ありませんがまた確認していただく書類ができまして…」
「そうか。分かった」
「お願いします」
「しかし、私は今このお客人を王の元まで案内していてな。君、悪いが私の代わりに案内をしてくれ」
「はい。かしこまりました」
「ということだ。すまないね」
「本当に忙しそうね」
「私ならシェイクに任せて逃げているわね」
「じゃあ、後は任せたよ」
「はっ! では、みなさん、こちらです」
それから俺達はフィーベルと別れ、兵士に案内された。
歩いてて思ったが、城に入るまでの道というのだろうか。
庭園のようになっているのだが、それがとにかく広かった。
隅々まで手入れがされていて見ているだけでいい気分になる。
城の入り口に着くと番兵が二人立っていた。
その横を通り中へと進む。
中は赤の絨毯が敷かれており、壁や天井には高そうな装飾がいくつも施されている。
これが人族最大の国の城なのかと感心するね。
しばらく歩いていると兵士をよく見掛ける。
みんな忙しそうにしているところを見るにドラゴン事件のことで色々大変なのだろう。
と、前方に二階への階段を見つけた。
「ここの階段を上がればすぐに王の間ですのでもう少しです」
そう案内されて俺達は階段を上った。
すると、階段を上がってすぐのところに荘厳な扉があった。
「ここが王の間です。お客人をお連れしました」
兵士が扉の横にいる二人の番兵に言う。
「うむ。話は聞いている」
「では、私はこれで」
「ありがとうございます」
兵士が離れて行った。
「念の為、名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「ユリアです」
「ソラです」
「シャーロットです」
「ジブリエルです」
「はい、フィーベル様から聞いていたお名前です」
「中に入る際、そのフードは取ってください」
「ああ、はい」
俺達はフードを取る。
「では、中へ」
そう言うと番兵が二人で扉を開けた。
すると、王の間と呼ばれる部屋の中が見えた。
中に入ると赤い絨毯の両側に兵士がずらりと並んでいる。
部屋の雰囲気とこの圧迫感はサミフロッグと同じだ。
俺達は兵士達の横を通り過ぎながらこの国の国王が座る玉座へ近付く。
と、玉座には銀髪の男が一人、堂々と座っていた。
顔を見る感じサミフロッグの国王より少し歳は上だろうか。
でも、知己とか言ってたからそんなに歳は変わらないか?
「よくぞ、来た」
俺達は片膝をつく。
ジブリエルが少し遅れていたので見様見真似でやってみただけだろうな。
そういえば何も言っていなかった。
「話はフィーベルから聞いている。そう固くならず、楽にしてくれ」
そう言われて、俺達は立ち上がる。
「私はこの国の王、セレナロイグ・ノディオン。手紙を見た。あれは娘のハートの物だ。どうやら色々と苦労を掛けたらしい。礼を言う。助かった」
「いえ」
「して、少し聞きたいことがある。我が娘を襲った”梟”という暗殺者の話だ」
「梟ですか?」
「うむ。その梟はハートを狙っていた。これは間違いないな?」
「はい。本人もそのように言っていました」
「ふむ。だとすると…誰かがハートの命を狙ったということか…」
国王は何かを考えているようだ。
やはり自分の娘が命を狙われているというのが心配なのだろうか。
「他に、何か梟に関して気になる点はなかったか?」
「いえ…特には」
「そうか。分かった」
国王は何か複雑そうな顔をしている。
「難しいことは後で考えるとして。ハートは元気そうであったか?」
「それはそれはとても元気そうでした」
シャーロットが語る。
「そうか。ならばよい」
国王が嬉しそうに言う。
「今日は其方達に褒美を渡そうと思ってな。娘の件だけでなく、此度のドラゴン討伐の件も含めた褒美だ。受け取ってくれ」
そう言うと兵士の一人が大きめの袋を一つ、俺達に持ってきた。
「中身は貨幣だ。それとハートの身に付けていた指輪も入っている」
「指輪も?!」
「うむ。其方達は娘の命の恩人だ。何かあればそれを見せれば何かの役に立つかもしれん」
「ああ…分かりました」
これは意外だった。
まさか指輪が返ってくるとは。
流石のハート王女様もここまでは予想していなかっただろう。
ていうか、してたら怖い。
と、その時、ゆっくりと王の間の扉が開いた。
「話は少し変わるが、これからどこに向かう予定なのだ?」
「ここから北のストライドに行こうと思っています」
「うむ。ストライドか…あそこはちと危険な場所だぞ?」
「何かご存知なんですか?」
ユリアが聞く。
「ストライドは最近、急速に成長した街だ。が、何もなかった場所がそれほど急速に成長はしない」
「つまり…」
「ストライドは違法な取引をすることによって急速に成長したと考えている」
前に読んだ本にもそんなことが書いてあったな。
「ん?」
「なんとか対処したかったんだが、これが思った以上に厄介でな。今、手を焼いているところだ」
「そうだったんですか」
「まあ、どうしても行くと言うのならば気を付けることだ」
「はい」
「話は以上だ。其方達の旅の無事を祈っている」
「ありがとうございます」
「丁度いい。フィーベルよ。この者達を外まで送ってやってくれ」
「……」
後ろに振り返るとフィーベルがいた。
が、何か様子が変だ。
足元が覚束無く、不安定な感じがする。
「あの…フィーベルさん?」
「フィーベル…?」
「……」
皆心配しているがフィーベルは何も言わない。
と、その時、フィーベルはなぜか頭の甲冑を外して床へ落とした。
すると、長い金髪の美女が涙を流していた。
よく見ると耳が長い。
エルフ族か!?
「おわぁ?!」
俺達が驚いているとフィーベルはいきなりユリアに抱き付いた。
「ブリキッド師匠……」
ブリキッド。
確かに彼女はそう言った。
どういうことだ。
「おい、フィーベル。大丈夫か?」
国王も心配そうに近付いてきた。
「会いたかった…」
涙を滝のように流しながら言うフィーベル。
「あの…」
ユリアは何がなんだか分からないって顔をしている。
「ひとまず、隣の部屋へ行こう」
それから国王が隣の部屋まで案内してくれた。
「フィーベル。どういうことか話してくれぬか」
「……申し訳ない。落ち着いた。もう大丈夫だ」
涙を拭い、落ち着いた様子のフィーベル。
「ユリア、すまない」
「い、いえ…でも、どうしたんですか?」
「うむ。あなたがあまりにもブリキッドに似ていたものだからつい取り乱してしまった」
「…そうだったんですか。ブリキッドは私の曽祖母の妹です。だから似ていたのかも」
「ブリキッドの親戚だったのか…それでか。あなたの持っているその杖も髪飾りも見覚えがある。確か、故郷の大切な物だったと聞いている」
「ええ」
「それで、彼女はまだ生きているのか?」
「分かりません。もう曽祖母も亡くなってしまったから…」
「そうか……ブリキッドは子供の私を拾って育ててくれた母親なんだ。でも、三百年ほど前のある日いきなり手紙を置いてそれっきり。そこにはもう会えないだろうと書かれていた」
「が、私は諦めきれずそれからブリキッドを探す旅に出た。しばらく続けたが結局見つけることはできなかった。どこに行ったかも分からない者を探すにはあまりにも世界が広過ぎる」
「そんな時だ。たまたま当時のこの国の国王と出会ってな。それがきっかけでこの国に使える兵として今も働いている」
「そうだったんですか」
「お前の泣いたところなど見たことがなかったから驚いたぞ」
「すまない。心配をかけた」
とりあえず、安心した。
「でも、本当によく似ている」
「そう、なんですか?」
「ああ。特にその杖と髪飾りを付けていると師匠と一緒にいるみたいだ」
「師匠?」
「私の弓はブリキッドに教えてもらったものだからな」
「へえ」
「よく構え方を直されたものだ。懐かしい…」
当時のことを思い出しているのだろうか。
楽しそうな、少し悲しいような、そんななんともいえない顔をしている。
「師匠はいつも何か悩んでいるみたいだった。ふとした時に、何かを考えているのが普通になっていた」
「気になって聞いても教えてくれなかったが、やはり何かあったのだろうかと今でも思う」
「……」
「いや…昔話はここまでだ。いつまでも過去に囚われる訳にはいかない。今やこの国の親衛隊隊長だからな」
そうだったのか。
多分だけど相当偉いってことだよな。
「無理はするなよ」
「分かっている。さっ…私の所為ですまない。送るよ」
「ありがとうございます」
「では、私も戻るとしよう」
そう言うと国王は出て行った。
「じゃあ、私に付いてきてくれ」
それから俺達はフィーベルに案内されて外へと向かった。
「ユリア達はいつこの国を発つんだ?」
「そうですね…まだ決めてないですけど、できるだけ早く発つつもりではいるので…」
そう言って俺達に視線を向けてくるユリア。
「どうする?」
「そうね…ハートのお願いも聞いたし、明日にでも出ましょうか」
「明日か。早いな」
「あの魔王がいつ復活するかも分からないもの。できるだけ急いだほうがいいわ」
「魔王か……我々もできるだけの戦力を揃えて警戒するつもりではいる」
「賢明ね。じゃないと、簡単に滅びることになるわ」
「そうだな」
と、そんな話をしていると向こうから歩いてくる集団がいた。
「ああ…悪いがみんな壁に避けて軽く頭を下げてくれ」
「はい…」
俺達は言われた通りにする。
「あら? フィーベルじゃありませんの? さきほど倒れたと聞きましたけど?」
この話をしている雰囲気、なんか既視感があるな。
「いえ、少しふらついた程度ですので」
「そうなんですの? お気を付けなさいな」
「はい」
俺はチラッと顔を上げた。
すると、そこにはハート王女様とよく似た女性が立っていた。
「それでは、失礼しますわ」
そう言うと彼女は集団を連れて離れて行った。
「ハートにそっくりだったわね」
「うん」
「彼女はハート…様の姉のカトリーナ様だ」
姉なんて居たんだな。
そんなこと言っていなかった気がするけど。
「ふ〜ん。姉と妹で聞いてた印象とこうも違うのね」
「どういうことだ?」
「人は見掛けではなく、中身ってことよ」
「ん?」
「彼女も次の王と成るべく色々と苦労しているからな」
「そのようね。第一夫人の娘ってことは他にも候補が色々居そうね」
「前から気になっていたんだが、もしかしてジブリエルは考えていることが分かるのか?」
「まあね」
「なるほど、そういうことか…」
フィーベルは納得したような反応をする。
「一夫多妻は娘、息子が一杯居て大変そうね」
「まあな。ハート様はそれが嫌で出て行ったようなものだ」
「そう」
なんかよく分からんかったが、国王が色んな妻を持つことで次の国王を決めるのが大変だみたいな感じか?
ていうか、一夫多妻なんだ。
今まで気にしたことなかったがもしかしてバスクホロウとかもそうだったんだろうか?
それから城門まで歩いた。
「明日ここを出るんだったらここに来てくれれば馬車で街の外まで送ろう」
「いいんですか?」
「ああ。次の目的地はどこだ?」
「ストライドです」
「ストライドか…ということは北門からが早いな。よし、任せてくれ」
「ありがとうございます」
「では、明日の十時頃でいいだろうか?」
「はい。お願いします」
「分かった。では、また明日」
そう言って、城門でフィーベルと別れた。
「さてと、それじゃあ、明日に向けて荷物を整理しないとね」
「そうだな」
「少し食料とかも買っておいた方がいいかもね」
「そうね。あっ、私、白のローブが欲しいわ」
「ローブ? もう持ってるだろ?」
「私だけ灰色のローブなのは仲間外れみたいで嫌なのよ」
「う〜ん。まあ、確かに」
「そうと決まれば今から買いに行くわよ。ちょうど王様からお金も貰ったんだし」
「無駄遣いはできないからね?」
「分かってるわよ」
そんな会話をしながらとりあえず宿へと向かったのだった。
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