第四十九話 何気ない時間
妖精族の村を出てから二週間ほど経過した。
現在向かっているセレナロイグまで後少しで着きそうというところまで来た。
最初は一ヶ月ぐらい掛かると言われていたから想像よりかなり早い。
なぜかと言えばセレナロイグへ向かう途中、その方面へ行くと言う商人の馬車に乗せてもらえたのが大きかった。
その商人は気のいい感じのおじさんで俺達によくしてくれた。
今でも感謝している。
なんせ、今は歩きながらセレナロイグに向かっているからな。
「あの馬車の旅が恋しいわね…」
唯一歩いていない奴が言う。
「ここまで乗せてもらえただけよかったでしょ? それにシャーロットは空を飛べるんだから私達より疲れないわけだし」
シャーロットにユリアが言う。
こういう会話はもはや日常と化している。
そこそこ長く一緒に居るから安心感すら覚えるくらいだ。
「まあ、そうだけどさ…」
「でも、飛ぶって疲れるのよ?」
と、俺の横を歩いていた少女が言う。
淡緑色の髪に白のワンピース。
翡翠色の目と紫色の目のオッドアイが特徴的な妖精族の少女、ジブリエルだ。
「私の場合は魔力を使うし、シャーロットは背中の筋肉とか使うんじゃない?」
「ん? そうね。うん」
シャーロットは自分の味方をしてくれたことに驚いたという顔をしている。
まさか自分に賛同してくれる仲間がいるとは、といった感じだろうな。
顔に出ていて分かりやすい。
今までこんなこと無かったんだろう。
「つまり、シャーロットは他の人より特殊な筋肉を使うってことよ」
「まあ…そうかも?」
シャーロットは不思議そうにジブリエルを見る。
「これは全身筋肉痛に違いないわ」
「ん?」
俺はその時、何か嫌な予感がした。
「いや、そこまでじゃ…」
「ということで、ソラ! あなた、シャーロットをマッサージしてあげなさい!」
「はい?」
自分に不都合そうなシャーロットの言葉を遮って俺に指差ししながら言うジブリエル。
正直、『何言ってんだ?』と言いたいところだが、ジブリエルが少し笑いながら悪い顔をしている。
俺はまだジブリエルとそこまで長い間一緒にいるわけではない。
だが、俺には分かる。
この顔。悪戯をしようとしている時の顔だ。
「いざって時に体が疲れてたらどうするの? 日々の体のケアは大切よ?」
「それはそうかもしれないけど、なんで俺が…」
「ちょっと…」
「?」
ジブリエルがシャーロットへ手招きする。
すると、シャーロットが降りてきてジブリエルへ近づく。
「あのね…」
と、ジブリエルはシャーロットへ耳打ちして何かを言う。
「……別にそれが理由ってわけじゃないからね」
シャーロットの顔が心なしか赤くなっている気がする。
「ふ〜ん」
シャーロットを見ながらニヤニヤするジブリエル。
「ソラ、我は疲れた。マッサージを所望する」
「え?」
なんで我口調なんだ?
俺は久々のシャーロットの我口調を不思議に思う。
「もう日も落ちかけている。今日はここらで休むのが良いだろう」
「お、おお…」
「少しの間だけだ。それに、あのことを忘れてはいまいな?」
あのこと……。
心当たりがあるとすれば貸し一つの話だろうか。
俺がシャーロットを疑ってしまったからそれを許す代わりに貸しとしておくという話。
許してもらった手前断り辛いな。
「…分かった。何なりと」
「うむ。それで良い」
シャーロットはさも当然といった態度だ。
この感じはマッサージしただけでは貸しは消えないな。
まあ、俺もこのぐらいじゃ割に合わないと思うからいいけど。
「じゃあ、今日はこの辺で野営しようか」
「ああ」
「良かったわね」
「フンッ」
ニコニコのジブリエルにシャーロットはプイッとそっぽを向いた。
というわけで俺達は野営をすることになったのだが、現在俺はシャーロットのマッサージをしている。
その間ユリアとジブリエルはご飯の用意をしてくれている。
なんか俺達だけ申し訳ないが、
「疲れていると余計に気持ちがいいわね」
「そうか」
シャーロットの機嫌の良さそうな声音を聞いていると、やって良かったなという気分になる。
それに後でみんなにもマッサージしてあげればいいだけだ。
特に悪く考える必要もないだろう。
しかし、こうやって何度かマッサージをしているがシャーロットはなんというか華奢という感じがするな。
スラっとしてるし、色々気にしているんだろうか。
と、俺はここであることに気が付く。
「この香り…」
俺は嗅いだことのある香りがしたことに気が付いた。
この香りは確かミント大橋で買った香水の匂いだ。
そして、その時、俺は更に思い出した。
偽物のシャーロット、”腹黒”のブラックキャッツと会った時の違和感。
あの偽物のシャーロットの見た目は完璧だった。
けど、どこか違和感を覚えた。
その正体は匂いだ。
あのシャーロットからは何も香りがしなかったから少し違和感があったんだ。
俺は自然とシャーロットからこの香水の匂いがすると覚えていて、だから変に思った。
なるほど。これであの時の違和感の謎が解けたな。
ん? でもそうなると俺は自然とシャーロットの匂いを記憶していたということになる。
しかも、それが違和感と思える程に。
つまり、俺はユリアやジブリエルの匂いも自然と記憶している?
それちょっとキモく…
「ねえ、ソラ」
俺は背後から名前を呼ばれてビクッとする。
振り返るとそこにはユリアが立っていた。
「ど、どうした?」
「いや、なんとなく…動きが変な気がして」
「ん? そ ん な こ と な い よ?」
「なんで片言?」
しまった。何故か片言になってしまった。
特に悪いことはしてない筈なのに。
どうしてだ。どこかが故障でもしたのか。
「まあ、いいや。もうすぐご飯ができるから食器の用意をして」
「お、おお。分かった」
「んん〜〜気持ち良かったわ〜」
伸びをしながら言うシャーロット。
「随分気持ちよさそうだね」
「まあね。ユリアも後でやってもらったら?」
「うーん」
ユリアは俺を見ながら考える。
なんだろう。何故だろう。
詰められている気がするのは。
そのうーんと言う声もやめて欲しい。
心臓に悪い、気がする。
「じゃあ、お願いしようかな」
「お、おう…」
こうして俺はユリアのマッサージもすることになった。
その時のジブリエルの計画通りみたいな勝ったという顔を見て、俺は何故か負けた感じがした。
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今週からまた週三話投稿していく予定です。
今週は休みが多いので四話投稿しようと思います。




