間話 ”白銀”と赤弟子と愛弟子
現在、21時毎日投稿中。
バスクホロウ王国。
とある事件の後処理に追われていた騎士達にようやっと日常が戻りつつある頃、今日も街の中を元気に走る一人の少女。
その少女の名前はミーシャ。
金髪のポニーテール。青色の目。
腰には背丈に合った剣を携え、白のローブを着て、とある場所に向かっている。
「急がないと」
彼女が走る理由。
それは剣の稽古があるからだ。
彼女は現在、この国の騎士団長、グラウスに剣を教わっている。
ここ一ヶ月はそのおかげでメキメキと実力を伸ばしていた。
そして、ミーシャの剣の腕が上がった要因はもう一つある。
「ミーシャ!」
ミーシャに声を掛けた赤髪の女性。
頭には狐の耳、腰には尻尾も生えている。
獣人族の彼女の名はヴァイオレッド。
ミーシャのもう一人の剣の師匠だ。
「ヴァイオレッド!」
彼女に気付いたミーシャが駆け寄る。
「これから剣の稽古か?」
「うん。ヴァイオレッドは?」
「私は今日も冒険者ギルドに行って情報を集めようと思ってる」
「ヒカリさんだっけ?」
「ああ。早く見つかると良いんだが……」
空を見つめるヴァイオレッド。
彼女は親友の子供であるヒカリという獣人族の女の子を探す為、ここバスクホロウまで旅をしている。
残念ながら見つかってはいないがそれでも諦めずに毎日少しずつ情報を集めている。
旅に出てからの彼女の日常だ。
「明日は私も顔を出すよ」
「本当?!やった〜!」
「フフ」
ミーシャの喜んだ様子を見てヴァイオレッドは思わず笑ってしまった。
「しかし、ここ数日で気温が随分と下がっているな。天気も曇りがちだ。体調には気をつけるんだぞ?」
「うん。分かった」
「じゃあ、またな」
「またね!」
それからヴァイオレッドと別れたミーシャは急いでグラウスの元へと向かった。
「はぁ……やはり、ヴァイオレッド殿も言っていたがミーシャは筋がいいな」
「ふふ〜ん」
剣の稽古が一通り終わった後、グラウスに褒められたミーシャはニヤニヤしながら得意げな顔をしている。
「だが、あまり調子に乗っているといざという時に痛い目を見る。特に命懸けの戦闘においては少しの油断が自分を滅ぼす。それを肝に銘じるように」
「はい!」
「よし。では、今日はここまで」
「ありがとうございました」
「うむ。ところでミーシャ、将来はどうするんだ?」
「将来?」
いきなりのことにミーシャは不思議そうに聞く。
「このまま剣の腕を磨けば騎士団に入ることも可能だろう。その時、私がまだ現役だったら推薦することもできる」
「ほお…」
ミーシャは難しそうな顔をする。
「まあ、まだ将来のことなんて考えてないか」
「う〜ん…………私、頑張る。それで褒めてもらう」
「……そうか。そうだな。だが、その為には日々の鍛錬が必要だ。大変だぞ」
「でも、私は頑張るって決めたから」
ミーシャの幼いながらも強い目にグラウスはこれからが楽しみだと思った。
「そうか。では、私も手伝うから頑張るように」
「はい!」
ミーシャの元気な返事。
応援したくなるのは彼女のこの真っ直ぐなところがあるからだろう。
次の日。
「行ってきます!」
「はい。気をつけてね」
エマに見送られたミーシャが街の中を今日も走る。
今日は城の訓練所でヴァイオレッドとの稽古がある。
稽古は辛く、大変だが、それでも楽しさが勝っているので毎日続けられている。
少しずつではあるが成長していることを実感できているのも続いている要因なのかもしれない。
「ん?」
と、ミーシャは走るのを止めて空を見る。
その理由は簡単だ。
薄暗い雲から白いものが降ってきたからだ。
「雪だ…」
ミーシャは手を前に出して雪が乗るのをじっと見つめる。
こんな時期に雪が降るなんて珍しいと考えながら。
「あっ!遅れちゃう!」
と、慌てたミーシャはまた走り出した。
「そこはもう少し踏み込むんだ」
「はい」
雪が降る中、木刀が打つかる音が訓練場に響く。
「そうだ。その調子で相手に考える隙を与えないように攻撃を続けるんだ」
「はい」
白い息が出る寒空の下でヴァイオレッドとミーシャは構わず剣の稽古をしていた。
寒いと体の動きが鈍る。
そんな時の戦い方も教えておこうというのがヴァイオレッドの考えだ。
いつ、どんな時でも戦えるようにする。
あらゆることを想定し、意識しながらやる稽古は必ず役に立つ。
それはヴァイオレッドが生きてきて学んだことだ。
「二人とも、こんな寒い日にも剣の稽古とは感心ですな」
「グラウスさんか」
「グラウスおじさん!仕事はもう終わったの?」
「いや、もう少し残ってる。今はちょっと休憩しようと思ってな」
稽古中の二人に話し掛けてきたのはグラウスだ。
休憩がてら二人の様子を見ようとここまで足を運んだ。
「いつも忙しそうだな」
「これでも騎士団長ですからね。仕事は探せばいくらでもあります」
「……大変だな。私は出来ない」
「まあ、慣れたものですよ。そうだ。一応、報告しておきます。ヒカリという獣人族の少女の件ですが、やはり情報はありませんでした」
「そうか…私も自分で色々情報を集めているんだがな…」
「引き続き情報は集めますが、正直ご期待に添えるかどうか…」
「いや、協力してくれるだけでありがたい。私だけではとてもじゃないが探すのは難しい」
「そうですね。この世界でどこに行ったか分からない一人を探すのは骨が折れる」
「ええ」
暗い表情を浮かべるヴァイオレッド。
この国に来てから一ヶ月近くが経ったが、一向にヒカリの情報は手に入らなかった。
彼女の中でも少し暗い感情が湧く。
もしかしたら、ヒカリはもう……。
だが、そんな考えを払拭するようにミーシャは言った。
「大丈夫だよ!諦めなければきっと見つかるよ」
「ミーシャ…」
「今もどこかにいるんだったら探してあげないと可哀想でしょ?」
「……そうだな。ミーシャがソラに助けてもらったように。私も助けてあげる為の努力をしないとな」
「ふふん」
ミーシャは腰に手を当て、満足そうな顔をしていた。
「私もできる限り力になりましょう」
「グラウスさん、感謝します」
と、その時、降っていた雪が更に多くなり、吹雪いてきた。
「季節外れの雪にしては随分と本格的に降りそうですな」
「ええ。今日の稽古はとりあえずここまでにしよう。このまま雪が降ったら帰りが大変だ。私がミーシャを家まで送るから準備してくれ」
「はい」
「では、ミーシャのことはヴァイオレッド殿にお任せします。私は仕事に戻りますので」
「ええ」
それから二人で雪の降る道を教会まで一緒に歩いた。
「そういえば、ウェッヂさんは最近何やってるの?」
「ん?ウェッヂか?あいつはこの街で働いてるよ。物を売っているって言ってたな」
「へえ、仲良いの?」
「ん、仲か?まあ、悪くはないな」
「てことは良いってこと?」
「いや、どうしてそうなる。悪くないというだけだ」
そう言って、ヴァイオレッドはミーシャから顔を逸らした。
「ふ〜ん」
そんな彼女の様子を見たミーシャは仲が良いんだなと確信した。
「コホン。とにかく、あいつは何だかんだ私に会ってくるから呆れてるだけで、別に嫌いではないが、その、アレだ、だから…」
「好きなの?」
「なっ?!ち、違う!そういうんじゃない!」
ミーシャの言葉に顔を赤くし、狼狽えたような反応をするヴァイオレッド。
その様子を見て、ミーシャは好きなんだなと思った。
「全く…いきなり何を言い出すんだ」
「女子トークってやつ?」
「そんなものがあるのか?」
と、二人で楽しく話をしていると、ヴァイオレッドはいきなり腰を下げ、剣に手を置き、耳と尻尾を立てて警戒している。
「ヴァイオレッド?どうしたの?」
「何かいる」
そう言うヴァイオレッドの目線は遥か上空に向けられていた。
「ミーシャ、私から離れるなよ」
「はい」
ミーシャはヴァイオレッドの側に近づく。
何が起きてるのかミーシャには分からなかったが自分の師匠がこれ程警戒している姿は見たことがなかった。
なので、今はとても危険な状態なのだろうということが容易に想像できた。
「来る!」
と、上空より黒いモヤに覆われた人型の何かが二人に近付いてきた。
それは背中から二つの翼を生やし、羽ばたきながらゆっくりと二人の前に降り立った。
「ここがバスクホロウとかいう場所で合ってるのだろうか?」
「「……」」
独り言で恐らく女性だと分かったが、黒いモヤの所為でそれ以外の情報が分からない。
あとはせいぜい背中の翼ぐらいだ。
ヴァイオレッドは異質な気配に警戒し、ミーシャは直感的に恐怖した。
「ふむ。そこの人間、いや、獣人族か?まあ、いい。ここはバスクホロウという場所で合っているか?」
「……そうだが」
ヴァイオレッドは答えていいものかと逡巡したが正直に答えた。
「そうか。では、私はここで暴れればいいのか…」
「っ!?暴れるだと!?」
「そうだ。色々世界の状況を集めたいんだそうだ」
「……お前は、魔王の仲間か何かか?」
ヴァイオレッドは冒険者ギルドで聞いていた魔王復活の話を思い出し聞く。
「ああ。私は”白銀”のシエナホワイト。魔王様の使い魔だ」
「やはりか」
「……魔王…」
ミーシャの拳に自然と力が入る。
昔話で聞いたことのある単語。
今目の前にいるのはその昔話に出てくる魔王の仲間だという。
そんなことがあり得るんだろうか。
少女はそう思ったが、直ぐにそれはあり得ることだと分からされた。
「この国は時期に全て凍る。私はそういう使い魔だからな」
「なるほど。この季節外れの雪はそういうことか」
この雪はこの使い魔が起こしていると言うのだ。
天候を操り、広範囲でその能力を扱える。
魔王の使い魔ならば可能だろう。
ミーシャの中で納得がいった。
今目の前にいるのは本物の魔王の使い魔。
そう考えると、自分が直感で恐怖を感じたのにも合点がいった。
「少し遊びましょうか。それも私の使命ですから」
「フン。やるか?」
そう言うと、ヴァイオレッドはニヤリと笑い、剣をシエナへ向けた。
その際、ミーシャのことは常に気に掛け、いつでも助けられるように警戒する。
守りながら戦う時、ヴァイオレッドの師匠、オルファリオンがいつもしてくれていたやり方だ。
「『アイスランス』」
シエナが作り出した氷の槍がヴァイオレッドに向かって放たれる。
それを剣で一つ、また一つと防いでいく。
が、彼女の剣によって砕かれた氷の槍が地面に落ちる間にシエナは次の氷の槍を作り休憩の隙を与えない。
「どうした?このままだと私に攻撃は当てられないぞ?」
「分かってるよ!」
シエナの挑発にヴァイオレッドは強い口調で返す。
が、あくまで彼女は冷静だった。
ミーシャに気を配りつつ、的確に攻撃を当てていく。
しかし、その様子を見たシエナは更に攻撃の手を増やし、ヴァイオレッドをじわじわと追い詰めていく。
「口程にもないな。今の剣士はこの程度か」
「クソ…少しだけでいいから時間があれば…」
ヴァイオレッドが漏らした言葉。
それはいつも一緒に稽古をしていたミーシャにとって初めて聞いた彼女の弱音だった。
それを聞いた時、ミーシャは思った。
私がヴァイオレッドを、師匠を助けると。
そう決心したミーシャは腰に携えていた愛刀を抜いた。
「おい、ミーシャ!何をするつもりだ!」
「私が一瞬だけ攻撃を変わるから、その間にヴァイオレッドがなんとかして!」
「バカ言うな!死ぬぞ!」
ミーシャの提案にヴァイオレッドは苦言を呈す。
ミーシャは自分よりも半分以下の年数しか生きていない子供。
剣の才能があると言ってもまだまだ未熟だ。
そんな子供が一体何をどうすると、と。
しかし、ミーシャは言った。
「私は出来る!出来ないって言われたことも出来たんだから」
真っ直ぐなミーシャの言葉。
かつて無理だと言われても諦めなかったあの日々のことを思い出しながらの言葉。
「……」
ミーシャの言葉を聞いてヴァイオレッドはかつての自分を思い出していた。
自分は出来ると豪語するが師匠に揶揄われ、がむしゃらに稽古していた時のこと。
そして、実際に出来るようになった時のあの達成感を。
そのことを思い出したヴァイオレッドは自然と笑みが溢れる。
私の弟子は私の弟子なんだなと。
ならば、信じよう。
かつて自分の師匠が揶揄いながらも稽古に付き合ってくれていたように、今度は自分が弟子を信じるんだ。
「ミーシャ!一秒だ。一秒経ったら私を信じて後ろに下がれ」
「はい!はあああああ!!!」
ヴァイオレッドとミーシャが交代し、ミーシャが氷の槍を防ぐ。
「正気か?こんな子供に何が…」
ミーシャは的確に氷の槍を攻撃する。
一切の無駄がない動き。
それは魔王の使い魔であっても初めて見る光景で、不思議であり、不気味であり、恐怖だった。
この年の子供がする動きではない。
こいつはここで殺すべきだとシエナは直感的にそう思った。
すると、体は勝手に動いた。
口が勝手に魔法を唱える。
「『アブソリュート…』」
が、それを止める赤い猛獣。
剣に炎を纏い、体の周りには炎が渦巻いている。
それがシエナの左腕を切り落としたのだ。
「よくやった、ミーシャ。ここからは私に任せろ!」
「はい!」
ミーシャが後ろへ下がり、ヴァイオレッドは腰を落としていつでも動き出せるようにする。
「寒いと体が鈍くなるからな。魔法で温めさせてもらったよ」
「くっ……魔法を器用に使うやつだ。どうやらこの二千年で少しは魔法の使い方を学んだようだな。だが…」
と、シエナは斬られた左腕部分に右手を翳す。
すると、無くなった左腕を氷で一瞬にして作った。
「魔法にはこういう使い方もある」
氷の左腕を動かしながら見せつけて言うシエナ。
が、負け時とヴァイオレッドも剣をシエナに向け、
「その腕、何度でも斬ってやるよ」
「フン」
睨み合う二人。
雪が更に激しく降り注ぐ一触即発の雰囲気漂う中、最初に動いたのはシエナだった。
「『アイスクリスタル!』」
「っ!?ミーシャ、避けろ!」
地面から巨大な氷柱が突き出て二人を襲う。
それをなんとか躱すも次、また次と氷柱は二人を襲い、やがてミーシャが躱しきれなくなり、なんとか剣を使って攻撃を受け止めた。
「まずいな…」
そんなミーシャの様子を見たヴァイオレッドが走り出した。
これ以上はミーシャが危険だ。
短期決戦で決めるしかない。
炎で温めた体はヴァイオレッドの身体能力をより高め、いつも以上に俊敏な動きを可能にした。
見る見るうちにシエナに迫っていき、そして、次の瞬間、ヴァイオレッドの剣がシエナに向かって薙ぎ払われた。
「『アイスシールド』」
しかし、氷の盾でその攻撃は防がれる。
「いい動きをするがこの程度では…」
と、そこでシエナは言葉を止めた。
異変に気付いたのだ。
自分の氷の盾から水が滴っているということに。
「はあああああ!!!」
ヴァイオレッドの声と共に剣に纏った炎もその勢いを増す。
どんどん自分の氷の盾が溶かされていくのを見たシエナは氷の盾を大きく、より頑丈にしようと魔力を込めるがヴァイオレッドの炎の剣は止まらなかった。
「魔法剣、炎刀!『猛火の太刀!』」
シエナの氷の盾を破壊するとヴァイオレッドはそのまま次の攻撃に移った。
袈裟斬りでシエナを斬り、すぐに逆袈裟斬りで斬り、そして、流転の如く次の攻撃へ移る。
一回、二回と攻撃を重ねていくごとにその動きは速さを増し、そして、それが四、五十を超えた頃、ようやっとヴァイオレッドは動きを止めた。
「ここ…までか……だが、お前らのこと、覚えたぞ…………」
そう言い残して、シエラは跡形もなく消えた。
「ふう〜〜〜…………」
今までの反動か、ヴァイオレッドは大量の白い息を吐く。
「ヴァイオレッド!」
そんな彼女の元にミーシャが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ああ。しかし、少し体が鈍ってるな。私も鍛え直さないと」
「さっきの奴は倒した?もう襲ってこない?」
「ああ。大丈夫な筈だ」
心配そうな顔をするミーシャにバイオレッドは微笑んで答える。
すると、今までの猛吹雪が止み、雲の隙間から太陽の光が差し込んだ。
「な?」
その様子を見てヴァイオレッドはミーシャに笑顔で言う。
「っ…!!!うん!!!」
それに釣られるようにミーシャも笑顔で言った。
「しかし、ミーシャ、お前はよくやった!これはとても凄いことだ」
「えへへ……」
頭を撫でられて幸せそうな顔をするミーシャ。
「流石、私の愛弟子だ」
「…………!!!!」
ヴァイオレッドから言われたこの言葉はミーシャにとって一生忘れられない言葉になった。
「はい!師匠!!!」
目に涙を溜めながら嬉しそうに飛び付いてくるミーシャをヴァイオレッドは抱きしめながら頭を優しく撫でてあげた。
見てくれてありがとうございます。
気軽に感想や評価、ブックマーク等をして下さい。嬉しいので。




