第三十話 梟(後編)
〜ユリア視点〜
螺旋階段を登り、上へと目指す。
ハートさんから梟という男の襲撃があったと聞かされた。
カリムさんとアーダンさんを先頭にシャーロット達がいる上へと急いでいるのだが、ハートさんの話だとトレサさんとシャーロットは毒に冒されている聞いた。
早く解毒魔法をかけてあげないと死んでしまう。
しかも、トレサさんは腕を斬られたと聞いた。
回復魔法で傷は治せるが、失った血は元には戻らない。
一刻も早く彼女らの傷を治してあげたい。
そんなことを思いながら階段を登っていると、ようやく部屋に着いた。
「トレサ!大丈夫か!」
「カリム…ええ、なんとかね」
横に倒れながら返事をするのはトレサさんだ。
顔色が悪く、左腕も切られている。
ひどい状態だ。
「ユリア!彼女が大変なの。解毒魔法と回復魔法をかけてあげて」
「シャーロット!無事だったのね、よかった…」
私はシャーロットのいつも通りの雰囲気を見て安心した。
毒に冒されていると聞いていたが、思ったより軽い症状のようだ。
「まあ、なんとかね。止血はできたけど、完全に治療はできなかったわ。それに解毒もできてないし」
「安心して。私が魔法で治してあげる」
「うん。ありがとう。まずはトレサから治してあげて」
「分かったわ」
私は早速、解毒魔法から唱える。
「ところで、梟とかいうやつとティサナ達は?」
「二人は梟を追って、その穴から外に出て行ったわ」
「なんだと!?」
「私は一応、ここに残ってトレサさんを守りながら、ユリア達が来てくれるのを待ってたの」
「なるほど。じゃあ、今からでも追った方がいいな。治療が終わったら、俺とルビーとユリアちゃんで後を追おう」
「待って、私も行くわ」
シャーロットが訴えかけるように真剣な声音で言った。
「だが、怪我してる上に毒で体力が減ってる状態だろ?ここはアーダンとトレサ、ハート王女様と一緒に残るべきじゃないか?」
「確かにそうかもしれないけど、私も一緒に戦いたい。あの梟って男はかなり腕が立つみたいだった。二人だけだったら、もしかしたら…………私がいない時に、もしものことがあったら必ず後悔する。だから、お願い!私も一緒に連れてって!」
「……ルビー、どう思う?」
「私は…………一緒に行ってもいいと思う。彼女の気持ちは分かるもの。それに、彼女は強いみたいだから、心強いでしょう」
ここに来るまでにハートさんからある程度の経緯を聞いていた。
怪我のことだったり、戦闘のことだったり。
その話の中で、シャーロットが梟に攻撃を与えたという話も含まれていた。
「そう、だな。お前が言うならそうしよう。じゃあ、今から梟を追う組とここに残って情報を城の者に伝える組に分かれる」
「追跡組は俺とルビー、ユリアちゃんとシャーロットちゃんの四人。居残り組はアーダン、トレサ、ハート王女様の三人だ」
「城の者もハート王女様が言えば、話を聞いてくれるだろう」
「分かりましたわ」
「トレサさんの解毒と治療が終わりました」
「おお、早いな」
あまり使うことのなかった解毒魔法が役に立った。
斬られた腕も回復魔法で元に戻すことができた。
トレサさんの様子を見るに、少し貧血気味で体が怠そうというぐらいだ。
「後はシャーロットにも解毒魔法と回復魔法をかけたら準備完了です」
「回復魔法はなくてもいいわ。止血は自分でしたから問題ないし、解毒魔法だけお願い」
「でも…いいの?」
「少しでも早く向かいたいから」
「分かった」
私はシャーロットの目を見て、解毒魔法だけを唱えることに決めた。
彼女の目からは覚悟のようなものが感じられた。
必ず助けに行く。
そういう思いの籠った優しくも強い目だった。
〜ソラ視点〜
サミフロッグ王国から東方向へ移動した森の中を俺とティサナは梟の後を追って走っていた。
「あいつ、どんだけ足速いんだよ」
「匂いはそれほど離れてないから大丈夫にゃ」
梟の姿は見えないがティサナは鼻が利く為、匂いを追っている。
姿が見えない者を追うというのは不安に駆られるが、彼女が大丈夫だと言っているんだから大丈夫なんだろう。
問題は、どうやって奴を倒すかということだ。
さっきの戦いからするに奴は近接型な筈だ。
俺は剣の毒も効きづらい筈だから相性はいいだろう。
が、厄介なのはあの姿を隠すというローブだ。
物理的にローブを剥がすことができればいいんだが、そう簡単にはいかないだろう。
だとすると、やはり接近するしかない。
ティサナも近接型だから、俺と同じ感じで戦うことになる。
となると、奴の匂いを追えるティサナがこの戦いの鍵だな。
「だんだん匂いが近づいてきたにゃ」
「分かった」
距離が近づいてきたってことは止まったってことか?
なにか目的があってのことだろうか。
俺達をここで殺すつもりか?
不安はあるが、ここで奴を取り逃したらまたハート王女様が狙われることになるだろう。
それは阻止しなければいけない。
できれば人は殺したくないが、手加減できる相手ではない。
俺とティサナだけでは、正直足止めするのが限界な気がする。
でも、やらなければ。
「ここら辺にゃ!」
「いないな…」
辺りは今までと同じ、木々が並んでいる。
特に変わったところはない。
姿を隠して、奇襲するつもりか。
距離を犠牲にして、俺達を殺す準備に充てたってわけか。
「気を付けるにゃ。どこにいるか分からないけど、そこら中から匂いがするにゃ」
「きっと、ティサナの匂い対策だな。お互い、背中合わせになろう」
「はいにゃ」
ティサナはハンマーを構え、俺は両手に赤い炎と青い炎を纏わせ構える。
死角はない。全方位を二人で見ている。
強いていうなら、木々の所為でどうしてもその裏側が見えない。
そこに隠れているのか。それとも別の……。
そう思っていると、木の上で葉が何かに擦れる音がした。
「!?」
俺がその音の方を見ると、そこからロープで縛られた木がぶら下がっていた。
これは罠だ!
そう思い、声を出そうとして、しかし体のバランスを崩した。
何かに躓いたというわけではない。
俺とティサナが立っている地面が泥と化しているのだ。
そして、そこから伸びる剣。
それは腕と一緒に泥から這い出て、そして、ティサナの両足を斬った。
「ぐっ……」
足を斬られたティサナは体勢を崩し、倒れ込むように泥へ。
すると、剣と腕だけだったそれは、徐々に姿を現した。
泥で汚れているが、間違いない。
梟だ。
こいつは俺を木の上の罠で気を逸らして、その後、地面を泥にして体勢を崩し、その隙でティサナの足を切断したのだ。
「足を斬れば追ってこれまい」
「お前……」
「貴様だけならどうとでもなる。計画ではあの王女だけを暗殺する筈だったのだがな…」
「ウウウウ…にゃ!!!」
ティサナのハンマーが梟に薙ぎ払われる。
だが、それを梟は跳躍して簡単に躱してみせた。
人間とは思えない身軽な動き。
これが闇に生きる殺し屋の動きか。
「ふむ。貴様らはここで殺す。情報を伝えられても面倒だ」
月明かりに照らされ、顔に影を作る梟。
目だけが薄らと光を放つ。
その姿は不気味という言葉があっているだろう。
「俺は……ここで死ぬわけにはいかない」
全身に青い炎を宿し、腰を落とす。
「その青い炎、気になるが、しかし、目的の妨げになる者は消さねばならぬ。運が悪かったと思うことだ。名も分からぬ青年よ」
「俺はソラだ!誰も殺させやしない!お前は俺がここで止める!!!」
俺の青い炎がメラメラと大きく燃え上がる。
「そうか。では、〈蒼炎〉のソラよ。我が剣の錆にしてくれよう」
次の瞬間、梟が走り出した。
右に、左に、不規則な動きをしながら俺に向かってくる。
そして、もう少しで俺の間合いに入るという時になって、奴は中段に構え、垂直に剣を持った。
その瞬間、剣の等身が消えた。
ローブの能力によるものか、それとも別の何かかは分からない。
だが、これでは躱そうにも躱せない。
受けるしかない。
「『ストーン・ガード!』」
全身を魔力で覆える俺だからこその魔法。
全身のに纏った魔力を土魔法の石に変え、石の鎧を作る。
硬度は魔力を食うが、できる限り硬くした。
「奇怪な魔法を使う奴だ」
奴の剣を両腕で受け止める。
石の鎧を貫通したが、少し血が出る程度に止まった。
「『ストーン・インパクト!』」
右手に魔力を込め、形状を変化させる。
棘のような突起を作り、奴に目掛けてそれで殴り込む。
梟は腕でそれを受けるが、鋭い棘の部分が腕に突き刺さり、そこから血を流した。
それから奴は距離をとり、
「歳には勝てんな」
自分の腕から血が流れるのを見ながら言う。
歳だか、なんだか知らんが、一応俺の攻撃は通用するらしい。
だが、威力が足りない。
この程度じゃダメだ。
もっと、威力を、奴を倒せるだけの技を考えろ。
「ソラ、お前は逃げるにゃ。今までのことをみんなに伝えるにゃ!」
ティサナの声。
確かに、今のこの状況を考えるならそれが最善かもしれない。
情報をみんなに伝えて、それから対策を練って。
悪くない作戦だ。
だが、そこにはティサナがいない。
それを俺は後悔するだろう。
あの時、ああすればよかったとか、こうすればもしかして、と思うだろう。
それとも仕方がなかったと割り切るだろうか。
いや、ないな。
俺は必ず後悔する筈だ。
だから、
「いやだ。俺はティサナを置いて逃げるなんてことできない」
「なっ…!?でも、このままだとお前もウチも死ぬにゃ!」
「それでも俺は仲間を見捨てたりしない。犠牲になるなら俺がなる」
「お前……」
「ワシはそもそも貴様らを見逃すつもりはない」
「だろうな。だから、俺が、ここでお前を殺す」
「ふむ。元よりそのつもりだと思っていたが、そうではなかったようだな」
俺は人を殺すという行為に抵抗がある。
もちろん、これはいいことだと思ってる。
あった方がいい感情だと。
だけど、俺は相手を殺すことで仲間の命を救えるというのなら、躊躇いはするが、相手を殺す。
仲間を守る為に必要だというのなら、俺は自分の持てる全てを使う。
「『カオス・コアドライブ』」
いつもの青い炎。その見た目に変化はない。
だが、俺は今までの経験から今、どんな状態なのか知っている。
「その青い炎、どうやら性質が変化するようだな」
梟の言葉。
奴は恐らく、俺の体の様子を見てそう言ったのだろう。
全身が火傷しているような痕に冒されていく。
『殺意』の力は自傷と代わりに力を得られる。
あまり使いたくなかったが、仕方がない。
「『カオスバーニング・プリズン!』」
俺は地面に向かって拳を振り下ろした。
そこから地面がヒビ割れると、青い炎がそのヒビを伝って広がっていく。
そして、ある程度広がったところで燃え上がり、俺と梟を閉じ込める青い炎の檻を作った。
これはユリアが作った石の檻を見て、いつか使う日が来るかもと考えておいたものだ。
地面も空も青い炎で囲み、逃げ道を作らせない。
一応、すり抜けることもできるが、全身火傷で更にそこから痕にも冒されていくことを考えると、お勧めはできない。
ダメージを与えることができるので、どちらにしろ好都合だ。
「なるほど、これで逃げられないというわけか。だが、これはワシにとっても好都合。元より逃げるつもりなどない」
残念だが違うぜ。
俺はそんな理由でこの檻を作ったわけじゃない。
ティサナが巻き込まれないようにこの檻を作っただけだ。
俺の技の隙に攻撃されないように。
俺は力一杯跳躍し、梟を見据える。
奴も俺を見返してくる。
様子を窺っているのだろう。
好都合だ。
「我に与えられし殺意の心よ、彼の者に苦痛の死を与えろ」
「っ!まずいな」
俺に向かって梟が跳躍する。剣を構えながら。
俺に突き刺すつもりなのだろう。
だが、もう遅い。
様子を窺っていたその少しの時間が勝負を分ける大きな差になった。
「『カオス・ロストハート!!!』」
両手を前に構える。
目標はもちろん梟。
俺は全身の青い炎を掌に集め、そして、放った。
青い炎は梟目掛けて勢いよく迫り、奴の姿を消し去った。
これを見た者の感想は人それぞれだろう。
ある者が見ればブレスと言い、ある者が見れば魔法の類だろうと言うだろう。
が、もし、俺がこれを見たのなら、こう言うだろう。
波動砲と。
俺は梟の姿を探していた。
奴の死を確認するまでは安心できない。
奴のことだ。即死ということはないだろう。
だが、致命傷の筈だ。
というか、じゃないと困る。
俺にはもう体力も魔力もほとんど残っていない。
「……」
そんなことを考えていると、俺の視線の先に梟がいた。
さっきの俺の攻撃で禿げた地面に倒れるようにして動かない。
全身火傷の痕があり、焦げている。
死んでいるのだろうか。
「グァフッ……」
「っ……!?」
俺は警戒して距離をとる。
そして、しばらく様子を見た。
が、奴が動く様子はない。
辛うじて呼吸をしているのが分かるが、それだけだ。
俺は警戒しながら近づく。
「最後に何か言い残すことはあるか」
「…………」
なにも答えない。
答えられないのかもしれないが。
これでやっと終わった。
今回の騒動もひとまず終わりだろう。
「っ……」
そう思っていると、梟の口が動いた。
なにを言っているのか分からない。
が、何かを伝えようとしているのはなんとなく分かる。
俺は警戒しながら奴に近づく。
空にあった月が隠れて暗くなっているとも知らずに。
「お前は……甘いな」
「っ……!!?」
それは一瞬だ。死ぬ寸前の最後の瞬間。
奴は傍にあった自身の剣を持った。
そして、この好機を見逃すまいと俺に最後の力で剣を突き刺そうとしてきたのだ。
と、この瞬間、辺りを赤い光が照らした。
あまりの一瞬の出来事に俺は理解できなかったが、自分のことだけに集中した。
なんとか致命傷だけは避けようと。
だが、どんどん近付いてくる剣は俺の眉間を確実に刺そうと追ってくる。
これが殺し屋の最後の意地なのか。
全てがゆっくりに見えた。
ああ、これ、なんていうんだっけ。
そんなことを思いながら、俺は自分の死を悟った。
「『ダークショックボルト!』」
「『ライトニングボルト!』」
黒と白の稲妻がどこからか放たれた。
それは俺の目の前の剣に向かっていき、そして、剣の持ち主である梟まで貫通した。
「間に合った!」
「ソラ!」
シャーロットとユリアの声がした。
が、俺はその声を聞いて緊張の糸が切れたのか、気を失ってしまった。
なにか二人が言っているが、なんと言っているんだろうか。
心配させてしまっただろうか。
後で二人には謝らないとな。
のんびり書いていきたい。
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