第二十八話 暗闇
俺達三人は王城の中を探した。
王女様もシャーロットも廊下を歩いているとは思えない。
どこかの部屋にいることは間違いないだろう。
そう思い、一部屋ずつ探していった。
しかし、開かない部屋があったり、兵士に話しかけられたりして、探すのはなかなか苦労を強いられた。
が、なにより大変なのはこの城の大きさだ。
とにかく大きい。
バスクホロウの城も大きかったが、この城の方が更に大きいだろう。
部屋の数も多いので、探すのに骨が折れる。
上の階から順に探していき、その階を探し終えたら、どんどん下の階を探していく。
そんな感じでやっていたのだが、現在、窓から外を見ると夜だ。
ジークの言っていた『暗闇に決して入ってはいけない』という言葉を思い出す。
どういう意味なのか。
詳しいことは分からないが、注意しておこう。
幸い、この城の中は明るいから暗闇にはならないと思うが。
「ここもいねぇか…」
カリムが部屋を見渡しながらそう言った。
「ルビーさん達の方も見つかっていないみたい…」
ユリアが少し落胆しながら言った。
ルビーとアーダンは下から上に登るように探している。
上からも下からも探しているというわけだ。
だが、見つからない。
この城は地下二階まであり、地上は五階まである。
しかも、地上の塔は独立するように建っているため、わざわざ三階まで降りてから登らないといけない。
かなり手間が掛かる。
俺が思っている以上に苦労し、見つからない。
早く探してやりたいのだが…。
「一体、どこに居るんだ?」
「さあな。何か手掛かりでもあればいいんだけどな」
「ああ、全くだ」
そんな会話をして、俺達はこの部屋を後にする。
〜シャーロット視点〜
ハートに連れられて、私は城の最下層に来ていた。
どうやらここは監獄であるらしい。
檻が幾つもあり、人が捕えられている檻もある。
「ねえ、こんなところに来て何するつもり?」
「そんなの決まってますわ。まずはその手錠をなんとかしませんと。見たところ、かなり古くからある特別な手錠のようです。鍵が無ければまず開かないでしょう」
「そうらしいわね」
王子もそんな感じなこと言ってたし。
「これは確か人魔大戦の時に対魔人用として作られた手錠だった筈」
「対魔人用……」
通りでびくともしないわけね。
でも、そんなものがあるなんて。
いや、まあ、あるか。
捕まったこともないし、私はあまり人とは関わりを持たないようにしてたから知らないだけで。
「鍵がここにあるといいんですが、希望は薄いですわね…」
「そうね、私だったら自分で持っておくわね…」
「ええ。ですが、ここにある可能性も少しはありますもの。ある程度探してダメだったら上に戻りましょう」
「ええ。なんか悪いわね。手伝わせてしまって」
ハートは首を横に振った。
「これはわたくしにも関係のあることですもの。夫が道を踏み外しているのであれば、それを正すのは妻の務めですわ」
「政略結婚ってことよね?あなたはそれでいいの?」
今まで結婚なんて考えたことなかったけど、好きでもない人との結婚ってどうなんだろう。
「わたくしはこれでいいと思っていますわ。それが王族として生まれた者の責務ですもの」
「そういうものかしら」
結婚するってどんな気持ちなのかな……。
「あなたはどうなんですの?」
「えっ?私?」
少し上擦った声になってしまった。
「わたくしの見立てではあの少年に少なからず好意を抱いているように見えましたけど?」
「そ、そんなことないわよ。ソラもユリアも、仲間として信頼しているってだけよ」
「あら、そうですの?では、わたくしがソラさんに好意を寄せていても問題ないということですわね?」
「えっ?!」
ハートの人を困らせるのを楽しんでいるような笑み。
それを見た瞬間、私で反応を楽しんでいるのだと分かった。
「冗談ですわ。安心してくださいな。わたくしはあなたの味方ですわ」
「フンッ、なんの味方なのよ」
「ウフフ。さあ、なんのでしょうか?」
そんな会話をした後、手錠の鍵を探す為、この階を探索した。
〜ソラ視点〜
時刻は夜の二十二時を回っていた。
俺達は相変わらずシャーロット達を見つけられずにいた。
タイムリミットのことを考えると、もう時間がない。
だが、朗報、というべきだろうか。少し変化があった。
それは城の兵士達も俺達同様、捜索しているということ。
予想ではあるが、恐らく、シャーロットがいないことに気付いた王子の兵士達。
そして、王女様が行方不明になったことに気が付いたこの国の兵士達といったところだろう。
カリム達は混乱を避ける為、王女様のことは言わなかったらしいが、バレたのだろう。
嫁としてきた王女が自分の国に来て行方不明というのは、見方によっては問題になる。
それこそ、セレナロイグとの関係が悪化して戦争に発展、なんてことにもなりかねない。
「そろそろ全部の部屋を探したんじゃねえか?」
「……そうかもな」
俺達は現在、二階を探している。
今まで探した階にはいなかった。
そして、下から探しているルビー達だが、現在は一階を探しているらしい。
つまり、ほぼ全ての階の部屋を探したということだ。
これで見つからなかったとしたら、王女様とシャーロットは鍵の掛かった部屋で、身動きがとれない状態にある可能性もでてきた。
それか、俺達が探せなかった王族や国のことに関係する部屋にいるという可能性か。
でも、これは多分ない筈だ。じゃないと、兵士をわざわざ探させたりしない筈だ。
「あ、いたいた」
と、俺達の元にルビーとアーダンがやってきた。二人で
ということは、
「二人だけ…ってことは見つからなかったか」
「ええ、下にはいないみたい」
「そうか。しかし、困ったな。俺達ももう少しで探し終わっちまう」
「そう。だとすると、あまり期待できなそうね」
「……一回、みんなを集めてきてくれ。情報を交換しあおう」
「分かったわ。じゃあ、私達はみんなを集めてくる」
「そうしてくれ」
それからルビーとアーダンは二人でパーティーメンバーを呼びに行った。
「俺達もまだ探してない部屋を探すぞ」
「ああ」
「はい」
結果は見つけられなかった。
王城にある全ての部屋を探した。だが、どこにもシャーロットはいなかった。
そして、王女様もいなかった。
やはり、二人は一緒に行動しているとみて間違いないだろう。
「なるほど。街の方もダメだったか……」
現在、ルビー達が呼んできたカリムの仲間が全員集まっていた。
そこで、俺達王城捜索組と街捜索組で情報を交換していた。
結果は俺達と同じみたいだがな。
「でも、まさかあの少女が攫われているなんてね」
「全くだにゃ」
トレサとティサナが心配そうな顔で言う。
「でも、オデ達は探せるところを全部探したど。一体、どこに行ったど?」
「やっぱり、この城のどこかにいるんじゃない?」
「ああ、鍵の掛かった部屋や重要な資料なんかがある部屋は入れなかったからな。そこにいるのかもしれない」
「でも、私達じゃそんな部屋入れないわよ?」
「ああ、そこなんだよな…」
カリムが困った顔を浮かべている。
このままだと、見つけられずに夜が明ける。
そうなると、シャーロットが危険に晒されるとジークは言っていた。
なにか、ないかないのか?手掛かりのようなものは……。
「クンクン……ちょっとだけだけど、あの少女の匂いがするにゃ……」
「本当か!!?」
「う〜ん。でも、城の兵士達が動き回ってて、鎧の匂いがして邪魔にゃ。でも、ほんの微かにするにゃ」
マジか!ここにきてやっと手掛かりを掴んだってことか!
「お前、あの少女の物を持ってるだろ?それをウチに貸すにゃ」
「よく分かったな」
「ウチは獣人族と小人族のハーフだからにゃ。純粋な獣人族ほどじゃにゃいが、それなりに鼻が利くにゃ」
ティサナは得意げな顔で腰に手を当てて、胸を張っている。
見た目は子供に近いので、背伸びしている子供に見える。
しかし、まさかこれの匂いで分かるとはな。恐るべし、獣人族。
「はい」
俺はポケットに入っていた黒のリボンを取り出し、ティサナに渡した。
この黒のリボンは普段、シャーロットが髪を束ねる時に愛用していた物だ。
俺がユリアと宿に戻った際、彼女の枕元にこのリボンが置かれていた。
確か、ジークのところで赤いリボンを買っていたから、それを使った為、これが置かれていたのだろう。
「よし、これの匂いが濃いところに辿っていけば、ハート王女様もあの少女ちゃんもいるはずにゃ」
「おお!でかしたぞ、ティサナ!」
「フフン」
ティサナが偉そうにしている。
「それで、シャーロットはどこにいるんでしょうか?」
「あっ、ちょっと待ってにゃ……」
ユリアに聞かれ、我に戻ったティサナは手に持ったリボンを嗅ぐ。
「よし!ウチに続くにゃ!」
それからティサナの案内の下、城の中を歩いた。
最初に行ったのは四階のとある部屋。
その部屋に入ると、ティサナがこの部屋にあったベッドから特に匂いがすると言った。
しかし、そこにはシャーロットも王女様もいなかった。
恐らくだが、ここにいたのだろう。
誘拐され、一番最初に連れて来られたのがこの部屋だったというところか。
更に、この部屋には王女様の匂いもするということなので、二人が一緒にいるのは確定した。
次に俺達が向かったのは一番最下層だ。
ここは檻しかなかった。
恐らく、ここは監獄なのだろう。
しかし、なぜこんな場所に匂いが残っているのだろうか?
ここに囚われていたんだろうか?
そう思い、ティサナに聞くと匂いを辿っただけらしい。
匂いはそこそこするらしいが、さっきの部屋程ではないのでここには立ち寄っただけだろうとのことだった。
次に向かったのは部屋だ。
それも一つや二つじゃない。
十は軽く回った。
しかし、どの部屋もハズレだった。
王女様の匂いは城の色んな場所からするらしい。
好奇心旺盛で城の中を結構歩いていたらしい。
なので、シャーロットのリボンがなかったら探すのは厳しかっただろうと彼女は語った。
それでだ。
進展があったのはとある部屋に入った時のことだった。
「ここの部屋は特に匂いが濃いにゃ」
ここは城の一階にあるとある部屋だ。
今までの部屋とあまり大差ないと思うが、匂いは濃いらしい。
「特にここのベッドから二人の匂いがするにゃ」
「ベッドで休憩でもしてたってか?」
「さあ、でも、寝っ転がっていたみたいだにゃ」
なんでそんなことしたのかは分からんが、とにかくこの部屋をよく調べることにした。
「お前ら、何かあったか?」
「ないわ」
「オデも」
みんなで何回も同じ場所を人を変えて探したが、特に気になるところはない。
「う〜ん。ここだけ匂いが濃いんだけどにゃ…」
「あの王女様には振り回されてばっかだぜ……」
そう言って、カリムがベッドの柄の部分に体重を乗せた。
「おわっ!」
ガコッという音がすると、ベッドが横にずれ、その下の床から下へと続く石階段が現れた。
「マジかよ…」
「何かあった時に身を隠す為の隠し通路ってわけね」
「クンクン…この先から二人の匂いがするにゃ」
「当たりみたいだな」
「行こう」
「うん」
俺とユリアは顔を合わせて頷いた。
それから俺達は階段を降りた。
入り口は腰を落とさないと入れないぐらい天井が近かったが、直ぐにそれも終わり普通に歩ける高さになった。
といっても、アーダンだけは窮屈そうにしていたが。
二、三分階段を下ると、そこで階段は終わった。
「これは…」
俺達の前には人がなんとか通れそうな細い道があった。
高さもなく、大人が通ることを前提としていないようだった。
「おいおい、これじゃあ、通れなくないか?」
通れそうなのは俺とティサナとトレサでギリギリぐらいだろうか。
「ここからは別行動になりそうね。私とティサナとソラでこの先に進みましょう」
「はいにゃ」
「分かりました」
「よし、それじゃあ、カリム。みんなを頼んだ」
「おお」
「ソラ……」
「ああ、分かってる。でも、大丈夫。みんなもいるし、一人じゃない。必ず戻るよ」
「…うん。分かった。気を付けて」
「うん」
そんな会話をした後、俺とティサナとトレサの三人でこの狭い道を進んだ。
変な体勢になりながらも、なんとか前に進む。
「しかし、こんな道を通ったとは思えないけどな……」
「でも、匂いはこの先に続いているにゃ」
「それはそうなんだろうけど…この道、ハート王女様は通れないでしょ?」
「ん?あー…確かに……」
そういえば、あの王女様はユリアにも負けないぐらいのものをお持ちだったな。
もし、ユリアがここに入ろうとしたら、胸が引っかかって通れないだろう。
トレサもティサナも鎧を外して通れるぐらいだしな。
俺は元から着けてないから平気だが、二人にとっては不安な要素となるだろう。
そんなことを考えながら十分ぐらい進んだだろうか。
終わりが見えた。
「ふう…なんとか着いたな」
「ウチにとっては大したことないにゃ」
「背が小さいものね」
「うっさいにゃ!」
「はいはい。先に進みましょう」
「はい」
「……はいにゃ」
それから俺達は螺旋階段を登った。
これも全部石で出来ていた。
少々、年季を感じる見た目だったが、流石は王城というべきか、崩れたりする心配はいらないようだ。
それからも螺旋階段を登り、大体、この城の四、五階ぶんは登ってきた頃、前の天井部分が木の板で塞がれていた。
「どうやらどこかに着いたようね」
「クンクン……!!!直ぐそこから二人の匂いがするにゃ!」
「本当か!」
「間違いないにゃ!」
「じゃあ、さっさとこの板を退けて進みましょうか」
そういうと、トレサは板を上に少し押し上げた。
一気に開けないのは罠を警戒しているからだろうか?
「二人いるわ。入りましょう」
木の板を退けて、俺達三人は中へと入る。
「あら?トレサじゃありませんか」
「あら?じゃないですよ。王女様」
「申し訳ありません。こんなつもりはなかったんですのよ?」
「っ!!!シャーロット!!!」
「ソラ?!どうしてここに?」
中に入ると、二人が椅子に座っていた。
明かりは直ぐそばにある机に置かれた蝋燭ただ一つ。
暗闇、ではないが少しドキッとした。
しかし、そんなことは直ぐにどっかに飛んでいった。
やっと見つけた。
俺は安堵の顔を浮かべていただろう。
「シャーロットを助けに来たんだ」
「助けにって……ここは王城でしょ?どうやって…」
「昨日の冒険者のパーティー覚えてるか?その人達に手助けしてもらったんだよ」
「ああ、確かに見たことある顔ね」
「他にもユリアとジークも手伝ってくれたんだ」
「そう。二人が」
シャーロットはそう言うと、目線を下に向けた。
来てくれなくて落胆しているというわけではなく、嬉しいのだろう。
彼女の口元が少し緩んでいるように見える。
「これで一件落着にゃ!」
「ですが、明日までは隠れていた方が彼女の為ですわ。まだ、わたくしは王子の正式な妻ではないですし。明日まで隠れていた方がいいと思いますわ」
「ってことらしいのよ」
「ああ…つまり?王女様がシャーロットを助けてくれるってことか?」
「そういうことですわ。彼女には少しおいたもしてしまいましたし」
「ん?おいた?」
「なんでもない。大したことじゃないわ」
「あら?そうですの?じゃあ、もう一度してもよろしくて?」
「いいわけないわよ!全く、少しは反省しなさいよね」
「ウフフ。わたくしとしたことが申し訳ありません。二人の秘密ですものね……」
王女様の頬がなぜか紅潮する。
一体、何してたんだ?
と、その時、どこからかバァーーーンという大きな破裂音がした。
「っ…!!!なんだ?!」
「爆発にゃ!?」
「王女様、私から離れないでください」
「ええ。一体、なんですの?」
「シャーロット、俺から離れるなよ」
「う、うん…」
俺がシャーロットを、トレサが王女様を守るように移動した。
ティサナは猫のように尻尾やらを逆立てて驚いているようだ。
「今の音、多分だけど同じぐらいの高さからした。ここは上がった階段の分を考えると、多分、四階と同じぐらい」
「もしかして、狙いはわたくしだったりするんでしょうか?」
「……その可能性は大いにあります」
と、そんな会話をした時、この部屋唯一の明かりが消えた。
蝋燭が消え、この場に”暗闇”が現れた。
上の方に明かりが差し込んでいるが、俺達のいるここは暗い。
暗闇といっていいだろう。
心臓がドキドキする。
ジークの「暗闇には入ってはならない」という警告を破ってしまったからだろうか。
何か、嫌な感じだ。
「クンクン……っ!!!何かいるにゃ!!!」
「っ!!!」
ティサナの一言でトレサが警戒する。
が、俺は一瞬、反応が遅れた。
ジークの言葉を考えていたからだろう。
少し緊張していたのだ。
だから反応が遅れた。
「ソラ!!!」
「うお!」
横にいたシャーロットにいきなり抱き付かれた。
まるで何かから逃すように。
俺とシャーロットは床に転がる。
俺は直ぐに振り返る。
と、俺がいたところに剣があった。
剣が空中に浮いていたのだ。
「匂いまでは消せぬか。獣人族がいるとはな」
その声は剣の方からした。
男の、少し年老いた印象の渋い声だ。
「しかし、いい反応だ。殺す順番を誤ったか」
「うう……」
「シャーロット!」
シャーロットの肩からは赤い血が出ていた。
俺はシャーロットがいなければ死んでいただろう。
それにティサナの声もなければ警戒もせずに死んでいた。
この二人がいて初めて、俺は死から回避できたんだ。
「ふむ。時間切れか」
そう言うと、剣の近くから徐々に体が現れた。
筋肉を身に纏ったような男らしい肉体を茶色のローブで隠している高年に近い中年の男。
白い長髪を後ろで三つ編みで纏め、白い髭が貫禄を感じさせる。
そして、完全に男は姿を現した。
「セレナロイグ・ハートだな。できれば、こうならずに息の根を止めたかったが仕方あるまい。ここで全員あの世へ行ってもらう。我が名は梟。闇に生きる殺し屋だ。手向けとして教えてやる。…………では、始めるぞ」
梟との戦いが始まった。
のんびり書いていきたい。
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今、熱があるので今週は一話だけの投稿です。
来週、もしかしたら投稿できないかもしれないですが、再来週は確実に投稿します。
熱が辛いんじゃあ……




