第二十四話 人攫い事件
俺とユリアは急いでシャーロットの居た部屋へと向かった。
ユリアとシャーロットが二人で止まっている部屋だ。
場所は階段を横切った一番手前の部屋。
俺の部屋が階段を挟んで反対の一人部屋なので、階段を挟んで隣同士ということだ。
距離的には直ぐだ。
と、ユリアが勢いよく部屋の扉を開けた。
中に入ると、そこはベッドが二つ置かれた二人部屋だ。
特に変わったところはないが、窓が開いていた。
それを見た時、俺はジークの言った「夜風にはお気を付けください」という言葉を思い出した。
こういうことだったのか、と。
「シャーロットがいないの…どうしよう…」
ユリアは慌てた様子で目の端には涙が溜まっている。
「一旦、落ち着こう。まだ、シャーロットに何かあったという確証はない」
その言葉は自分に言い聞かせる為でもあった。
「う、うん…」
「まず、この部屋に鍵は?」
「私がソラの部屋に行ってたから施錠はしてない。多分、シャーロットはずっと寝ていたと思うし…」
なるほど。なら、鍵は掛けていないとみていいだろう。
つまり、誰でもシャーロットを攫うことは出来たということだ。
ここで、俺はもう一度部屋を見渡す。
部屋で争ったような形跡はない。
つまり、シャーロットは無抵抗で何者かに攫われた可能性がある。
あのシャーロットが抵抗なくやられるとは考えにくい。
とすれば、やはり、寝込みを襲われたということで間違いないだろう。
「どのぐらいの時間この部屋を出ていたか分かるか?」
「多分、二、三時間ぐらいかな」
「部屋を出る時に何か変わったことは?」
「ううん。ないよ」
だとすると、ユリアが部屋を出て行ってからの二、三時間に何かが起こったと考えるべきだろう。
「……何かあったのか?」
と、俺達の部屋に一人の男が入ってきた。その男はこの宿の宿主だった。
「実は俺達の仲間が何者かに攫われたみたいなんだ」
「…………」
男は何処か浮かない顔をしている。
何かを知っているのか?
もし、そうだとすれば、無理にでも聞かせてもらうかもしれない。
例え、この国でお尋ね者になったとしても、俺はシャーロットを助ける。
「何か、知ってるのか?」
俺は自分でも驚くぐらい冷たい声で言った。
しかし、男の表情は変わらない。
やはり、何かを知っているのは間違いないようだ。
と、思っていると、男ははぁ…とため息を吐いて言った。
「今、この国ではこうした人攫いが流行ってるんだよ……」
「はあ!?どういうことだ?」
「うむ……お前さん達、この国は初めて来たのか?」
「ああ」
「そうか。実はな、この人攫いにはこの国の王子が関わってるんだよ」
「この国の王子…」
そう言われて、俺は昼間に聞いた王子の噂を思い出した。
この国の女性に手を出しまくっているという噂を。
待てよ。だとすると、シャーロットに命の危険はないが、貞操の危険が迫ってるということか?
「ここ一年ぐらいでかなりの数の人攫い事件が起こってる。その実態は王子によるものだ。被害者は全員女性という共通点がある。確か、お前さん達の仲間も美人の少女だったろ」
「ああ」
「最近は王子と同い年ぐらいの少女が狙われているらしい。半年前なら、そっちのエルフさんだっただろうな」
「っ……!」
「……」
つまり、これは王子がいつもやっていることで、シャーロットはたまたま選ばれたってことか。
昼間に一度、俺達は王子とすれ違った。
その時に目をつけられていたってことか?冗談じゃないぞ!?
そういえば、あの時、近くにいた奴らが意味深なことを言ってたな。
あれはこういうことだったのか…………。
「残念だが、諦めてあの少女が戻ってくるのを待つしかねえ。別に死ぬってわけじゃないんだ」
「そんな……」
「……俺もこんなことは言いたくないが…でも、王子の命令には逆らえないし、黙認するっていう暗黙の了解ができちまってるんだ。今回は何も言われなかったが、部屋の鍵を渡せと言われたら、渡すしかない。じゃなきゃ俺は犯罪者だ」
「因みに、ここに来たのは王子本人か?」
「いや、国に隠密が得意な部隊がある。そいつらだろう」
「…………そうか…」
俺はそう言って、歩き出す。
「……ソラ?」
「……」
「おい、どこ行く気だ!?」
「どこ?」
そんなの決まってるだろ?
「シャーロットを助けに行く」
「おい、バカ言うな。お前さん、犯罪者になるんだぞ!?」
「俺は仲間の為なら犯罪者にでも、奴隷にでもなる」
「なっ…!!!」
「ユリア、ユリアは荷物を纏めて街の外で待っていてくれ。俺はシャーロットを助けたら直ぐに行く」
「ま、待って…!」
ユリアに言われて、俺は彼女の方へ振り返る。
彼女はとても悩んだような、複雑そうな顔だ。
ユリアの所為でこうなったわけじゃないんだ。そんな顔をしなくてもいいのに。
施錠しても、しなくても、どちらにしろシャーロットは攫われていたみたいだしな。
「多分、シャーロットは王城のどこかにいる筈。だとしたら、ソラは王城の護衛や兵士と戦うことになる。無傷で私のところに来れるとは思えない…」
「まあ、そうだな…」
「それに、仮になんとかなったとして、その後のことはどうするの?もしかしたら、世界中に手配書が回る可能性もあるんだよ?」
彼女の言っていることは尤もだ。分かってる。
でも、でも、
「…………じゃあ……どうするんだよ!?」
俺は声を荒げて言う。
ユリアに対してこんな風に言うなんて初めてだ。
でも、俺の口は止まらなかった。
「このまま黙ってシャーロットが帰ってくるのを待つのか!?憔悴したシャーロットを見て、これで良かったんだって思えるのか!?」
「俺は無理だ!ダリウス・フィールの時だって、俺はずっとミーシャの心配をしていた。結局、アイツは何もしなかった。でも、それは結果的にそうだっただけだ!」
「このままシャーロットが帰って来なかったら?その可能性だってゼロでは無いんだ」
「俺は何より、友達が、仲間が大切なんだ。もし、攫われたのがユリアだったとしても、俺は必ず助けに行く。例え、王城だろうが、世界の果てだろうが、魔王城だろうが、必ず!」
俺はここまで言って、ようやっと話すのを止めた。
ユリアに対してここまで言うつもりはなかった。
でも、シャーロットが攫われたという不安がそうさせたのだろう。
キツく言い過ぎた気もするが、しょうがない。
俺は仲間が攫われても落ち着いていられる程、経験を積んでいるわけではない。
頭では分かっているつもりでも、心は、体は、思うようには動かせない。
「私は、ソラが、そういう人だって知ってるよ。だって、側で見てきたもん。ソラが心配しているところを。悩んでいるところを」
「私のことも、ミーシャちゃんのことも、シャーロットのことも。ソラはいつだって、私達のことを考えてくれてた」
「でも、だから、それを側で見てきた私だから、ソラには何が出来て、何が出来ないのか、分かってるつもり」
「……」
ユリアは確かに、俺の側にいつもいてくれたと思う。
初めて檻の中で会ってから、今までずっと一緒にいる気がする。見ていてくれた気がする。
「だからね、シャーロットのところに行くんだったら、私も一緒に行くわ」
「でも…」
つまり、俺だけではシャーロットを助けられないってことだろうか。
いや、まあ、確かに厳しいかもな。
腕の立つ兵士もいるだろうし、それが一人や二人ではないだろう。
それに加えて、他の兵士たちも相手にしなければならない。
無謀だと思われても仕方ないかもな。
だから、ユリアも来るってことだろう。
でも、それだとユリアまでお尋ね者だ。
これから魔王の手から世界を守る者がお尋ね者では、協力してくれるものも協力してくれなくなるかもしれない。
それはよくないだろう。
世界を守るにはユリアの手が必要不可欠な筈だ。
要らないのは俺の方だ。俺の代えはいる。
でも、ユリアに代えはいない。
なら、俺が一人でシャーロットを助けに行くしかないじゃないか。
「私達は仲間なんでしょ?なら、仲間を助けに行くのに当たり前でしょ?」
「……」
「でも、それは最終手段。やれることをやってから、それでもダメだったらシャーロットを助けに行こう」
「でも、それだと…」
「私にとって、仲間はシャーロットもそうだけど、ソラ…あなたも私の大切な仲間なのよ?」
「っ……!!!」
俺がシャーロットとユリアを大切な仲間と思っているように、彼女もまた同じように思っていたんだ。
俺はそんなユリアの思いは考えていなかった。
「ソラ、自分だけお尋ね者になれば全部解決するでしょって顔してたよ」
「……」
してただろうな。そう思っていたんだから。
「私は全部の罪をソラに擦り付けるぐらいなら、一緒に罪を受ける。じゃないと、この先、誰も私を信用してくれなくなる気がする」
「それに、私はソラとシャーロットが好きだもん。ここで、私だけ何もしないなんて出来ない。唯一無二の仲間だから」
「……」
唯一無二か……ユリアは俺達のことをそう思ってくれていたのか……。
俺にとっての掛け替えのない仲間は、ユリアにとっても掛け替えのない仲間だったってことか。
だとすると、俺の自分の代えはいるって考えはダメだな。
もし、逆の立場だったら、俺が街の外で待って、ユリアがシャーロットを助けに行くと言ったら止めるだろう。
考え直そう。何かいい手はないか?
いや、こういう時にこそ頼れる仲間を頼ろう。
「なあ、ユリア。どうすればいいと思う?」
「まず、今からジークさんのところに行って、事情を話して対策を立てよう。もしかしたら、いい方法があるかも」
「……分かった」
この時間に露店に立っているのかは分からないが、魔人なら有り得るかもしれない。
行ってみる価値はあるだろう。
「お前さん達……仲間想いのいい奴なんだな……」
存在を忘れていた宿のおっさんが泣きながら言う。
「宿代は無くていいから、やれるだけやんな!俺はお前さん達の絆に感動しているぜ……ううっ……」
「ああ…ありがとう」
「お世話になります」
「ああ…しばらく自由に使ってくれ!」
「「はい」」
そんな会話をした後、俺とユリアは急いで『風読み』のジークのところまで走った。
のんびり書いていきたい。
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毎週金曜日に一話投稿予定。




