第二十二話 王子の噂と風読みの魔人
「シャーロットの知り合いってどんな奴なんだ?」
俺達を先導しているシャーロットに聞く。
「彼は『風読み』のジーク。見た目が人間に近い穏健派の魔人よ」
「ふむ」
やっぱり魔人だったか。
しかし、『風読み』か…どんな能力なんだろうか。
「そのジークさんとはどんな関係なの?」
と、俺の隣を歩いていたユリアが聞いた。
「そうね。ジークとは魔人大戦が終結してから五百年ぐらい経って会ったから、かれこれ千五百年ぐらいの付き合いかしら」
「へぇ…千五百年…」
千五百年か…そう言われると途方もなく前に感じるのは俺が人族に近い感覚だからなのだろうか。
と、そう思っていたが、ユリアも似たように思っていたらしい。顔に出ている。
彼女もまだ二十年も生きていないからな。
「魔人大戦が終結したばかりの頃は『魔人狩り』があってね。それが落ち着くのに、大体五百年ぐらいかかったってわけよ。だから、そう考えると普通に歩けるようになってから直ぐにジークと会ったってことか…」
シャーロット自身、知り合って長いなと思っているのかもしれない。
というか、魔人の寿命てどのぐらいなんだろう?
そう思い、俺はシャーロットに質問する。
「気になったんだけど、魔人の寿命ってどのぐらいなんだ?」
「寿命か…魔人によって全然違うけど、平均的にだと二千年前後だと思うわ」
だとすると、シャーロットはもう少しで寿命ってことにならないか?
意外とおばあちゃんってことなのか?
なんてことをシャーロットに言ったら殺されるので言わない。
さっき怒られたばかりだからな。
口は災いの元。俺も経験から学ぶんだよ。
なんて考えていたら、ユリアが少し複雑そうな顔で、
「てことは、シャーロットとはもう長くはいられないの?」
悲しいそうな、寂しそうな、そんな声音で言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分が恥ずかしくなった。
何が意外とおばあちゃんだよ。
そんなことを思った自分を殴りたい。
いや、俺だって心配はしたんだよ。
でも、ほら、俺の言い方というか考え方がよくなかったって話であって、別にシャーロットを蔑ろに思っているってわけじゃないんだよ。
彼女は仲間だと思っている。それは間違いないんだ。
それだけは勘違いしないでもらいたい。
「いや、私はあと数百年は生きれる筈よ。だから、そんな顔をしないの」
「う、うん」
「むしろ、自分の心配をしたら?ハーフエルフなんでしょ?寿命なんて予想できないでしょ?」
「それは…まあ、そうだけど」
「それに、最近、魔人以外の寿命が少し短くなってる気がするしね……」
「そんなことあるのか?」
「まあ、気の所為かもしれないけどね」
魔人以外の寿命が短くなっている。
もし、この話が本当なら、最近復活した魔王と何か関係があるのだろうか。
魔王が寿命を操る。
にわかには信じ難い話だが、可能性がないとは言い切れない。
本当に、魔王ってのは絶大な力を持っていて、そして、ろくなことをしないな。
「さっ、こんな話はここまでよ。さっさとジークのところに……」
シャーロットがそこまで言って口を噤んだ。
彼女の目線の先に人集りができていた。
皆が道の中央を開けるようにして、捌けている。
「なんだ、あれ?」
「さあね。でも、私達も一応、真似しておきましょう」
「うん」
「ああ」
ということで、道の片側に避けておく。
すると、向こうの方から馬に乗った集団が堂々と道の真ん中を闊歩していた。
「なんだ?」
「どうやら、この国の王子様みたいね」
そう聞いて、シャーロットからギルドで聞いた話を思い出した。
サミフロッグの第一王子、サミフロッグ・クラシエール・ダイヤ。
現在、彼は十四歳になる少年で、剣の腕が立つ国王自慢の息子らしい。
他にも歳の離れた妹が一人いるらしいが、まだ幼い上に、息子が優秀なので次の国王は間違いなく彼だという話だ。
そんな彼だが、よくない噂を一つ耳にした。
それは彼の性の話だ。
噂が流れ始めたのは一年半ほど前まで遡る。
きっかけは彼に仕える侍女との話。
なんでも、子供の頃から面倒を見てくれた侍女と一夜を共にしたらしい。
それが、国にとっていいかは分からんが、まあ、昔から世話をしてくれた者と結ばれたというのは悪くない話のように思う。
だが、問題はここからだった。
彼はそれからタガが外れた性の獣になってしまったらしい。
次々と城の者にお手付きをしていき、ある程度時間が経った頃、今度は街の者にまで手を出すようになってしまったんだとか。
となると、もちろん問題も起こるわけだ。
しかし、彼はこの国の王子。
誰もキツく言うことができず、国王も自分の息子なので黙認してしまい、どうすることもできないということらしい。
「またかよ」
「今月だけでもうかなりいかれてるだろう」
そう言うのは俺達の後ろにいる男達。
どういうことだ?
そう思ったが、もうすぐ目の前に王子が通る。
白馬の上にいるのは黒髪の少年、サミフロッグ・クラシエール・ダイヤだ。
俺達三人は現在、周りの人が頭を下げていたので見様見真似で頭を下げている。
俺は失礼にならないよう上目遣いで彼を見ている。
鎧を身に着け、腰には剣を挿している。
どうやら、剣の腕が立つというのは本当かもしれないな。
だとする、彼の性の話も本当ということだろうか。
なんて思いつつ、彼の方を見ていたのだが、俺達を少し通り過ぎたところで止まった。
俺は咄嗟に目線を下に戻した。
俺が見ていたのがバレたのかもしれないと思ったからだ。
俺は何か言われるのではないかと、冷や汗を垂らしながら通り過ぎるのを待った。
少しして、何事もなく王子は通り過ぎた。
なにも言われなくてよかった……。
「あれが噂の王子様ね…なかなかのいい顔じゃない」
「シャーロットも見てたのか?」
「チラッとね」
「どんな感じだったの?私は見てないから」
「そうね……ソラの方が好……同じかな」
ほう。シャーロットの俺に対する顔の評価はなかなか高いらしい。
「へえ、じゃあ、かっこよかったんだ」
「さ、さあ〜、どうだったかな。じっくり見たわけじゃないしね…」
シャーロットが恥ずかしそうに頬を赤らめながら言う。
俺も照れてユリアの言葉で頬が赤くなってる気がする。
そんな俺の反応を見てか、ユリアも頬が赤くなっている。
「さ、さあ、早く行かないとジークに会えないくなるわ。行きましょう」
「お、おお」
「うん」
それから俺達はジークのところまで移動した。
「確かこの辺だったんだけど…」
シャーロットはそう言っているが、少し迷っているらしい。
前回来たのがいつなのか分からんが、大通りからはかなり離れた路地裏みたいなところにいる。
ここで店を開いても客なんて誰も来ないと思うんだが、本当にここら辺なのだろうか。
「あっ!」
なんて思っていたが、どうやら見つけたらしい。
シャーロットが嬉しそうな声を上げた。
「おーい!ジーク!久しぶりね?」
「これは、これは、パルデティア・シャーロット様ではありませんか」
俺の目には今、建物の立派な店ではなく、こぢんまりした露店が見えている。
しかも、その露店の店主は嘴のある真っ黒な仮面を被っていた。
誰が見ても詐欺を専門に商売しているような胡散臭い感じがする。
ここ路地裏だぞ?もし、子供が迷い込んでこの店と店主を見たら逃げ出すんじゃなかろうか。
少なくとも、俺一人ではこの店に近付こうとはしないだろうな。
「何年振りかしら?」
「そうですね…確か、前回は旅にでも出るから暫く会えなくなるかもと言っていたので…あれは……三百年…いや、四百年ぐらい前でしたか」
「そんなに経つのね。時間が経つのは早いわね」
「ですな。おっと、失礼。仮面をしたままでしたな」
そう言うと、ジークは仮面を外した。
彼の顔は至って普通だった。
丸眼鏡を付けた白髪の壮年の男性に見える。少し耳が長いが、魔人だとは思えない。
「そろそろ、来ると思っていましたよ。まさか、シャーロット様とは思いませんでしたが」
「まあ、私もここにはたまたま来ただけだしね。にしても、流石は『風読み』のジークね」
「ハハ…そう呼べれるのも懐かしいですな。して、いかがなさいましたか?」
「そうね。まずは私の仲間を紹介するわ」
「仲間、ですか?」
ジークが興味深そうに丸眼鏡をクイっとあげてから俺とユリアを見る。
「こっちのちんちくりんなのがソラよ」
「うるさい。俺の方が大きいだろうが」
「で、こちらの綺麗な女性がユリアよ」
「初めまして、ユリアといいます」
そう言うと、お辞儀をした。
「これは丁寧に、『風読み』のジークと申します」
彼もお辞儀で返す。
ていうか、俺の紹介だけ雑じゃね?シャーロットさんや。
「それでね、実はジークに魔石を買い取ってもらおうかなと思って」
「ほう、魔石ですか?」
「そう。色々な魔物の魔石なんだけど、蒼龍の魔石が二つあるのよ」
「なんと!?あの蒼龍の魔石ですか。なかなか出回らない貴重な品ですね」
「そうなのよ。でね、ここで売るから少し高く買い取ってくれないかな?」
「ハハハ、もちろんですよ。シャーロット様の頼みとあらば、例え価値のない物でも買い取りましょう」
「本当!?悪いわね。これで暫くお金には困らないわね」
「ああ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。このぐらいは当然のこと。それに私であれば蒼龍の魔石を高く売ることもできますし、利益の方が大きいですから」
「そうなんですね」
「はい。なんとなく、匂いがするんですよ。一番適切な時に。私はこれでも『風読み』ですからね」
具体的にどんな能力なのか分からないが、便利な能力であるらしい。
それから俺が持っていた小さめのバックから魔石をジークに渡した。
彼はしばらく魔石の質を確かめるように一個づつ手に持って確認していた。
そして、それが終わるとお金の入った袋を丸々一つ渡してきた。
「これぐらいになるかと思います」
「えっ!?こんなに?ちょっと多くない?」
「いえ、私の予想ではこれぐらいでも問題ありません。私は千年は商売をしているのですよ?任せてください」
「いや、まあ、ジークがいいならいいけど……」
「お金は全てセレナロイグ王国の貨幣です。どこでも使える一番価値の高いお金にしました」
「なんか、悪いわね」
「何を仰いますか!このジーク、シャーロット様のお役に立てて、とても感激しております」
「そう。ありがとね、ジーク。でも、ここまでしてもらったんだから、何かここで買ってくわよ」
「そんな、お気になさらなくてもいいのですよ?」
「ちょうど、何か新しい髪飾りでもって思ってたのよ」
「左様ですか?」
シャーロットが露天に並ぶ商品を選ぶ。
すると、ジークが俺とユリアの方に目線を向けた。
「あの…私如きが痴がましいですが、シャーロット様をお願いします」
ジークのその言葉からはシャーロットに対する尊敬や想いが込められていたように感じた。
「もちろん」
「シャーロットは私達の仲間ですから」
俺とユリアはジークの想いに応えるべく、力強く言った。
すると、ジークは朗らかな笑みを浮かべて、
「シャーロット様はとてもよいお仲間に巡り会えたようですね」
「ちょっと!何をみんなして恥ずかしいこと言ってんのよ!」
シャーロットが恥ずかしそうに頬を赤らめて言う。
それを俺達三人が微笑みながら見た。
「も、もう!さっさと選んじゃお」
そう言って、シャーロットが店で売られている髪飾りに手を伸ばした。
「ん?」
「あら?」
しかし、その髪飾りにはもう一人の手が伸ばされていた。
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