第百十四話 幸運の日
大森林を出てから二日が経過した。
俺達は歩いてエアリスという村まで来ていた。
この村まで歩いてきたのは単純で馬車を見つける為だ。
サウスポートまでは歩くとかなり時間が掛かる。
馬車があるならそれを使わない手はない。
しかし、ガルガンがいるので馬車を二つ見つけなければいけないのが問題になっている。
体が大きいとそれだけで不便なこともあるんだと痛感しているところだ。
「また俺一人か…?」
「そんな嫌そうな顔をしないの。仕方がないでしょう? あなたが大き過ぎるんだから」
愚痴を漏らすガルガンにシャーロットが言う。
「はあ……」
「全く…溜め息まで吐いて……しょうがないわね。ヒルダ、一緒に乗ってあげなさい」
ジブリエルが言う。
「どうしてわたくしが…」
「だってそうじゃないとウチの前衛がやる気を出さなそうなんだもの」
「いや、わたくしと一緒だからといって…」
「元気出すわよね?」
「さあ、行くぞ! 早く探さないとな!」
そう言って俺達から離れていくガルガン。
「ね? やる気出したでしょ?」
「ああ…そうみたいですね」
「ほら、私達も行きましょう」
「ええ…」
ヒルダは困惑しながらジブリエルへ続く。
「ジブリエル、また楽しんでるわね」
「ああ、そうだな」
楽しそうな顔を見ていると何かを企んでいるんだとすぐ分かる。
「でも、あの二人って相性良さそうだよね」
と、ユリアがそう言って話に入ってくる。
「ヒルダはお姉さんみたいな感じだし、ガルガンはおっちょこちょいな弟みたいな感じで」
「ああ…まあ、言われてみればそうかもな」
ヒルダの方がしっかりしてるし、それに比べてガルガンは子供っぽいというか。
そう考えるとユリアの言う通り相性がいいのかもしれない。
「二人とも前衛だし話も合うのかもね」
「うんうん。なんか背中を預け合うっていいよね。私は魔法を使うから背中合わせで戦うなんてことないし」
「そうね。まあ、でも囲まれた時とかは背中合わせにならざるを得ないかもよ?」
「う〜ん…例えばシャーロットと背中合わせ…囲まれた敵に向けてお互いが魔法を使って敵を倒して助け合う…なんかかっこいいね」
「ええ。でも、まずはそうならないようにしないとね」
「まあね」
そう言って笑う二人。
背中合わせでお互いを助け合う二人。
お互いボロボロになりながらなんとか耐えていたが、そこに俺が現れて二人を助ける。
それによって二人が俺を見直して、みたいなことを想像してみたり……。
「おわっ…?!」
俺が妄想しているとシャーロットの赤い瞳が近くてドキッとする。
「なんだよ、びっくりしたな…」
「あんた何想像してんの?」
「へ…? 何が?」
「だって、ぼう〜として私達を見てたから」
「別に? 助け合う二人が絵になるなって思っただけだけど?」
「ふ〜ん。なんか怪しい…」
「怪しくないだろ…?」
自分が二人を救って見直される想像してたなんて言えるわけない。
と、
「なんかいやらしい想像でもしてたんでしょう?」
「ん?」
予想外の言葉に俺の思考が止まる。
今なんて? いやらしい?
次の言葉を言おうと考えるが思い浮かばず言葉に詰まる。
すると、
「やっぱりね。ダメよ? 全く…男はこれだから」
シャーロットにそう言われてしまった。
「いや、俺は…」
なんとか弁明しようとするが、
「そんなことばっかり想像してると悪戯しちゃうわよ? 私、サキュバスだし」
悪戯っぽく笑いながら耳元でそう囁かれて頭が完全に真っ白になった。
いきなりどうしたっていうんだ。
シャーロットってこんなことするっけ。
「お〜い。もしも〜し」
「っ!?」
俺が正気を取り戻すと今度は目の前にユリアがいた。
「早くしないとみんなに置いていかれるよ?」
「えっ?」
見てみるとジブリエル達は結構遠くまで離れていて、ここにいるのは俺とユリアだけだった。
「シャーロットに何言われたの? なんか顔赤いけど…」
「えっと…特に何も?」
自分でもどうして本当のことを言わなかったのか分からない。
だが、ユリアに本当のことは言ってはいけない気がした。
「ふ〜ん。まあ、いいけど。ほら、行くよ」
「お、おお…」
俺はユリアに手を引っ張られてみんなところへと急いだ。
一体、今日はなんて日なんだ。
それから馬車の関係で一日泊まることになった俺達は村の宿を借りた。
ガンガンは大き過ぎて中に入れなかったので宿の外に一人で寝ることになった。
可哀想に。
一方、俺は部屋が一つしか無かったのでみんなと一緒に寝ることになった。
今までもこういうことはあったが、外で一人寝ているやつがいる中で俺だけ異性だらけの部屋で寝るというのはなんというか得した気分になる。
「ここからはサウスポートまで馬車になるから一気に進めるわね」
「サウスポートからはまた船でセレニス大陸に向かうんだよね?」
ユリアは不安そうに尋ねる。
「そりゃあ船でしょうね。空を飛べる訳じゃないし」
「うう…」
シャーロットの言葉にますます表情を暗くするユリア。
すると、
「観念することね。出来るだけ傍にいてあげるわよ」
「ありがとう…」
ジブリエルが助け舟を出す。
イーストポートへ向かう時はヒカリが傍に居たからな。
今回はジブリエルになりそうだ。
と、その時、
「ここからサウスポートまで十日程と言っていましたし、それまでに覚悟を決めないとですね」
「うん…」
ヒルダの下手くそな慰めにユリアはまた暗い顔へ逆戻りした。
前にも思ったが、ヒルダって抜けてる天然なところあるよな。
「んんっ。え〜そろそろ明日に向けて寝ようと思うわけですが、ここで問題が一つ。ベッドが一人分足りません。なので、誰か二人で寝ないとダメなんだけどどうする?」
シャーロットが言う。
部屋のベッドは四つ。
俺達は五人。
一人床で寝れば解決だが、せっかく宿に止まったのにそれでは意味が無い。
さて、どうするか。
「ソラは一人で寝てもらうとして。他はどうする? ジャンケンとか?」
ジブリエルの提案に皆が悩む。
が、しかし、とある人物の発言によってとんでもないことになった。
「私はソラと一緒に寝てもいいけど」
シャーロットのその発言に一瞬、時が止まる。
今なんて言った?
誰しもそう思っただろう。
「だって、今更でしょ? 今までだって一緒の宿で寝たことだってあったんだし」
「いやいや、そうかもしれないけど同じベッドってのは流石に…」
「それを言うならヒルダはとっくにソラと寝てるじゃない」
「そ、それは事故というか…!」
「とか言って、本当はわざとだったりして」
「そんなことはありません!」
シャーロットが珍しくヒルダを攻撃する。
ヒルダ自身もあの船での出来事を気にしていたのか狼狽えている。
と、その時、
「わ、私は別にいいよ。うん…ソラと同じベッドでも。ね?」
そう言って俺を見てくるユリア。
最後のね? という言葉に俺は答えてやらなければならないみたいだ。
「うん…」
「ほら」
「私もいいけど…なんでこんなことになるのよ…」
「わ、わたくしは反対です! 参加しませんからね…!」
「逃げたわね」
「っ…!? 別にそういうわけでは…! 分かりました。やりますよ、ジャンケン!」
シャーロットの挑発に見事に乗せられたヒルダ。
「それじゃあ、さっさと決めましょうか。ジャンケン…」
「「「ポン」」」
シャーロットの言葉に合わせてそれぞれが手を出した。
「……」
「……」
機械の筈なのに心臓の鼓動が早くて止まらない。
背中に感じる温もりが俺の心臓の鼓動を早めているのは明らかだ。
「ねぇ…寝た?」
背後から小さな声で聞かれる。
みんなに聞こえないように配慮しているのだろう。
「起きてる…」
「こっち向いて」
なんでだろうと思いながらも後ろを向く。
すると、真紅の瞳が俺を見ていた。
「ち、近いな…」
「そうね。近いわね」
後ほんの少しで顔に触れてしまいそうな至近距離。
この距離で緊張するなという方が無理だ。
「緊張してるの?」
「そらそうだろう」
「だよね…」
なんか今日のシャーロットはいつもと少し違う気がする。
なんというか…可愛い…。
「あのね」
「うん…」
「私、あなたに…」
そこまで言われて俺の心臓は今までにない程うるさくなっていた。
ヒルダとも事故で一緒に寝たことはあったがこんなにドキドキはしなかった。
なんだ。なんなんだこれは……俺ってシャーロットのことも好きなのか…?
「…ううん。やっぱりこの旅が終わった時に言うわ」
「お…おう…」
「それじゃあ、おやすみなさい」
そう言うとシャーロットは布団の中へ潜った。
俺は自分が息をしていなかったことに気が付き、深呼吸をする。
一体、何を言おうとしてたんだろうか。
シャーロットが"あなた"なんて言ったことあっただろうか。
いつもは"あんた"だったような気がするが。
まあ、どちらにせよ、俺がドキドキしたことに変わりはない。
気持ちって不思議だ。
この後、ドキドキして目が覚めた俺は結局ほとんど眠れなかった。
次の日の朝。
「あんまり寝れなかったな…」
宿の外に出てそう言いながら伸びをする。
と、
「あら、昨夜はお楽しみでしたね」
「おお?!」
いきなり横にジブリエルが現れた。
「ねえねえ、どうだった?」
「どうって、何が?」
「何って…色々よ」
ジブリエルがニヤニヤしながら聞いてくる。
またいつものやつだ。
「別になんもないよ」
「え〜ほんとに〜? 一緒のベッドで寝たのに何も無かったの?」
「……」
俺は昨日のシャーロットのことを思い出す。
悪戯っぽく笑うシャーロットの笑顔。
そして、あの夜の心臓の鼓動。
何も無かったと言えば嘘になる。
「あんれ〜〜? その反応は何かあったのかな〜?」
楽しそうなジブリエル。
と、そこに、
「よお。どうかしたのか?」
ガルガンがやってきた。
「んとねえ。昨日寝る時にジャンケンして勝った人がソラと同じベッドで寝るってやつをやったのよ」
「はあ?!!!」
ガルガンが俺の肩をガシッと掴む。
「それにヒルダは居たのか!? おい!?」
俺は前後に揺らされる。
こいつヒルダのことになると手がつけられないんだよな。
「居たわよ」
「っ…?! くそおおおお!!!!!」
「そんなに揺らすな〜!!!」
「まあまあ、ガルガンくん。落ち着きたまえよ」
「これが落ち着いていられるか!」
またジブリエルの小芝居が始まった…。
「君には特等席を用意した」
「…?」
「楽しみにしていたまえ」
「?」
とにかくなんとかなって助かった。
しかし、シャーロットはどうしてあんなことをしたんだろうか。
悪戯は好きな方ではあると思うけど…。
俺はいいんだけどね?
なんというか、周りの目というかなんというか。
ということでなんやかんやあったが、俺達はエアリス村を出立した。
因みに、ジブリエルが言っていた特等席とはヒルダがガルガンと一緒の馬車に乗ることになったのでそのことだったらしい。
ガルガンはそれはそれは喜んでいた。
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