第百十一話 師匠
とりあえず一件落着した俺達はヒカリの家の前まで戻って来ていた。
「あれがヒルダの師匠の剣神、オルファリオンさんなんだよね」
「ええ」
オルファリオンは連れていた女の子を家まで送ると言って今はいない。
すぐに来ると言っていたのでそれまでは彼待ちだ。
でも、あれがヴァイオレッドの話にも出てきた師匠だったとはな。
想像していたイメージよりもかなり迫力のある爺さんって感じだった。
それにあのヒルダが本気で戦わなければいけない程の実力の持ち主。
あの動きといい、まるで歳を感じさせない。
「ヒルダの師匠ってだけあってとんでもないわね。気付いた時には斬られてそうだわ」
「ほんとよ。私なんて物凄い殺気向けられてたし」
「「「……」」」
シャーロットの言葉で全員が黙る。
みんな気になっているんだ。
オルファリオンが言っていたことが。
「なあ、シャーロット。オルファリオンが言っていたことは本当なのか? その…シレジット大陸の半分を消し飛ばすとか言ってたけど…」
俺は気になり聞いてみた。
すると、シャーロットは逡巡した後語った。
「確かに、彼の言っていたことは合っているわ。私が本気を出したらシレジット大陸の半分ぐらいは消し飛ばせるかもしれない。まあ、その場合は私諸共だけどね」
「前にミント大橋でレミー達と戦った時に最悪私がなんとかするって言ったことがあったでしょ? あれはそういうことよ。私が本気を出せばなんとかなるっていうね」
そう言われて確かにミント大橋でそう言っていたことを思い出す。
あの時のなんとかするっていうのはこういう策があったからなのか。
「でも、どうして今まで隠してたのよ。そんな力があったなんて知らなかったわよ?」
ジブリエルが尋ねる。
「それは申し訳ないと思ってるわよ。ただ、私もなんのデメリット無しにこの力を使えるわけじゃないの。だから、これはいざとなった時の切り札ってわけ」
「ふ〜ん。因みにそのデメリットって?」
「まあ、色々よ。とにかく、使い過ぎると死ぬって感じかしら」
「それ大丈夫なの?」
「使い過ぎなければね。みんなも魔力を使い過ぎると体に異常が起こるでしょ? それの最終形態が私のやつって感じかしら」
「今、シャーロットは常に自分の魔力を極限まで濃く溜めているってことか? あの爺さんが言っていた魔力の密度が云々ってのはそういうこと…なんだろ?」
「そうよ」
ガルガンの問いにシャーロットは淡々と答える。
「ふむ。因みに魔力の感じが人間と違うと言っていたが、そんなの分かるもんなのか?」
「普通は無理よ。魔力の流れが違うなんて言われたこと無いもの。魔力眼とか言ってたし、あの目が魔力を感知して初めて分かるぐらいのものだと思うわ」
魔力眼か。
聞いたことはないからあんまり一般的なものではないとは思うが便利な力だ。
「はいはい。話はこれでお終い。私のこの力は無いものとして考えて。じゃないと命がいくつあっても足りないわ」
「まあ、それでもいいけど、隠し事なんて水臭いこともうしないでよ? シャーロット?」
「…分かったわよ」
シャーロットは悪びれもせずに言う。
まあ、俺達に言わなかっただけでシャーロットはシャーロットだ。
今まで通りにいこう。
と、その時、
「悪いな。待たせたのう」
オルファリオンがやって来た。
それから俺達はオルファリオンが地べたへと腰を下ろしたので同じように腰を下ろす。
「さて、まずは自己紹介といこうかのう。ワシはオルファリオン。世界を旅する身で、"剣神"なんて呼ばれておる。そこにいるヒルダとは昔からの付き合いだ。よしなに頼む」
そう言うとオルファリオンは軽く頭を下げる。
「それでだ。先にお前さんらには謝っておかんといけんな。悪い事をした。すまない」
そう言うとオルファリオンは先程よりも深く頭を下げた。
随分礼儀正しい感じだ。
さっきのを知っている身からするとまるで別人のように感じる。
なんというか覇気が無くなったというか、ただの爺さんみたいな感じだ。
「特にそこの嬢ちゃん。お主には怖い思いをさせた」
「別にいいわよ。なんとかなったんだし。後、私は嬢ちゃんって歳じゃないわ。あなたより歳はずっと上よ」
シャーロットの言葉に少し驚いた反応をするオルファリオン。
「ワシより歳が上には見えないが…やはり人間では無いということでよいか?」
「ええ。お察しの通りよ。私はパルデティア・シャーロット。魔人よ。それも魔王様から選ばれた四つ家系の一つの長女」
「魔人…魔王…ということはあの噂はやはり本当だったか」
どこか納得いったという反応のオルファリオン。
「やはりあの時の不気味な魔力の正体は魔王だったか」
「魔王様に会ったの?」
オルファリオンはシャーロットの質問に首を横に振る。
「ワシがまだセレニス大陸にいた時のことだ。禍々しい不気味な魔力を肌で感じた。あんなことは今まで無かった。だが、魔王の魔力だとするなら納得がいく。そりゃあ、自然と手が刀に伸びるわけだわな」
「師匠はセレニス大陸にいたのですか?」
「ああ。ラーチェルが故郷へ戻りたいと言うのでな。冬季になる前にセレニス大陸に入り、少し前に大陸を出てこのシレジットまで来たのよ」
「ラーチェルは元気でしたか?」
ヒルダの質問にオルファリオンは優しい笑みをこぼすと、
「ああ。アイツもなかなか強くなったぞ」
「…そうですか。良かったです」
ヒルダは安心したような表情だ。
やっぱり仲が良かった分、気になるのだろう。
「それでお前達はどういった集まりなんだ? ただ仲良く旅をしているわけではないのだろう?」
「はい。わたくし達は魔王復活を阻止する為に旅をしてます」
「ほう」
「魔王様の今の状態は不完全な状態で復活している状態なの。だから、世界にあるルーンを壊すことを目的に動いていて、私達はそれを阻止する為に旅をしてるってわけ」
シャーロットの話を聞いたオルファリオンが不思議そうにすると、
「お前さんは魔人だろう? ワシが知っている昔話では魔人の長は魔王という話だったが?」
そう質問した。
当然の疑問だよな。
「私は争いが好きじゃないの。魔王様が復活したら世界がまた戦いの世の中になっちゃう。だから、私は止めるの」
「ふむ。人間にもいろんな者がいるように魔人にもいろんな考えを持った者がいるということか」
納得した様子のオルファリオン。
と、その時、
「あの、師匠」
ヒルダが話す。
オルファリオンは何も言わずに言葉を待つ。
「師匠がいればあの魔王とも善戦出来る筈です。わたくし達と同行してもらうことはできませんか?」
確かにこのオルファリオンが居れば魔王とも戦えるかもしれない。
そう思わせるぐらいにはこの爺さんは強い。
が、
「魔王…か…この歳になって昔話に出てくるやつと戦えっていうのか?」
オルファリオンの反応はあまり良くない。
「ワシの全盛期はもう三、四十年前に過ぎた。見ろ、このシワシワの老体を。いつ死んでもおかしくはない。まあ、死なんが」
「……」
「戦うならもう少し若い頃にして欲しいもんだのう」
「ダメ…でしょうか…?」
ヒルダは悲しそうな顔と声音で聞く。
彼女のこういう雰囲気は珍しい。
「ふん……ダメだ」
「……そうですか…」
ヒルダがあからさまに落ち込む。
と、その時、
「と、言いたいところだが。ワシも魔王が復活するのは阻止するべきだと思っとる」
「っ…!」
「それに可愛い弟子の頼みでもある。いいぞ。魔王復活を阻止する旅。この老体に鞭を打とう」
オルファリオンのその言葉に皆が驚いた。
「それで。今の現状はどうなっておる。何をすればいいんだ?」
「はい!」
ヒルダは嬉しそうに今の現状を話した。
「んん…つまり残るルーンは後二つということか」
「はい」
「思ったよりも時間的猶予はないな…」
「申し訳ございません」
「なに。お前が謝ることじゃない。しかし、魔王と戦っていたとはな」
「ええ…」
「ん…では、お前達はセレニス大陸に向かっている最中ということだろう?」
「はい」
「セレニス大陸のルーンはウンディーネが守っていると聞く。かなり特殊な場所に守られている筈だ」
「どうしてそう思うのよ?」
ジブリエルが聞く。
「ワシは数ヶ月セレニス大陸に居たが、ルーンがあるという場所の情報もなかった。ウンディーネしか知らない場所に守られていると考えるのが普通だ」
「ウンディーネしか知らない…じゃあ、私達じゃ探せないってこと?」
「可能性はある。ワシには探せなかったという話だ。まあ、ルーンを探していたわけではないからその所為もあるかもしれないが…とにかく時間が掛かりそうなのは確かだ」
「「「……」」」
「それでだ。さっき言ったばかりであれなんだが…ワシはホーラル大陸に向かおうかと思う」
「危険です」
「ああ。それは分かっているが、時間があまりなさそうなのでな」
う〜ん。確かに時間は無いが一人で魔王と戦うことになるかもしれないのに大丈夫なんだろうか。
剣神という名に恥じない実力なのは間違いないんだが、魔王の実力もかなりのものだ。
この二人が戦った時にどうなるかなんて想像できないが、無傷というわけにはいかないだろう。
「ヒルダ。ワシにはワシの出来ることをやる。だから、お前はお前の出来ることをやれ」
「……分かりました」
「ここで会ったのはたまたまだ。お前達は元々セレニス大陸に行こうとしていた。ワシは気分でホーラル大陸へ向かうことにした。ただそれだけのことだ」
「あなた、死ぬかもしれないわよ」
シャーロットの言葉にオルファリオンが少し笑うと、
「ワシはまだ死なん。まだ可愛い子の胸を揉み足りないのでな」
そう言った。
「はい…?」
突然のことにぽかんとするシャーロット。
だが、この場にいた一人を除いて全員がぽかんとしていた。
「だ・か・ら! ワシは女が好きなんだ! 可愛い子の腕の中じゃないと死なん!」
「「「……」」」
「はあ…相変わらずで安心すらしますね…」
ヴァイオレッドから話を聞いていなかったら頭がおかしくなってしまったと思っていたと思う。
だが、なんというか、うん。
俺の想像していた師匠のイメージはこれだ。
今までがおかしかったんだ。
「ということで、ヒルダ。分かるな」
「斬りますよ?」
ヒルダは刀を握りながらそう言った。
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週一から三話投稿予定。