第百四話 大森林と自業自得
イーストポートを出発して一週間程が経ち、俺達は馬車の目的であるアルパナ村の近くへと来ていた。
ユリアから聞いた話だとこのシレジット大陸の南部は自然が豊かな地域らしい。
イーストポートから大陸の南部にかけては一年を通して比較的温暖な気候で緑豊かな自然が見られるんだそう。
特に俺達が目指しているアルパナ村の北部には大森林が広がっているんだとか。
そこに獣人族の村があるそうだ。
大森林と聞けば妖精の森やエクスドット大陸の大樹とかを思い出すが、ここの大森林はどういった感じなんだろうか。
葉の色が紫だったり、巨木があったりするんだろうか。
そんな想像を膨らませていたのだが、俺達の目の前には草原にのびのびと暮らしている牛の姿が見えた。
「そろそろアルパナ村に着きますよ」
御者がそう言う。
どうやら目的地のアルパナ村はもうすぐらしい。
「じゃあ、準備しようか」
「ああ」
ユリアのその言葉を皮切りに俺達は準備を始める。
それから少しして、
「……もう少しでお別れなんですね」
暗い顔をしたヒカリが言う。
確かにここでヒカリと分かれることになる。
振り返れば一ヶ月ちょっとの短い時間だったかもしれない。
でも、俺達は確実に仲間だ。
最初は心を開いてくれないヒカリだったが、今となっては会話ができるぐらいに進展した。
ヒカリ自身も自ら剣の鍛錬をしたりと成長を感じる。
「そんな暗い顔をしないの」
ヒカリの様子を見たシャーロットが声を掛ける。
すると、シャーロットに同調したユリアが、
「そうだよ? 後もう少しは一緒にいられるんだから。ね?」
「はい…」
実は船の上でヒカリを故郷まで送るのに二手に分かれるかどうかと言う話をしていた。
最初は二手に分かれた方がいいだろうという考えもあったのだが、今の状態から二手に分かれると、もし魔王に遭遇した時に確実に殺されるだろうという結論になり、どうせなら最後までヒカリを故郷へ届けようということになった。
なので、想定したよりは一緒に居られる時間は長くなったからというのはあるのだが、それでもやはり仲間との別れは少し寂しい。
「それに、まだまだヒカリには教えることがあります。後少しですが容赦しないので覚悟してくださいね?」
ヒルダがイタズラっぽく笑う。
こんな感じのヒルダは珍しい気がする。
俺達と一緒にいる時間が長くなってきたからか最近はこういう笑顔を見せることが増えた気がする。
やっぱり自分の弟子は可愛いものなのだろう。
でも、こうやって見るとやっぱりヒルダって美人だよな。
背も高いし、スラっとしているし。
でも、俺達の中では一番頼りになる存在だろう。
こういう人のことを姉御とか言ったりするんだろうか。
と、その時、
「痛っ…?!」
いきなり足をつねられる感覚が襲う。
俺はその部分に視線を向ける。
すると、そこには手があった。
誰かと思って見てみればジブリエルがニヤリとしながらこちらを見ている。
「何するんだよ」
「何って、なんかいやらしそうな顔をしてたからつねってあげたのよ」
「はあ? なんだそれ?」
心当たりがないぞ。
大体いやらしそうな顔ってどんな顔だよ。
「いいからその手を退けてくれないか?」
「ふーん。まあ、今回は許しますか」
「俺は一体何を許されたんだ…」
それからすぐにアルパナ村へと着いた俺達。
「ここがアルパナ村か…」
視界に見えるのはいくつかの民家とほのぼのとした草原。
「ここに来る人はそんなに多くないからなかなか楽しい旅だったよ」
御者の男がそう言うと手を振って出発した。
と、その時、
「はぁ〜〜……」
少し遠くからクソでかい溜め息を吐きながら近付いてくる一人の巨人族。
「着いてそうそうため息なんて吐かないでください」
「はぁ…」
ヒルダの言葉など関係ないとばかりにガルガンがまた溜め息を吐く。
まあ、こうなる理由は分かるんだがな。
実は言うとガルガンは一人だけ別の馬車で移動していた。
その理由は至って簡単。
ガルガンが大き過ぎるのが原因だ。
俺達とその荷物を一つの馬車では運びきれなかったのだ。
そこで体の大きなガルガンが一人、荷物と一緒に運ばれることになった。
可哀想に。
「まあまあ。もう馬車の旅も終わったんだし、ね?」
「ああ…」
ユリアのフォローも虚しくガルガンは自分の荷物を持つとトボトボと村の方へ歩いていく。
「まあ、仕方ないよな。こればかりは。さっ、俺達も行こう」
それからアルパナ村に着いた俺達は村人から獣人族の情報が何かないかを聞いた。
というのも、獣人族の村は大森林の中を定期的に移動しているらしい。
そうすることで同じ場所で獲物を狩り過ぎるのを防いでるのと、最近だと子供の誘拐をさせない為にもそうしているんだそうだ。
それでもヒカリのように誘拐される子供がいるんだから困ったものだ。
ということで村人に獣人族の村の場所の情報を聞いてみたのだが、当然というべきだろうか。
獣人族の村が今何処にあるのかという情報は手に入らなかった。
なので、俺達はとりあえず大森林に入ることに。
「私がヴァイオレッドから聞いた話だと村の場所はそんなに多くはない筈です。一個ずつ虱潰しにあたっていけば見つかる筈です」
大森林を歩いてすぐにヒルダが言う。
すると、
「ここまで来たら一番最近の村の場所は分かってるのでまずはそこに行きましょう。他の場所も少し知ってるので順番に」
ヒカリがそう言って先頭へ行く。
「それは頼もしいわね。是非案内を頼むわ」
シャーロットが言う。
「はい!」
ヒカリは元気に返事をした。
それからヒカリが一番最後にあったという村を目指して歩き始めた俺達。
そこへはアルパナ村から歩いて一日程の場所にあるらしい。
思ったよりも人里に近かったので良かった。
だが、大森林を歩いて半日。
問題が起こった。
いや、起こしてしまったというべきだろう。
主犯はガルガン。
共犯は俺で、今は二人で正座をしている。
どうしてこうなっているのか。
それはこうなる少し前に遡る。
半日の間、大森林を歩いた俺達は夜になり野営をしていた。
「ふう〜やっぱりユリアのご飯は美味しいわね〜」
シャーロットが幸せそうな顔で言う。
「ああ。この味はなかなか食べられるものではない」
「ありがとう」
ガルガンが褒めるとユリアは素直に礼を言う。
「んん〜……ご飯を食べたら汗かいちゃったわ。私、近くに小さな湖があったから水浴びしてくるわ」
ジブリエルが言う。
今思い返すとこれが全ての始まりだった。
「あら、それなら私も行こうかしら」
「じゃあ、私も行こうかな。ヒカリちゃんはどうする?」
「はい。せっかくなので行きます」
「みんな行くのですか? では、わたくしも行きます」
「なら、女全員で水浴びといきましょうか」
みんなで水浴びか。
前にもこんなことがあったがあの時は俺がヒカリと離れられなくて色々苦労したっけ。
でも、今回はそんなことにならなそうで良かった。
ヒカリも一人で体を洗えるしな。
と、そんなことを考えていると、俺の向かえに座っていた大男が口を開いて、
「俺も一緒に…」
「「ダメよ」」
「「ダメです」」
「ダメ…」
全員から『ダメ』のお言葉を頂いていた。
「クソ……」
男は悔しそうな表情をする。
否定されるのなんて分かってただろ。
すると、その時、ジブリエルが俺の方をじっと見て何も言わずに何かを伝えようとする。
どうかしたんだろうか。
「さっ、それじゃあ、早速行きましょう」
「そうね」
それからジブリエル達は俺達に荷物の見張りを頼んで水浴びに行ってしまった。
あのジブリエルの行動はなんだったんだろうか。
何かを伝えようとしたんだろうか。
と、その時、
「…りだ…」
「ん?」
カルガンが小さな声で何かを言う。
「無理だ…」
「へ?」
何が無理なのだろうか。
いや、なんとなく察しはついているのだが。
まさかコイツ……。
「俺は行く」
「おい! ちょっと待て!?」
俺は立ち上がるガルガンを止める。
「なんだ?」
「いや、なんだって。お前ユリア達の水浴び見に行くつもりだろ?」
「ああ。そうだ」
「……」
なんでコイツはこんなに自信満々な顔で言えるんだ。
と、そう俺が呆れていると、
「お前はいいだろうさ! ずっとヒルダ達と話が出来て、視界に入れられて! だが、俺はどうだ?! ただ一人、馬車に揺られながら荷物と一緒」
「お前に俺の気持ちが分かるか!!! いや! 分からないね!」
あまりの迫力に絶句する俺。
そんなに一人はつまらなかったのか。
まあ、俺と比較して嫉妬するのは確かに分からなくもない状況ではあるが…。
でも、それにしたっていい大人の発言とは思えない。
「俺は行く。止めるなよ」
「いや、止めるだろ! それに荷物はどうするんだよ?!」
「荷物なんて置いておけ。どうせここら辺に人なんていない。いても獣ぐらいだ」
「いや、だとしても流石にそれは不味いだろ?」
俺のその言葉にガルガンは分かってないとでも言いたげな溜め息を吐くと、俺の方をパッと向いて、
「すぐそこに楽園があるんだぞ? お前はそれを無視しろと? 無理だ」
「……」
コイツもうダメかもしれない。
巨人族の村に置いてきた方が良かったか?
と、その時、
「俺はもう行く。早くしないと終わっちまうからな。全員の水浴びを見て帰ってくる。ただそれだけの事だ」
ガルガンはキメ顔でそう言った。
全員の水浴びを見てくる。
つまり、コイツはヒルダを始め、ユリアやシャーロット、ジブリエルにヒカリの布一つ無い生まれた時の姿を拝もうというのか。
それはなんか嫌だな。
それに俺も少し気になるというか…。
こんなこと前までは思わなかったんだが、何か俺の心の変化でもあったんだろうか。
他の男にユリアの体を見られるのが嫌だとかそんな感じか。
これは少し気になる。
そう、自分の気持ちの変化が気になるだけだ。
俺はそう結論付けると、
「俺も行く」
そう口走っていた。
月が優しく周りを照らす森の中、俺とガルガンの二人は楽園へと来ていた。
荷物は一応分かりづらいところに隠しておいたので大丈夫だろう。
後は何事もないようにことを成すだけだ。
「おい、見えたぞ」
ガルガンが小声で言う。
俺はガルガンが指さした方へ視線を向ける。
「……だもんね」
シャーロットの声だ。
俺は長い旅路でジブリエルの心の声が聞こえる範囲に目星をつけている。
俺達はそのギリギリ範囲外で覗き見…いや、安全の確認をしているのだ。
「おお…!?」
ガルガンが感嘆の声を漏らす。
俺達の目にはハッキリと楽園が映っていた。
こ、これが楽園……。
俺は目の前に広がる光景を目に焼きつける。
そこには大きな山から小さな山まで様々な山脈が見えて絶景だった。
「俺はこれを見る為にここまで旅をしてきたんだ…」
「いや、それは違うだろ」
俺はガルガンに思わずツッコミを入れる。
いくら目の前に美しい山脈が広がっているからって目的を失ってはいけない。
俺達は魔王の封印を目指して旅をしてるんだ。
その事を忘れる訳には…、
と、その時、全員が俺達の方に視線を向ける。
まさかバレたのか? いや、ジブリエルには気付かれない場所にいる筈だ。なのにどうして……。
「『ウォーターブラスト』」
ジブリエルの魔法が俺達に目掛けて放たれる。
咄嗟にそれを躱すがそれによって俺達の場所が特定されたらしい。
ヒルダが刀を握り斬り掛かる準備満タンだ。
「待て待て! 俺達だ!」
ガルガンが慌てて声を掛ける。
こうなったら観念するしかないだろう。
俺とガルガンは姿を見せる。
「覗きとはいい度胸ですね?」
刀に手を掛けながら言うヒルダは今にも斬り掛かって来そうだ。
「はぁ〜…あなたが一緒になって覗いてどうすんのよ?」
と、ジブリエルが呆れたという顔で俺に言ってくる。
もしかして、あの時の視線はそういう事だったのか。
と、そんなことを思っていると、
「ソラ…」
ユリアが悲しそうな表情で俺を見る。
そのユリアの視線が俺の心を抉る。
すると、
「まあ、男ですからね。興味を持つのは当然のことです」
ヒカリの気遣いの言葉が更に俺の心を抉る。
と、ジブリエルが、
「ヒカリ、そうやって甘やかしたらこいつらは調子に乗ってまたやるんだからしっかり言わないとダメよ。ね、シャーロット? あなたも何か言ってやんなさい?」
そう言ってシャーロットへ振る。
すると、シャーロットは少し考えた後に、
「まあ、そうね。次は無いから気を付ける事ね」
とだけ言って服を手に取り着替えだす。
その様子を見ていたジブリエルはコイツマジか、みたいな顔をしていたがシャーロットはそんなこと気にしていないかのように淡々としていた。
その後、俺とガルガンは誠心誠意の謝罪をすることで許された。
が、不名誉なあだ名を付けられることになった。
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