第百二話 船旅と雨
冒険者ギルドを出てガルガン達の元へと向かった俺達はリヴァームの町を走っていた。
「今日、シレジット大陸行きの船が出てると良いんだけど…」
「もし無かったとして、何とか船を出してもらえないのかしら」
「海を渡るには技術が必要だからそう簡単には船なんて出してもらえなそうだけど…」
海の魔物達は強いみたいだし、難しいだろうな。
俺はユリア達の会話を聞きながらそんなことを考える。
「無理をして海の真ん中で船が魔物に襲われたりしても困りますし、無理は禁物です」
「そうだな」
町を攻撃しなかったとはいえこの辺りにはまだあの水竜がいる可能性があるし、しっかりと準備した上で出航した方がいいだろう。
俺はヒルダの意見に同感しつつ、ガルガン達と合流を急いだ。
少しして俺達はガルガン達がいるとされる町の近くまで来ていた。
近付いた時点で遠くからでもイリーナ達の姿が見えたので特に何もなく無事なことが想像できる。
「あの様子だと特に何事もなかったみたいね」
「ああ」
「となると、後は船があるかどうかね」
「うん」
と、その時、
「お〜い」
俺達に気が付いたイリーナが手を振ってきた。
その表情は明るい。
「大丈夫だった〜?!」
「ああ! みんな無事だ!」
シャーロットとイリーナがそんな会話をするとやっと子供達の姿が見えた。
どうやらみんな無事らしい。
まだ小さいがガルガンの姿も見える。
というか、遠くから見るとガルガンの武装している姿が目立つな。
「とりあえず安心した…」
ユリアが安堵の言葉を漏らす。
それからガルガン達と合流した俺達は冒険者ギルドで聞いたことを伝えた。
「なるほど。つまり魔王はここを通ってシレジット大陸へと向かったと」
「ああ」
「ふむ。しかし、その水竜。気になるな」
兜だけをとり、褐色の焼けた肌と長い髪が見えるガルガンは顎に手を当てて考える。
「俺達が苦戦したあの魔王を一匹で足止めか…」
「それは私達も不思議に思ってるけど、考えたって仕方がないわ。今は足止めしてくれたことに感謝しましょう」
「ああ。それはそうだ」
「それで、この後は船があるかどうかの確認ということでいいですか?」
「そうね。早く確認した方がいいでしょうね。この大陸に来る時と同じところでいいわよね?」
「ああ。もし船がなかったらその時は冒険者ギルドに相談してみよう。まずは船の有無の確認だな」
「そうと決まれば急ぎましょうか」
「ということはイリーナさんとはここでお別れですか?」
ヒカリがそういうと自然と視線がイリーナの方へ向く。
確かにそういうことになるな。
「少し名残惜しいけどそういうことになるね」
「…そうですか。あの…短い間でしたがありがとうございました」
そう言うとヒカリは頭を下げる。
俺はそれに倣うように、
「イリーナのおかげで予定よりも早くエクスドット大陸を行き来できた。助かったよ。ありがとう」
そう言って頭を下げた。
すると、ユリア達も各々感謝の言葉をイリーナへ送る。
「あ…いや、そんな…私は別に…」
イリーナは照れ臭そうに言う。
と、何も言っていなかったガルガンが一歩前へ、イリーナへと近付き、
「まあ、お前には感謝する。お互い、使命の為に頑張ろうや。それだけだ」
ガルガンはそれだけ言ってイリーナへ背を向けて歩き出した。
「素直じゃないわね…」
そんなガルガンの様子を見たジブリエルが溜め息混じりに言うと、足早にこの場から離れようとする。
「はあ…それじゃあ、イリーナ。またね」
「ああ」
ジブリエルはそう言ってガルガンの後を追う。
「またジブリエルは悪戯しようとしてるのかしら」
「ジブリエルらしいけどね。イリーナさん。それにパメラさんにルドナさん。一緒にここまできてくれた巨人族の皆さんに子供達も。また会いましょう」
「ああ。また会おう」
ユリアのその言葉にイリーナはそう言って微笑んだ。
「それじゃあ、ガルガンと逸れる前に行きますか」
「そうですね」
「それじゃあ」
「ああ」
俺達はここでイリーナ達と別れた。
「よし。パメラ! ルドナ! 急いで船旅の準備をするよ!」
俺の後ろでイリーナのそんな声が聞こえた。
それから俺達はリヴァームにある船着場へと向かった。
出来るだけ早くシレジット大陸へと向かわなければならない。
じゃないと魔王が完全に復活してしまう。
そんなことを考えながら船の有無を聞くと幸運なことにシレジット行きの船が今日の夕方に出発するとのことだった。
俺達は今日中に出航できると知りとりあえず安堵する。
夕方までは数時間あるが、船はすでに停まっている為早めに乗船してもいいとのことだった。
少し迷いはしたが特にすべきこともなかったので早めに乗船することにした。
「冒険者ギルドに一言言ってきた方がいいかな?」
「まあ、そのぐらいの時間はあるけど…」
ユリアは相変わらずだな。
「大丈夫よ。きっと私達が急いでるのを知ってるから察してくれるわよ」
「それは、そっか…」
「それよりもユリアは自分の心配したら? これからあなたにとって最悪の数日を過ごすのよ?」
「う……」
ジブリエルの言葉にユリアの表情が曇る。
と、その時、
「デカいな…」
そんな声が聞こえた。
見ると、ガルガンのことを見た船員が物珍しそうに見ていた。
確かに巨人族にしては小さいし、人間にしては大き過ぎる。
不思議がるのも無理はないだろう。
「ふむ。この船だと俺は甲板にいるしかなさそうだな」
腕を組みながらそう言うと持っていた荷物を甲板の端の方へ乱雑に置いて座った。
確かにガルガンの大きさだと船の中には入れないか。
雨とか振ったら野晒しになるけど大丈夫なんだろうか。
「ほらほら。みんなさっさと部屋に行って荷物を置くわよ」
シャーロットはそう言うと扉を開けて船の中へと入る。
「それもそうだな」
俺はシャーロットの後に付いていった。
この日の夜。
無事に出航した俺達は優雅な船旅を…送ることはできなかった。
生憎の雨。
それによって海が荒れたのだ。
「うう……」
「大丈夫ですか?」
横になっているユリアがヒカリに背中を摩られながら耐えている。
もはや見慣れた光景だ。
「ユリアもついてないわね。船が港を出て数時間でこんなに雨が降るなんて…」
「ガルガン、大丈夫かしら」
まさか昼間に心配したことが現実になるとは。
と、その時、
「わたくし、少し様子を見てきます」
ヒルダがそう言って立ち上がる。
「でも、外は雨よ?」
「ええ。大丈夫です。昔はこんな雨の日でも修行だと言って気にせず外に居たものですから」
「だからって…」
シャーロットがそう言ってヒルダを心配していると、
「いいじゃない。風邪、引かないでよ?」
ジブリエルがそう言うとヒルダは「ええ」とだけ言って部屋から出ていった。
わざわざ雨が降ってるのに外に出るなんて、ガルガンが外にいるとはいえ大丈夫だろうか。
〜ガルガン視点〜
全く。船旅を始めて数時間。
雨に降られるとはついてないぜ。
濡れることには特に抵抗はないが、俺の冒険の一ページが雨から始まるというのはなんだか気に食わん。
「はあ…」
と、その時、俺が溜め息を吐くと扉が開いた。
こんな時間に誰だ? 船員か?
俺は不思議に思いながら開けられた扉から出てくる人物を注視する。
すると、
「ヒルダ…?」
扉からはヒルダが出てきた。
何かあったのか?
そう思いながらヒルダのことを見ていたが、しかし、彼女は俺の方には来ずに船首の方へと歩いていく。
「何やってんだ…?」
俺は不思議に思いながらヒルダの様子を窺う。
こんな雨の日にわざわざ外に出るなんて、雨に濡れるだろ。
俺は中に入れないから外にいるがヒルダは違う。
俺に話があるから外に出たんだと思ったんだがそれも違うみたいだし。
一体……。
と、俺は船首へと歩いていく不思議なヒルダの様子を見てある考えが思い付いた。
まさか……?!
「ヒルダ!!!」
俺は咄嗟に彼女の名前を叫んで慌てて駆け寄る。
天候によって聞こえているか分からないが、今はとにかく急いでヒルダを止める!
「早まるな!」
そう言って俺はヒルダへ手を伸ばす。
と、次の瞬間、バチンという音と共に俺の指が弾かれた。
「……おい、ヒル…」
その場に立ち尽くすヒルダの名前を呼ぼうとした時、彼女の体が紫色の光りを帯びる。
これはヒルダの戦闘状態の時の…。
もしかして近くに魔物でもいるのか?
俺はそう思って周りを警戒する。
と、その時、
「あの戦い。わたくしがもっと強ければ……」
今まで無言を貫いていたヒルダが口を開いてそう言った。
あの戦い…というのはきっと魔王と戦った時のことだろう。
「ガルガン…あなたはわたくしのことをどう思いますか?」
その問いに俺はヒルダへの愛を語ることもできたのだが、彼女の聞きたいこととはそういうことではないだろう。
いつもだったら特に考えずに愛の言葉を語っている俺だが、今はそんな雰囲気ではなさそうだ。
今のヒルダは少し言葉を間違えただけでも消えていなくなりそうな、まるでガラスのような繊細なものを扱っているようなそんな雰囲気がした。
「俺は戦闘において誰かの所為にしたことは一度もない。全ては自分の今までの行いが結果になって現れる。生きるのも、死ぬのも。全部自分の結果が招いたことだ」
「そう……ですね…」
「だから、俺はヒルダのことを責めない。責められるべきなのは俺だ。俺がもっと強かったらこうはならなかった」
「……」
「だが、俺はまだ生きている。そして、こうして魔王を止める為に旅に出ている。自分の失敗は自分で取り返す。それが俺のやり方だ」
「……」
「ヒルダ。お前はどう思う? 他人の所為にして自分を守るか?」
「いえ。わたくしも自分自身を見つめ直して鍛練に励みます」
「フッ。そうだろう。俺のヒルダはそういう女だ」
そう言うとヒルダから拳が飛んでくる。
「痛えな…」
「自業自得です。反省してください」
「はいはい…」
まあ、これで少し気が紛れたか。
「雨、凄いですね」
「ああ。そうだな」
「これではあまり周りが見えないですね」
「ああ、そうだな」
俺は両手をヒルダの頭の上に覆って雨が当たらないようにする。
「ほんと、雨が凄いです…」
「ああ、そうだな」
それから少しして雨が止んだ。
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