84.箱入り娘たち、小人の里に集結する
筋骨隆々の小人族、ガドハンド。彼に連れられた、眼前に広がる世界。
それは地下に広がるひとつの街だった。
「はえぇぇぇ……」
「なんだい、そりゃ」
フェリーとリタが揃って感嘆の声を洩らす。
それが間の抜けた声だったので、ガドハンドは思わず苦笑した。
「いや、すごいなあって」
構わず、フェリーは思った事をそのまま口にする。
小人族の里は、地下遺跡をそのまま流用した形になっている。
元々は、地下遺跡だった構築物。鍾乳石や石筍を掘って住めるようにしたもの。
淡い緑色の光を放つ鍾乳石が、キャンドルポットのように街を照らしている。
自然そのままの形を活かした居住区。
そして硬い岩盤を掘られて造られた、小人族の技術が光る住処。
岩盤を巧みに彫り、様々な模様やアーチ状にしたりと遊び心が垣間見える。
これらは更に地下に掘られているようで、地下室のような位置づけになっている。
二種類の意匠を組み合わせた構築物。その塊をひとつの里として、小人族は住み着いていた。
「お前さん達はでけぇからな。あそこぐらいしか、入れるところがねぇや」
ガドハンドが指したのは、一際大きい石筍。それに穴を開けて造られた家だった。
普段は集会場として使われているそこを案内され、二人は腰を落ち着けた。
「俺はお前さん達の仲間を探すように頼んでくるからよ」
そう言うと、ガドハンドは姿を消した。
きっと、ずぶ濡れの自分達に配慮をしてくれたのだと、二人は感謝した。
石筍をくりぬいた形なので、建物の中と言えど外から丸見えだ。
二人は集会所に置かれている布や石の板で目隠しを作り終えると、フェリーが服を乾かすために魔導刃を起動した。
茜色の刃が、暖かい空気を家中に循環させる。
体力も、体温も奪われたせいで温かな空気が微睡を誘った。
「ふう……」
シャツを脱いだフェリーが、肩を大きく下げる。漸く、服を乾かせると安堵した。
流石に、男の人がいる前で服を脱いで乾かす訳には行かない。
特に、リタは妖精族の女王だ。そうやすやすと柔肌を晒させる訳には行かない。
(レイバーンさんが、オコりそうだし)
遺跡の入り口で留守番させられているレイバーンを思い浮かべながら、フェリーはごめんねと天井に向かって謝った。
……*
戻ってきたガドハンドに案内されながら、二人は小人族の里をまじまじと眺める。
刺激的な世界は、リタに自ずと故郷との違いを比べさせていた。
「遺跡をこんな風に改造するなんて……。
あ、でも私たちも似たようなものかな?」
森と石。違いはあれど、アルフヘイムの森が遺跡そのものなのだから。
高濃度の魔力によって、異常成長した森。それを住居としている。
小人族も、魔力の溶け込んだ石を利用している。
本質的には、同じだった。
リタは腕を組みながら唸っていたが、腹に落ちたようだった。
「儂らの先祖は、元々別の土地に住んでいたんだけどな」
顎髭を撫でながら、ガドハンドは語り始めた。
ラーシア大陸、その東の果てにある霊峰。
魔力を含んだ良質な土が生み出した、良質の魔術粘土や鉱石。そして、魔石。
近くにある峡谷を含めて、彼らは広大な土地を遊び倒していた。
ガドハンド達、小人族の先祖は不自由なく暮らしていたが、ある時に移住を余儀なくされる。
ドナ山脈の北側に現れた、別の種族によって。
結果として領地を奪われた形となった小人族は、この大陸を歩き回った。
自分達が住める場所は、どこかに無いかと。
一人、また一人と数を減らしながらも彼らは歩き続けた。安寧の地を求めて。
ある日、森に迷い込んだ。そこには魔物が棲みついていた。また、仲間が減った。
筋肉の鎧を纏っているが、戦闘は決して得意でない。
その身に魔力を宿してはいるが、こっち側では並だ。
淘汰される運命なのかと諦めかけた時、小人族はこの地下遺跡を見つけた。
これだけの規模なのだから、先住民が居てもおかしくない。その時は、交渉して住まわせてさせてもらおうと思っていた。
しかし、遺跡はもぬけの殻だった。残っていたのは、所々が欠けた石造りの神像だけ。
小人族はせめてもの誠意として、その石像を修復した。
その上で、自分達の主神として崇める事にした。
それがこの、小人族の里のはじまり。
今では数も増え、再興を果たしている。移民自体の苦労を知る小人族は、長老を除いてはいなかった。
「小人族も、大変だったんですねぇ」
リタは自分の事と照らし合わせて考える。
自分達が、先日隣国との間に起きた諍い。それは突然、後頭部を殴られたような衝撃だった。
同胞の裏切りもあって精神が削られた。
自分は、救ってもらった。支えてもらった。だから、今もこうしていられる。
だけど、小人族は違う。傷付きながらも、一族の血を繋げた。
妖精族の女王だなんて偉そうに言っているが、とても自分には出来ないと思った。
この小さな種族。その先祖に、リタは自然と尊敬の念を抱いていた。
「苦労をしたのは儂達の先祖だ。諦めずに、こうやって世代を繋いでくれたのは感謝してもしきれないがな」
ガドハンドが肩をすくめた。
「そーいえば、ガドハンドさんが言っていた『お告げ』って結局なんだったの?」
「ああ、その件か。元々、ここに居た神像、その使いの精霊がお告げをくれるんだよ」
「精霊のお告げ……ですか」
その事実に、驚きを見せたのはリタだった。
自分達の信仰する神。そして、その使いである精霊。
それには依代が必要となる。そして、強い信仰心が。
リタも、信仰する神の精霊と対話をした事はある。
しかし、依代となれる程の信仰を持った妖精族は、自分の他に居なかった。
それも日頃の感謝を伝えるのみで、中身のある話が出来た訳では無い。
精霊の言葉が明確になる代わりに、依代となった自分の意識が曖昧になるからだった。
お告げが、中身のある話が出来るという事はリタにとって羨ましい事でもあった。
やっぱり、外の世界に出て良かったと思う。世界には、自分の知らない凄い人がたくさんいる。
「ぜひ、精霊との対話を私にも聞かせてもらえませんか!?」
「あ、ああ……」
食い気味に詰め寄るリタ。彼女に詰め寄られたガドハンドは気圧されながらも頷いた。
彼に案内され、向かった先は小人族の王。その塒だった。
「おおい、王様。さっき言った客人を連れて来たぞ」
「お邪魔しま……って、あれ?」
見知った背中を見て、リタが立ち止まる。
フェリーがリタの頭越しに見たのは、黒い髪の青年と銀髪の淑女。
それが誰なのか、間違えるはずも無かった。
「シン!? それに、イリシャさん!?」
……*
時は少しだけ戻る。
シンはイリシャと共に、川沿いを歩いていた。
歩き始めてしばらくはそれで良かった。だが、事態は変化を見せる。
道が、石筍によって遮られているのだ。
川沿いフェリーやリタが居る。その一心で追いかけていた二人は、その歩みを止められる。
「シン、どうしよう?」
「……迂回できる道があるか、探してみよう」
「でも……」
イリシャが口にしようとしている事は、十分に解っている。
迂回した道がこの川に繋がっている保証なんて、どこにもない。
それどころか、石筍と鍾乳石が造り出した天然の迷路を無闇に歩いても平気なのだろうか。
一か八か、川に飛び込むべきではないのか。
(いや、駄目だ)
シンは首を振った。それだけは出来ない。
流れ着いた先がどうなっているか、判らないのだ。
自分はともかく、イリシャを危険に巻き込む訳には行かない。
どうしてもやるなら、彼女をレイバーンの元へ帰すべきだ。
「イリシャ。お前はレイバーンの所に――」
「待って。何か、聞こえない?」
言いかけた言葉を、イリシャに止められる。
口を噤み、耳を澄ませる。川の流れの他に、何か声が聞こえた。
洞窟内で反響しているせいか、正確な位置は掴めない。
だが、フェリーやリタ。もし、違っても他に誰かが居るという証明だった。
「行こう」
「ええ」
もしかすると、内部の事情にも明るいかもしれない。
その希望を持って、二人は声の主を探し始めた。
……*
「わあああああああああ!」
声の主は、思ったよりも簡単に見つかった。
甲高い悲鳴を上げながら、血相を変えて走り回っている子供。
いや、あれは逃げていると言った方が正しいのかもしれない。
「おい、どうした!?」
シンが声を上げると、子供は自分の元へと進路を変える。
骨格こそがっしりしていそうだが、身長が低い。自分の半分……は言い過ぎだろうが、腰ぐらいの高さまでしかなさそうだ。
全体的に毛深く、目の殆どが髪で覆われている。よくあれで走れるものだと、シンは感心をした。
「あれ! あれ、あれ!!」
子供が短い腕をぶんぶんと振り回す。その指は、激しく流れる川を示していた。
正確には、そこから飛び出るモノ。
子供の身長と同じぐらいの体長を持つ、大きな魚の魔物だった。
水面を飛び跳ねながら、その眼球をくるくると回している。
慌てふためく子供を見つけたその魚の口元が、歪んだように見えた。
魚は川から飛び出ると、大きく跳ねながら子供へと寄っていく。
珍妙な光景だったが、子供をパニックに陥らせるには十分なようだった。
「ぎゃあああぁぁぁ! 喰われるうううぅぅぅ!!」
一際大きな叫び声が洞窟に響く。思わずイリシャが耳を塞いでしまう程だった。
涙をぽろぽろと飛ばしながら走る子供は、追い回してくる魚を振り払えない。
追い付かれそうになった魚が大口を開けたところで、子供は涙で顔をぐしゃぐしゃに歪ませた。
「助けてええぇぇぇぇ……あれ?」
魚は今まさに、子供に喰らい付こうとしていた。
だが、止まる。代わりに、魚の身体には風穴が空いていた。
一発。もう一発と、シンが鉛玉を魚に撃ち込んでいく。
やがて魚は動きを止め、地面で弱々しく身体を揺らす。
風穴を埋めるように滲み出る血が地面を濡らし、やがてその動きを止めた。
「……大丈夫か?」
大した魔物には見えなかったが、念入りに動きを止めるまで銃弾を撃ち込んだ。
魚が絶命した事を確認し、シンは銃を納める。
「シン、優しいね」
「茶化すなよ」
流石に魔物に襲われる子供を見棄てられるほど、シンは冷血人間ではない。
あの子供はこの鍾乳洞を走り回っていた。
つまり、中の地理に明るい可能性が高い。誰がどう見ても、助ける場面だ。
それに、シンには焦る理由が増えてしまった。
川に魔物が潜んでいる。フェリーやリタがそれに遭遇している可能性だって、考えられるのだ。
魔物に襲われたばかりで気が引けるが、この子供に洞窟を案内して貰いたかった。
「すまない。恩着せがましいようだが……。
この洞窟の事で――」
「すっげえ!」
子供は、目を輝かせてそう言った。
未知の武器が、あっという間に魔物を斃してしまった。
その事実が、直前まで迫っていた危険より興奮で上書きしてしまう。
「お兄さんたち人間!? すげえ、そんな武器見た事ないよ!
うわあ、同胞は知ってるのかなあ?」
「あー、ちょっとごめんね。ボク」
興奮する子供を、イリシャが宥める。
「お姉さんたち、友達が川に流されちゃったの。
もし知っていたら、何処に繋がっているか教えてくれない?」
「後、この魔物は数が多いのか?」
シンが、補足をした。子供の目は、腰へ収められた銃に夢中だった。
「……あとで、見せてやるから」
子供の目が、ぱあっと輝く。
「ほんと!? 約束だからね!
えっと、ここの川はどこまで続いているかわからないや。里の大人なら知ってるかもだけど。
でもね、この魔物は川のヌシなんだ。コワいやつだけど、お兄さんがやっつけてくれたからもういない!」
「里? ここに誰か住んでいるの?」
「うん、ぼくたち小人族が住んでるよ」
それを聞いて、二人は胸を撫で下ろした。
とりあえず、フェリーとリタが魔物に襲われている心配はしなくて良さそうだった。
後は、この子供が住んでいるという小人族の里。そこで何か情報を得られれば……。
「悪い、その里まで案内して貰ってもいいか?」
小人族がどんな種族なのか、過去に呼んだ本にも記載は少ない。
イリシャの方を見たが、彼女は首を横に振った。どうやら、知り合いは居ないらしい。
妖精族のように排他的ならば、里への案内には応じてくれないかもしれない。
「うん! 任せて!」
種族的に気にしていないのか、子供だかなのか。
あっさりと子供は了承してくれた。
「ぼくはカルフット!」
「俺はシン。こっちは、イリシャだ」
「よろしくね、カルフットくん」
カルフットに手を引かれ、二人は小人族の里へと案内をされた。
いきなり王に謁見させられた二人が戸惑っている最中、ガドハンドがフェリーとリタを連れて来た。
結果的に、四人は無事に再会を果たす事となった。
再会を喜ぶ間も無く発せられる、咳払い。
その主である、小人族の王がこの場の空気を支配した。