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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第八章 箱入り娘の冒険/悪意の降臨

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83.箱入り娘と魔女、小人に遭遇する

 川を覗くと、既にフェリーとリタの姿は見えなくなっていた。

 淡く翡翠色に輝く水を掬ってみると、よく知っている透き通った、ただの水だ。

 鍾乳石の発する光が水面を照らしているだけで、この川自体に異変はなさそうだった。


 それが解っただけでも、二人は胸を撫で下ろす。

 もしも、毒性があるものだったらと思うと気が気では無かった。

 フェリーはともかく、リタが危ない。

 レイバーンやストルに口を酸っぱくして言われていた手前、合わせる顔も無くなる。


 しかし、こうして見ると川の流れはかなり速い。

 もっと慎重になるべきだった。シン自身も気が緩んでいる証拠だ。


「シン、わたしはいいからフェリーちゃんとリタを……」

「そうもいかないだろ」


 もどかしい気持ちを抑えながら、シンは後頭部を掻いた。

 自分だってフェリーを追いかけたい気持ちはある。

 だが、イリシャを放っては置けない。フェリーにも、頼まれたのだ。


「とにかく、行けるところまで川沿いに歩こう。

 フェリーやリタが岸に着いているかもしれない」

「そうね。怪我をしてなければいいけれど……」

 

 イリシャは、眉を下げながらも同意をした。

 川へ落ちないよう、慎重に石筍を伝って歩いて行く。


 歩き出して数分。

 川沿いの道が広がりを見せる。洞窟全体が淡く輝いているのが幸いだった。

 灯りの心配は要らないし、歩いている中でイリシャの緊張も解れてきていた。

 

「ねえ、シン」

「どうした?」


 歩きながら、世間話をしようと思った。

 こんな機会でも無ければ、訊けない事だってある。

 とはいえ、いきなり核心を突くのはイリシャ自身も緊張をする。

 まずはジャブから打つ事にした。


「わたしね、妖精族(エルフ)の里に住もうと思っているの。

 人間の子供も住むようになったし、居住特区でお世話しようかなって」

「そうなのか? じゃあ、イリシャの家は……」


 もう長い間、イリシャの家は空いている。

 元々ドナ山脈の山奥に住もうという奇特な人間はそういないだろうが。


「あそこは荷物だけ回収して、しばらくほったらかしかな。

 温泉もあるし、別荘代わりにするのもいいかもね。

 元々――」


 イリシャは言いかけた言葉を、慌てて呑み込んだ。

 

「元々?」

「ううん、なんでもないわ」


 まだ、それをシンに伝えてはいけないと思った。

 あそこに住み始めたのは、ここ数年の話。

 シンとフェリー、二人に会う為だった。


 二人を利用して、何かを企んでいるという訳では無い。

 ただ、()()()()()()()()()()()から。

 フェリーという人物に、単純に興味があったという理由もある。


 それを伝えると、きっとシンは自分を問い質すだろう。

 彼がきちんと受け入れてくれる日まで、イリシャはそれを伝えるつもりは無かった。


「そうか。イリシャが居るなら安心だな」

「ふふ、お世辞が言えるようになったのね」

「そんなつもり言ったわけでは……」


 実際、妖精族(エルフ)と魔獣族が暮らしを共にするという試み。

 リタとレイバーンが思っていた通りに事が進むとは限らないだろう。

 そんな時に、潤滑油としてイリシャが居るのは二人にとって間違いなく心強い。

 シンは、素直にそう思った。


「ごめんごめん。解ってるわ、ありがとう。

 それで……ね。シンたちは、次に行くアテはあるのかしら?」

「俺は、フェリーが許すなら一度ミスリアへ戻ろうと思っている」

「ミスリアへ?」


 そういえば、フェリーが言っていた。

 先日であった龍族(ドラゴン)が、自分を『ミシェル』という人間に見間違えた事を。

 結局、人違いではあったがやはり彼女によく似ているであろう『クロエ』なる人物の事も。


「……シンは、その人たちがもしフェリーちゃんと関係が有ったら、どうするつもりなの?」


 イリシャのトーンが下がる。きっと、彼女はフェリーと同じことを考えている。

 シンは少しだけ頭を悩ませ、言い辛そうにしながらも答えた。

 

「俺は、フェリーの親に文句を言いたいだけなんだと思う。

 フェリーを売った事や、大切にしなかった事に対して」

「……そっか」


 イリシャは安堵した。やはり、彼はフェリーの事が大切なのだと解った。

 今も昔も、これからも。ずっと変わらない。彼の原動力。

 だからこそ、改めて訊いておきたいと思った。


「シンさ、わたしと会ってから……。

 ううん、妖精族(エルフ)の里に行ってからフェリーちゃんを殺そうとしていないよね?

 何か、心境の変化があったの?」


 正しくは、そうであって欲しいという自分の願望が混じっていた。

 その想いとは裏腹にシンは首を横に振った。

 

「いや。こっちは通貨が違うし、フェリーが前金を払えないだけだ。

 払えないのなら、俺もフェリーの依頼を請ける必要が無い」


 そうは言っているが、やはりフェリーを討ちたくは無いのだろう。

 だから、お金だなんて分かりやすい言い訳で避けている。


 勿論、シンが建前として前金を理由に断っている事には違いない。

 だが、もうひとつ。彼にも思うところがあった。


「それに、リタやレイバーンが共存をしようと努力をしている。

 リタはレイバーンを討ちかけた事を後悔している。

 そんな時に、妖精族の里(あそこ)でフェリーを討つ事は出来ない。

 嫌な記憶を、思い出させる必要も無いだろう。

 フェリーにも、だから殺せないとは伝えてる」


 そんな事をすれば、きっと妖精族(エルフ)と魔獣族が手を取り合えなくなる。

 幸せになれるかもしれない人達を、自分達が台無しにはしたくない。

 フェリーと二人で決めた事だった。


「そっか」


 イリシャがぽつりと呟く。その頬は緩んでいた。

 二人とも、やっぱり心根の優しい人間だと思った。


 シンもフェリーも、きっと本人が思っている以上に色んな感情が交錯している。

 だから、辛い事も沢山あるはずだ。精神(こころ)がぐちゃぐちゃになる事が、何度もあっただろう。


 シンは殺したくないのに、約束をしてしまった。

 無鉄砲に敵国(ギランドレ)へ飛び込むぐらいに大切な女性(ひと)を、殺すと。

 それでもやっぱり、シンの行動は彼女への情愛がちゃんと含まれている。


 フェリーもまた、シンへの情愛が抑えきれなくなっている。

 ……若干、自分が焚きつけている点は否定できないが。

 大好きな人の家族。また、自分も大好きだった人を手に掛けたという罪悪感。

 フェリーは最後の一歩を踏み込むのが、怖くなっている。

 それでも、自分の為ではなく誰かの為なら迷わず踏み出せる。


 大切なものが何のか、二人はきちんと理解をしている。


「イリシャ……?」


 不意に、イリシャがシンの前髪を上げた。

 困惑して、僅かに揺れる瞳。

 目の下にうっすらあるクマは、きっと誠実にフェリーと向き合おうとしている証。


「うーん。やっぱり、ちゃんと寝た方が良いわよ。

 いざという時、力が出ないわ」

「……なるべく、そうするよ」


 微笑みながら、イリシャはそう言った。

 シンは子供扱いされているように感じたのか、やや不満げな顔をしている。


(アンダル、安心して。フェリーちゃんも、シンも優しい子に育っているわよ)


 先に逝った、古い友人へ届くとは思っていない。

 だけど、もし届くのならアンダルには胸を張って欲しいと思った。


 ……*


「リタ……ちゃんっ!」


 流されるリタに、追い付いたフェリーが手を伸ばす。

 リタは必死にその手を掴むと、フェリーの身体にしがみついた。


「フェリー、ちゃんっ。ごめっ……」


 水を吸った服が重石となって、上手く身体が動かせない。

 妖精族(エルフ)の里で水浴びしかした事のないリタにとっては、未知の体験だった。


「だいじょぶだよ。あたしにぎゅっと掴まってて」


 下手に暴れられると、二人揃って流され続けてしまう。

 リタは首を縦に振ると、彼女の指示に従った。


(と、言ったものの……)


 どうすればいいのだろうかと、フェリーも頭を悩ませる。

 レイバーンとの約束もある。せめて、リタだけでも早く安全な場所へ送らなくてはいけない。

 

 まだ、この川に終わりは見えない。焦ってはいけない。

 ゆっくりとリタを抱えたまま岸へ近付いていく。途中で顔全体が水に沈むが、怯んではいられない。

 強く眼を瞑ったリタを落ち着かせるように、頭をポンポンと撫でた。

 不安にさせてはいけない。フェリーは何よりもそれを優先した。


 岸までたどり着いたフェリーだが、リタを抱えて上がるには力が足りない。

 その間に、きっと自分が流されてしまう。


 咄嗟に思いついたのは、魔導刃(マナ・エッジ)だった。

 強引に杭のように岸へと突き立て、これ以上流されまいと身体を食い止める。

 

「リタちゃん、上がれる?」

「う、うん。ありがとう……」


 フェリーに促されるまま、彼女の身体を伝って岸へと上がる。

 ずぶぬれの服や髪から漏れる水が、その場を水浸しにしていく。


 これでいい。後は自分が上がるだけだと、フェリーは魔導刃(マナ・エッジ)を握る腕に力を込めた。

 その時だった。


「あ゛っ」


 魔導刃(マナ・エッジ)の出力に耐え切れず、地面が抉れるように崩れてしまう。

 そのまま、フェリーの身体が川の流れへと乗せられそうになる。


「フェリーちゃん!」

「なんのっ!」


 だが、フェリーは指先を引っ掛け何とか岸へと留まる。

 小石で切ったのか、手が血で滲む。爪も、剥がれそうな程に痛い。

 だけど、手を離すわけには行かない。


「待ってて。今、行くから!」

「ダメ、また流されちゃうよ。ここはあたしが……」

「でも……」


 駆け寄ろうとするリタを制止する。

 自分の不注意が招いた結果だとリタは己を責めるが、今はそれどころではない。


 どうすればいいのか。何をすればいいのか。

 戸惑うリタをよそに、彼女の背後から腕が伸ばされた。


「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

 

 筋骨隆々の男から差し出される太い腕。その太さとは裏腹に、背は低い。

 自分やリタ……いや、子供よりも低い。

 その割に、顎に貯えられた白い髭はとても立派でふさふさとしている。

 口には煙管が咥えられており、煙をぷかぷかと浮かべていた。


 謎の小さい男は、フェリーの腕を掴むとあっという間に引き上げてしまった。

 二人は目をぱちくりとさせ、見知らぬ男をまじまじと見た。

 

「……オジさん、ありがとう。

 ところで……、どちらさまですか?」


 髪や服の水を絞りながら、フェリーが尋ねる。

 近くで改めてみると、やはり背が低い。かなりがっしりとした筋肉のせいか余計にその低さが際立つ。


「儂か? 儂はここに住んでいるモンだ。

 お前ら、小人族(ドワーフ)じゃないな。どこから来たんだ? 何者だ?」

小人族(ドワーフ)……」


 フェリーとリタは、同時にその名を呟いた。

 話には聞いた事があるけれど、その姿を見るのは初めてだった。


 フェリーにとってはアンダルが存在だけは教えてくれたけれど、彼ですら見た事が無いと言っていた種族。

 リタも名前こそは知っているけれど、自分には縁が無いと思っていた存在。


「私はリタ。妖精族(エルフ)です」

「ああ、お前さんは妖精族(エルフ)なのか。久しぶりに見たな」

「あ、あたしはフェリーって言います。ええと、いちおー人間……です」

「はは、一応ってなんだよ」


 小人族(ドワーフ)の男は笑ってはいるものの、それ以上は追及しなかった。

 男は、その名をガドハンドと語った。


「人間と妖精族(エルフ)が、どうしてこんな所に居るんだ?」

「それが……」


 二人はガドハンドへ経緯を説明した。

 かつて斥候で見つけた遺跡への入り口。そこへ入り込んだ結果、川に流されてしまった事を。


「ああ、あそこから入ってきたのか」


 二人の説明で、ガドハンドは得心がいったようだった。

 別に隠している訳でも無いが、ドナ山脈の北側では種族間で積極的に交流をする事もない。

 だから、特に対策をしていなかったという。


「えと、入っちゃまずかった……ですか?」


 恐る恐る、フェリーが問う。

 その様子がおかしくて、ガドハンドは豪快に笑った。


「んな事ない。そうだったら、お前さんが流れているのをそのまま放っておいたさ。

 ただ、小人族(ドワーフ)以外を見るのも久しぶりでな。

 盗賊とかだったらとっちめてやるつもりだったさ」

「いえいえ、まさかそんな……」


 リタがぶんぶんと手を振り、全力で否定する。


「とりあえず、ウチの里に来るか? お前さん達、このままだと風邪引くだろう」

 

 フェリーとリタは、顔を見合わせる。

 服を渇かせたいのは、勿論だ。だが、小人族(ドワーフ)の里に行ったところでそれをシンとイリシャへどう伝えればいいのかが判らない。


「あの、実は私たちまだ仲間がいまして……」

「なんだ? どんなヤツなんだ?」

「えと、人間の男の人と女の人です。

 シンと、イリシャさんっていう人なんですけど……」


 ガドハンドは一度ため息を吐いて、言った。


「仕方ねえな。そいつらも探して、小人族(ドワーフ)の里へ案内してやるよ。

 だから、お前さん達はそこで待ってればいい」


 それだけ言うと、ガドハンドは踵を返した。

 せっかちなのだろうか、こちらの賛同を聞く前に行動を決めている。


「あの、逢ったばかりで小人族(ドワーフ)の里に連れて行ってもらったりして……大丈夫なんですか?

 妖精族(エルフ)だと、もうちょっと警戒してたりするんですけど……」


 リタの問いに、ガドハンドはひらひらと手を舞わせて否定をした。

 

「気にすんない。元々、お告げが出ていたんだ」

「お告げ?」

「ああ。今日、客人が来るってな。うちの精霊様のお告げはよく当たるからな。

 盗賊でもないなら、心配してねぇや」


 フェリーとリタは顔を見合わせたが、つまりお告げのおかげでこのご厚意が受けられるのだと解釈をした。

 シンやイリシャなら、もっと警戒をしたのかもしれない。


 だが、二人は濡れた服が体温を奪っていくことに耐えられなくなっていた。

 迷った末に、大口を開けて笑うガドハンドの厚意を受け取る事にする。

 そうでなければ、逆に盗賊ではないとあっさり受け入れてくれたガドハンドにも失礼な気がした。

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