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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:間章 10 years ago
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71.時は戻って

 シンがフェリーと久しぶりに顔を合わせて、更に一ヶ月が経過した。

 結局、その後も憲兵がシンやフェリー、そしてマレットを追及する事は無かった。

 裏でどんな力が働いたのか、シンには知る由が無い。

 ただ、自分の村(カランコエ)の時以上にマレットの威光。その輝きを見せつけられた気がした。


 シンとフェリーの二人は今、カランコエの村に居る。

 簡素な墓に手を合わせる。自分達で作った、何も埋められていないとても拙いもの。

 それでも、ありったけの想いだけは込めた。


「……行ってきます」

 

 シンは自分達を育ててくれた村へ、謝罪と報告を伝える。


 まずは謝罪。

 あの時、傍に居なかった事、これからフェリーを殺すと約束してしまった事。

 既に一度手に掛けてしまっている事。


 そして、報告。

 彼女を独りぼっちにはしないという事。

 弱い自分に出来る誓いは、それだけだった。


 シンが目を開くと、フェリーはまだ墓前に祈りを捧げていた。

 固く合わせた両手で、みんなに何を伝えようとしているのか。

 

「……ごめん、待たせちゃった?」

「いや……」

 

 しばらくして、漸くフェリーが重い瞼を持ち上げた。

 うっすらと、その瞳は潤っていた。


 何を祈ったのか訊こうと考えたが、フェリーの事だろう。

 きっと自分を責めているに違いない。自分以上に謝罪の言葉を並べているに違いない。

 それを口に出させる事は憚られた。


「……そろそろ、マレットの所に戻るか」

「うん、そうだね」


 次にここ(カランコエ)へ訪れる事が出来るのは先になるだろう。

 そう考えると、後ろ髪が引かれる思いだった。


 ……*


「ほら、準備出来たぞ」


 あの日、館に突っ込んできたマナ・ライドに側車を装着し、ありったけの荷物を載せる。

 どうやらマレットの作ったマナ・ライド。それを特別に改造したものを譲ってくれるらしい。

 側車には食料や野営の道具。それに、マレットが作ったという試作品の魔導具も積み込まれている。


 因みに、決して無料で譲ってくれた訳では無い。

 分割でシンが払うという話を、水面下で行っている。

 フェリーを挟むと「自分が払う」と言って無理をしかねないからでもあった。


 シンがフェリーと話し合って決めた事、それは旅に出るという事。

 フェリーが不死になった理由は解らないが、『呪い』のようなそれを解く方法を見つけたい。

 それと、ずっと冒険に連れて行かなかった彼女への贖罪を兼ねている。

 無邪気に連れて行ってくれと言った頃のようにはいかないが、二人で一緒に世界を見たいと思った。


 勿論、そんな心の内を全て話した訳では無い。

 ただ、目的としてフェリーを『殺す』ためのものだという事はフェリーやマレットへ伝える必要はあった。

 二人がそれをあっさり了承した為、話はとんとん拍子に進んで今に至る。


「一年に一回は調整しに戻ってこい。フェリーの事も調べないといけないしな」

「何から何まで悪いな、マレット」

「本当だよ」


 頭をポリポリと掻きながらも、決して嫌な顔をしていない。

 彼女なりの激励だと思い、シンは素直に受け取った。


「フェリーも、ちゃんと戻ってこいよ。

 何か変化が起きたら、それを調べないといけないんだから」

「……うん。ありがとね、マレット」

 

 マレットがフェリーに耳打ちをすると、フェリーが顔を真っ赤にしていた。

 一体何を言われたのだろうかと、シンが首を傾げる。


「じゃあ、そろそろ行くから」

「えっと、あたしはどうすれば?」


 マナ・ライドを起動するシンに対して、フェリーが立ち尽くす。

 彼女が乗ろうとした側車には、マレットがこれでもかというぐらいに荷物を積んでいた。


「あー、荷物持たせすぎたな。でも食い物とかは痛むし、ウチに置いててもなあ。

 しばらくシンの後ろにでも、しがみついてたらどうだ?」

「マレット!」


 ケタケタと笑うマレットを見て、フェリーはわざとだと確信した。

 

「そうするしかないか。フェリー、あまりスピードは出さないから後ろに乗ってもらってもいいか?」

「え? いいの……? じゃあ、おジャマします……」


 そっとシンの後ろへと跨り、彼の腰に手を回す。

 この間とは違って、背中が大きく見える。見えないのを良い事に、彼の背中に顔を埋めた。


 満足げな笑みを浮かべるマレットに見送られながら、二人はマレットの元を後にした。


 ……*


「……てなわけだ。

 結局、何年経っても見た目が変わらないんで、フェリーは不老不死って結論に落ち着いた」


 昔話を聞き終えたピースは、あくまでマレットの主観混じりで聴き終えた。

 二人の恩人だという言葉に偽りは無かったのだが。


「えーっと……。とりあえずふたつ、いいかな?」

「なんだ?」

「恩人だという事はよーくわかった。

 だけど、なんでその状況からフェリーに嫌われるの?」


 マレットは「あー、それな」と言いながら、頭をポリポリと掻く。


「調べるために爪とか髪とかくれって言ったりしてたらだんだん引かれた。

 いや、すぐ戻るから別に大丈夫かなって……」

「うわあ……」


 話を聞いているピースも、若干引き気味だった。

 女同士でも、越えちゃいけないラインがあるだろうと思った。


「いや、流石に指とかは要求しなかったぞ? シンも怒るだろうし」

「当たり前だろ! てか、爪とか髪は良かったのか!?」

「滅茶苦茶複雑な顔をしていたけど、『調べる為だ』って言ってゴリ押しした」

「それ納得してないだろ!」


 マレットはコホンと咳払いをした。


「まあ、それは置いといて。もうひとつはなんなんだ?」


 誤魔化したな。と、思いながらもピースは続ける。

 

「……そんなナイーブは話、おれにしても良かったのか?」


 何なら、二人にとっては人生を狂わせた話でもあるはずだ。

 深く関わったマレットはともかく、自分にほいほい聞かせていいものだろうかと思う。

 それが原因でシンやフェリーとマレットの関係が悪化するなら、それは望むところではない。


「いいんだよ。シンはお前の事、気に入ってるだろうし」

「……え?」


 ピースは目を丸くする。

 どうしてその結論に至るのだろうか。


「お前、シンがフェリーを撃った時に殴ったんだろ?」

「ああ、うん……」


 あの時は彼女が不老不死だなんて思っていなかった。

 納得済みの二人に割って入って、ヒーロー気取りのアホだったという記憶。

 忘れたいものを無神経に掘り返された気分だった。


「シンは嬉しかったと思うぞ。フェリーの命を大切に扱った事を。

 だから、アタシもお前になら話してもいいかと思ったんだ」

「……そっか」


 きっとシンは、手紙にそんな事を書いていないだろう。

 マレットが言った事は、彼女の判断に過ぎない。

 でも、なんとなく嬉しかった。天涯孤独のこの世界で、『縁』が生まれた気がした。


「それにしても、マレットはシンに優しすぎない?

 案外、本当に付き合ってたりして――」

「ないない」


 マレットは即座に否定する。


「あんなガキに興味ない。アタシはもっとちゃんと、憧れてた人がいる。

 まあ、顔立ちや雰囲気はちょっと似てきたかもしれんけど」


 ピースは「そんなにガキか?」と思ったが、知り合った当時の事を言っているのだろう。

 それに、意外だった。マレットは、そういった事に興味が無いと思っていた。

 

「マレット、その辺の事を――」


 興味本位でその辺りを掘り下げようとしたのだが、不意に屋敷の呼び鈴が鳴る。

 話を中断し、マレットが対応すると筋肉質な中年が姿を現した。

 白い歯を輝かせ、マレットへ魔石の詰まった鞄を渡す。


「マレットさん! 魔石お持ちしました!」

「おう、いつも悪いな。ペラティス」

(ん? ペラティス?)


 ついさっき、聞いたような名前にピースは思わず耳を傾ける。

 

「いえ! 今の僕があるのもマレットさんのお陰なので!

 でも、気をつけてください。最近、どうやら南部に不穏な動きがあるみたいです。

 もしかしたら、また内乱が起きるかもしれません」

「ああ、分かった。お前も気を付けろよ」

「はい! それでは!」


 もう一度白い歯を輝かせると、ペラティスと名乗る男は屋敷から去っていった。


「あの、マレットさん? ペラティスってさっき……」

「ああ、そのペラティスだ。シン達が旅に出た後はあいつに魔石を集めてもらってたんだ。

 あいつも奴隷市とかやらずに済む分稼げてるし、シンやフェリーとも和解してるぞ」

「お、おう……」


 昔話だけじゃない、マレットの権力の一端を見せられた気がした。

 丸く収まっているなら良いかと、自分に言い聞かせる。

 

「じゃ、今日の調査始めるか」


 マレットは徐に手袋を着け始める。ピースの眼前で指をわきわきと動かし、それはまるで意思を持った生物のようだった。

 

「……なに、それ?」

「だから、記録取らないといけないだろ」

「おれが言いたいのは、何で手袋が必要な――。

 ああああああっ!」


 ピースが言い終わるより先に、彼の衣服は剥ぎ取られていった。

 抵抗代わりに彼女の憧れの人を尋ねたら、状況が悪化してしまった。


 ……*


 長い昼寝を終え、フェリーが重い瞼を上げる。


「ん……」

 

 昔の夢を見てしまったみたいで、頬に涙筋が出来てしまっている。

 何度思い出しても、最初に出てくるのは後悔。遅れて、感謝と情愛が感情を支配する。

 

 あれから10年。昔のように笑って話しかける事が出来るようになった。

 我儘を言ってしまう事もあるけれど、シンが受け入れてくれるのが嬉しかった。

 一向に『死』が訪れない事に焦っている訳ではない。ただ、シンはどう思っているのだろうかと不安になる時はある。

 優しいから口に出さないだけで、本当は自分から解放されたいとか、面倒だとか思っているかもしれない。


 フェリー自身は、どうだろうかと考える。

 シンと旅が出来る事は嬉しい。ずっと、一緒に冒険へ行きたかった。

 彼が好きだ。一番大切だ。でも、それを伝える資格と勇気は持ち合わせていない。

 ただ、独りぼっちになるのは怖かった。だから、我儘を言ってしまう。

 

 ふと、彼が寝ていた方向に顔を向ける。

 シンはまだ無防備な寝顔を晒していた。

 愛おしくて、ずっと眺めていたいと思った。


「ん……」


 そう思っていたのに、シンが目を覚ます。

 やっぱり神様は意地悪だと、フェリーは恨んだ。


「悪い。大分寝てた……」


 また、フェリーを放っておいてしまった。彼女が怒るのも無理はない。

 意識がはっきりとする前に、シンはまず謝る事を選択した。


「ううん。あたしも寝ちゃってたから。

 シンはさ、ゆっくり休めた?」

「ああ」

 

 だが、シンの予想に反して彼女の機嫌は悪くなかった。むしろ良かった。

 食事を摂って、昼寝をしただけなのに彼女の機嫌が良くなることが、不思議で仕方なかった。

 シンは「イリシャ凄いな」と小さく呟きながら頷くと、フェリーが笑顔で頷き返した。


 何故だか判らないが、フェリーが嬉しそうだったのでシンは安心した。

 やっぱり、彼女は泣いている姿より笑顔の方が似合うと改めて思った。


 だからこそ、やはり見つけなくてはならない。

 彼女の『呪い』を解く方法を。

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