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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第一章 その魔女、不老不死につき
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7.反撃の狼煙

(おかしい! あの怪物、とにかく変!)

 

 フェリーは刃を形成した魔導刃で相手の攻撃を受け止めながら、その奇妙さに戸惑っていた。

 まだお互いの攻撃が届かない位置から拳を突き出したと思えば、その攻撃が自分に届く。

 腕が伸びたようにも感じたのだが、その実態は違っていた。


 伸びたのではなく、腕が()()()()()

 突き出した腕の先から、新しい腕が。それを繰り返す事でフェリーまで歪な拳が届く。


「なんなの!?」

 

 魔導刃で受け止め、触れた先から焼けた肉の臭いがする。

 思わずえずきそうになるが、腕が焼かれようとも怪物の腕は止まらない。


 体重差もあり、じりじりとフェリーが押される。

 段々と重心のバランスが崩れたところで、左右から枝分かれのように腕がまた生える。


「ちょっと!?」


 咄嗟の事に対応できず、二発の拳が顔と腹へ直撃する。


「こンの……!」

 

 踏ん張りがきかず後ろへ飛ばされたフェリーが顔を上げた時には、枝分かれで増えていった無数の拳が眼前に迫っていた。

 これは躱せないと判断したフェリーは防御の姿勢を取って攻撃に備えるが、そのまま壁を突き抜けて館の外まで吹っ飛ばされる。

 

 その過程で魔導刃が触れてしまい高級な木材で造られた家具を焦がしたり、緊急用に備えていたであろう発煙筒に着火する。

 フェリーと一緒に庭まで飛ばされた発煙筒は、いろんな色の煙が空へと昇らせる。


 チャンスと見たフェリーは、一時的に姿を煙の中へと紛れ込ませる。

 

「ォ……?」

 

 怪物がフェリーの姿を見失った隙に、煙の中を移動した彼女が死角から飛び出してくる。

 枝分かれして重くなった腕は反応が遅れた事もあって、防御の姿勢が間に合っていない。


「遅いっ!!」


 防御の姿勢を取る怪物より速く、右の二の腕を斬り落とした。

 またすぐに生えてきそうな気はするが、少しだけ溜飲は下がった。


 悲鳴にも聞こえる叫び声を上げる怪物をよそに、自分が焦がした館の様子を確認する。

 冷静に状況を判断しようと呼吸を整える意味も兼ねていた。


(よし、火事にはなってない……)


 多少焦げ臭い臭いはするが、火が燃え移っている様子はない。

 万が一でも火事になっていれば、地下牢にいる彼女たちを助けに行かなくてはいけない。

 そうなるとかなり力業でここを突破する必要があった。


 そんな状態になっていない事に胸を撫で下ろす。

 純粋にこの怪物とマーカスに怒りをぶつける事ができる。

 

「アンタたちはゼッタイにシバく!!」


 マーカスは「君にできるのかな?」と余裕の表情をしていた。


 ……*

 

 シンは狙撃銃に搭載された照準器(スコープ)越しに、丘の上を覗き込んでいた。

 現在はカイルの家から、二階にある彼の部屋を使わせて貰っている。

 尤も丘の上にある屋敷は見上げる形となってしまっているので、石壁の内側を知る事が出来ない。

 状況に把握にはもう少し高い位置から覗き込む必要がある。


「この辺りにもっと高い建物はあるか?」

「えっ!? ええと、櫓ならあるけど……」


 突然話を振られ、驚いたカイルが答える。

 マナ・ライドに続いて、今度はシンの持つ銃に見惚れていた。

 マギアの発明品はこの村どころか、ミスリア国内でお目に掛かる事はまずない。

 それらを立て続けて見て、外への憧れを持つカイルのテンションが上がるのも無理はなかった。

 

 ただ、目を輝かせる一方でカイルもまた気を病んでいた。

 自分の料理をあんなに美味しそうに食べてくれた少女が、母と同じように戻らなくなるかもしれない。

 そう思うと母が戻ってこない事と重ねて、胸が痛んだ。


「櫓か……」


 口元を手で覆いながら、シンは考える。

 ここよりは高い位置から見渡せるかもしれないが、それでもあの壁の向こう側は見えないだろう。

 いっそ自分も館に向かう事も考えたが、カイルの話によると男は門前払いになるらしい。

 門の前で「よそ者を入れるわけにはいかない」とでも言われるとアウトだ。

 

 この国(ミスリア)では珍しい、マナ・ライドやこの狙撃銃、あるいは腰に差している拳銃を餌にして近付く方法も考えた。

 ただ、相手が食いつくかは微妙な上、最悪の場合武器を自ら手放す事になる。

 ミイラ取りがミイラになるような展開は可能であれば避けたい。


(何か方法はないか……?)


 いつも通りなら、シンはフェリーの心配をする事はあまりない。

 腕っぷしの強さを信用しているのもあるが、何より彼女は不老不死だ。

 心配をするだけ野暮になる。


 ただ、今回は勝手が違っていた。

 

 女性だけを集めて、行ったきり帰ってこない。

 衛兵は賄賂で抱え込んでいる。

 そんな不気味な話を聞いたからこそ、心配をしてしまう。

 

 殺す相手を心配するというのもおかしな話ではあるが、彼女を殺すとすればそれは自分の役割だという確固たる信念がある。

 昨日の前金は多少こっちが折れてもいい。まずはフェリーの状況を把握したい。


 そう思った矢先、照準器が館の異変を捉える。

 石壁の向こうから赤や青、緑といった色とりどりの煙が天へと昇っていく。

 どう見ても人工的に作られた色で、不自然だった。


「あの館から煙が出るのはいつもの事なのか?」


 念のため、カイルに確認を取る。

 

「えっ? そんな事ないけど……」


 カイルの返答でシンは確信を持った。

 最低限の装備を身に着け、部屋を飛び出る。


「にいちゃん、どうしたの!?」

「館に行く!」


 混乱しているカイルに一瞥もくれず、シンはマナ・ライドを走らせた。


 ……*


(なんと言う事だ……)


 ミスリア国内、ウェルカ領北部に位置する街、タートス。

 その街で衛兵長を務めているハワードは、思いもよらぬ来訪者に戦慄した。


「この辺りは、とてものどかで落ち着きますね」


 ふわりと肩にかかる、細く繊細な髪。

 動きやすいラフな格好をしているが背筋はピンと伸び、その佇まいから凛々しさを感じさせる女性。

 

 アメリア・フォスター。

 若年ながら魔術大国ミスリア一の魔術師であり、ミスリア一の騎士でもある王国騎士団の長。

 

 自分の半分も生きていないこの小娘(アメリア)が、自分が何度人生をやり直してもたどり着けないであろう地位にいる。

 直接対峙していないのであれば「気に食わない」と一言毒づいて、自分の小さな矜持を僅かに増長させるぐらいにしか関わらない相手。


 それなのに。


「ええ。この辺りはオクの樹で造られた建物が多く、魔物が近寄る事も少ないですからね」

「それは良い事ですね。皆さんも安心して暮らせるでしょう」

 

 そんな大物が縁も所縁もないこの土地に休暇で訪れている。

 正直、賄賂を受け取っている事が知られたのではと勘繰ってしまうのは邪推しすぎだろうかと不安になる。


「あの、衛兵長さん?」

「は、はいっ! なんでしょうか!?」

「お仕事もあるでしょうし、私に構う必要はありませんよ。私はただ、休暇で羽を伸ばしに来ただけですから」


 本当に休暇で来ているのか、自分を撒こうとしているのか。ハワードにはその判別すらつかない。


 ただ、来訪した際に「自分が守護する国を見ておきたいので、こうして暇を見つけては国中を回っている」とも言っていた。

 なるほど、こういう立派な人が出世するのか。と感心をした。

 

 ただどっちにしろ、マーカスとの関係を知られるわけにはいかなかった。

 

「いやいや! 折角騎士団長殿に来て頂けているのですから、是非この街の良い所をご案内したくですね!」

「まぁ! それではご厚意に甘えさせて頂きます」


 思惑通りにアメリアは誤解をしてくれているようだが、全てハワードの保身の為に過ぎない。

 彼女がピアリーにさえ足を運ばなければ、自分はまだ甘い汁を吸う事ができる。


「そういえば」

「はいっ!?」


 とはいえ、アメリアが口を開くたびにハワードは寿命が縮む思いをする。

 早く帰ってほしいと念じてはみるが、効果はないようだ。


「魔物以外にも、賞金首となった犯罪者達はどのように対処されているのですか?」

「それはええとですね。我々衛兵が日々見回りをしていますからな!

 奴らも迂闊には領地に入ってくる事はないでしょう! はっはっは……」


 咄嗟に出まかせを言うと、アメリアは納得したように頷いていた。

 本当はまとめてマーカスの館を根城にしているとは口が裂けても言えない。

 何が何でも、彼女がピアリーに興味を持たないように立ち振る舞う必要がある。


 しかし日頃のツケを払う時が来たのか、その考えとは真逆に事態は進んでしまう。


「あら?」


 アメリアがあるものを視界に捉える。

 それはピアリーでシンが見たものと同じ赤、青、緑の色とりどりの煙。


(……げっ!)


 それはマーカスが緊急時に狼煙として使用しているものだった。

 ただ、色によって用途を決めている。こんなに多くの色を使用している彼の真意がハワードには理解ができない。

 

 付け加えるならば、そんな事よりタイミングが最悪だった。


「あれは……何ですかね? 丘の上に何かあるようですけど……」

 

 その煙をもってアメリアがピアリーの存在に気付いてしまった。


(なんで! よりによって! 今日なんだあの男は!)


 領主の息子だからと何でも好き放題に出来ると思い込んでいる。

 あのバカ息子にはどれ程の尻拭いをさせられたことか。

 

 些細な事であれば誤魔化し切るところだが、今回は相手が悪い。

 下手を打てば自分の首と胴体が離れる事もあり得るだろう。

 どう立ち回るのが自分にとっての最善手か。汚職に溺れた意地汚い頭を必死に回転させる。


「兵長、あちらには何が?」

「いやあ、ピアリーという小さな村があるだけですよ。はっはっは……」


 適切な対応を弾き出す前に、答えを求められ狼狽えてしまう。

 アメリアは「そうですか……」と言いつつも冷静に、周囲の状況を確認していた。


「街の方も物珍しそうに見ているようですし、何か変わった事が起きているのでしょうか?」


 それは好奇心からなのか、はたまた猜疑心からなのかハワードには判別ができない。

 緊張から心臓を締め付けられそうな錯覚に陥る。


 上手い方便が見つからないまま、アメリアへの返答を迫られる。

 特別な状況である事は彼女も察している。

 どうすればいいのか分からないが、ここで「知らない」とでも言えば確実にアメリアはピアリーへ向かうだろう。

 

「も、もしかしたら何か催し物でもしているのかもしれませんな!」


 その場しのぎの発言だが、口から言い終えた後にハワードは失敗した事に気付いた。


「まあ! それでしたら、是非覗いてみたいですね!」


 アメリアが興味を示してしまった。当然だ、休暇で赴いた先でイベントがあるなら覗いてみようという気になる。

 旅行で上がり切ったテンションなのだから、そういった反応を引き出さないように立ち回るべきだった。


「い、いえ! ただ小さい村ですから、騎士団長殿にご満足できるようなものとはとても思えません」

「そんな事ありません。皆さんが日々どのように過ごして、どんな暮らしをしているのか私は知りたいのです。

 それが私の活力になるのです。それに国民も、顔を合わせた方がいざという時に頼りやすいものでしょう?」


 立派な考えだと思う。同時に、無理に引き留める事も出来そうにないと諦めた。

 こうなったらあのバカ息子が口を滑らせたりしない事や、村人への牽制を上手く立ち回るしかないと気持ちを切り替える。


 それにしても、一体何の狼煙なのかハワードは最後まで判らなかった。

 これだけ対応に追われたのだから、今度の賄賂は弾んでもらいたいものだ。


 そして結果的に、アメリアの好奇心がピアリーにとって僥倖になる事となる。

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