幕間.アメリアと紅炎の貴公子
ミスリア王国オルビタ領を南下した私が訪れたのは、ラコリナ領。
ラコリナ領は五大貴族の中でもエトワール家が管轄する領地であり、ナタレという鉱山がある。
特にナタレ鉱山に近いコリーナという村のギルドで、その話を耳にした。
「最近、ナタレ鉱山に山賊が住み着いたみたいで……」
ウェルカ領での出来事を反省して、私はギルドに立ち寄るだけではなくその場にいる人の話を多く聞こうと心がけている。
その際に、受付嬢の方から教えてもらった。
ナタレ鉱山では良質な金や銀の他、ミスリルの素材となる魔術粘土を採取する事が出来る。
それほど大きくない規模である為、量こそは少ないがラコリナ領ひいてはエトワール家の重要な財源だ。
特に魔術粘土は魔力を吸収し、様々なものに形成するという研究が行われている。
ミスリルインゴットへ練り込む他に使い道が無いか模索をしているところだ。
加工技術の問題や、魔力吸収の限界値などの問題で製品化は遠いだろうが、マギアのような魔導具を創る事を目標としている。
そのナタレ鉱山が占領されたとなっては問題だ。
私は受付嬢の方に頭を下げ、礼を言う。そして、こう続けた。
「大丈夫です。私が、取り返してきますから」
調査の事もあるが、まずは国民が安心して暮らせることが前提にある。
私は、迷わずにナタレ鉱山へ向かう事を決めた。
……*
「一足遅かったな。アメリア・フォスター」
ナタレ鉱山。その坑道の入り口で、積まれている山賊の山。
その頂上に乗り真紅の髪をなびかせている少年。彼は、まるで自分が勝者だと誇示をするような姿だった。
彼が私の名前を知っているように、勿論私も彼の事を知っている。
イルシオン・ステラリード。
ミスリア五大貴族がひとつ、ステラリード本家の嫡男にして神器紅龍王の神剣の所有者。
燃え盛る炎のように真っ赤な髪と瞳。紅龍王の神剣も赤みを帯びた刀身である事から『紅炎の貴公子』を自称している。
実際に呼んでいる人に会った事は、少なくとも私はない。
更に言えば放浪癖がある。ステラリード家の次期当主であり、神器の所有者とは思えない程の奔放っぷりに周りも手を焼いている。
出向いた先で次々と魔物や賞金首を駆逐して、自分の存在をアピールするので無事だけは確認できるのだが。
「……イルくん。相変わらず元気みたいですね」
「イルくんって言うな!」
因みに、彼は妹のオリヴィアと同い年だ。小さい頃は剣術の鍛錬をしている私の後ろで、素振りの真似事をしているのが可愛らしかった。
「オレ様だって今は神器の使い手なんだ。それに、ミスリア一の騎士だってオレのはずだ!」
「それは、イルくんが御前試合とか全部すっぽかすからでしょう。私だって、別にミスリア一という称号に拘ってませんよ」
事実、彼が公の場できちんとその能力を見せているならミスリア一の騎士というのはイルくんの物だろう。
私も簡単に負ける気はしないけれど、確実に勝てるという自信もない。
「それぐらいでいいでしょう。イルも、アメリアさんも」
積み上げられた山賊の影から現れたのは、イルくんよりやや薄い紅の髪をなびかせて現れた少女。
勿論、彼女も知っている。
クレシア・エトワール。
ミスリア五大貴族のエトワール家、本家の令嬢でありイルくんの幼馴染。
いつもイルくんにくっついて、色んな事件に首を突っ込んでいる。
オリヴィアは子分だと揶揄するけれど、私は二人の仲睦まじい様子が少し羨ましい。
「クレシア! いい風だったぞ!」
「まったく、格好つけるのもいい加減にしてください」
どうやら、髪をなびかせていたのはクレシアさんの魔術によるものだったらしい。
一体イルくんが何をしたいのかは、私には解らない。
「それで、ここはエトワールの管轄ですけど。
フォスター家の方がどうしてこちらに?」
クレシアさんが怪訝な顔をして私に尋ねた。
私がここに居る事を、あまり快くは思っていないようだった。
「仕事で立ち寄った際に、山賊の話を伺ったんです。
見過ごせないと思って来てみたのですが、どうやら遅かったようですね」
「ああ、この紅炎の貴公子が解決してみせたぞ」
村人が安心して暮らせるなら、私はそれでも構わない。
だが、クレシアさんはそうでもないようだった。
「……ああ、噂には聞いていますよ。
ウェルカ領で人が魔物になったりとか、魔王の眷属が召喚されただとか」
「ええ、その件です」
「まさか、魔王の眷属と戦うとはな。くそ、オレ様がその場にいれば……!」
実際に彼がいれば、双頭を持つ魔犬との戦いは楽だっただと思う。
イルくんの戦力としての能力は折り紙付きなのだから。
しかし、クレシアさんはその件に対して懐疑的なようだった。
「……それが、妙な話じゃないですか?」
「どういう事ですか?」
彼女の言いたい事が判らず、訊き返してしまう。
「都合が良すぎると言っているのですよ。
アメリアさんが『たまたま』エステレラ管轄のウェルカ領で事件に遭遇して妙な石を手に入れた。
そして、そのままウェルカでコスタ公と衝突。お抱えの騎士団だけを連れて」
その言葉には、明らかに棘があった。
「……何が言いたいんですか?」
「結果、第三騎士団はほぼ壊滅。不思議な石は奪われました。
お抱えの部下が居なくなったことで、貴女は自由に動けます。
石が奪われたというのも貴女の証言のみ。神器を持っているのですから、その発言力だけで反論は抑え込めます」
すらすらと出てくるクレシアさんの言葉に、私は自然と拳を固く握っていた。
憤慨しそうな気持ちを抑えるのに、精一杯だった。
「そもそも、貴女に協力をしたのがマギアの人間というの事が理解できません。
彼らがミスリアの事件に首を突っ込む理由がありますか?
もしかすると、貴女とマギアが共謀しているのでは? 例えば、押収した石がマギアにとって重要な魔導具だったとか――」
「取り消してください」
気が付くと私は、蒼龍王の神剣を抜いていた。
蒼い光を放ちながら、その切っ先をクレシアさんへ向ける。
「私の事は、どう邪推していただいても構いません。
ただ、彼らの事については取り消してください。
異国の人間でありながら、身を挺して私たちの国を護ってくれたのです」
命懸けでミスリアを、ウェルカを、そして私を救ってくれた。
シンさんやフェリーさん、ピースくんは紛れもなく私の恩人だ。
その恩は永遠に忘れる事はない。心に深く刻まれた。
「彼らへの侮辱は、許しません」
「普段は温厚で冷静な貴女が、そうやってムキになる事自体――」
「いい加減にしろ」
挑発を続けるクレシアさんの頭に、イルくんの手が乗せられた。
「クレシア。その話は、『アメリア姉がそんな事しない』で終わっただろ。
見ろ、アメリア姉が怒って神器まで抜いてしまってるじゃないか」
「ごめんなさい、イル。つい、アメリアさんをからかいたくって」
「……え?」
私だけが状況についていけてない。
「アメリアさん。すいませんでした」
深々と頭を下げるクレシアさんを前にして、抜いた蒼龍王の神剣が行き場をなくす。
なんだか、感情に身を任せて神剣を抜いた事が恥ずかしくなってきた。
「イルが『アメリア姉、アメリア姉』っていつも言うので、つい悪戯をしようかと思って……。
私の方がずっと一緒に居るのにって……」
前までの私なら、彼女が何を言っているのは解らなかっただろう。
でも、今なら解る。彼女は嫉妬しているのだ。
正直に言うと、私もフェリーさんが羨ましい。いつも、一緒に居られるのだから。
「クレシアだって、いつもアメリア姉の話をしているじゃないか」
「いや、それはイルが……」
「……?」
ちらちらとクレシアさんが私の様子を伺う。
彼女に何を言われているかは、私には想像が出来ない。
それより、私は嬉しい事がひとつあった。
「イルくん、まだ『アメリア姉』って呼んでくれるんですね」
「なっ……」
イルくんが頭をぶんぶんと振り回す。
まるで、今までの事は無かったと言わんばかりだった。
「唯一オレに匹敵するアメリア・フォスターがそんな卑怯者に成り下がるとは思えないからな!
オレはお前の能力を信用しているにすぎん!」
「別に無理をしなくてもいいですよ。
あと、年上に『お前』というのは駄目ですよ」
「……ごめん、アメリア姉」
しかし、クレシアさんの言う通りだった。
ウェルカで『核』を奪われたというのは、私の証言だけしか残っていない。
わざわざウェルカまで持ち出したのは私の失敗だとしても、状況だけを見れば疑われても仕方がない。
それでも、陛下から単独での調査許可をいただけたのは信頼の証だと思うと嬉しくなった。
もしかすると、五大貴族を通して私を調査している可能性も知れないけれど。
ここから先は、より気を引き締めなくてはいけない。
「それで、私たちも調査対象ですよね?」
クレシアさんが、山賊の山に腰を下ろす。「ぐえ」という声が漏れたが、彼女は一切気にしていなかった。
「一応、そうなのですが……」
五大貴族を中心に調査予定なので、ステラリード家の次期当主であるイルくんと、エトワール家の令嬢であるクレシアさんも勿論対象ではある。
けれど、私は彼らに対しては左程心配はしていなかった。
イルくんは紅龍王の神剣に選ばれた神器の使い手。
邪神などという物を顕現させようと企むのであれば、即座に見放されるだろう。
それに、彼は英雄願望が強い。どっちかというと邪神を倒そうとするタイプだ。
クレシアさんもイルくんと常に行動を共にしている。
思慮深いという点では、イルくんよりそんな企みを持つ可能性はあると思う。
けれども、彼女がイルくんを裏切るとは思えない。
「私は、お二人を信じていますよ」
私が微笑むと、二人とも安心したように息を吐いた。
……*
イルくんが捕まえた山賊をギルドに引き渡し、エトワール家の所有する屋敷で私たちは卓を囲んでいる。
邪神についての話を簡単に行い、同時にシンさんやフェリーさん、そしてピースくんの特徴を大まかに伝えた。
そうでもしないと、英雄願望の強いイルくんが喧嘩を吹っ掛けかねないからだ。
現に「強いのか?」というイルくんの問いに頷くと、彼は戦いたそうにうずうずとしていた。
「それで、これからどうするんですか?」
クレシアさんの問いに、私はどう返答するべきかを考えていた。
正直に言うと、この二人はかなり信頼できると思っている。調査を手伝って欲しいのは山々だ。
ただ、イルくんがこういった事を苦手としているのは知っている。何かあったら、すぐ剣を抜いてしまうような子なのだ。
そうなると主にクレシアさん任せになるのだが、それは心苦しい。
それに、ステラリード家とエトワール家の全てが白だと考えている訳ではない。
フォスター家ですら、分家は私たちと違う考えを持っているだろう。
だから、安易に彼らへ協力を申し込む事に気が引ける。
なので、イルくんとクレシアさんに協力をしてもらうとすればこれしかない。
「お二人は、いつも通りでお願いします。
色んな事件を、その力で解決して欲しいのです。
出来れば、ステラリードやエトワールの管轄以外も」
「そんな事でいいのですか?」
「いえ、それが重要なのです。ウェルカ領のような研究施設がひとつとは限りませんから」
ピアリーでの一件以降、私も気を配ってはいるものの調査と並行しては手が足りない。
イルくんやクレシアさんがいれば、国民の困り事は大抵が解決できる。力業なのが難点ではあるものの。
「つまり、怪しい施設を見つけたらぶっ潰せばいいんだな」
「……ほどほどにしてくださいね」
「任せておけ!」
ドンと胸を叩くイルくんだけれど、力加減が出来るタイプではない。
そこだけが心配だった。
「さっきはアメリアさんにああ言いましたけど、奔放にしている時点で私たちも疑われる可能性が高いですからね。
自分の身の潔白は、行動で示しましょう。お互いに」
「クレシアさん、ありがとうございます」
この二人はいつ逢えるか解らない。旅の途中で逢えたのは僥倖だった。
一通り話がまとまったので昔話に花を咲かせていると、フォスター家の侍女であるサーニャが息を切らせながら訪れた。
その手に握られているのは、二通の手紙。ピースくんからのものと、オリヴィアからのものだった。
伝書鳩ではなく、直接持ってきたので余程重要な事なのだろう。
実際、ピースくんから届いていた魔物が巨大化をしている。そして、オリヴィアがそれをエステレラ家が黙っているという事は重要な情報だった。
ただ、サーニャが一番大切に持っていた紙。それは何故かシンさんの人相書きだった。
一瞬、シンさんが指名手配になったのかと思って取り乱してしまったが、オリヴィアの命令でサーニャが描いたものらしい。
ふたつの意味で「何をしているんですか」と、サーニャに言ってしまった。
因みに、シンさんの人相書きはかなり似ていた。
そのせいか、私の顔が紅潮していたと後でこっそりサーニャが教えてくれた。
次にフローラさまとオリヴィアに会う時が、少し怖いと思ってしまった。




