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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第六章 空っぽの男

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幕間.ピースとマレット

 船に乗って一週間、漸くおれは陸に降りる事が出来た。

 船旅の道中でタコとイカの魔物がお約束言わんばかりに襲ってきたけど、屈強な船員があっさりと片付けていたのが印象的だった。

 海の男は心も力も強くて、非常に助かる。


 リカミオル大陸。魔導大国マギアにある港町。

 周囲と見渡すと、やはりミスリアとは街の作りが違うように思えた。


 道幅はミスリアの街より広くとられている。

 数は多くないとはいえ、マナ・ライドが走っている道を確保するためだろうか。

 ただ、シンの乗っていた物と比べると速度は出ていない気がする。

 やはり、あれは特別だったようだ。

 

 建物も、屋根や扉に不思議な石が取り付けられている。

 もしかすると、魔導石(マナ・ドライヴ)なのだろうか。

 何に使用するか興味は尽きないが、まずはマレット博士に会う必要がある。

 

 ここから先はそんなに遠く無いとシンは言っていた。

 マレット博士の名前を出せば、すぐに馬車で連れて行ってくれるだろうとも。

 馬車ではなく、マナ・ライドもあるみたいだが割高なので素直に馬車を選んだ。

 勿論、可能な限り無害そうなものを選んだ。


 魔導大国マギア。その西部にある街、ゼラニウム。

 マギアの王都からやや離れた位置に存在するその街で、マレット博士は研究をしているという。

 

 マレット博士に会うつもりだと伝えると、馬車のオヤジから訝しまれたが荷台で揺られる事、一週間。

 ようやくおれはゼラニウムに到着をした。

 結論から言うと、マレット博士の家はすぐに見つかった。


 もう、なんというかすごいのだ。近付いてはいけませんオーラが。

 ゼラニウムの郊外。そのさらに奥にぽつんと一軒、大きな屋敷がある。

 それだけならいいのだが、周囲に建物が何もない。

 まるで、そこに住む事をみんなが避けているかのように。


 マレット博士がどんな人なのか、おれは知らない。

 シンは割と好意的な印象だけど、フェリーが物凄く嫌がっていた。

 あの二人の見解が一致していない時点で、どんな人物なのかおれに予想は出来なかった。


 大きな屋敷の、大きな扉。鬼が出るか蛇が出るか。

 深呼吸をして、おれは呼び鈴を鳴らした。


「んー? なんだー?」


 出てきたのは、女の人だった。

 顔立ちは整っていると思う。ただ、目つきが少し鋭くて気圧される。

 長い栗色の髪を後ろでまとめ、一本の大きな尻尾を作っていた。

 白衣を羽織っているものの、シャツを膨らませているふたつの山に思わず視線が奪われた。


 なんだあれ。明らかにフェリーよりでかい。

 マレット博士の奥さんとかだろうか、美人で羨ましい。


 白衣を着た女性が、怪訝な顔をする。

 出会い頭に胸をガン見するのは流石に失礼が過ぎた。


「……あ、えっと! おれ、ピースって言います。

 ええと、マレット博士を訪ねて来たんですけど……。今、いらっしゃいますか?」

「ああ、居るよ」

「良かった! ええと、シン・キーランドって人の紹介でこちらに来たんです。

 会わせてもらってもいいですか?」

「もう会ってるじゃん」

「……え?」


 おれの目が点になったのを見て、眼前の美女はケタケタと笑っていた。


「アタシがマレット。ベル・マレットだ。

 シンからの手紙は読んだよ。よろしくな、ピース」


 そう言って差し伸べられた手を、おれは反射的に取った。

 物凄く手の感触を確かめられたので、ちょっと引いた。


 確かに、シンは男とは言っていなかった。おれもわざわざ聞いていなかった。

 手を握ったままポカンと口を開けているおれを見て、マレット博士はケタケタと笑っていた。


 ……*


 マレットの家の中で、お茶を差し出される。

 周囲にはいろんな発明品が転がっていると思ったが、途中で創るのをやめた魔導具をそこらへんに置いているだけらしい。

 いつかまた、モチベーションが出てくれば開発を再開する為だとか。

 物を捨てられない人がする言い訳のようだった。


「ったく、あいつらは。年に一度は調整(メンテナンス)に帰ってくるよう言ってんのに。

 ここ二、三年はロクに顔も見せやしないんだよ」


 お茶を啜りながら、マレット博士が愚痴を漏らす。


「あー、えっと……」

「いいんだ、いいんだ。フェリーがどうせ嫌がってんだろ?」


 どうやら彼女は解っているらしい。

 一体、本当にフェリーに対して何をしたんだろうか。


「ところで……だ。シンの手紙で簡単には教えてもらってる。

 お前は違う世界で死んで、目が覚めたらこの世界で子供になってたんだって?」

「そうなんですよ」


 おれはマレット博士へ簡単な経緯をした。

 向こうの世界の事は説明が難しいので、死んだ事とよく判らないけど白い身体になってぼんやりとした世界に居た事。

 何人の同じような人とすれ違った事。広大な自然に囲まれた世界が見えて興味を持った事。

 そして、目が覚めると今の身体で森の中に居たという事。


「ふーむ……」


 マレット博士は頬杖を突きながら、指で頬をトントンと叩いている。

 考え込みながらも、じっと俺の目を見る。思わずこっちが視線を外してしまう。


「なに照れてんのさ」


 マレット博士はケタケタと笑うけれど、目を合わせていると照れるし、油断すると胸を見てしまいそうになる。

 そうなると、視線を外すしかない。これは仕方がない事なのだ。


「お前の話だけじゃよく解かんないからなあ……」


 そう言われても、おれも解らないのだから仕方ない。


「とりあえず、調べるか。ピース、脱げ。全部」

「は!?」


 意味が解らない。どこがどうなって、服を脱ぐという発想に至るのか。

 なんだ、この人は年下が好きなのか?


「脈絡なさすぎるんで、せめて説明してもらっていいですか!?」

「いいから脱げ! ちゃんと隅々まで見ないと、普通の人間と違いが解らないだろ!」


 なす術もなく、おれは着ている物を全て脱がされた。


 ……*


「もうお嫁にいけない……」


 膝から崩れ落ちるおれに、一切の興味を示さないままマレットはつまらなさそうに呟いた。


「なんだ、見た目はそこいらの子供と一緒だな」

「ねえ、今ドコ見て言った?」


 身長をはじめとした、おれの身体のサイズを記載していくマレット。

 ばっちりしっかり記録を成長記録でも取っていくつもりなのだろうか。開始するには遅い年齢だと思うのだが。

 ていうか、そこいらの子供も急に脱がしたりしていないだろうな。


「お前の場合は、こっからどう成長するかだな。フェリーはホントに変わらないからなあ」


 あ、本当に成長記録を取るつもりだった。

 いや、それ以上に気になる。フェリーのサイズだと?


「マレットさん、マレットさん。もしかして、フェリーさんも同じように……?」

「当たり前だろ。不老不死なんだから入念に記録取る必要がある。

 ついでに『そろそろシンに乳でも揉ませたか?』って訊いたら、いっつも顔を真っ赤にして否定してるけどな」


 やはりケタケタとマレットが笑う。

 解った。今、理解した。フェリーがマレットを嫌がってる理由は絶対これだ。


 いや、問題はそこではない。

 裸にひん剥かれている時に、シンが居るかどうかだ。

 この人は、そんな事を気にしなさそうだ。シンが居ようが居まいが構わずやる可能性はある。

 あれだけフェリーが嫌がっているんだ、それぐらいはやってそうだ。


「あの、それってシンさんがいる時にやってるんじゃ……」


 だから、シンは好意的なのでは。言ってしまえばシンにとってはご褒美みたいなもんだ。

 そんな下衆な考えを持ったおれをよそに、マレットは眉間に眉を寄せた。


「お前じゃあるまいし、シンがずっとその場に居るわけないだろう」

「あ、はい。すいませんでした」


 すいません、すぐに胸を見ちゃってホントすんません。

 そう思いながらも、やっぱりおれはマレットの胸が気になって仕方なかった。


 ……*


 採寸が終わったので、おれは服を着た。というか、マレットに「さっさと着ろ」と言われた。

 唯我独尊にも程がある。

 

「ところで、ピースは何歳で死んだんだ?」

「36歳ですね」

「なんだ、アタシと同い年じゃないか。だったら、お前も無理に敬語とか使う必要ないぞ」

「え? ええ?」


 36歳? 同い年? 嘘だろ?


「……アタシ、おかしな事言ったか?」

「あ、いえ。そうじゃなくって、もっと下かと……」


 なんなら、マレットもシンの幼馴染だったりしてとか思っていた。

 まさか10歳も上だったとは。


「なんだ、お世辞は言えるんだな」


 マレットはケタケタと笑う。

 なんというか、彼女はよく笑っている気がする。


 後になって訊いたところ、「好きな事やってんだから当たり前だろ」と言われた。

 成程、建設的な考えだ。


「それでいて、こっちで目覚めてからは今の身体……か。

 生まれ変わりとかだったら、赤ん坊から始まりそうなもんだけどな」

「そうなんですよね。まあ、記憶を持ったまま赤ん坊をやり直すのも大変だと思いますけど」


 とはいえ、文字を覚えたりするのはそっちの方が良かったかもしれない。

 贅沢を言っているという事は、理解しているのだけれど。


「そういえば、魔導刃(マナ・エッジ)を起動出来たんだよな?」

「ええ、この通り」


 おれは魔導刃(マナ・エッジ)を起動して、若草色の刃をマレットへ見せる。


「……確かに、刃が形成できているな」

「これって、二本しかないんですか? ミスリアの人も起動できていましたけど、結構便利って言ってましたよ」

「うーん。魔導刃(マナ・エッジ)は未完成品だしなあ」

「なんですと?」


 マレットの話によると、マナ・ライドを創る過程で魔導石(マナ・ドライヴ)のような魔力を安定して放出する魔導具が必要になったらしい。

 魔力に応じて起動する魔導石(マナ・ドライヴ)は創れたが、それでは魔力が無い人間はマナ・ライドを動かせない。

 とはいえ、これはこれで使えそうだと思って魔導刃(マナ・エッジ)に埋め込んでみたらしい。


 その結果が、魔王の眷属すら焼き尽くす凶器の完成というわけだ。それはそれで恐ろしい。

 

「マギアはミスリアほど魔力の高い人間が居る訳じゃないからな。

 売っても、使えない奴多そうだし。そんな奴らの逆恨み買いたくは無いしな。

 フェリーが起動出来たから、試作品の二本をそのままやったんだよ」


 周りに人は住んでないし、創った物に文句を言う輩もいるのか。

 彼女は彼女で、色々と大変そうだった。

 

「まあ、それは置いといて。

 ピースは、生き返る前の魔力はどんなもんだったんだ?

 もしかしたら、若返った理由と関係があるかもしれない」

「いや、全く無かったですけど。というか、魔術とか魔力とか無いですけど」


 マレットはきょとんとしていた。

 まあ、魔術を見ておれも逆の反応をしたから気持ちは解らないでもないんだけど。


 おれは出来る限りの言葉で、前世の話をした。

 科学の話とかはおれも明るいわけではないし、上手く説明できないので結構ふんわりとだけど。

 それでも、マレットは目を輝かせて聞いてくれた。


 特に、アニメやゲームといったフィクションの話に喰らい付いてきた。


「……マジか。魔造巨兵(ゴーレム)魔造巨兵(ゴーレム)が合体して、でっかい魔造巨兵(ゴーレム)が出来る?

 しかも魔術なしで? そんなの絶対面白いに決まってるだろ……」


 更に人が中に入っていると言ったら、なんかぶつぶつと独り言を言い始めた。

 もしかすると、再現しようと頭の中で考えているのかもしれない。


「生身の姿から、道具を使って鎧が装着される?

 戦っている最中に鎧の属性が変わる? それ、本当に魔術じゃないんだよな?」


 銃とか剣なら再現できるかもしれないと、何やら大きな紙を取り出す。

 ガリガリと書き込んでいく様を見ると、本気で再現しようとしているのが伝わる。


「違う。……違う。いや、そうか。魔導弾(マナ・バレット)みたいに弾頭に魔導石(マナ・ドライヴ)を仕込まなくても……」


 あ、この人本気で色々作ろうとしている。

 

「ピース! もっと聞かせてくれ! 作れそうなやつ、書き留めておくから!」


 楽しそうに笑うマレットにつられて、おれも楽しくなってきた。

 なんだかんだ言って、生前好きだったアニメやゲームの話が出来るのは嬉しい。

 子供の時にやったごっこ遊びが、マレットの手に掛かれば再現できるかもしれないのだ。


 すっかりフィクションの話で盛り上がってしまったせいで、おれの身体についての考察は置いてけぼりになってしまった。

 更に言うと、シンから預かった物も渡しそびれている。


 まあ、いいか。

 マレットも「しばらく泊まっていけ」って言ってくれたわけだし。


 おれもシンやフェリーの事に、少し興味がある。

 あの二人はあまり語ろうとしなかったし、マレットから教えてもらおう。

 そんな理由もあって、おれはしばらくマギアに滞在させてもらう事にした。


 ……数日後、()()マレットが子供を奴隷として飼っていると噂になっていたのだが。

 なんだろう、シン以外には好かれていない感じなのだろうか。


 まあ、おれも成長記録という名目で毎日裸にひん剥かれるとは、思っても居なかったけれども。

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