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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第六章 空っぽの男

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60.すれ違う、ふたり

 歩いてギランドレに戻っていると、シンはすぐにレイバーンと合流する事が出来た。

 彼は自分の臭いが消た事を疑問に思って、国内を探し回ってくれていたらしい。

 子供たちを引き連れながら。


「……その子供はなんなんだ?」


 護るように頼みはしたが、連れ回す事は無いだろう。

 

「いや、それがだな」


 レイバーンは少し困った顔をしながら、経緯を説明した。

 大きな爆発の後、屍人(ゾンビ)の動きは止まった。

 同時にシンの臭いや気配が消えたので探そうとしたものの、子供たちは怖がって自分を離そうとはしてくれない。

 屍人(ゾンビ)の気配も消えていたし、すぐに避難地へ戻れるとは限らない。

 そう思って、周囲に警戒をしながら連れてきたそうだ。


 実際、子供たちはレイバーンにくっ付いている。

 むしろ、シンの方が恐れられている気がした。


「ところで、シンはどうして外に居たのだ?」

「ああ、それはだな――」


 シンも自分の経緯を説明した。

 テランの事、遺跡の事。


 ただ、フェリーの事だけは話せなかった。

 自分でも頭の整理がついていない事もあり、口に出す気にはなれなかった。

 

「子供たちはどうするんだ?」


 話題を子供たちの方に戻す。

 勿論、テランやその仲間。皇族に繋がる情報が得られるとは思っていない。

 それでも、このままギランドレに置いておく訳には行かない。


「それなのだがな、妖精族(エルフ)の里に連れて行こうと思っている。

 居住特区に住まわせてもらえないか、リタや妖精族(エルフ)と交渉するつもりだ。

 それが無理であれば、余の城で引き取るつもりだ」


 妥当な線だとは思った。

 見た所子供が8人。ドナ山脈を越えるのには無理がある。

 かといって、崩壊したギランドレで子供が身を寄せ合って生きていくことも出来ない。


 居住特区に住まわせてもらえるのであれば、一先ず身の安全は保証される。

 最悪の場合、レイバーンの城に住めるのであれば魔物に襲われる心配だけは無くなる。

 勿論、生活に慣れるハードルはあるがそれはどこに居ても同じだ。


 というか、それしかないと言った感じだ。


「まあ、そうなるよな」

「リタも話せば分かってくれるはずだ!」


 陽気に笑うレイバーンを見て、子供たちも釣られて笑っていた。


 ……*


 妖精族(エルフ)の里に戻ったシン達を出迎えたのは、イリシャとリタだった。

 フェリーの姿は、見えない。心なしか、二人の視線が突き刺さる。

 

「うん、それはいいよ。ストル、大丈夫だよね?」


 ストルが顔を訝しめるが、リタの笑顔が反論を許さなかった。

 数舜の沈黙の後、観念したように彼は頷いた。


「うむ! リタ、助かったぞ!」


 最良の結果を得る事が出来て満足げなレイバーンとは裏腹に、リタはじっと彼の顔を見つめていた。


「……レイバーン。それだけ?」

「それだけだが」


 自分は左程怪我をしていない。ちゃんと夜には帰ってきた。

 勿論、相談も無く居住特区に住ませようとした事に負い目は感じている。

 だが、リタは快諾してくれた。

 レイバーンとしてはパーフェクトな結末を迎えたはずだった。


 リタの顔つきが険しくなる。イリシャは何も言おうとしない。

 フォローする気がないという、強い意思表示。

 

「……これ」


 魔獣族の王に突き付けられたのは、一枚の紙。

 妖精族(エルフ)の女王。彼女の家に挟まれていた「シンと出かけてくる。遅くとも夕飯までには帰る」と書かれた紙。


「うむ、ちゃんと読んでくれたようだな!」

「そうじゃないよ! 居住特区の事も、後片付けもほったらかしにして!

 私だってフェリーちゃんやシンくんの力になりたかったのに!

 自分だけついていくなんて勝手だよ! レイバーンのバカ!!」


 捲し立てるリタの主張としては、こうだ。

 相談も無しに勝手に出て言った事。自分だけ無茶をした事。

 主にこのふたつが許せないらしい。

 読めない魔族語で手紙を書いている事に対しても怒っていたが、仮に読める言葉でも怒る事には変わりないだろう。


「だ、だがちゃんと夕飯までには……」

「そういう問題じゃないの!」


 自分より一回りも二回りも小さい妖精族(エルフ)に叱られ、たじろぐ魔獣族の王。

 周囲に彼の臣下や妖精族(エルフ)がいるので、今後のパワーバランスに影響が出ないといいのだが。

 叱られているレイバーンを見ながら、シンはそんな事を考えていた。


 だが、シンにとっても他人事ではない。

 むしろ張本人であり、原因なのである。

 

「いや、シンくんも。フェリーちゃん、すっごく怒ってるからね?

 私の家に居るから、ちゃんと謝ってあげて!」

「……やっぱりか」


 シンの反応を見て、イリシャはため息を吐いた。


 ……*


 コンコンと、木の扉が乾いたいい音を鳴らす。

 扉を隔てた先には、ベッドにうつ伏せているフェリーがいる。

 眠っている訳ではないが、ノックの音に反応を示さない。


「フェリー、起きてるか?」


 シンの声が聞こえる。今日は一度も聞いていなかった。

 無事に戻ってきた事に安心をしたけれど、それはそれ。これはこれだ。


「おきてません。いません」


 リタの言った通りだった。

 声のトーンと台詞から、フェリーが怒っている事がよく伝わった。

 イリシャが言うには、昼までは何とか誤魔化せていたらしい。


 だけど、シンが見当たらない事に気付いてからはもう無理だった。

 何処までも走り続けかねないので、彼女へ正直に話した。隣国(ギランドレ)へ行った事と、その理由を。

 ひとしきり口をもごもごとさせた後、ずっとリタの家で不貞寝をしていると聞かされた。

 

 シンもフェリーが怒る事は、当然ながら想定していた。

 結果的に鏃は消滅していたとはいえ、あの時点では知りようが無かった。

 どうしても行かなくてはならない理由が、シンにはあった。


「フェリー、すまない」


 扉越しに、シンが頭を下げる。

 フェリーも解っている。シンが、一人で行ったのは自分の為だという事ぐらいは。

 そして、それを自分に相談すると絶対に付いて行くと言われるからだという事も。


「……シンはさ。あたしが死なないコト知ってるじゃん。

 気になるなら、調べに行くのはいいよ。

 でも、黙っていなくなっちゃうのは……やだ」


 我儘を言っている事は、フェリー自身が一番理解している。

 自分の存在がシンを苦しめている事も、その人生を縛っている事も。

 本当は、彼が自分から離れたいのならそうするべきだと考えたりもした。


 だけど、シンは自分の為にギランドレへ向かった。

 朽ちない身体を持っている自分を、それを一番知っている彼が、心配してくれた。

 嬉しいのに、辛い。それで傷つくのは自分ではなくて、彼なのだ。


 シンにとって自分が何であるのか、フェリーは正しく理解をしていない。

 それは逆でも当てはまるのだが、互いに存在する強い自己否定が悪い方向へ作用している。

 

 嬉しいし、辛いし、寂しいし、怖い。

 色んな感情が混ざり合った結果、怒りという形で露呈している。

 

 いつものように、軽口を叩いて喧嘩をするような怒りだったら。

 それなら、すぐに彼の顔を見る事が出来たかもしれない。

 今みたいに、絞り出した怒りは駄目だ。きっと、シンの顔をまともに見られない。


 シンもまた、困っていた。

 別れ際にテランから教えられた事を、知りたいと思っている。

 でも、それ以上にこのタイプの怒りに対する耐性を持ち合わせていなかった。


 どうすれば正解なのか。

 何と言えば、彼女はいつものフェリーに戻ってくれるのか。


 答えが出せなくなり、代わりに沈黙を生み出す。


「はいはい、フェリーちゃん。入るわよ」


 これは見ていられないと、イリシャが扉をノックする。

 彼女はきっとお構いなしで部屋に入ってくる。

 フェリーは頭から布団を被り、その顔を隠した。


 イリシャはため息を吐き、シンへ言った。


「シンは、そろそろ戻って。ここはリタの家なんだし、いつまでもお邪魔する訳に行かないでしょ」

「だけど――」

「いいから」


 イリシャの剣幕に圧され、シンはたじろぐ。

 

「後は、お姉さんに任せなさい」


 沈黙が流れる。『お姉さん』が誰を示すのか、シンは本気で思い当たらなかった。


「ま・か・せ・な・さ・い」

「あ、ああ……」


 さっきより強いイリシャの剣幕で、シンは退散を決めた。

 ほんのりと顔を赤らめるイリシャを見て、恥ずかしがるなら言わなければいいのにと思った。


 ……*


 布団を被り、カタツムリとなったフェリーをイリシャとリタが囲む。

 気まずさから顔を出せないフェリーは、居心地が非常に悪い。

 

「フェリーちゃん、顔出して」

「……あたし、悪くないもん。シンがあんぽんたんだもん」

「それは解ってるから。じゃあ、シンの事嫌いになった?」


 大きな布団の塊が、左右に揺れる。


「じゃあ、仲直りしたいの?」


 イリシャが続けて尋ねると、布団の塊が上下に動いた。


「じゃあ、怒ってないって言えばいいだけじゃないの?」


 自分もレイバーンに対して怒ったけれど、自分は言いたい事を全部言って、彼も素直に謝ってくれた。

 それではダメなのだろうかと、リタが首を傾げる。


「だって、そうしたらまたシンがムチャするもん……」


 布団の中から、フェリーが顔を出す。

 熱がこもって扱ったのか、ほんのりと顔を赤らめていた。


「でも、ずっとこのままは嫌なんだよね?」

「……うん」

「どうやったら仲直りするの?」


 リタの問いに、沈黙が流れる。

 そんなにおかしい質問だっただろうかと、リタは首を傾げた。


 恐らく、フェリー自身も感情を処理しきれていない。

 そう思ったイリシャが、提案をした。

 

「じゃあ、フェリーちゃん。シンとデートしたら?」

「で、でえと!?」


 過剰な反応を示したのは、リタだった。

 彼女はデートというものに憧れている。


 妖精族(エルフ)の女王という立場から、魔獣族の王であるレイバーンとの接触は数日に一回の会話のみだった。

 それがかけがえのない時間だったが、やはりもどかしかったのだ。


 こうやって当たり前のように毎日会って、話が出来る。相談が出来る。共に過ごせるなんて夢にも思っていなかった。

 お互いの気持ちを、きちんと口にする日が来るなんて思っていなかったのだ。


 それだけでも幸福感に包まれるのだが、欲望が叶えられるとどうしても、次の欲望が生まれてしまう。

 デート。逢引。二人でお出かけ。それはなんとも魅力的で、背徳的な行動なのだろうか。

 リタの認識では、そうなっている。


「……デートって、なにすればいいの?」


 ピンと来ていないフェリーを見て、リタは彼女を憐れみた。

 シンはずっと一緒に居て、何をしているのだと憤慨しそうになる。


「それは、一緒にお出かけしたり」

「いっつも、一緒に旅をしてるよ?」


「……二人で買い物したり」

「街に入ったら、一緒に買い物してたよ?」


「…………ごはんを、二人で食べたり」

「いっつも、ふたりで食べてたよ?」


 手ごわい。相手は、非常に手ごわい。

 ならば、これだけは言うまいと思っていたのだが。と、リタは意を決した。

 

「………………お、お泊りとか。して……みたりさ」

「外で寝る時は、いっつも一緒だよ?」


 ショックのあまり、リタはベッドにもたれ込んだ。

 フェリーは、自分より遥か高みに居た。100年以上、先に生まれている自分よりも。


「じゃあ、フェリーちゃんはシンにどうして欲しい?」


 イリシャは方向性を変えて、フェリーへと尋ねる。

 きっと旅とデートを混同しているのは、それだけで満たされているからだ。

 フェリーにとっては良い事だと思うけれど、今はそれが裏目に出てしまっている。


「ゆっくり、休んで……ほしい。

 ムチャはしてほしくない」

「じゃあ、そうしましょう」


 イリシャは、両手の指を合わせながらウインクをした。

 無茶をするなというのは難しくても、前半部分なら何とかなるだろう。


「そんな事出来るの?」


 ベッドから顔を上げたリタがフェリーに変わって訊く。

 あわよくば、レイバーンとの付き合い方で参考に出来ればと考えている。


「その為には、準備が必要ね。明日にしましょう。

 だから、フェリーちゃんもいつまでも不貞腐れないの」

「ふてくされてるわけじゃないもん」


 フェリーはぷいっと顔を背けながらも、イリシャの作戦を素直に聞き入っていた。


 ……*


「シン、どうしたのだ?」


 木の幹にもたれかかっているシンを見つけ、レイバーンが声を掛ける。

 ぼんやりと月を眺めている姿が、なんだか危なっかしいとも思えた。


「レイバーンか。リタとは仲直り出来たのか?」

「うむ! ひどく怒られてしまったがな!」


 そう言いながらも、豪快に笑えるレイバーンが羨ましい。

 自分はどうすればいいのかさえも判っていない。


「シンはどうだったのだ?」


 沈黙が、そのまま答えとなる。

 気まずい空気が、更に沈黙を呼び寄せた。


 シンは怒られる事を承知でギランドレへ向かった。

 終わった後に、自分が頭を下げれば済む話だと思っていた。

 大きな声で怒り狂う彼女を、自分が謝れば済むと思っていた。


 予想外の反応にショックを隠せないでいた。

 それに加えて、テランの言葉だ。

 いつもと違う反応をしているのは、フェリー()()()()からなのではと邪推をしてしまう。


 しかし、同時にその疑念を否定する自分も存在している。

 彼女が不老不死になった直後、どん底まで精神が落ちていた時。

 あの頃の方が、見ていられなかった。どっちのフェリーも、フェリー・ハートニアである事に違いはない。

 

「なあ、レイバーン」

「どうした?」

「お前は、どんなリタでもずっと好きでいるのか?」


 レイバーンは目を丸くしていた。まさか、シンからそんな事を訊かれるとは思ってもみなかった。

 自分が変な事を言ったとすぐに気付いて、シンは慌てて訂正をする。


「悪い、今のは忘れ――」

「ずっと愛しているだろうな」


 取り消そうとするシンの言葉を遮り、レイバーンは胸を張って答えた。


「余の中で知っているリタは、時間が経つにつれて増えていくし変わっていくだろう。

 しかし、リタの本質は変わらない。余やリタは寿命が人間より長いからな、それがより顕著だろう」


 確かに、レイバーンの言う通りかもしれない。

 200年以上生き続けているイリシャも、変わらず夫と息子を愛していると言っていた。


「だから、余はどんなリタでも愛し続けるだろう。

 自分の惚れた女性(ひと)の本質を、見失うつもりはない」


 とても真っ直ぐな気持ちに、シンは感服した。

 なんだかんだ言って、王の器なのだろう。彼の言う通りだと思った。


「……そうだな、ありがとう。レイバーン」

「うむ! 余が力になれたら嬉しいぞ!」


 フェリーの中に、何かが潜んでいる事は事実なのかもしれない。

 でも、それで自分の知っているフェリーが違う人間という事にはならない。


 そんな安っぽくて、すぐに壊れてしまうような想いでもない。

 そう思うと、正しく向き合える気がした。


 何があっても、彼女(フェリー)を見失わない。絶対に。

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