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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第六章 空っぽの男
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56.合理性

 ()()を見つけたのは、偶然だった。

 切っ掛けは、テランの放った遮断壁闇(ミュールノワール)

 

 水流弾(ウォーター・バレット)を装填した狙撃銃が破壊され、弾丸が落ちる。

 魔導石(マナ・ドライヴ)の誘爆に対して、咄嗟に身構えようとした時の事。

 魔導弾(マナ・バレット)の地面に触れたのは、弾頭ではなく雷管だった。


 雷管に刻まれた術式が、僅かながら作動したのはないかと推察をする。

 その証拠として、零れ落ちた水流弾(ウォーター・バレット)から水が生成されていた。


 貴重な魔導弾(マナ・バレット)を無駄にした事よりも、その事実が印象に残った。

 狙撃銃を壊され、戦闘能力が低下の一途を辿っている事は理解している。

 だからこそ、これを無駄な一発として扱わない。


 魔力を帯びているこの剣で、魔導弾(マナ・バレット)の底を打ち付ける事が出来たのならば。

 その効果を発揮できるのではないだろうか。


 観察と思考が生んだ一手。

 検討の間は無い、試行する余裕は無い。

 迷っている時間も、無い。


 本当に発動するかどうかは賭けだったが、試みは成功した。

 聳え立つ土の壁が、シンとテランを分断する。


 その隙に、纏わりついた影縫(シャドウシャックル)の帯を切った。

 これで身体は動く。自分は、まだ戦える。

 

 壁の向こうに動きはない。

 彼は対面してから、一度も黒い矢(ミュールノワール)を放っていない。

 詠唱を破棄するには難しいのか、魔力の消費が大きいのか。

 兎にも角にも、シンにとっては好機だった。


 (テラン)は自分を空っぽだとか、光に纏わりつく虫だと言っていた。

 そんな事はどうでもいい。

 

 為すべき事を、力の限りを尽くして為す。

 シンは、その事だけを考えていた。


 ……*


 創土弾(クレイ・バレット)によって生成された土壁の向こう側。

 テランは、シンとは逆に思考の整理を必要としていた。


 今のはなんだ。

 いや、理解はしている。(シン)魔導弾(まがいもの)を使った。

 土壁が生成される直前、筒のようなものが宙を舞った。

 あれが魔導弾(まがいもの)の正体である事は疑いようが無い。


 だが、銃は使っていない。

 彼が持っていた銃は、自分が撃ち落とした。

 ならば何故、魔導弾(まがいもの)を使用する事が出来たのか?


 自分が発動条件を理解していなかったのか?

 銃は媒介では無かった?

 

 前提が崩れ、テランの思考が乱れる。

 それは数舜の間だったが、テランの背中に汗を滲ませる。


 堂々巡りに陥りかけた思考を、起きうる可能性が現実に引き戻す。

 遮蔽物を、目眩ましを利用しての奇襲。

 シンの得意とする戦法だった。


 その事を思い出した時、テランは自然と身構えた。

 確認のしようがない魔導弾(まがいもの)よりも、壁の向こうで対峙している(シン)の方が今は重要だった。


 左右どちらから飛び出してきても、魔術で迎撃をする。

 脳内でシミュレーションを重ね、詠唱破棄による魔術が崩れないようにイメージを固める。


 テランから見て左側は、日があまり射していない。

 目視での照準を合わせる事が難しい。逆に右側は視界こそ開けているものの、彼の銃が転がっている。


 シンはどちらを選択するか。

 合理的に、効率的に立ち回る事が、彼の武器。

 それ以外に、あの男は何も持たない。


 纏わりつく緊張が、テランに固唾を飲み込ませる。

 一秒、一分と時間が過ぎていく。

 それほど時間が経っていないにも関わらず、ずっと立ち尽くしているかのように感じた。


「……?」


 体感時間で10分は過ぎたように感じる。

 実際はもっと短いのだろうが、集中と緊張がテランの体内時計を狂わせた。

 シンは一向に出てこない。出てくる気配すらもない。


 眼前の事実に気が付いた時、動き出した思考が様々な可能性に向けて飛び散る。

 本当に、壁の向こうにシンは()()()()()()()


 彼の背後には、彼が入ってきた出入口がある。

 壁が出来た瞬間。自分が魔導弾(マナ・バレット)の発動に驚いた際、生み出された僅かな時間。

 その時には既に、この部屋から脱出をしているのではないか。

 

 自分の目的は彼だが、彼の目的は自分ではない可能性。

 もしくは相性が悪いと判断し、踵を返した可能性。

 魔獣族の王を、援軍として読んでいった可能性。


 一度生まれた「居ないかもしれない」という疑惑が、その可能性を膨らませていく。

 合理性を考えれば、一対一で戦う理由など何処にもない。


 今まで見せてきた、目眩まし。それを奇襲ではなく、退却に使ってきた。

 おかしな話ではない。合理的に考えるなら、それが最善手ですら思えた。


 一方で、シンが「まだ潜んでいる」可能性も捨てきれては居なかった。

 行動を悉く対策された直後だ。彼が後の先(カウンター)を狙っている可能性も十分に考えられた。


 ならばどう動くのが正解かと、テランは思考を重ねる。

 脳裏を過ったふたつの可能性。


 前者であった場合は、自分が動かない事でシンの企みが成功している事となる。

 後者であった場合は、自分が痺れを切らす事でシンの企みが成功する。


 二者択一。

 どうするべきかは、決めた。


 テランは岩石針(ロックニードル)を生成する。

 シンを迎撃する為に固めていたイメージを、そのまま前方へ射出した。


 元々、左右どちらから現れても対応をする予定だった。

 奇襲をかけたつもりの相手を、迎撃したかったのだがそれは飲み込んだ。

 シンの精神よりも、シンの肉体を打ち砕く事を優先した。


 岩石針(ロックニードル)は土壁に小さな穴をいくつか開る。

 壁の向こうでは水の羽衣も発動せず、彼の声も聞こえない。

 シンが潜んでいる可能性に賭けたが、どうやらアテが外れたようだった。


 彼が居ないという事実に、テランは笑っていた。

 それなら、それでいい。やはり彼は、自分が睨んだ通りの人間だったという事になる。

 合理性に身を任せる。そうでしか己の価値を示す事の出来ない人間。


 やはり、彼は空っぽなのだ。

 そう確信をした瞬間の事だった。


 だが、やはりテランは見誤っていた。

 全てを、見誤っていたのだ。


「な……にっ……!」


 テランに気の緩みが生まれた事を実感させたのは、痛みだった。


 土壁を貫くのは、ミスリルの刃。

 それはテランの身体を僅かに傷つける。

 決して深くは無い、小さな傷。


 それだけで良かった。

 テランを混乱させるには、それで十分だった。

 彼は知らない。シンが不老不死の少女(フェリー)と共に旅をしているその背景、その動機を。



 

 もし、本当にシンが合理的であれば、そもそもこの状況は生まれてはいない。


 合理的であれば、故郷が焼かれたあの日にフェリーからその身を引いている。

 合理的であれば、フェリーの為に身体を張る事などしない。

 合理的であれば、フェリーの『やりたい事』を優先したりはしない。

 合理的であれば、怒りに身を任せてこの場に単身乗り込もうとは考えていない。


 シン・キーランドは凡そ合理的といったところからは乖離した位置に立っている。

 彼は合理性を考えて行動など、一切していない。


 テランにも気付く機会はあった。

 シン自身に無関係であるはずの、ウェルカでの戦いに首を突っ込んだ事。

 妖精族(エルフ)の里での、妖精族(エルフ)と魔獣族を狙った大型弩砲(バリスタ)の破壊と、その後の戦闘。


 到底、合理的な人間が起こす行動ではない。

 だが、彼はその事実から目を逸らした。

 ただ、効率的に合理的に敵と戦うその姿。それだけを受け入れて、彼の本質と評価した。


 そうでなければ、自分と『同じ』だと思えないから。

 無意識に、都合の悪い事実から目を逸らした。

 

 シンはあくまで、過去に言われた言葉を愚直に実践しているだけに過ぎない。


 ――ちゃんと考えて、それでいて決断は迷うな。お前が正しいと思った事をやれ。


 旅に出ると決めた日に、彼が言われた言葉だった。

 銃とマナ・ライド。そして魔導弾(マナ・バレット)を自分に授けてくれた恩師。

 マレットが忠告と、心構えとして餞別代りに送ってくれた言葉に今も従って動いている。

 

 テランからすれば、それもきっと他人の影響を受けた紛い物、もしくは借り物と評するだろう。

 だが、その言葉は間違いなくシンの背中を押している。

 シン・キーランドを構成するひとつとなっている。


 だからこそ、シンとテランは根本的に違っていた。

 シン・キーランドは非合理の中で、足掻く様に生きている。



 

(一体、何が……!?)


 散弾銃のようにまばらに散ったテランの思考が一斉に止まり、一点に向かって収束を始める。

 壁の向こうに、彼は居ないはずだった。

 岩石針(ロックニードル)は確かに土の壁に穴を開けた。


 奇跡的に全てを回避した?

 そんなはずはない。

 ならば、魔術付与(エンチャント)された剣で受け止めた?

 そうであれば、魔力の残滓を見逃すはずもない。


 だとすれば、彼はただ耐えたのだ。

 声をひとつも上げずに、自分の身体を貫く痛みを。


 俄かには受け入れ難い行動だった。

 そんな危険(リスク)を背負った結果が、この一撃だけ。

 相手の姿が確認できない中で、我武者羅に突き立てただけの剣。


 案の定、掠めるにしか至っていない。

 逆転の一手には程遠い。危険(リスク)利益(リターン)が見合っていない。


 ()()()()()

 

 シンを見誤っている男が、思考の出口を見失う。

 その瞬間にも、動き始めた時間が止まる事はない。


 土壁を越え、自分の頭上に筒のような物が投げられる。

 テランが、再び思考を散弾銃のように様々な可能性を推察する。


 何を投げた? ただの囮なのか?

 魔導弾(まがいもの)の弾丸? 発動はするのか?

 迎撃をするべきか? 自分の頭上を大きく超える。無視してもいいのか?

 目の前の剣は、まだ抜かれていない。土壁を盾にするつもりか?

 

 様々な思惑を想像し、テランは動けない。

 だが、思考に囚われた数舜がシンに行動を促す。


 床を大きく蹴る音が聴こえる。

 目の前の剣は抜けていない。シンは武器を持たずに、飛び出した。


 テランの思考はまた行先を失う。

 彼の手に残った、唯一の武器である剣。それを手放した。

 意味が判らなかった。それほどまでに、あの投げられた筒に大きな意味を持たせているのか。


 違う。分散していく思考の中でも、テランはその点に関しては即決した。

 目の前の剣も、頭を越えていく筒も囮だ。


「本命は……銃か!」


 咄嗟に自分の右側に転がる銃に対して、岩石針(ロックニードル)を放った。

 銃が弾き飛ばされる。そこに、()()()()()()()


 それすらも、囮だった。

 

 ……*


 ミスリルの剣を突き立て、彼に触れたという手応えを得る。

 今、きっとテランは壁の向こうで混乱しているに違いない。

 畳みかけるなら、これ以上のタイミングは無かった。

 岩石の針が身体を貫いた痛みに、構っている暇はない。


 シンはイリシャから受け取ったポーションをガラス瓶ごと、天井に向かって投げる。

 テランに当たる事はないだろう。当たる必要もない。ただのポーションなのだから。


 要は一瞬でも、彼の動きを迷わせる事が出来れば良かった。

 すかさず握っていた柄から手を離し、床を大きく蹴る。

 その音も、テランの思考を奪うための一手(フェイク)


 刹那、岩石針(ロックニードル)が銃を弾き飛ばす。

 当然の警戒だと思った。剣を手放した以上、武器を確保する可能性を排除する行動は正しい。

 だから、シンは()()()()()()()()()()

 

 投げられた筒は、地面にぶつかるとパリンと音を立てた。

 イリシャから渡された、ポーションの入ったガラス管。

 丹精を込めて作ったポーションが、割れた先から絨毯へと滲んでいく。


 テランが釣られた事に気付いたのは、その音と同時だった。

 視界に映ったシンの陰が、全てを察する。


 振り向いた時には、シンの拳はテランの顔面を捉えていた。


「やってくれる!」


 咄嗟に防御本能から岩石針(ロックニードル)を生み出す。

 度重なる思考の分散で、イメージはガタガタにされている。それにより、大きさのまばらな針が数本造られるに留まる。

 針の体裁を保っていたのは、熟知された魔術故の物だった。これが滅多に使わない魔術であれば、そもそも発動をしていなかっただろう。

 

 だが、その発射すらシンは許さない。

 拳の先に握った白い布。イリシャから渡された包帯を、テランの首に巻き付ける。


「撃たせる……かッ!」


 巻き付けた布の端を、シンは力の限り引く。

 テランの脳に酸素の供給が断たれ、生成された針が霧散していく。

 白い布は、シンの血を吸い取って赤い面積を増やしていく。


(このまま気絶させる!)

「……の! さ……るか……」


 気絶させ、捕えようとするシン。

 抵抗するテラン。


 度重なる脳の疲弊と、酸素の供給が断たれつつある事でテランは詠唱を破棄する余裕を失っていた。

 声は出ない。詠唱をする時間は、与えられない。


 最後の手段として、テランは己の魔力を思い切り周囲へ打ち付けた。


 魔力は、屍人(ゾンビ)を操る結界状の魔法陣と共鳴する。

 大きな爆発が、ギランドレの城を破壊した。

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