表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第六章 空っぽの男
61/576

52.魔王の友

 夜が更ける。照明は星空の輝きだけとなる。

 宴会が終わり、静まり返った妖精族(エルフ)の里。


 それぞれの家へと帰り、床に就く者。

 あるいはそれほど冷え込まないからと言って、外でそのまま寝てしまう者。

 リタとレイバーンの願いが叶った形で、宴会は終わりを迎えていた。


 フェリーはというと、連日リタの家へと厄介になっている。

 やはり酒は毒と同じような扱いなのか、酔いはすぐに醒めていた。

 ただ、十分に楽しんだからなのか、眠たそうに瞼を擦りながらリタの家へと向かっていた。


 そんな中、シンは閑散とした宴会場にいた。

 いつものように、眉間に皺を寄せて。

 

 フェリーが消えていった方向を見ると、既に灯りは消えていた。

 あそこにはリタがいる。きっと大丈夫だろう。

 

 それだけ確認すると、彼は振り返った。


「どこに行くの?」


 宴会場を後にしようとする彼を呼び止める声。

 イリシャのものだった。


「……イリシャ」


 彼女はずいずいとシンの正面まで歩き、見上げた。

 手を伸ばせば顔にまで届く位置。心なしか、怒っているようにも見える。


「『イリシャ』じゃないの。確かに名前で呼ぶように言ったけど。

 今、わたしが訊いているのは、どこに行くつもりなの? って事よ」

 

 シンは口を閉ざす。彼女に言うつもりは無かった。

 埒が明かないとみて、イリシャが先に口を出す。


「一人で、旅に出るつもりなの?」


 リタや自分が居るから。フェリーも自分達には心を開いている。

 長寿の妖精族(エルフ)の中に混じれば、彼女もそれほど浮いた存在にはならない。

 フェリーの気持ちを無視して、シンはその身を引こうとしている。

 それが彼女の『救い』と決めつけて。そういうつもりなのではないか。


「……何言ってるんだ?」


 だが、シンの訝しむ表情がそれを否定した。


「え? だって、荷物……あれ?」


 腰には剣を差し、恐らく銃も持っているだろう。

 険しい顔をしているので、てっきりフェリーから離れようとしているのでは。

 イリシャはそう考えていた。


「旅に行くような荷物じゃないだろう」

「それは、そうかも……」

 

 シンの言う通り、彼は旅に出るような恰好をしていない。

 読みが外れて、途端にイリシャは恥ずかしくなった。

 夜更けで良かった。赤くなる顔を見られずに済んだ。


 だが、代わりに疑念が浮かび上がる。

 ならば、何故こんな夜中に武器だけを持っているのだろうか。


 それも、一人で。


「シン、貴方……。何を考えているの?」

「ちょっと散歩に出てくるだけだ」


 流石に、それが嘘だという事はすぐに判った。

 明確に嘘をついている訳ではないのかもしれないが、何かを隠している。

 

「嘘でしょう。だったらそんな物、持っていく必要がないじゃない」

「念のためだ」


 そう言い残して横を去ろうとするシンの腕を、イリシャは掴んだ。

 きっと、彼はまた無茶をしようとしている。

 このまま行かせてはいけない。そう思った。


「待って、シン。本当に何をするつもりなの?」


 腕を掴まれている事には煩わしさを感じているようだが、シンはそれを無理矢理振り払う真似はしなかった。

 ただ、説明をしたくなさそうなのは見ていれば判る。


 なので、イリシャは卑怯だと思いつつも彼の急所を突く事にした。

 彼が話さざるを得なくなる状況を、作り出す。


「ただの散歩なら、フェリーちゃん起こすわよ。

 星空の下で男女二人が散歩するっていうのも、オツじゃないかしら」

「……わかったよ」


 イリシャなら本気でやりかねない。

 痛い所を突かれて、シンは観念をした。


「ちょっと、隣国(ギランドレ)まで行ってくる」


 お遣いでも行くかのように、シンは軽く言ってのけた。


「ギランドレって……。シン、貴方本当に何を考えているの?」


 武器までもって、侵略してきた国へ赴くなんて普通じゃない。

 イリシャは嫌な予感しかしない。


「フェリーに打ち込まれた石が、一体何だったのかを調べる必要がある。

 あいつが『なんともない』と言っても、本当はどうなのか解らない。

 ある日突然、苦しみだすかもしれない。だから、俺はちゃんと見極めたい」


 本当なら捕らえた男(ディダ)から聞ければ良かったのだが、それは叶わなかった。

 あの屍人(ゾンビ)を操る男の手掛かりは、ギランドレにしか残っていない。


 本当はすぐにでも行きたかった。

 でも、自分が居ない間に変化があるかもしれない。そう思うと、怖くて外に出られなかった。

 数日間、様子を観察した。変化が無いので一先ずは大丈夫だろうと、レイバーンの城に招待されたのを了承した。

 ディダへ尋問をする時間が得られるので、ちょうどいいと考えた。

 だが、ディダはずっと沈黙を保っていた。

 

 シンは焦っていた。結局、収穫は得られていない。


 もしかすると既に屍人(ゾンビ)を操る男は姿を消している可能性もある。

 しかし、ギランドレへ行かないという選択肢はシンに残っていなかった。

 フェリーは連れていけない。近付くことで、何か異変が起きるかもしれない。


 屍人(ゾンビ)を操りつつ、屍人(ゾンビ)を媒介に魔術を使用する男。

 戦闘になる可能性は決して低くない。むしろ、シンは強硬策に出るつもりだった。


「ええと、つまり……。フェリーちゃんの様子が心配だから、確認しに行くって事?」


 イリシャの問いに、シンが黙り込んだ。

 つまりは、そういう事なのだ。


「……ああ、もう! ちょっと待ってて!」


 わしゃわしゃと頭を掻きながら、イリシャがリタの家へ向かおうとする。


「待て、フェリーには……」

「言わないし、起こさないから! 今出ていったら、本当に起こすからね!」


 そう言われると、シンは従うほかない。

 やがて、イリシャが小さな鞄を持って戻ってきた。


「これ、持っていきなさい」


 渡された小鞄の中には、いくつかの液体の入ったガラス管と包帯。それに軟膏剤が入っていた。


「イリシャ、これは……」

「これぐらいなら、荷物にならないでしょう。

 ポーションと傷薬よ。本当は、あんまり使ってほしくないんだけど。

 ボロボロで帰ってくる方がフェリーちゃんも心配するんだから。そこはちゃんと理解して行きなさい」

「……すまない」

「謝るなら、フェリーちゃんに謝ってあげなさい。

 あの子、これを知ったら絶対に怒るわよ」


 そうは言っても、彼女に打ち込まれた石を放置する訳には行かない。

 特にピアリーでの件を見ているからこそ、シンは強い不安に駆られる。

 そんな不安を抱え続けるぐらいなら、怒られるぐらいは安いものだ。


「……わかった」


 小鞄を受け取ったシンが踵を返すと、突如黒い壁が出現した。

 それは3メートルにも達する、黒く逞しい身体だった。


「何やら、愉快な話をしているな」


 魔獣族の王、レイバーンだった。


「余にも聞かせてもらえぬか?」


 シンとイリシャ、二人は顔を見合わせる。

 イリシャは横に首を振る。シンは、ため息を吐いた。


 ……*


「ふむ。話は解った」


 レイバーンは力強く、うんうんと頷いた。

 結局、レイバーンにも同じ説明をする羽目になった。

 

 このままのんびりと話をしていると、どんどん人に気付かれかねない。

 アルフヘイムの森を出て、ギランドレへ向かう道中での事だった。


「シン、余も力になろう」


 話だけ終わらせてアルフヘイムの森へ返すつもりだったので、思わず聞き返してしまう。

 

「お前、本当に話聞いてたか?」

「勿論だ」

 

 レイバーンは再び力強く頷いた。


「フェリーを傷付けた者を懲らしめて、情報を搾り取るのだろう?」

「……まあ、要約するとそうなるな」


 レイバーンは、要点を簡潔に言ってのけた。

 言っている事は間違ってはいないのだが、そう言われると途端に報復感が増してくる。

 

「ならば、余もついて行った方が良かろう」

「だから、なんでそうなる」


 シンは困惑した。

 正直に言うと、これは個人的な問題だ。

 イリシャに見つかったのでさえ、失敗したと思っている。

 ましてや、妖精族(エルフ)と魔獣族はこれからという時に長であるレイバーンを巻き込む気は無かった。

 説明が終わったら、すぐに妖精族(エルフ)の里へ帰すつもりでいた。


「フェリーには、命を救われたのでな。

 恩を返すのは当然であろう」

「この間、城にもてなしていただろう」


 レイバーンが「ふむ、確かに」と顎に手を当てる。


「ならば、余がシンの友人だからだな」

「勝手に友人にするな」


 彼から一方的に認定はされているが、シン本人にそのつもりはなかった。

 魔王に友人だと認定される程立派な人間ではないし、ましてや今から向かうのは戦場だ。

 レイバーンの肩書は、新たな争いの火種になりかねない。


「お前、解っているのか? 今ここでお前がギランドレに乗り込んだら、また争いになるかもしれないんだぞ?」

「心配いらん。どっちにしろ、余かリタのどちらかがギランドレに行く必要はあった。

 今回の件で、ギランドレ軍を退けてそれで終わりとはなるまい。

 きっちり、向こうの王と話をつけておかねばならん」

「……だったら、尚更殴り込みなんてしてられないだろう」


 折角退けたのに、争いが激化すれば本末転倒だ。


「だから、余が『話をつける』と言っているだろう。

 シンはそれに付いてきて、知りたい情報を教えてくれればいい。

 余が、あっちの王に問う。そう言っておるのだ。

 それともなんだ、シンは殴り込みがしたいのか?」

「いや、そういう訳ではないんだが……」


 意外だった。いや、自分より遥かに冷静だった。

 元々、単身で乗り込む予定だったからか戦闘は避けられないものだと思っていた。

 だが、魔獣族の王であるレイバーン。彼だけで話をつけても良い物なのだろうか。


「リタはどうするんだ。狙われたのは妖精族(エルフ)だろう」

「それはイリシャが何とか誤魔化してくれよう。置手紙も残してあるしな。

 妖精族(エルフ)の事については、拉致されそうになったのだ。ほいほい連れていく訳にも行くまい。

 余が妖精族(エルフ)と同盟を結んだ事を伝え、代理で訪れた体にすればよい」


 シンはいつの間に置手紙なんて書いたんだ。と考えただが、イリシャと話をしている時には既に勘付いていたのかもしれない。

 意外と目敏くて、根回しが早い事に驚きを隠せない。


「……なんで、そこまでする?」

「シン。お主、結構面倒くさいな」


 レイバーンは大きなため息を吐いた。シンのねちっこさに少しうんざりしている様子でもあった。


「余はお主とフェリーが気に入っておる。

 そして、友人だと思っておる。恩もある。

 他にまだ理由がいるのか?」


 魔獣族の王は「それに、余に乗っていった方が早く着くだろう」とも付け加えた。


「さっきも言ったが、俺は友人になったつもりはないぞ」

「だが、シンは余の城に招待したぞ」

「あれは拉致だ。招待じゃない」

「だが、大事な本も譲ったぞ。余としては、信用に足るから譲ったつもりだったのだがな」


 確かに、レイバーンには本を譲ってもらった。

 魔族が人に変わる。そんな研究が記載された、一冊の本を。

 ついでに魔族語も多少は教わったが、まだ本を読むには至らない。

 精々、単語がいくつか判る程度だ。

 あの本は、やはり博士(マレット)にでも預けたいと思う。あいつなら、魔族語が読めても不思議ではない。


 しかし、やけにあっさり本をくれたのに「大事に持っていた」と後から言うのは卑怯だと思った。

 魔獣族の王は、明快な割に意外と恩着せがましい。いや、自分が意固地になっているからか。

 

 レイバーンの事は嫌いではない。なんだかんだ言って気の良いやつだという事は伝わってくる。

 一方で彼は、フェリーがその身を挺して護った相手でもある。

 彼に何かあれば、リタが悲しむ事も知っている。だから、あまり巻き込みたくはなかった。


 ただ、戦闘を避けられるかもしれない。そんな明確なメリットを提示された。

 それはとても魅力的で、上手くいけばフェリーに要らない心配を掛けずに済む。

 戦闘を避けられれば、リタにも心配を掛けないで済む。


「分かったよ。じゃあ、本一冊分ぐらいの付き合いだな」


 諦めたようにシンが言うと、レイバーンは大きな声で笑った。


「それで良い! 最初は、細やかな切っ掛けの方がお互い楽だろう。

 そのうち、このやり取りも感慨深くなるというものだ!」

「大切な本じゃなかったのか……」


 レイバーンは、人間にも妖精族(エルフ)にも分け隔てが無い。

 この様子を見ると案外交渉も上手くいくのかもしれないと、シンは僅かながら期待をした。


「さて、シンよ。余の背中に乗れ。走った方が早いからな!」


 言われるがままに乗った魔王の背中は、毛並みが整っていて暖かかった。

 夜は、まだ明けていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ