5.魔女の約束
「これでよしっ!」
フェリーは両手を腰に当て、一仕事終えたとすっきりした顔を見せる。
出来上がったのは、簀巻きとなったゴッドーの姿だった。
両手両足を縛り、身動きを。
目を覆い、口には猿轡をかませ視界と声を奪う。
仕上げに、牢にあった薄手の毛布で包んでその上からもう一度硬く結ぶ。
これなら目が覚めたり、誰かが気付いてもすぐには解放されないだろう。
一通りの作業が終わったので、フェリーは彼からくすねた鍵で牢の解錠をする。
僅かな期間ながらも自分の居住となった部屋だが、手放す事は微塵も惜しくない。
ここは新たな入居者へと譲ってあげよう。
「お待たせしました! そっちの扉もすぐに開けますね」
ゴッドーから奪った鍵束を使い、他の捕らえられている女性を解放していく。
自分の位置からは見えなかった牢も含めて、捕えられていた女性は全部で五人。
彼女達は恐る恐る、鉄格子に閉ざされた部屋から姿を現す。
「あ、ありがとうございます……」
しかし、皆その表情は暗かった。
先刻のゴッドーとのやり取りを鑑みるに、素直に喜べる状況とは言えない。
こんな時にどういった言葉をかけるのが正解なのか、フェリーには分からない。
辛そうな彼女達の顔を見ていると、自然とフェリーの眉が下がる。
「もうやだぁ……!」
フェリーが困っていると、捕まっていた五人の中で一番若い少女が泣き崩れた。
「お給料がいいから来たのに、こんな目に遭うなんて聞いてないよ!
お母さんも、お姉ちゃんもどこなの!?
どうしてあんなやつらに……」
薄い毛布に身を包みながら、怒りと悲しみで身体を震わせる。
同様のトラウマを植え付けられた四人も、簀巻きとなったゴッドーへの視線は畏怖から来るものだった。
「で、でも! やっと牢屋から出られたんだよ!
もしかしたら村に帰れるかも!」
別の女の子が何とか慰めようとして、優しく背中に手を伸ばす。
「……ひっ!」
しかし、彼女は反射的にその手を払いのけてしまう。
「あっ……。ご、ごめん!」
「う、ううん」
手を払われた女の子も心配させまいと笑みを浮かべたものの、その顔は険しい。
植え付けられたトラウマはかなり根深いようだった。
声を殺してすすり泣く少女たちの気持ちを考えると、この簀巻きやその仲間がした事は到底許せるものではない。
なんとかして、この人たちを救いたい。せめて、心だけでも。
「あの……」
おずおずとフェリーが手を挙げると、五人の視線が一斉に集まった。
「あたしが外に出られるか、確かめてきます」
女性陣はお互いの顔を見合わせた後、もう一度フェリーの顔をじっと見た。
次々に「いいんですか?」「お願いします」「助けてください」と、懇願の言葉を向けられる。
「で、でも……」
そんな中、一番若い少女だけが躊躇していた。
「もし失敗したら、もっとひどい目に遭うかもしれないし……。
今まで以上に乱暴されたりとか、ぜったいに耐えられないよ……」
彼女は声を震わせながら「それに……」と続ける。
「帰っても、みんなにどんな顔して会えばいいのか分からないよ……」
他の四人もハッとした表情で俯く。
「なにがあったかなんて、誰にも知られたくない……!」
そう言うと少女は再び泣き崩れた。
みんな、少女を慰める事が出来ない。五人全員に植え付けられた、トラウマだった。
記憶を蘇らせては湧きあがりかけた希望を抑え込み、丸くなった身体を恐怖で震わせている。
「もうやだ! 死んだ方がまだマシだよ!」
この言葉は見過ごせなかった。
「それはダメだよ!」
少女が両手で隠した顔を、フェリーがこじ開けるように掴んだ。
彼女は剣幕に驚き、反射的に目を強く閉ざす。掴んだ腕は震えているが、フェリーは続けた。
「世の中には、死にたくても死ねない人だっているんだよ!
そんな簡単に『死にたい』なんて言っちゃダメ!!」
フェリーの頓珍漢な言葉に、沈黙が流れる。
冷たい空気が、その動きを止めらたような気がした。
「あ、あの……。それを言うなら『生きたくても生きられない人』じゃ……」
「あ……」
指摘をされて、フェリーは言い間違いに気付いた。
完全に自分の感覚で話してしまった。世の大半の人は、死んだらきちんとその命を失うのだ。
部屋が薄暗くてよかったと本当に思う。きっと今の自分は、茹で上がったように顔が真っ赤になっているだろうから。
「え、ええっと……。 つまり、あたしが言いたいのはその……。
そう! あなたたちは何も悪くないのに、簡単に『死にたい』なんて言わないようにしようってコトで……」
恥ずかしさを誤魔化すようにフェリーは続ける。
「そうですよね。お父さんも、お兄ちゃんも心配しているでしょうし……」
しどろもどろのフェリーを見て心なしか、空気が和らいだように感じる。
その証拠に、少女の震えは止まっていた。
「そう! それが言いたかったの!
ここから出たくないの? 家族や村の人たちに会いたくないの?」
五人は顔を見合わせ、強く頷いた。
「……会いたいです」
五人の声が重なる。みんな、答えは同じだった。
それならば。
「おっけい。じゃあ、あたしに任せて」
「え?」
自分のやるべき事は決まった。それだけで心が軽くなる。
動きやすいようにスカートの裾を裂きながら、フェリーは続けた。
「賞金首をとっ捕まえるついでに、ご主人様にもたっぷりオシオキしてくるよ」
「え? ……え??」
少女たちは顔を見合わせる。フェリーが何を言っているのか、腹に落ち切っていない様子だった。
「どれだけいるか分からないし、一緒に来ると危ないから。
みんなはここに居てもらってもいい? ちょっとツラいかもだけど……」
ブルーゴや他の仲間が覗きに来るかもしれないから、決して地下牢も安全とは言えない。
それでも、戦えない彼女たちを連れ歩くよりはよっぽど安全だろう。
何かを護りながら戦うのは、あまり得意ではない。
「それはその……。邪魔をしたくないですし」
彼女たちも理解しているからこそ、互いに顔を見合わせて素直に頷いた。
「それじゃあ、後は……っと」
フェリーはかつての居室へ足を踏み入れると、現在の住人であるゴッドーを部屋の隅へと放り投げた。
彼女達へのせめてもの配慮として、顔を壁側に向けてパッと見で顔を判別できないようにする。
その様子を羨望の眼差しで見つめる五人。
フェリーは少し考えて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……やり返しておく?」
アイコンタクトをした五人の首が、同時に縦に振られた。
……*
「じゃ、これは渡しておくね」
「ありがとうございます」
全員がゴッドーに今までの恨みをぶつけ終えた後、フェリーは向かいの牢に居た女性へ鍵束を渡した。
鍵があればゴッドーが目を覚ましてもイニシアチブは握れるし、他の仲間が来た際に牢へ入っておくことで欺けるかもしれないと踏んでの事だった。
ゴッドーへの仕返しというと、さすがに顔を近付けたり触れたりするのは抵抗があるようで、全員が一発ずつ蹴りを入れる形となった。
それも裸足だったので大したダメージにはなっていないだろうが、心なしかすっきりした顔をしている。
煽ったのは自分とはいえ、命を奪うような事態にならなかった事をフェリーは安堵した。
勿論、そうなっても仕方が無いと思えるだけの事をしてきたのだろう。
それでも、やはり『命』を奪う事に抵抗は持っておいて欲しい。
境界線を越えてしまえば、もう戻れない。
後は、個人的事情ではあるがこの賞金首に関してだ。
生死問わずでなければ、命を落としてしまっては賞金を受け取る事が出来ない。
「それじゃあ、あたしは行ってくるね。
コイツの仲間が来るとまずいし、なるべく早く片付けてくるよ」
「あ、あの!」
一番若い少女が眉を下げながら、フェリーを呼び止める。
「ありがとうございました。ずっと辛くて、自暴自棄になってました。
なんてお礼を言えばいいか……」
「ううん。お礼を言うにはまだ早いかな。
ここも安全ってワケじゃないから、気を付けてね」
彼女達の辛さを、自分は解ってあげる事が出来ない。
取り残される不安も、自分が生み出すものだ。
だから、その言葉を貰うのはまだ早いと思った。
「あなたこそ、気を付けてくださいね」
「任せて、こう見えてあたし結構強いから」
フェリーが力こぶを作る仕草をすると、五人から笑みが溢れる。
「はい、それはさっき見せてもらいました」
「あはは、そうだったね」
五人とも、きっと大丈夫。フェリーは、自分に言い聞かせた。
絶対に安全とは言えないけれど、ここに居るように指示をした以上はきちんと村に還してあげたい。
出来る事なら、ここ以外の場所に囚われている村人も一緒に。
何だったら、マーカスかブルーゴをふん縛って問い質してもいい。
もとよりブルーゴは賞金首なので捕まえる予定だ。遠慮をするつもりはない。
マーカスについても、お金持ちでいくら権力を持っていてもこんな事をして許されるわけがない。
女の子を泣かせた事がどれほどの罪か、二度とそんな気を起こさないように、よく解らせておく必要がある。
忍び足でゴッドーが使った階段を上り、耳を澄ませる。扉の隙間から空気が流れてくる音が聞こえてくる程に静かだった。
これなら外へ出た直後にすぐ遭遇する事はなさそうだ。残される者の危険を考えると、それだけは避けたかった。
「それじゃ、行ってきます」
フェリーは小声で彼女達へ伝えると、彼女達は頷いた。
慎重に、音を立てないようにゆっくりと地下牢の扉を開いた。