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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第五章 妖精と魔族と
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幕間.オリヴィアの一日

 目が覚めると、机の上に突っ伏して寝ている事に気が付いた。

 涎を垂らしていなくて良かった。危うく淑女失格になるところだった。

 

 お姉さまなら絶対にそんな事はしない。

 いつもキリッとしていて格好いい。アメリアお姉さまなら。


 わたしは、アメリアお姉さまを尊敬している。

 分家はよく知らないけれど、フォスター家は代々男に産まれれば騎士、女に産まれれば魔術師としての鍛錬を積む。


 ただ、本家にはわたしとお姉さまの二人しか跡継ぎが居ない。

 それ故にお姉さまは剣術と魔術、両方を極めようと自ら言ってのけた。


 そして、やり遂げた。

 お姉さまはいつも「自分はまだまだです」と謙遜をするけれど、一体どの高み(レベル)までを見ているのだろうかさえ思った。


 国民全員を大切に想っているなんて、綺麗ごとだと陰口を言われる事もあった。

 でも、それがお姉さまの本心である事はわたしが一番知っている。

 アメリアお姉さまは、立派なのだ。


 わたしは魔術の研究だけで手いっぱいだ。

 手いっぱいなりに、せめてこれだけは極めたいと思った。

 アメリアお姉さまだけに負担を掛ける訳にはいかないと、思っていた。


 フォスター本家が大切というのも、少しだけはある。

 ただ、男が産まれないからとお母さまへ嫌味を言っているのをわたし達姉妹は知っている。

 お姉さまが一念発起した理由は、それなのだから。

 わたしはお姉さまほど立派ではないけれど、生まれた家だからそれなりの愛着もある。

 

 だから、今日も張り切って黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)のお勤めを果たす。


 ……*


「オリヴィア嬢!」


 角刈りの筋肉質な男が白い歯を見せてくる。

 わたしは顔を歪ませた。

 

「げ、ライラスさん……」


 きっと今のわたしは凄く嫌そうな顔をしている。

 顔はそこそこ似ていると言われるが、わたしはお姉さまほどモテない。

 たぶん表情がコロコロ変わるからだろう。

 これを褒めてくれたのはお母さまとお姉さま、そしてフローラさまぐらいだ。


「アメリア嬢からは何か返事はあったか?」


 ライラスは最近ずっとこればっかりだ。

 個人的にアメリアお姉さまが気になっているのは知っている。

 お姉さまが黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)時代から、ちょっかいを掛けていたのも知っている。

 わたしが妹だから、いい顔をしようとしているのも知っている。


 だけど、それ以上に彼の背後がアメリアお姉さまに固執している事を知っている。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)。シュテルン家がずっと所有者を継承していた神剣。

 失ってからも諦めきれなくて、アメリアお姉さまを娶りたい事をニルトンさんは隠す気もなさそうだ。


 お姉さまは人の為に一生懸命なのに、くだらない理由で振り回そうとしている事が本当に腹立たしかった。


「お姉さまは真面目なので、そんな色恋沙汰については何も言っていませんでした。以上」


 お姉さまは真面目なので、きちんとお勤めを果たしている。

 決して、手を抜く事はしない。


 シンという男は気になっているようだけれど、それが原因で任務に支障が出る人でもない。

 そんな事で支障が出てしまうなら、相手に嫌われるだろうと思って必要以上に頑張ってしまうタイプだ。


「第一、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)はもうフォスターの管轄です。

 いくらライラスさんが何を言っても、シュテルンには戻りませんよ」

「そんなつもりで言っている訳では無い」


 でも、貴方のお家がそう思ってるんですよ。


「オリヴィアさん、そんな穿った見方をしなくても良いのでは?」


 筋肉の塊の陰から、一人の女性が顔を出す。

 真っ黒で、真っ直ぐに伸びた髪。少し長いぐらいの前髪から覗かせる視線は、一体何を見ているのか。

 

「ああ、居たんですか……」

「最初から居ましたわ。本家の方には、路傍の石に見えたかもしれませんけど」

「あー、すいません。失礼しました、ラヴィーヌ」

 

 ミスリア五大貴族のひとつ、エステレラ家。その分家に生まれた少女。

 ラヴィーヌ・エステレラ。わたしと同い年で、黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)を務める少女。


「ライラス様は、かつてアメリア様と任務を共にしています。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を預けるに相応しい事は、理解されていますわ。

 純粋に、アメリア様の事が気になっているだけですわ。ねえ、ライラス様?」

「お、おう。その通りだ」

「あー、はいはい。そうですか」

 

 わたしは、彼女が苦手だ。

 分家だからか知らないけれど、やたら本家の人間に棘のある言い方をする。

 そんなのはエステレラ家の中だけでやっていて欲しい。


 後、単純に気に喰わない。

 何が「預ける」なのか。内心奪われたと言っているようなものなのに、気付かないライラスにも腹が立つ。


「確かに神器は現在、国王陛下とフォスター家、そしてステラリード家が所有しています。

 ですが、あくまで所有者はアメリア様。オリヴィア様が尊大な態度に出るのは、如何なものかと」

「いえ、わたしはいつもこんな感じなので。お構いなく。

 重責が判らないのはわたしもラヴィーヌと同じですよ」


 ラヴィーヌの顔が引き攣った笑顔に変わる。

 わたしも、アメリアお姉さまも、神剣を持っているからと何かが変わったつもりはない。

 お父さまはどうか知らないけれど、そんな事で僻まれるのはお門違いだ。


「第一、そんなに神器に拘るならステラリードの坊っちゃんにちょっかいかけたらいいじゃないですか。

 ウチばっかり言われても、困るんですよ」

「いや、ステラリードのアレは捕まらんだろう……」

「それは、確かにそうなんですけど」


 現在の五大貴族で神器を持っているのは、フォスター家とステラリード家。

 ステラリード家の持ち主は、放浪癖がある。


 英雄症候群とでも言うのだろうか。

 自分を特別な存在だと信じて疑わず、放浪しては色んな事件に首を突っ込む。


 勿論、それで救われた人もいるだろう。

 なんせ神器の力は強大だ。大抵の困りごとは力業で解決できる。

 その反面、彼の所在は誰も知らない。いや、一人だけ子分が居るけれど。

 ウェルカ領の出来事なんて、彼が居ればもっと傷つく人は減っただろうと思うのに。


「そもそも、お姉さまはその務めをちゃんと果たしています。

 ウェルカでの出来事なんて、他の五大貴族は何もしていなかったじゃないですか」

「耳が痛いですが、私たちが簡単に王宮(ここ)を離れる訳には行きませんので」


 ラヴィーヌの言う事は、間違ってはいない。

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)の主な任務は、王宮の警護である。

 ほいほいとここを離れる訳には行かない。わたしだってそうだ。


「第一、あの日は第三騎士団がウェルカを訪れていただろう。

 戦いもその日のうちに終わったわけだし、手の出しようが無かったぞ」


 ライラスの言う通りでもある。

 調査に行った結果、ダールがキレて暴挙に出たのだ。

 

 結果的に第三騎士団はほぼ壊滅した。

 敵も壊滅したけれど、その事を大して咎められなかったのは蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の威光があった事は否めない。


 でも、わたしはこの件について納得のいかない事がある。

 

「そうかもしれないけれど、ウェルカ領はエステレラ家の管轄ですよね?

 あんな危険な研究を『気付いていませんでした』で済んでるの、おかしくないですか?」

「……どういう意味ですか?」

 

 ラヴィーヌの顔が、また引き攣った。

 

「言ったままですけれど?」

「……分家の私には、解りませんね」

「ま、まあまあ! オリヴィアも、ラヴィーヌも何をムキになっているんだ!」


 剣呑な空気に耐えられず、ライラスが割って入る。

 そのまま「王子の護衛があるから、失礼する」と言ってラヴィーヌを連れて行ってしまった。

 要らない仲裁だったので、わたしは聞かれないように舌打ちをした。


 別れ際に「あまりフローラ様とお茶ばかりするなよ」とライラスに言われた。

 大きなお世話だと思った。わたしはまた舌打ちをした。


 結局、わたしは淑女失格かもしれない。


 ……*


「やっぱり、怪しいと思うんですよね」


 自分で淹れたお茶を飲みながら、わたしはフローラ様に報告をした。

 二人きりの部屋で、お茶会をしながら。


「それはシュテルン? それともエステレラ?」

「ぶっちゃけて言うと、両方です」


 わたしは、フローラさまへ自分の考えを説明した。

 

 ウェルカ領はエステレラ家の管轄だ。

 それがあんな事件を引き起こしておいて、知らぬ存ぜぬで通そうとしているところ。

 分家だからで誤魔化せるレベルではない。民が大勢死んでいるのだ。


 それに、シュテルン……というか、当主のニルトンさんだ。

 ウェルカのダール公と彼は一緒に研鑽した仲だ。

 わたしとは違う研究所に所属しているので、研究内容の詳しい事は知らない。

 だけど、今回の件で「心当たりが全くない」と回答を受けたお姉さまの報告が、逆にわたしをその結論に導いた。

 

 後は、異常なまでに蒼龍王の神剣(アクアレイジア)に固執をしている。

 シュテルン家がずっと継承していたとしても、執念がおかしい。

 どちらかと言うと、権力に固執しているのがありありと伝わる。


 ライラスは何も知らないとしても、ニルトンさんに逆らう様子はない。

 というか、本人もそれを良しとしている節がある。単純にお姉さまを娶りたいんだろう。

 ラヴィーヌも、何も知らないかもしれない。


 こじつけかもしれないけれど、乙女の勘は割と当たる。

 

「シュテルンとエステレラ……。そのふたつは」

「第一王子派ですね」


 わたしたちフォスター家は第三王女派とは非常に仲がよろしくない。

 ついでに言うとステラリード家は第一王女派だ。

 残る五大貴族であるエトワール家は、第二王女派だった。


 神器を持っているという意味では、ステラリード擁する第一王女派とフォスター擁する第三王女派が跡目争いは一歩リードしている。

 あくまで本家の動きなので、分家が裏で何か企んでいればどう転ぶかは分からないけれど。


「疑われるリスクを負ってまで、自分の管轄でそんな危険な真似するかしら?」


 フローラさまの言う事は尤もで、実際に同じような内容でエステレラ家は追及を退けている。

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)も全員が本家という訳ではないので、この追及にはピリピリしている。

 あんまり心地よくないので、早く解明したい問題だ。


 だから、フローラさまと飲むお茶はわたしにとって大切な時間だった。


「まあ、使われた道具が道具なだけに、持ち込まれたと言われればそれまでですからね。

 でもですね、エステレラ家はこっちの件も黙っているんですよ」


 ピースという人物から、お姉さまに当てられた手紙だ。

 名前自体はお姉さまから聞いていた。だけど一応、怪しいものだといけないので開封はさせてもらった。


 たどたどしい文体で一生懸命書かれていたそれは、わたしも知らない事案だった。

 フローラさまに港町のポレダで魔物が巨大化している件について報告をした。

 ポレダのギルドは、何度も報告をしているらしいが何も変わらないという。


 つまり、上役であるエステレラに届くまでか、エステレラ家自体。どちらかでこの情報が握りつぶされている。


「……成程」


 フローラさまは合点が行った様子だった。

 第一王子を排斥するカードに繋がるかもしれないと、笑みを浮かべていた。

 

「アメリアもオリヴィアも、本当に私の為に尽くしてくれて感謝の言葉もありませんわね」

「わたしは、姉妹のように扱ってくれたフローラさまが本当に好きですから。

 お姉さまもきっと、同じように想っていると思いますよ」

「……ありがとう」


 そう、フローラさまはわたしたちに手を差し伸べてくれたのだ。

 男が、跡継ぎが産まれなくて必死に剣を振るうお姉さまを。魔術の鍛錬を欠かさないお姉さまを。

 どれだけ辛い道でも、決して弱音を吐かないお姉さまに安らぎの場を与えてくれた。

 その手は、わたしにも差し伸べてくれた。


 それが堪らなく嬉しかった。


 勿論、打算が皆無と言えば嘘になるだろう。

 神器があれば、自ずと立場は強くなる。そんな打算もきっとあったと思う。

 でも、それで構わない。あの時差し伸べられた手の温度が、冷たくなるわけではない。


「さて……と、つまらない話はここまでね」

「はい、そうですね」


 王位継承の話を「つまらない」と断ずる。まあ、実際あまり面白いわけでは無いけれど。

 それより重要な会議が、わたし達にはあるのだ。


「オリヴィア。『シン』なる人物について判った事は?」

「お姉さまは何も教えてくれません。ですが、これを――」


 わたしは、一枚の人相書きを差し出した。

 ウェルカに滞在していた彼を知っている人に、訊いて想像したものだ。


 わざわざウェルカに行って、似顔絵まで描いてくれた侍女(メイド)のサーニャ。本当にありがとう。


「……顔はまあまあね」

「そうですね、わたしの合格ラインは超えています」

「でも、これ本当に似ているのかしら?」


 話によると、シンはあまり外に出ていなかったと聞く。

 盛り上がったところで、間違いが発覚するのは避けたい。


「ええ、なのでこれをアメリアお姉さまへ送ろう思います。

 そして反応を確かめます」


 フローラさまは親指を突き立てていた。


「出来れば直接渡して、その時の様子を見たいわね」


 わたしはその案へ乗る事にした。

 いつもの伝書鳩経由ではなく、サーニャに持ち込みをお願いしよう。

 お給金は、ちょっと弾んであげようと思う。


「でも、強敵が居るんですよね」

「強敵……?」

 

 しかし、お姉さまの恋には大きな問題がある。

 お姉さまが奥手な事など、どうでもいいぐらいな障害が。

 

 フェリー・ハートニア。

 シンなる男と、ずっと旅を続けている少女。


「……その娘、恋人じゃなくて?」

「お姉さま曰く、違うらしいですけど」


 お姉さまの見立てなので、思いっきり間違っている可能性はある。

 10年も一緒に旅をしていて、何もないとかあり得るのだろうか。

 けれど、それを言うのはお姉さまを泣かせかねないので言えない。


「……急がなくてはならないわね」


 フローラさまの言葉に、わたしも頷いた。

 仮に見立て通りだとしても、永遠にそうとは限らない。

 もう手遅れかもしれない。

 援護をするなら、早くするに越したことはない。


 待っていてください! お姉さま!


 これがわたし、オリヴィア・フォスターの日常。

 もうしばらく、この日々は続いていく。


 同時刻、アメリアは大きなくしゃみをした。

 別の場所では、シンとフェリーもくしゃみをしていた。

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