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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
573/576

528.ありがとう

 無数の星が光り輝く夜空を、シンは見上げた。

 彼の視線などまるで気にしていないかのように佇む景色に、安心感を覚えた。


 世界再生の民(リヴェルト)との戦いを終えて、一週間が過ぎた。

 騎士団の中にも、多くの死傷者を出してしまった。

 ミスリアが、世界が日常を取り戻すまでにはまだ時間が必要となるだろう。

 

 だけど、その中で確かに護れたものも、取り返せたものも確かに存在している。

 今はそれを、噛みしめたいと心から思う。


「シン、こんなすみっこでどしたの? ゴハン持って来たよ」

「フェリー」


 金色の髪が、視界を覆い尽くす。

 顔を上げるとそこには、自分の顔を覗き込もうとするフェリーの姿があった。

 自分の指定席だと言わんばかりにシンの隣へと腰掛けると、彼女は料理をよそった皿を手渡した。


 今日はミスリアの王宮で、慰労と感謝を兼ねての祝賀会が開かれている。

 真昼間から通して行われているものだから、シンは皆の体力に感心するばかりだった。

 

 惜しむべくは、戦闘の影響で王宮が破壊されたままであるぐらいだろうか。

 後日、妖精族(エルフ)の里から小人族(ドワーフ)がより立派なものを建築してくれるらしい。


 尤も。今回に限って言えば王宮で開催する事は叶わなかっただろう。

 レイバーンや紅龍族は勿論、応援に駆けつけてくれた蒼龍族や魔狼、鬼族(オーガ)には狭すぎる。

 

 けれど、それでよかった。

 折角、これだけの種族が手を取り合ったのだ。つまらない隔たりなど邪魔でしかない。

 

「ちょっとだけ、考えごとをしてた」

「あの子のコト?」

「ああ」


 フェリーから受け取った料理を口に運びながら、シンは答える。

 邪神として創られた存在。その『核』である純白の子供は、現世から姿を消した。

 あの子供が向かった先が、どんなものかは解らない。

 

 ただ、シンは祈ると決めた。

 「皆を笑顔にしたい」という願いを持った『神』へ、生まれ変われるようにと。


「だいじょぶだよ。あの子は、本当は優しい子だったもん。だから、だいじょぶ」


 屈託のない笑顔で、フェリーが答えた。

 彼女の言う通りだ。確かにあの子供は悪意の器として、暴力を振りまいたかもしれない。

 一方で、自分達を救ってくれたのも事実だ。元来の優しさを持った『神』として、きっと世界を見守ってくれる。


「そうか。そうかもな」

「うん、あたしだって祈るもん。ゼッタイ、だいじょぶだよ」


 軽く拳を握り締め、気合を入れるフェリー。

 念じるかのように祈る様は、いつも笑顔を振りまく彼女によく似合っていると思った。


「フェリーの体調はどうなんだ?」

「うん? あたし? たぶんなにも起きてないよ」


 フェリーは腕をぴたりと止め、小首を傾げる。

 この様子だと、異変は起きていなさそうだ。


 フェリーの中からユリアンが消えてからも、肉体に特段目立った変化は見当たらない。

 強いて言えば、時間の逆行による怪我の回復が起こらないぐらいだろうか。

 

 彼女の記録を取り続けていたマレットは「これから普通に成長していくだろ」と言っていた。

 きっと、一切変わらなかった成長記録に変化が起きたのだろう。

 これからフェリーは、自らの力で時計の針を進めていく事となる。

 

「魔術も、これぐらいしか出せなくなっちゃったし」

 

 一所懸命に詠唱を唱え、フェリーは掌に小さな炎を灯す。

 これが、今の彼女の全力。唯一使える魔術。

 

 無尽蔵の魔力も、元々はユリアンの『魂』に付随していたものだ。

 今の彼女は灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)はおろか、魔導刃(マナ・エッジ)の起動すら叶わない。

 掌に炎を出す程度の魔力が、フェリー・ハートニアとしての限界だった。


「シンもだけど、あたしもへたっぴだったもんね」

「不出来な弟子で悪かったと思う」


 懐かしむように、フェリーは夜空を見上げた。

 シンが魔術を使えない事は知っていたかもしれないが、まさか自分まで才能がないとは思わなかったかもしれない。

 沢山、魔術書を読み聞かせてくれたというのに。

 

 それでも、やはりアンダルは優しかったのだ。

 ちっぽけな炎。何なら火の粉を生み出した程度でも、褒めてくれた。

 目線が合うように屈んでくれて、大きな手で頭を撫でてくれるその動作が大好きだった。


「でもね、ちょっとは炎が出せてよかったって思うよ。

 おじいちゃんが教えてくれたコト、ちゃんとあたしの中に残ってるってわかるから」

「ああ、そうだな」


 アンダルとの日々は。大切な思い出は、きちんと自分の中に残っている。

 不老不死の魔女としてではなく、フェリー・ハートニアとしてそう思える事が嬉しくて堪らなかった。


「なあ、フェリー」

「うん?」

「じいちゃんの――」


 フェリーはやはり、アンダルが大好きだ。

 勿論、シン自身だって彼は尊敬している。

 今から行おうとする提案は自分達の為でもあると、シンが口を開こうとした瞬間。


「なーに二人でイチャついてんだ? そんなの、いつでもできんだろ」


 シンとフェリーの両肩に、勢いよく手が乗せられる。

 こんな事をする人間など、限られている。

 

 苦笑するシンと、頬を膨らませるフェリー。

 対照的な表情を見せた二人は、同じ名を口にした。


「マレット」

「おう」


 ケタケタと笑うマレットに、悪びれる様子はない。

 しつように回した腕に力を込めては、身体を密着させていく。


「お疲れさん。よかったな、フェリー」

「……うん。マレットも、ありがとね」


 マレットの声色が、優しいものへと切り替わる。

 いい雰囲気が壊されたと立腹だったのだが、思いがけない言葉に怒りが飛んでしまった。


「シンも、よくやったよ。10年、お前はよく頑張った」

「ああ。マレットには、本当に助けてもらった」


 シンへも労いの言葉を送る中で。マレットは己の目頭が熱くなるのを感じる。

 長い間。シンは愛する者を手に掛けると言う矛盾に苦しんできた。

 彼の苦悩を知っているからこそ、マレットも嬉しかった。

 こんなお人好しが報われない世界だったら、それこそ『神』へ喧嘩を売ろうと考えていたぐらいに。


「あーっ! ベルしゃんらけ、じゅるいでふよ。

 わらしらっれ、フェリーしゃんにおめれろうっていいたいんでしゅから」


 続いて現れたのは、すっかり出来上がったオリヴィアだった。

 ふらふらと千鳥足で、フェリーの背中へと飛び込んでいく。


「フェリーしゃん。よかったれすねぇ。うん、ほんとうによかったれしゅ」

「あはは、ありがと」


 フェリーの肩に頭を乗せ、オリヴィアは何度も頷く。

 礼を返しながらもどう対処すればいいのかとフェリーが困っていると、何者かによってオリヴィアが引き剥がされる。


「オリヴィア。いい加減にしなさい。羽目を外し過ぎですよ」

「ずびばぜん……」


 ため息を吐きながら彼女の身体を引くのは、姉のアメリア。

 祝いの場だからと浴びるように酒を呑んでいたと思えば、案の定だった。


「シンさん、フェリーさん。オリヴィアがご迷惑をおかけして……。

 ですが。オリヴィア共々、私も本当に良かったと思っています」

「ああ、ありがとう」


 コホンと咳払いをしながら、アメリアは改めて祝いの言葉を送る。

 柔らかな笑みで、シンは彼女の言葉を素直に受け取った。

 

「シンは笑うと、そんな感じになるのだな」

「本当、大分印象が違うよね」


 そんな様子を上から覗き込むものが二人。

 魔獣族の王であるレイバーン。その肩に乗るのは妖精族(エルフ)の女王である、リタだ。


「フェリーちゃん、本当に良かったよぉ」

「リタちゃんも、ありがとう」


 レイバーンの肩から降りると、フェリーとリタは熱い抱擁を交わす。

 知り合ってから毎日のように、リタは愛と豊穣の(レフライア)神に祈りを捧げていた。

 「自分もだけれど、フェリーの恋も実るように」と。願いが成就された今、感動もひとしおだ。


「シンも。お主は全てをやり遂げて見せたな」

「随分と助けてもらったけどな。レイバーンにも、感謝している」

「なに、余とお主の仲であろう!」


 妖精族(エルフ)の里で自分の味方になってくれるとマレットが言った時。

 次に手を挙げてくれたのが、レイバーンだった。

 彼の言葉に、シンは救われた。出逢えてよかったと、本当に思う。


「ところで、盛り上がってるところ悪いんですけど……」


 そんな中。恐る恐る、手を挙げる少年がいた。

 シン達とは違う世界からやってきた少年、ピースだ。


「ピース。お前の『(フェザー)』にも助けられた」

「いえいえ、お役に立ててなにより……。じゃなくってですね!」


 彼の『(フェザー)』に蓄えた魔力が無ければ、ファニルに打ち克つ事は出来なかった。

 改めて礼を述べるシンだが、どうやらピースが話したい内容は別にあるらしい。

 

「アメリアさん。王妃様から改めて打診があった話は――」

「そ、そうでした!」


 ピースの用件は正確にはアメリア。というより、ミスリアからのものだった。

 

「シンさん。フェリーさん。この度は、感謝してもし尽くせません。

 改めて、心より深くお礼を申し上げます」

「や、やめてよ!」

「フェリーの言う通りだ。礼なら、皆も入れて何度貰っているだろう」


 凛とした騎士の表情で、深々と頭を下げるアメリア。

 堅苦しい挨拶と礼は、もう何度も受けている。今更、改めてもらう必要はないと困る二人。


「いえ、これは私なりの誠意のつもりです。

 既に王妃(フィロメナ)様からも打診があったと思いますが、どうかミスリアからの褒賞を受けては頂けませんか?」


 頭を下げたまま、アメリアは続ける。

 彼女の話によると、シンとフェリーを除く皆は今回の件で何かしらの褒賞を受け取る形で収まったらしい。

 国同士の付き合いも続くのだ。王や貴族である者達にとっては、重要な事だろう。


 けれど、シンとフェリーだけは違う。

 彼らは開口一番、ミスリアからの褒賞を断っていた。

 誰よりも今回の件に尽力してくれたというのに。

 収まりがつかないと、アメリアを通して再度の要望が出された所だった。


「いや、俺たちは要らない。フェリーとも、話あってそう決めたんだ」

「うん。あたしたちは、だいじょぶだよ」


 だが、彼らの答えは変わらなかった。

 褒賞など、求めてはいない。


「何故ですか? せめて、理由を教えてください……!」


 このままでは納得が行かないと、アメリアは理由を求めた。

 シンとフェリーが互いの顔を見合わせた後、静かのその理由を語り始めた。


「俺たちは、何者でもない。ただの人間だから」

「ですが……」


 意外な理由を前にして、アメリアはたじろぐ。

 訝しむ彼女を前に、シンは続ける。決して遠慮している訳でも、卑屈になっている訳でもないと伝える為に。


「違うんだ。きっと褒賞(それ)を受け取ったら、俺とフェリーは『ただの人間』ではなくなる」

「どういう、ことですか?」


 彼が何を伝えようとしているのか、アメリアを初めとする皆にはピンときていない。

 ただ一人。彼をよく知るマレットだけが、その真意を読み取っていた。


「要するに、特別な人間なっちまうってことだろ?

 世界を救った英雄は言い過ぎかもしれないけど、まあその一員として認識されるって話だ」

「ああ。俺たちは王族でも貴族でもない。ただの人間でいるためには、受け取れないよ」

「……っ。納得できません。事実、世界を救ったではありませんか!

 それはとても立派で、賞賛されるべきことのはずです!」

 

 マレットの言葉に頷くシンだが、アメリアは腑に落ちない。

 彼らはそれだけの功績を上げて来たのだ。賞賛されて然るべきだと、食い下がる。

 

「悪い、言い方が悪かった。賞賛されるのを嫌がってるわけじゃないんだ。

 ただ、俺たちまで特別な存在になる必要はないよ。

 誰だって、ただの人間だって世界を救うために戦える。

 それを皆へ知ってもらうために、俺たちは何も要らない。受け取らない」

「あたしたちのワガママだけどね」


 何も特別な人間である必要はない。ただの人間が、勇気を出して立ち上がる。

 たったそれだけで、世界は少しだけ救われる。そう証明する為に、二人で決めた事だった。


「ですが、お二人のことを誰にも知られないなんて……」


 言いたい事は伝わった。それでも、アメリアは納得できない。

 二人がいてくれたからこそ、世界を救う事が出来たのだ。

 考えを尊重したい気持ちと、やはり何かしらの形として礼をしたい気持ちがせめぎ合う。


「皆がいるじゃないか」

「え……」


 とても穏やかな声で、シンはそう告げた。

 隣に立つフェリーも、強く首を縦に振る。


「一緒に居てくれた皆が覚えてくれていれば、俺たちはそれでいいんだ」

「あたしたちは、それだけで十分だよ」


 ただの人間が世界を救う為に尽力したという事実があればいい。

 どこの誰かだなんて話は、当事者達だけが知る特権だ。

 

 これから先、どんな困難が起きようとも。

 またどこかで、誰かが立ち上がるかもしれない。

 その礎になれるのであれば、本望だ。


「お二人の決意、受け取りました」


 語り継がれなくてもいい。自分達はただの人間としての生を全うする。

 シンとフェリーらしい結論だと思えたからこそ、アメリアは二人の主張を受け入れる。

 

 一方で、彼らのような者が一人でも増えるような世界を造り上げよう。

 アメリアは己の心に、誓いを立てる。いつかの未来を、夢みて。


「――ですが、ここは一緒に戦った仲間ばかりですよ。

 こんな隅に寄るのはやめてください。ちゃんと祝いごとには、参加してください」


 だが、今は違う。彼らは自分達にとって、大切な仲間だ。

 共に喜びを分かち合おうと、両手を広げた。


「ああ、そうだな」

「それは、シンがすみっこにいるからだよ」

「……悪かったよ」


 一本取られたと、シンは苦笑する。

 フェリーに手を引かれながら、シンは大地を踏みしめる。苦難を乗り越えた仲間達と共に。

 その最中で「ありがとう」と小さく漏らした事を知っているのは、フェリーだけだった。


 法導暦0517年。

 魔術大国ミスリアを発端とする世界を巻き込んだ争いが、終結した。

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