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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福

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526.最後の悪意

 右手には、銃身の砕けた魔導砲(マナ・ブラスタ)が握られている。

 左手には、自分の顔を見上げる純白の子供の姿。

 眼前で聳え立つ、悪意に魅入られた者はもう居ない。


 浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりとシンの右腕が下げられる。

 彼の視線は自然と、フェリーの姿を追い求めていた。


 悪意に打ち克てたのは、皆の魔力をかき集めてくれた『(フェザー)』のおかげだけではない。

 ファニルの動きをフェリーが止めてくれたからこそ、自分は引鉄を引く事が出来たのだから。


「シン……!」

「フェリー」

 

 幸い、彼女の元気な姿はすぐに見つける事が出来た。

 最後に灼神(シャッコウ)が爆発を引き起こした影響か、金色の髪が少しばかり焦げている。

 あちこち擦り傷や切り傷も作っている。今までの彼女からは、考えられない姿。

 本当に、彼女はもう不老不死でなくなったのだと実感させられる。


「どうしよう……!」

 

 だが、フェリーの様子が聊かおかしい。

 安堵を見せるシンとは裏腹に、浮かない顔を覗かせた。

 

「どうしたんだ?」

「ユリアンさんが、ユリアンさんが……!」


 ぎゅっと己の胸元を握り締めながら、訴えるフェリー。

 思い当たる節は、シンにもある。


「消えたのか?」


 ユリアンは何度も他者の肉体を往来するうちに、『魂』と共に魔力を蓄積していた。

 戦闘中にフェリーから不老不死の秘術を解くぐらいだ。よほど切羽詰まっていたのが窺える。

 現に炎の翼も、灼神(シャッコウ)の出力も弱まっていた。枯渇をしても、何らおかしくはない。


「えと、まだ残ってるハズ……。けど、どんどん声が弱くなってて……。

 あのね、シン。あたし、あたし――」


 彼女が何を訴えようとしているかは、すぐに理解できた。


「行ってこい。イリシャのところへ」


 シンは彼女の言葉を遮り、イリシャの元へ行く事を促した。

 ユリアンは自分の『魂』を燃やし、魔力を枯渇させてまで悪意に抗って見せた。

 これまでずっと、イリシャと永遠に添い遂げる事だけを目的としていきた男が。

 彼女との逢瀬が失われる覚悟をしてまで、世界を救ってみせたのだ。

 

 シンからすればユリアンは故郷の、家族の仇でもある。

 だけど、自分だって同じだ。流されるままに、道を誤った。手を汚した。

 それでも、幸せになりたいと願った。


 だから、彼にもささやかな幸せぐらいは与えられるべきだ。

 そう思ったからこそ、彼はフェリーを送り出すと決めた。


「……うん!」


 彼の言葉を受けて、フェリーは頷くと同時に踵を返す。

 イリシャの元へ一歩を踏み出そうとした瞬間。シンの声が、鼓膜を揺らす。


「ユリアン。今まで、フェリーを護ってくれてありがとう」

 

 嘘偽りのない、シンの気持ちだった。

 真意はどうあれ、フェリーは不老不死の肉体によって何度も命を救われている。

 無尽蔵の魔力だってそうだ。フェリーだけではなく、自分だって何度救われたか解らない。


 恐らく、自分がユリアンと会話をする事は二度とないだろう。

 だからこそ、きちんと礼を述べたかった。

 彼との関係を、家族の仇として終わらせたくはなかったから。


(……っ。すまない、シン)


 心の内で、ユリアンは胸が締め付けられるのを感じる。

 仇である自分を恨んでいるはずだというのに。

 

 自分の行いはどれほどまでに愚かだったというのか考えさせられる。

 深い後悔が、ユリアンへ襲い掛かる。


「ユリアンさん。だいじょぶ、シンはウソつかないから。

 ホントに、ユリアンさんにお礼を言いたかったんだよ」

(フェリー……)


 そんなユリアンの不安を取り除くべく、フェリーが胸元を優しく撫でる。

 自分によって運命を狂わされた二人の男女の優しさが、身に沁みる。


(フェリー、頼みがある。シンへ『すまなかった』と伝えてはくれないか?

 こんな言葉だけでは、足りないのは承知しているが――)

「うん。ちゃんと、伝えておくよ」


 懺悔の言葉を並べようとするユリアンを、フェリーは遮る。

 フェリーは知っている。彼は「すまない」の一言で納得をしてくれる事を。

 

「だから、ちゃんとイリシャさんに伝えたいコトを考えておいてね。

 イリシャさんも、ユリアンさんとお話したいと思うから」

(ああ、ありがとう……)


 だから今は、限られた時間を自分の為に割いて欲しかった。

 イリシャと過ごす最期の時間を。悔いのないように、過ごしてもらう為。


 ……*


「立てるか?」

「う、うん」


 荒野と化したミスリアの僻地で、純白の子供は大地に足をつける。

 思えば、自らの力で立つのはこれが初めてだった。

 自分の力で立つ事の難しさを知ると同時に、足の裏に刺激が走る様に感動を覚えていた。


「お前は、これからどうなるんだ?」


 シンは問う。

 邪神として。悪意の器として創られた存在である子供が、これからどうなるのかを。

 与えられた役割と、純白の子供自身の願いは違っていた。


 だから、シンは祈った。この子供が、自分の成りたいものに成れるようにと。

 かつて自分達も多くの可能性に夢を見ていたからこそ、その選択を本人へと委ねる。


「……わからない。けど、きっといちど。きみたちのまえからきえるとおもう」


 純白の子供は己の両手を広げながら、ぽつりと呟いた。

 時間が経過したからか。それとも、シンの傍で影響を受けたからか。

 たどたどしい言葉遣いは次第に、はっきりとした物言いへと変わっていく。


「ぼくがほんとうに、かみなら。うつしよにいるのは、へんだから」

「……そうか」


 アメリアが水の精霊(ウンディーネ)を通して聞いた話を思い出す。

 神は現世にあまり干渉をしてはならない。

 だから、手の出せるギリギリの範囲として神器を造ったのだと。


 人に創られし神がこの秩序に縛られるのかどうかは解らない。

 けれど、これから先。神としての望んだ姿になるのであれば、守らなくてはならない。

 この子供自身が堂々と、自分の願いを持った上で『神』として存在する為に。

 ただ、どうしてもこれだけは訊いておきたかった。

 

「お前が『神』として生きていくために、俺はどうすればいい?」


 それはシンにとっての願いでもある。

 純白の子供を救うと決めた。だから、悪意を退けたからと言って無責任に放り出したりはしない。

 自分の我儘を貫き通したからこそ、成すべき事だった。


「――時々でいいから、また祈って欲しい」


 僅かな沈黙の後に、純白の子供はこう答えた。

 本人さえも、明確な答えは解っていないのだ。ただ、祈ってもらえたのが嬉しかった。

 欲望を押し付けられるだけの自分の世界は、確かにあの時変わったのだ。


「……わかった」


 シンもまた、僅かな沈黙を置いて頷く。

 仏頂面だけど、優しさが溢れている。純白の子供は、この不器用な青年に救われた。


 だが、この子供はやはり悪意によって創られた存在なのだ。

 故に、邪神としての力を求める者が居る。


 最後の一人が、その牙を純白の子供へと向けようとしていた。


「そんな存在になるぐらいなら、私の糧になってもらおう!」


 声が聴こえる。とても、低く重い声が。

 刹那、黒衣の男が荒廃した大地から姿を現す。悪意の器を求めて、右腕を伸ばしていた。

 不意を突かれた純白の子供は、彼から逃れられない。

 

「――ッ!」


 シンは咄嗟に、腰から銃を抜く。

 乾いた音と同時に銃弾が、黒衣の男へと放たれる。

 折れた漆黒の刃を広げ身を護る一瞬の間に、シンは純白の子供の手を強引に引き寄せた。


「流石の反応と、言うべきか」

「姿が見えないと思っていたが、まだ生きていたのか。――ビルフレスト・エステレラ」


 純白の子供を覆い隠すように引き寄せたシンは、眼前に立つ男の姿に眉を顰めた。

 

 ビルフレスト・エステレラ。

 世界再生の民(リヴェルト)を束ねる者であり、悪意により世界を破壊しようとする男が、シンの前に立ちはだかる。


 端的に言うと、間違いなく彼も万全とは程遠い。

 吸収(アブソーブ)を持つ『暴食』の左腕は砕けており、右腕のみの隻腕となっている。

 その右腕に構えられた世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)すら、折れた刀身を掲げるのみ。

 悪意の申し子としての執念だけで立っていると言っても、過言ではない。


 だが、満身創痍なのはシンとて同じだった。

 悪意の泥や鎖により皮膚が爛れた影響か、身体中が悲鳴を上げている。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)が破損した以上、魔硬金属(オリハルコン)の斬撃を受けられる武具など持ち合わせてはいない。


「我ながら無様だと思う。だが、私はまだ生きている。そして、邪神も!

 それが全ての答えだ。この世界を破壊するべきだという、何よりの証拠だ」

「世迷言を!」

 

 折れた世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)へ残された魔力を注ぎこみ、ビルフレストは襲い掛かる。

 状況は五分。いや、僅かに自分の方が不利だと判断するシン。

 銃弾を放つものの、漆黒の魔剣によっていとも容易く斬り払われてしまう。


「無駄だ!」


 魔剣に搭載された魔導石(マナ・ドライヴ)から魔力が迸る。

 これ以上ない殺気を携えながら近付くビルフレスト。危険だと本能が訴えようが、シンは決して退かない。

 自分が逃げてしまえば、純白の子供が奪われてしまう。彼は子供と、己の心を護る為の意地を張り続ける。


「アンタに、この子供は渡さない」

「何を言っている。奪ったのは貴様だろうに。

 貴様こそ、邪神の力を。強大な力を手にして、何を成すつもりだ」


 ビルフレストは知っている。悪意を注ぎ続けたが故に手にした、超常の力を。

 シンと邪神が交わした言葉を、ビルフレストも聞いている。

 だが、俄かには信じがたいものだった。世界を変えうる力を前にして、ただ祈るだけで済むはずがない。


「お前たちと、一緒にするな! 俺は、純白の子供(コイツ)に生き方を選ばせてやりたいだけだ」

「それこそ世迷言だ! 邪神は私たちの手によって生み出された!

 ならば、生き方など最初から用意されているではないか!」

「その生き方を選びたくないから、純白の子供(コイツ)は苦しんだんだ!」

「苦しませたのは、そんな生き方を教えようとした貴様だろう。

 私には、邪神の力を独占したいが故の方便にしか聞こえない」


 銃弾から身を護りながら、見下ろすようにしてビルフレストが言い放つ。

 人間は愚かで、欲深い。人智を越えた力を目の前にして、冷静でいられるはずがない。

 必ず狂い始める。ミスリアの持つ三振りの神器がいつしか、権力の象徴と化したように。

 

「ただの人間である貴様が、その壁を越えられるのだ。易々と手放せるものか!」


 魔力を纏った世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が、シンの真上から振り下ろされる。

 左手で咄嗟に魔導砲(マナ・ブラスタ)を握り締めては、シンはその太刀筋を逸らした。

 だが、全ては逸らしきれていない。胸から腹に掛けて裂かれた肉から、鮮血が噴き出した。


「ぐっ……!」


 苦痛で顔を歪めながらも、シンは決して膝を折らない。

 ここで自分が折れると、ビルフレストの主張に屈した事を認める。そんな気がしたから。


「お、れは……。壁なんか越えなくていい。俺は俺のままでいい」


 誰よりも知っている。自分は何者でもない。

 ちっぽけな、ただの人間だと。


 魔術が使えないと知った日。悔しいと思った。

 憧れた冒険者(アンダル)のように、格好のいい旅は出来なかった。

 最愛の女性(ひと)を、何度も泣かせてしまった。


 でも、そんな自分を受け入れてくれた人達がいる。

 愛想も尽かさず、傍に居てくれた女性(ひと)がいる。

 背中を押してくれた人がいる。手を差し伸べれば、笑ってくれた人がいる。

 救ってくれた人も、救えた人もいる。


 ただの人間で、これだけの幸せを感じられた。

 十分だ。それ以上を望んでは、罰が当たる。

 

純白の子供(アイツ)は、誰も傷付けたくないと言った。皆に笑顔で居て欲しいと言った。

 『神』の力を手にした結果、そんな子供の願いすら踏みにじるのなら……。

 俺は何者でなくても構わない。ただの人間で、十分だ!」

「所詮はその程度の器か。ならば、やはり邪神は私がもらい受けてやろう!」


 ビルフレストは振り下ろされた世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を持ち上げる。

 切り返しの刃がシンへと迫ろうとしたその時。


 シンの身体が、自然に動く。

 照準を合わせるどころか一瞥もくれる事なく、彼は引鉄を引いた。


 この銃で、多くの人間を殺めて来た。

 銃は肉の感触が残らない。それは少しだけ、シンの心を軽くしていた。


 ただ、痺れた手は反動によるものなのか、身の震えなのか解らなかった。

 その感覚さえも徐々に薄れていく。一方で、シンの身体は別の事を記憶していく。


 どう撃てば、どこへ飛ぶのか。

 どう当たるのかを、全身へ染み渡らせていく。


 だからこれは、偶然ではない。

 シンが咄嗟に放った銃弾は的確に、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)魔導石(マナ・ドライヴ)を撃ち抜いた。

 魔力の塊である魔導石(マナ・ドライヴ)が破壊され、蓄積された魔力が爆発を引き起こす。


「ぐう――っ!」


 魔導石(マナ・ドライヴ)が起こした爆発は、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を根本から破壊する。

 柄だけとなった魔剣を握り締め、尚もシンを貫こうとするビルフレスト。

 何も持たない。何者でもない事を選んだシンを、否定するべく。

 

 しかし、それは叶わない。

 顔を上げた瞬間に、額へと当てられる鉄の感触。

 次の瞬間に、黒衣の男は己の運命を悟った。

 

「ここまでだ。ビルフレスト・エステレラ」

「ふ……」


 笑みを溢さずには居られなかった。

 この男は。シン・キーランドは確かに、この戦いを己の力のみで戦い抜いた。

 邪神の力は勿論、疑似魔術すらも使っていない。完敗としか、言いようがない。


 かつて、眼前に立つ男は誰でも自分の野望を打ち砕けると宣言をした。

 その通りだった。彼は自分の『天敵』である事を、証明して見せたのだ。


 醜く足掻こうとも、邪神へ触れる前にシンの銃弾は自分を絶命させるだろう。

 悪運もここまでだと、ビルフレストは己の運命を受け入れる。


「撃て。シン・キーランド」

「……ああ」


 引鉄が引かれるまでの僅かな時間。ビルフレストは、シンの姿を眼に焼き付ける。

 それは初めて完全なる敗北を認めたが故の、ひとつの称賛の形でもあった。

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