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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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525.閃光の果てに

「返しなさい、返しなさい、返しなさい! ぼうやを、私の元にぃぃぃぃぃぃ!」

 

 上半身だけとなったファニルが、高速で接近する。

 目を、口を一杯に開きながら。本能を丸出しにする彼女の姿は、畏怖すら覚えた。


(フェリーは――)


 油断は出来ないとしつつも、シンは一瞬だけ視線をファニルから逸らした。

 追い求めるのはフェリーの姿だったのだが。彼女を発見した時、状況の異質さにシンは訝しむ。


 大きく広げられた炎の翼が、縮小している。

 何より、ファニルとは対照的にゆっくりと地上へ降りようとする様が印象的だった。

 まるで、残り少ない魔力を大切にしているかの如く。


(……まさか)


 ある可能性が、シンの脳裏を過る。

 フェリーはこれまで、魔力の枯渇というものが無かった。

 だから、翼のように魔力で生成したものが弱まるというのは俄かに信じ難かい。


 けれど、彼女はもう今までとは違う。

 傷付いた肉体は戻らない。失った魔力が戻らないというのも、あり得る話だった。


 現状だけを見れば、危機的状況かもしれない。

 ただ、シンは嬉しく思った。フェリーが普通の少女へ戻ろうとしている証だから。


 フェリーはここまで、傷付きながらもよく戦ってくれた。

 彼女だけではない。皆が居てくれたからこそ、この戦いが終わろうとしている。


 シンは改めて、自分はちっぽけな人間だと感じた。

 世界を護る、救うと豪語しておきながら結局は仲間に頼りきりだ。

 

 でも、だからこそ。皆が居てくれたから。

 この世界は護る価値があると、救う価値があると本当の意味で知る事が出来た。

 救いたいと願い続ける事が出来た。手が届いた。


 掴んだ手を離す気など毛頭ない。

 迫りくる火の粉を。悪意を振り払う為に、シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)を構えた。


 放たれた弾丸は魔導弾(マナ・バレット)

 動きを止める為に、凍結弾(フロスト・バレット)がファニルへと着弾する。

 間も無く彼女の表面を、氷が覆い尽くそうとしていた。


「こんなモノ! 私の怒りに比べれば!」


 しかし、ファニルはその強靭な意思で氷を引き剥がしていく。

 砕けた氷の結晶が夕陽を反射し、幻想的な雰囲気を醸し出す一方で、ファニルの憎悪は深まるばかりだった。


「恥を知りなさい! あなたたち人間はいつもそうよ。奪って、奪って奪って!」


 ファニルの勢いは衰えを見せない。間も無く、自分の元へと辿り着くだろう。

 魔導弾(マナ・バレット)では、彼女を止められない。やはり、極限まで魔力を溜め込んだ魔導砲(マナ・ブラスタ)が必要だった。


「じいさん、頼みがある」

「……また、無茶苦茶を言いおるわ」

 

 その為には、充填(チャージ)を行う時間が稼がなくてはならない。

 己の策をオルテールへ告げると、彼は呆れた顔で血と泥で塗れた白髭を撫でていた。

 

「悪い。お前は最後まで付き合ってくれ」


 視線をファニルへ合わせたまま、シンは左腕に埋まる純白の子供へ告げた。

 ファニルは。自分を求める悪意は怖いかもしれない。けれど、奴らの願いが悪意の器である以上は手放せなかった。


「ううん。ありがとう」


 純白の子供は理解している。それが、シンの決意であり優しさなのだと。

 初めて、自分が欲するものを願ってくれた存在(ひと)。彼の選択なら、どんな結果だとしても受け入れられる。


 次の瞬間。宝岩王の神槍(オレラリア)によって、シンに加わっている重力の向きが変わる。

 大地と平行になるかの如く、彼の肉体は後方へと()()()()()()

 見送るオルテールの視線はシンの身を案じたものに変わっていたが、彼には気付く由も無かった。


「ぼうやを連れて逃げるつもり!? そんなもの、認めないわ!」


 誰もいない大地へと落ちていくシンの姿を眼に捉えたファニルは、またも怒りを爆発させる。

 地表スレスレを滑空しながら、純白の子供を抱きかかえた彼を追う。

 上半身だけとなったその姿はさながら亡霊のようで、彼女自身が畏怖の象徴と化していた。


 子供を抱きかかえているからか。それとも、身を低くしているからか。

 重力による自由落下をするシンと、悪意を推進力として突き進むファニルの差か。

 二人の距離は徐々に狭まっていく。


「もう逃がさない! 返してもらうわ、ぼうやを! あの子のために!」


 手が届く。悪意の器が、手に入る。

 今度こそ完璧な邪神と一体化する為に、ファニルは漆黒の鎖をシンへと放つ。

 絡みついた鎖はシンの動きを止め、ファニルの元へと手繰り寄せられる。


 ……*

 

「シン……!」


 地上へと降下しながら、シンを見守るフェリーは声を上げる。

 結果としてその叫びは、ユリアンが己の残り火を燃やす為の合図となった。


(フェリー、行こう。出来ることを、全部やろう)

「ユリアンさん……。でも!」

(でもじゃない!)


 逡巡するフェリーの意思とは裏腹に、炎の翼は大きく広げられた。

 時計の砂が完全に零れ落ちようとも、必ずシンを救けてみせる。

 罪滅ぼしとしては小さすぎるかもしれない。けれど、少しでも胸を張ってイリシャと顔を合わせる為に。

 文字通り命を削った最後の魔力が、フェリーの中で炎のように燃え滾っていた。


 ……*


 絡みついた鎖から迸る悪意は、シンの皮膚を爛れさせていく。

 苦痛は顔にも、声にも出さない。ただシンは、己のやるべき事だけを見据えていた。


 ファニルにとってつまらない内容ではあるが、構わない。

 所詮は邪神を取り込んだ暁に、相応の報いを受けさせる肉の塊に過ぎない。

 断末魔の悲鳴でも上げてくれればと思うが、それもフェリーの反応の方が愉しめそうだ。


「ぼうや! 私よ、迎えに来たわ!」


 ファニルが鎖を引き寄せると、シンの肉へと食い込む。

 二人の距離が限りなくゼロへと近付いた瞬間。シンは、下ろしていた右腕を上げた。


「させるか……!」

「――!」


 その手に握られているのは、魔導砲(マナ・ブラスタ)

 オルテールによって落とされている間。地面へ弾倉(シリンダー)を当て続けていた。

 魔力の充填(チャージ)は十分。最も高い威力を誇る白色の流星(ヴァイスメテオール)が、彼女の眼前で放たれた。


 真っ白な流星が、地面スレスレを疾走する。

 悪意に身を包んだファニルの肉体が、衝撃で吹き飛ばされる。

 シンに絡みついた鎖が背中に食い込むが、それさえも少しずつ引き千切れていく。


「っ……!」


 白色の流星(ヴァイスメテオール)を撃ち終えたシンは、肩で息をしながら大地を踏みしめた。

 背中を走る激痛に耐えながら、シンは絡みついた悪意の鎖を身から剥がしていく。


あの女(ファニル)は――」


 至近距離。それも、十分に魔力を吸着した魔導砲(マナ・ブラスタ)の一撃だ。

 無事では済まないはずだと顔を見上げたシンだったが、直後に自分の考えが甘かったと思い知らされる。


「ふ、ふふ。やってくれるじゃない」


 そこには、身体を魔力で焦がしながらも立ち上がるファニルの姿があった。

 灼神(シャッコウ)で失われたはずの下半身すらも、悪意によって再構築された姿で。

 

 直撃の瞬間。逆上していたはずのファニルは、死の淵を前にして冷静さを取り戻す。

 悪意による幕を張り巡らせ、白色の流星(ヴァイスメテオール)を受け止める。

 結果として鎖の力が弱まるが、自分の身を護る事を優先した。

 

 恐らくはシン・キーランドもギリギリで戦っている。

 ならばここを耐えれば、勝機は訪れると言う判断。


 シンには知る由もないが、両の足は彼女による強がりだ。

 悪意を衣のように身に纏い、それらしく見せているに過ぎない。


「どういうことだ……」


 それでも、決死の一撃だったシンには期待通りの効果を得る事が出来た。

 彼は魔術を扱えない。故に、人一倍考えなくてはならない。

 造られた足の機能云々よりも、復活したという事実を無視できなかった。


「これが邪神の力よ。あなたはもう、切り札も残っていないかしら?

 だったら、この追いかけっこもおしまいね」


 尤も。シン・キーランドの面倒くささは知っている。

 彼が冷静さを取り戻す前に決着をつけるべく、ファニルは動き始めた。

 シンを殺すべく。純白の子供を、奪い返すべく。


「あはは、どうしたの? 動きが鈍いじゃない!」


 ファニルから放たれる悪意の鎖を、シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)の引鉄を引いた。

 充填(チャージ)をしている時間はない。魔導弾(マナ・バレット)を用いての応戦となるが、それにも限界がある。

 やがて魔導砲(マナ・ブラスタ)に装填されていた魔導弾(マナ・バレット)は撃ち尽くされ、彼は更なる窮地へと立たされた。

 

「あら、もう終わり? 残念ねぇ。いいのよ、逃げたって?」

「誰が……ッ!」


 厭らしく口角を上げるファニルの笑顔は、悪魔のようにも見えた。

 彼女は暗に、腕に抱えた純白の子供を手放せと言っている。


 しかしそれは、世界の命運も、子供の望みも。自分の願いさえも放棄する事となる。

 退く訳にはいかない。たとえそれが下らない意地だとしても、シンは張り続ける


「もう、やめて」


 尤も、それはあくまでシンの視点から見た話。

 彼に護られ、救われ続けている純白の子供にとっては違うものとなる。


「ぼくが、きみをきずつけるぐらいなら。ぼくはもういいよ。

 ありがとう、うれしかった。しあわせだった」


 これ以上、自分の為にシンが傷付くというのならこの身を差し出してもいい。

 彼は夢を見させてくれた、希望を与えてくれた。それだけで十分だと、彼の腕を解こうとする。


「ふざけるな!」


 だが、シンは子供を抱きかかえる腕の力を強める。

 決して手放さない。諦めさせはしないという、強い意思を込めて。


 ポケットから取り出した魔導弾(マナ・バレット)を放り投げ、雷管を叩きつける。

 放たれた風撃弾(ブラスト・バレット)により、シンの身体は後ろへ吹き飛ばされる。

 

「俺は初めて神に祈ったんだ! お前がなりたいものに、なれるようにと!

 お前が本当に神なら、叶えてみせろ! 信じさせてみせろ!」

 

 子供を必死に抱きかかえながら、シンは叫んだ。

 こんな状況でも、彼は意思を曲げない。諦めない。その腕は、変わらず温かい。


「何を言っているの? ぼうやは破壊の化身よ。あなたの甘っちょろい願いなんて、叶えるはずがないじゃない」


 シンの叫びを鼻で嗤いながら、ファニルは改めてシンへと近付く。

 いくら銃弾を撃ち込もうとも、悪意の衣の前には無力だった。


(くそ、充填(チャージ)する時間さえ――)

 

 打つ手がない。用意する時間さえも与えられない。

 絶体絶命とも言える状況で、シンは眉根を寄せたその時。

 

 切り札は、現れた。


「『(フェザー)』……?」


 シンの瞳に映し出されるのは、つぎはぎだらけの魔硬金属(オリハルコン)で構成された板。

 ピースによって操られている『(フェザー)』が急接近する。


「新手!? しつこいわよ!」


 縦横無尽に飛び回る『(フェザー)』を迎撃するべく、ファニルは悪意による鎖を取り放つ。

 しかし、『(フェザー)』はファニルには目もくれない。

 ただ一人。力を正しく使える者へ、魔力(ちから)を届けるが如く。


「そういう……ことか」


 刹那。シンは全てを悟った。

 この『(フェザー)』は移動手段でも、ましてや攻撃手段でもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 『(フェザー)』に埋め込まれている魔導石(マナ・ドライヴ)は、シンの弾倉(シリンダー)と同等の性質を持つもの。

 つまり、この大気中の魔力を吸着している。魔導砲(マナ・ブラスタ)が、最大の一撃を放てるように。


「……ありがとう」


 いくら礼を言っても、きっと足りない。

 やはり自分は支えられてばかりだと思い知らされる。

 けれど、それは信頼の証でもある。皆が手を差し伸べてくれるからこそ、シンは裏切りたくはなかった。


 差し出した魔導砲(マナ・ブラスタ)弾倉(シリンダー)と、『(フェザー)』が交差する。

 搔き集められた膨大な魔力が、魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスへと伝わっていく。

 

「待ちなさい! させないわ。好きになんて、させるものですか!」


 あの一撃を放たせる訳にはいかない。

 本能で危機を悟ったファニルが、標的をシンへと切り替える。

 彼を止めるべく身を乗り出そうとした瞬間。ファニルの背中から胸にかけてを、真紅の刃が貫いた。

 

「ごほっ……。なん、ですって……?」


 熱で肺が灼かれながらも、ファニルが視線を後ろへと向ける。

 視界に映るのは、風に揺れる金色の髪。夕陽で美しく輝くそれを、彼女は知っている。


「フェリー……。ハートニア……」

「ファニルさん、ごめんね。ユリアンさん、ありがとう」


 ファニルが彼女の名を呟くと同時に、フェリーもまた謝罪と礼の言葉を漏らした。

 『母親』として愛を注ごうとした彼女に、こんな手段しか取れなかった事に対する謝罪。

 そして、シンを護る為に。消えゆく命の灯を最後まで出し切ってくれたユリアンへの礼を。

 

 背から伸びる炎の翼は、とうに消えている。

 灼神(シャッコウ)の炎が、フェリーとユリアンにとっての最後の魔力。

 ユリアンは命を燃やして、フェリーの大切なものを護った。

 フェリーは託された願いを、叶えたのだ。


「そ、んな。ゆるさない、ゆるさないわ……」


 口から蒸気を漏らしながらも、ファニルは依然として憎しみを抱き続ける。

 彼女はとうに不老不死ではない。報いを受けるべきだと悪意による鎖を身体中から放つ。


(フェリー!)


 しかし、ユリアンがそれを許さない。

 シンだけではない。フェリーも護らなくては意味がないと、彼は灼神(シャッコウ)に更なる魔力を注ぎこんだ。

 急激な熱を持ち、小さな爆発が起きる。その反動で、フェリーの身体は吹き飛ばされてしまった。


「っ! 逃がすものですか!」

「ああ、その通りだ」


 このまま好きにはさせない。傷口を悪意による衣で塞ぎながら、ファニルは彼女を目で追った。

 悪意による牙を剥けようとした瞬間。鼓膜を揺らす声にファニルの背筋が凍る。


 すぐ傍にまで、声の主は近付いている。

 その声が。気配が誰のものかなんて、考えるまでもなかった。

 

「アンタはここまでだ」


 声の主。シン・キーランドは傷だらけの身体で銃口を向けている。

 ファニルにとっては絶体絶命の危機(ピンチ)である一方、千載一遇の好機(チャンス)でもあった。


 シンは左腕に純白の子供。悪意の器を抱えている。

 未だ片鱗は見せていないが、大気中に散った想いを子供は吸収しているだろう。

 

 子供へ触れる事が出来れば。一体化する事が出来れば。

 この状況を逆転できると、ファニルは一縷の望みを賭けた。


「それは……。私の台詞よ!」

「シン!」


 振り返ると同時に、漆黒の鎖をシンへ絡みつけるファニル。

 身体の自由が奪われ、絡みついた鎖から皮膚が爛れようとも。シンは銃口を決して下げはしなかった。


「大丈夫だ。フェリー」

 

 苦痛に耐えながらも、シンは短くそう答える。

 これでよかった。これなら、確実に()()()()。皆の想いを、魔力を全て載せたこの一撃を。


「ぼうやを、今度こそ渡してもらうわ!」


 触手のように鎖を伸ばし、純白の子供への接触を試みるファニル。

 悪意の断片から子供を護りながら、シンは彼女へぽつりと呟いた。

 

「……アンタの、母親としての愛情だけは認めるよ」


 思いがけない言葉を前にして、ファニルの動きが止まる。

 それはシンの本心でもあった。形はどうあれ、彼女は息子(ビルフレスト)への愛情だけは一貫していた。

 

 でも、だからこそ。シンはフェリーと同じ想いを抱いていた。

 エステレラ夫妻がビルフレストへ注いだ愛情もまた、本物だったのだったのだと認めてあげて欲しかった。

 彼もまた、血の繋がりだけが家族の証ではない事を知っていたから。


「でも、アンタは歪んでしまった。皆を傷付けようとした。

 だから、俺たちが止める。たとえそれが、またアンタから奪う結果になるとしても」


 もしもファニルが歪まなかったら、こんな悲劇は生まれなかっただろうか。

 もう意味を成さない仮定を思い浮かべながら、シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)の引鉄を引く。


 限界を超える魔力を放出した魔導砲(マナ・ブラスタ)が砕ける。

 皆の想いと魔力を集めた疑似魔術が、光となってファニルを呑み込んだ。


「……終わり、ね」


 光の中で己の肉体が消えていく最中。

 ファニルは最後に、小さな笑みを浮かべた。


 最後に自分の愛情が認められたからなのか。

 それとも、別の要因によるものなのかを知る者はいない。

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