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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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516.解き放たれた力

 漆黒の雫は弾け、無数の礫が襲い掛かる。

 躱しきれないと判断したアメリアは、『(フェザー)』での迎撃を余儀なくされる。


「避けきれない……!」


 重力を感じさせない『羽・銃撃型』(ガン・フェザー)から放たれる、魔力の塊による迎撃。

 砲撃を越え、自らに迫る礫は蒼龍王の神剣(アクアレイジア)で斬り払った。

 それでも、全てを撃ち落とせた訳ではない。凝縮された悪意が、いくつも触れた。

 

「くぅ……っ!」


 身体の芯から毒されるような痛みが駆け巡る。

 歯を食い縛って耐えるも、僅かに漏れた声を耳にしたファニルが邪悪な笑みを浮かべる。


「あら? あらあら? 苦しいのかしら? あれだけ気丈に振舞っていたのにねぇ。

 ……でも、愛する息子を喪った私の方がもっと苦しいの! 思い知りなさい!」


 高揚していたはずの声は、金切り音へと変わっていく。

 自分の全てを奪った、ミスリアを決して許さない。

 時間の経過に比例して、肥大化する怒りと憎しみはアメリアへ集中する。


「自分だけが……! 自分だけが苦しいと思わないでください!

 ビルフレストさんがあなたの息子だったなら、歪ませていいはずがなかったでしょう!

 ずっと傍に居たのなら、正しく導いてあげられたはずです!」


 絶体絶命の状況でも、アメリアの精神に揺らぎはない。

 例え母だと告げられなくても、ずっと傍にいたというのであれば。

 ビルフレストを歪ませずに済んだと、彼女は声を張った。


「決して、あなたは皆を赦す立場などではありません!

 その歪みも、悪意も。必ず断ち斬ってみせます!」

「っ! 言わせておけば!」


 絶望の顔を見せるどころか、自分へ鋭い眼光を飛ばす。

 彼女に限った話ではない。この場に居る皆がそうだ。

 伝播していく想いは、ファニルにとって鳥肌が立ちそうなほどに薄気味悪いものだった。


「私が挑発をしても、死ぬ順番が変わるだけよ。

 けれど、乗ってあげる。あなたの戯言が耳障りだもの」

「私の方が若輩者ですが、耳の痛い言葉にこそ傾けるべきだと思いますよ」

「減らず口を……!」


 いくら『死』を連想させようとしても、アメリアに効果は無かった。

 彼女を屈服させる事は不可能だと、ファニルは感じ取った。

 だから、先に殺す。彼女の存在がミスリアにとってどれだけ大きいかを、測る為にも。


 邪神から零れ落ちた雫の全てが、再びアメリアへと向けられる。

 先刻とは違い、彼女より低い位置から放たれる雫も随分と増えた。

 満身創痍の彼女では間違いなく防ぎきれない。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の継承者は、邪神から世界を救済する者はここで終わる。

 そう予感させるには、十分な質量だった。

 

「さようなら、アメリア・フォスターさん」


 ファニルが漆黒に染まった腕を振り上げた瞬間。

 無数の黒い雫によって、アメリアの姿が覆い隠された。

 

「アメリア姉っ!」

「くそ、届けっ!」


 地上で仲間を護っていたイルシオンとトリスが、ひとつでも減らそうと迎撃を試みる。

 しかし、届かない。雫が天へと昇る速度の方が遥かに早かった。

 アメリアを護る術はもうないと、己の無力さを恨んだ瞬間だった。


 彼女が、戦場へと舞い降りたのは。


「ゼッタイに、アメリアさんはやらせない!」


 セルンの背に乗り、戦場から一時的に離れていた少女。

 フェリー・ハートニアが、炎の翼を広げる。


「ユリアンさんっ! お願い!」

(任せろ、フェリー)


 大きく広げた翼から、羽根が射出される。

 一枚一枚が赤く染まった炎の羽根は、邪神が生み出す漆黒の涙を蒸発させていく。


 フェリーから邪神への最短距離に、空洞が生まれる。

 その先には、『(フェザー)』の大半を破壊され、傷だらけながらも悪意に抗うアメリアの姿があった。


「アメリアさん!」

「フェリーさん……。ありがとうございます……」


 ふっと軽い笑みを浮かべるアメリアだが、とうに魔力の限界が訪れていた。

 『(フェザー)』はその力を失い、後は地上へと落下するしかない。

 自分の刃が届かなかった事のみを悔やみながら、アメリアの身体は崩れていく。


「なによ、あれ。どれだけ私の邪魔をすれば、気が済むのよ!

 ぼうや! アメリアだけでも、あの娘だけでも早く殺してしまいなさい!」


 ファニルは次から次へと入る横槍に、いい加減うんざりとしていた。

 いちいち標的を変えていては埒が明かない。

 フェリーの炎が以前より激しく燃え盛る点は気になるが、死にぞこないのアメリアを始末する事を優先した。

 落下するアメリアを追うようにして、漆黒の礫が放たれる。


「させない……ってば!」


 だが、フェリーは決してアメリアを傷付けさせたりはしない。

 彼女と礫の間へと潜り込んだフェリーは、燃え盛る炎を以て邪神の攻撃を凌ぐ。

 蒸発した悪意が大気中へと霧散していき、空に影が宿ったようにも見えた。


「ああ、もう! 本当にどれだけ邪魔をすれば気が済むのよ!?」

「そんなの、ファニルさんが世界を壊そうとする限りに決まってるよ。

 あたしはゼッタイに、もう誰もキズ付けたりはさせない!」


 頭を掻き毟るファニル。啖呵を切るフェリー。

 平行線の二人が己の意志を貫くには、相手を倒す外ない。


 ファニルは憎悪に身を任せながらも、その使い道を変える。

 安全圏から撃ち続けるだけでは駄目だ。地上の虫けら共も、本当の恐怖を理解していないから抵抗するのだ。

 だから、間近で圧倒的な力を見せつけなくてはならないと考えた。愛する息子が、そうしたように。


「アメリアさん!」


 一方のフェリーは、アメリアの無事を優先する。

 落下する彼女を捕まえるべく、高度を下げていく。

 フェリーが仲間を大切に想っているからこそ、心の隙間は生まれた。


「フェリー・ハートニア! どきなさい!」

「ファニルさんっ!」


 フェリーを追うようにして、ファニルもまた、その硬度を下げていた。

 悪意の球体を従え、漆黒に染まった左腕へ悪意を凝縮する。

 ビルフレストの。愛する息子を模した裁きの鉄槌は、歪な光を放ちながらフェリーへと向けられた。

 

(フェリー! 危ない!)


 ユリアンは咄嗟に真紅の翼を操り、ファニルの一撃を受け止める。

 激しい火花が飛び散っては、消えていく。

 悪意の拳は決して退かない。故に、ユリアンもその翼を開く事は出来なかった。


 端から見れば、均衡していると思われる攻防。

 しかしそれが危うい事を、ユリアン・リントリィは誰よりも理解していた。


「つぅ……!」


 ふたつの強大な力がぶつかる最中。翼の中でフェリーが声を漏らす。

 伝わる衝撃が彼女の身体を傷付けている証だった。

 

(フェリー、大丈夫か!?)

「へーきへーき。だって、ユリアンさんが全てを出し切ろうとしてくれてるんだもん。

 あたしがヘコたれてちゃ、ダメだよ」

(しかし……!)


 不老不死の秘術を解いた今、フェリーの魔力は高い出力と引き換えに有限となった。

 何より、彼女はもう不老不死ではない。怪我もするし、命も失う。

 堰き止めていた時計の砂は、零れ始めているのだ。無理な負担は、決して掛けられない。


 しかし、現実はそう上手く行かない。

 魔力を解放したからこそ、邪神の一撃を受け止められている。

 魔力を解放したからこそ、フェリーが己の魔力で身を傷付けている。

 戦況が決して覆せていない事実に、ユリアンは己の浅はかさを恨んだ。


「アメリアさん!」

(フェリーは、自分のことに集中するんだ)

「でも!」


 加えて、状況は決して芳しくない。

 落下するアメリアはどんどん地上へと近付いている。

 彼女を追おうとするフェリーだが、それは邪神を皆の前へ連れてくる事を意味する。

 

(せめて、武器があれば……)


 フェリーの魔力を受け止めるだけの『器』があれば。

 ファニルの拳を防ぐだけではなく、反撃に移れるというのに。

 確実に目減りしていく魔力にユリアンが不安と焦燥を覚える中。奇跡は起きた。

 

「フェリーちゃん!」

「リタちゃん!?」


 それは遠く離れた地上から、懸命に張り上げられた声。

 どうしたのかと後ろを振り向こうとするフェリーだったが、その必要はなかった。

 理由の方が追い掛けるようにして、眼前に現れたのだから。


 天を昇るように放たれた、光の矢。

 いつもより輝きが鈍く、リタも力の殆どを使い果たしている事が分かる一射。

 

 それでも。彼女は矢を放たなくてはならなかった。

 フェリーへある物を、届ける為に。

 

「これって……」


 放たれた光の矢が、フェリーの手の中で解けていく。

 中から現れたのは、二本の筒。彼女が邪神の攻撃で落とした、灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)だった。

 リタは、残る力の全てを振り絞って親友へ届けたのだ。彼女が願いを叶える為の、剣を。


(フェリー、これがあれば!)

「うん! ありがとう、リタちゃん!」


 邪神を身に纏ったファニルの一撃が重いのも。

 自分がもう不老不死でないのも変わっていないのに。

 不思議と、不安や怖れは消えていった。


「ファニルさん! ゼッタイに、世界を壊させなんかしない!

 あたしやシンが、みんなと一緒に止めて見せる!」


 真紅の刃と透明な刃を振るうフェリー。

 ファニルの左腕。悪意に染まった異形の腕が断ち切られる。


 ……*


「はぁ……。はぁ……」


 肩で大きく息をしながら、リタが身体をよろめかせる。

 正真正銘、妖精王の神弓(リインフォース)による最後の一射。

 自分の祈りを乗せた矢が、フェリーへ届いた事に安堵する。


「リタ、よくやった」

「えへへ。ありがと、レイバーン」


 同じく満身創痍ながら、自分の身体を支えるレイバーンへ礼を述べる。

 彼と一度微笑み合った後に、リタは視線をアルマへと移した。


「アルマくんも、ありがとう。フェリーちゃんの剣を持ってきてくれて」

「いや、僕は……。この程度のことしか出来なくて……」

 

 あどけないながらも最後まで力を絞り切った少女を前に、アルマは思わず顔を伏せる。

 気恥ずかしさと、結局自分に出来たのは、武器を拾う程度の事だった。

 理想と現実の差を前にして、尻込みをしてしまう。


「胸を張るが良い。お主が灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)を見つけてくれたからこそなのだ。

 お主は間違いなく、ミスリアを救おうとしたのだ」

「そうだよ。アルマくんが持ってきてくれたから、私も最後まで力を出し切れたの。

 道を間違えた分はこうやって、ちょっとずつ正していけばいいよ。

 見てくれる人は、きっと見てくれる」

「……ありがとう」


 魔獣族の王と妖精族(エルフ)の女王の言葉に、アルマは目頭が熱くなるのを感じた。

 いつかきっと、罪を償い終える事が出来たなら。多くのものを、改めて学ぼう。

 醜いものだけではなく、護るべき美しいものへ目を向けよう。

 道を誤った少年が、一歩だけ大人へと近付いた日だった。

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