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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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515.提案と決断

 例え戦う力を使い果たしても、決して俯きはしない。

 皆が皆、全力を尽くしている様にアルマの心は打ちひしがれた。

 自分も力になりたいと、アルマが感化されるのは必然だった。

 

(僕も、何か力になれないのか……?)


 アメリアやイルシオンが持っているような、邪神に抗える力は自分にはない。

 オリヴィアほど優れた魔術師でもない。

 

(皆、凄い人たちだな)

 

 つくづく、周囲の凄さと己の無力さを思い知らされた。

 強く、清らかな心はこんなにも多く存在しているじゃないか。


 どうして相談のひとつもしなかったのだろう。

 幼少期の自分が見た汚いものを、もっと早くに伝えていれば。協力を求めていれば。

 悪意によって世界が壊されようとする状況など、生み出さずに済んだかもしれないのに。


(本当に、僕は大馬鹿者だ)


 誰も信用できなかったから? 違う。

 ビルフレストの口車に乗せられたから? 違う。

 全てはアルマ自身の我欲(エゴ)でしかなかった。本当に、馬鹿な真似をした。


 それでも世界は、まだ美しくあろうとする。

 他国(マギア)の人間や、同盟を結んでいた龍族(ドラゴン)だけではない。

 妖精族(エルフ)小人族(ドワーフ)。魔獣族、果てには鬼族(オーガ)までもが、力を貸してくれる。


 美しいものが、繋がっていったのだ。

 紐解いていくと、一組の男女へと繋がっていく。


 強大な力を持ちながらも、決して歪まなかった不老不死の少女。フェリー・ハートニア。

 大した力を持っていないにも関わらず、己が意志を貫き続ける青年。シン・キーランド。


 対照的な二人は、多くの者の心を紡いでいった。

 それはきっと、意図したものではなかっただろう。だからこそ、アルマは余計に尊く感じられたのだ。


 自分もああなりたい。少しでもいいから、想いを紡いでいきたい。

 そう考えたアルマは、自分に出来る事を模索した。


「あれは……!」


 周囲を見渡した時。()()が視界に入る。

 誰にでも出来る小さな一歩。けれど、踏み出すのは自分でありたい。

 気付けば少年は、脚を動かしていた。


 ……*


 セルンの背に乗ったままのフェリーは、アメリアや邪神から離れていく。

 今すぐにでも、アメリアの援護へ向かいたいというのに。

 心の内でユリアンが、待ったを掛け続ける状況がもどかしかった。


「ユリアンさん! 提案って、なんなの!?」


 焦りからつい声を荒げてしまったと、慌てて口を手で塞ぐ。

 だが、そんな取り繕い方をしてもユリアンには意味がない。心の内を通して、互いに伝わっているのだから。


 フェリーが焦燥感を覚えると解っていながら、ユリアンも沈黙を貫いていた。

 ほんの僅かでもいい、時間が欲しかったのだ。フェリーの肉体が完全に再生するだけの時間が。

 

(待たせたな。フェリー)


 彼女の身体が元通りに戻った事を確認し、ユリアンは心の内から語り掛ける。

 とても優しい、穏やかな声だった。


 ……*


「あれ? あたし……」


 龍族(ドラゴン)の。セルンの背に乗っていたはずのフェリーが、違和感を覚える。

 触れていた硬い鱗は雲のように消えてしまい、自分の肉体がふわふわと浮いているようだった。

 例えるならば、夢の世界。そんな表現が、ぴったりだろうか。


「上手く行ったようだね」


 小首を傾げるフェリーの前に現れるは、一人の男。

 心根の良さそうな、柔らかな笑みを向けている姿には既視感がある。

 

 驚く程すんなり、フェリーはその答えへと辿り着いた。

 既視感の正体は、肖像画だ。イリシャと出逢った時に見せてもらった人物そのものが、自分の前に立っている。

 

「えと、もしかして……。ユリアンさん?」

「ああ、その通りだ」

「ど、どうして!?」


 頷くユリアンに、驚くフェリー。

 どうして自分とユリアンが対面をしているのか。それも、本人の姿で。

 意味が解らないと頭を抱えるフェリーに、ユリアンは両手を広げて落ち着く様に促した。


「ここは君の中にある時間を凝縮した世界だ。君の不老不死は、肉体の時間を巻き戻す事によって成立している。

 無理ならば普通に語り掛ける予定だったが、全てを説明するには時間が足りない。上手く行って、良かったよ」


 これはユリアンの造り上げた秘術が、刻と運命の(アイオン)神に由来するものであるが故に可能な現象でもある。

 ひとつの肉体にふたつの魂。この不整合を利用し、フェリー・ハートニアの中だけの時間を凝縮する。

 例えるならば、二人は走馬灯の中で会話をしているようなものだった。

 

「う、ん……?」

 

 理解は出来ていないが、話の腰を折ってはならないとフェリーはぎこちなく頷く。

 そんな彼女の姿に苦笑をしながら、ユリアンは続けた。


「要するに、だ。君と私がここでたくさん話をしても、現実の時間はそう進んでいないさ」

「そっか」


 今度は軽快に首を縦に振るフェリー。

 こうまでして時間を惜しむ理由は、なんとなくだが察していた。

 ユリアンの言う提案とやらの説明に、時間を要するのだろうと。


「フェリー。今のままでは、私たちの魔力は邪神には届かない」


 真剣な眼差しと重い口調で、ユリアンは現実を伝える。

 フェリーもユリアンの言葉が嘘ではないと、肌で感じている。

 ファニルの憎悪に焼かれた邪神は、魔力による壁を易々と突破してきたのだから。


「でも! だからって戦わないわけにはいかないよ!」


 しかしそれは、フェリーにとって諦める理由にはならない。

 ここまで皆が繋いでくれた。紡がれたものを、自分で終わらせていいはずがない。

 シンだって、きっと邪神の中で抗っている。救う為に、藻掻いている。


「ああ、君はそういう娘だと解っている。だから、提案をするんだ」

「うん……?」


 知っている。フェリー・ハートニアは、そう言うと解っていた。

 いつでも変わらない。それでいいのだと、ユリアンは軽く口角を上げる。

 これまでは、現状の把握。これからが、提案だった。


「このままでは邪神に及ばない。だから、私は()()()()()()()()()()

 君の肉体を巻き戻していた、不老不死の秘術を解くんだ。その分を、そのまま邪神に抗うための魔力として宛がう」

「そんなことが……」


 常人を遥かに凌ぐ無尽蔵の魔力でさえ、不老不死の秘術にしようした余剰分だった。

 ユリアンから明かされる事実に、フェリーは驚きを隠せない。

 一方で、それならば邪神に対抗できるのではという期待に胸が膨らむ。

 

「ただ、当然だが危険(リスク)もある」

危険(リスク)?」


 ユリアンが敢えて()()と言った理由が、これだった。

 彼女にじっくりと考えた上で判断をしてもらえるよう、ユリアンは言葉を選ぶ。


「時を戻す秘術は、もう二度と使えない。君は、不老不死でなくなるんだ」


 ここまでは、まだいいだろう。戦いが終われば、元々そのつもりだったのだ。

 ユリアンも、自分の命が惜しくて言い淀んでいる訳でもない。

 問題は、不老不死でなくなる瞬間(タイミング)の方なのだから。


「ここから先の戦い。使った魔力はもう戻らない。

 いくら傷付いても治ることはもうない。もしも身体の一部が失われても、戻らない。

 命を失ってしまえば、それまでなんだ」


 不老不死の時間が終わる。その意味を、ユリアンは慎重に語る。

 フェリーを護ると、イリシャやシンへ誓った。それさえも、護れなくなるかもしれない。

 それでも彼は、この可能性を伝える事を選んだ。ずっと共に生きて来たこの少女に、運命を委ねた。


 フェリーはずっと、俯きながら考えている。

 いくらでも考えてくれて構わない。彼女にとっても、自分の人生を大きく左右する選択なのだから。

 もしも戦いが終わるまで不老不死で居たいと願っていても、一行に構わない。

 ここまで戦ってきた彼女を臆病者だと罵るものは、誰もいないだろうから。


「……ユリアンさん。ひとつだけ、教えて?」


 長い沈黙の後、顔を上げたフェリーはユリアンと目を合わせた。

 自分の運命を決める為の選択を伴う、大切な質問だ。

 決して嘘はつかないと、ユリアンは己の心に誓う。


「もし、あたしが魔力を使い果たしちゃったら……。

 ユリアンさんは、どうなるの?」


 一瞬、ユリアンの身体が強張る。

 彼女の問いは予想だにしないものだった。


「……恐らくは、消えてしまうだろうな。

 そこから先は、フェリー。今度こそ君ひとりの肉体だ」

「だったら、ダメだよ!

 ユリアンさん、戦いが終わったらイリシャさんとお話するって約束したもん!」

「フェリー……」

 

 こんな状況でも自分ではなく、誰かの心配をしている。本当に心の優しい少女なのだと、胸が熱くなる。

 そんな彼女の心に深い傷を負わせた自分が、いかに愚かだったかと思い知らされる。


「フェリー、君は優しいな。でも、君ももっと我儘になっていい。

 子供の頃のように、もっともっと自分の願いを前面に出していいんだ」


 ユリアンにとって、それは贖罪でもあり懺悔の言葉でもあった。

 彼女が抱え続けた、抱える必要のない後悔を取り除きたい。

 誰の顔色も窺わなくていい。願いに蓋をしないで、語って欲しかった。

 シン・キーランドだけにではない。世界へ向けて、放っていいのだから。


「君は君の望みのために、生きるべきだ」

「あたしは……っ」


 優しい口調のユリアンを前にして、フェリーは息を呑む。

 戸惑いながらも、一度たりとも色褪せた事の無い願いをフェリーは改めて告げる。


「あたしは、シンと幸せな家族を作りたい」


 ずっと願い続けた。一度は諦めなければならないと思った願い。


「子供も欲しい。シンやリンちゃんみたいにね、仲良しきょうだいだったらいいな。

 あたしはカンナおばさんみたいなお母さんになれる自信はないけど、シンはケントおじさんみたいに優しいお父さんになると思うの」

「ああ、そうだな」


 自然と、フェリーとユリアンの眼には涙が浮かんでいた。

 彼女の望むものは、かつてユリアンが手にしたものと同じ景色だったから。


「それでね、孫が出来たらおじいちゃんみたいになりたいな。

 ずっと、ずっと。大切なひとたちを愛していきたい。

 シンといっしょに、そうやって生きたいの。なれるかどうかは、わからないけど」

「……なれる。私が保証する」


 それはユリアンが、イリシャと過ごしている間に漠然と思い描いていた風景でもあった。

 叶えて欲しい。ユリアン・リントリィは本心から、そう思えた。

 

「フェリー、贖罪には程遠いけれど……。君の願いを、私は叶えたい。

 だから、私とイリシャのことは考えなくていい。君は君の心に、正直になってくれ」


 改めて、ユリアンはフェリーに決断を委ねる。

 己の心に訊いた上で、自分の為に決断をして欲しかった。


「あたしは……。シンに逢いたい。シンを早く、救けたい」


 ぽつりと漏れたのは、フェリーの本音。

 漆黒の泥に呑み込まれたシンが、心配だった。一刻も早く、彼を救い出したかった。

 でも、それには力が足りなかった。


「なら、決まりだ。彼を救うために、私の魔力の全てを使ってくれ」

「……うん。ありがと、ユリアンさん」


 逡巡の後、フェリーはユリアンの提案を受け入れた。

 運命を狂わせたのは自分だというのに、礼を言われるのは違う気がする。

 そう考えたユリアンは、誰にも告げるつもりの無かった本心を打ち明ける事にした。


「……フェリー。前に、君が私に訊いたことを覚えているかい?」

「うん?」


 ユリアンが語るのは、自分の存在が暴かれた日の夜。

 フェリーから問われた、ひとつの質問だった。


「あの時。君は『きっかけはさておき、自分もイリシャが好き』だと言ってくれただろう」

「うん」


 思い出した。イリシャへの感情は、確かに最初はユリアンの気持ちが流れたのかもしれない。

 けれど、今ははっきり自分の意思で好きだと言える。そんな会話を交わしていた。


「そして、君は私にこう尋ねたんだ。『自分のシンの好きが、私に伝わっていないか』と」

「あー……」


 改めて口に出されると、恥ずかしくなる。

 照れくさそうに頬を掻きながら、フェリーはユリアンから目線を逸らした。


「私はね、君の感情が伝わる遥か前。

 アンダルの中に居る頃から、彼に対して思っていたことがあるんだ。

 イリシャを護ってくれて、ありがとう。と」

「えっ……?」


 とても穏やかな笑みで、ユリアンは答えた。

 思わず目を見開くフェリーへ、彼は続けた。


「アンダルの中から初めてイリシャと出逢えた時。私は舞い上がっていた。

 共に冒険が出来ることを、アンダルの中から能天気に喜んでいた。冒険が危険なものだと、知っていたはずなのに」


 当時を振り返るユリアンからは、強い後悔が感じられた。

 洞窟で離れた途端。イリシャが毒の大蛇(サーペント)に襲われた時の記憶を呼び起こす。

 愛する妻の命を奪おうとした魔物を葬った男こそが、30年の時を越えてやってきたシンだった。


「嫉妬もした。まるで初対面ではないかのように振舞う、彼の姿に」

「まあ、うん。いちおうシンは初対面じゃなかったしね……」


 イリシャはまるで見た目が変わらないからこそ、シンは余計にそう思っただろう。

 とはいえ、当時のイリシャやユリアンには関係が無い話でもある。

 馴れ馴れしく妻に近付く男がいたのなら、いい気がしないのは当たり前だ。


「認めたくは無かったが、同時に感謝していたのも事実だ。イリシャを救ってくれたのだと。

 シンがいなければ私は永遠に後悔していただろう。眼の前で、彼女を失うところだったのだから」

 

 続けて吐露された言葉は、意外なものだった。

 けれど、考えてみればその通りだとフェリーは納得もした。

 自分がシンと出逢う遥か昔から、ユリアンはシンを知っている。流されるはずもなかったのだ。


 ユリアン・リントリィにとってシン・キーランドは恩人であり、一番の障害でもあった。

 複雑な感情を抱いていたユリアンだが、今は心から素直に幸せになって欲しいと思う。

 今まで頑なに目を逸らしてきた彼の優しさと、向き合う事が出来たから。

 

「君だけではなく、シンにも贖罪と謝礼をしたいんだ。

 フェリー、私の力を全て使ってくれ。共にシンを救おう」

「……うん!」


 シンやフェリーだけではない。自分が運命を狂わせてきた、大勢の命。

 その全てへの贖罪を果たす為に。ユリアンは、己の命を正しく使おうとしている。

 彼の真摯な願いを受け取ったフェリーは、力強く頷いていた。

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