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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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509.ノックの音

 コンコンと、軽快な音が部屋中に鳴り響く。

 その後に何が起きるかを、彼女は知っている。


 ほんの僅か。子供が通れるぐらいのスペースだけ、扉が開かれた。

 奥から顔を覗かせるのは、燃え盛るように真っ赤な髪を持った少年の姿。

 

「遊びに来たぞ!」


 少年は子供らしい無邪気な、屈託のない笑顔を見せる。

 自分は病気がちで少しだけ捻くれていたからこそ、眩しかった。


 ずっと、ずっと、ずっと。

 自分は彼の笑顔と共にあるに違いない。

 漠然とした確証の中で、少女は彼との時間を積み重ねていた。


 ……*


「はぁ、はぁ……」


 肩で息をしながら、ヴァレリアは空を見上げた。

 アメリアによって斬られた悪意の残骸が、風に乗って散っていく。


「やったのか……」


 その光景に安堵の表情を浮かべ、ヴァレリアは自らが生み出した風の壁をゆっくりと解いた。

 強烈な疲労感が襲い掛かるが、辛うじて意識を保った。


「ヴァレリアさん!」

「だいじょう……ぶだ」


 駆け寄るアメリアを手で制し、強がりから笑みを浮かべて見せる。

 彼女だって消失(バニッシュ)でかなりの傷を負った。あちこちに浮かぶ赤い染みが、その証拠だ。

 年長者である自分が弱音を吐かないのは、意地でもあった。


「ですが、治癒魔術を」


 だが、アメリアもそのまま引き下がりはしない。

 血塗れになった黄龍王の神剣(ヴァシリアス)の柄を見れば判る。ヴァレリアは、最早気力で動いている状態なのだと。

 一刻も早く治癒魔術で応急処置をしなくてはならないと、駆け寄った。


「バカやろう……。まだ戦いは終わってないだろ……」


 治癒魔術を受けながら、ヴァレリアは声を振り絞る。

 皆が傷付きながら戦っているというのに、自分だけが治療を受けているという事実が歯痒い。


「はい。ですから、最低限の傷を塞ぐだけで許してください」

「……悪い」


 アメリアは毅然とした態度を崩す事なく、ヴァレリアへ返した。

 この戦いで、多くの人間が既に命を落としてしまっている。

 彼女もその一人に加わって欲しくはない。アメリア自身の希望による行動だった。


「残るは――」


 治癒魔術を唱えながら、アメリアは周囲の状況を確認した。

 頭上ではシンが、左腕を失った邪神へマナ・フライトで接近している。

 右腕では炎の翼を纏ったフェリーが、肩に居る妖艶な女性と対峙している状態だ。

 

 そして、自身に最も近い位置で行われているもうひとつの戦闘。

 イルシオンとフィアンマが、ビルフレストと刃を交えている。


 残された敵の戦力が限られる一方で、仲間も皆が力を使い果たしている。

 どちらの援護へ向かうべきか。難しい選択が迫られていた。


「アメリア。お前は、邪神の方へ行け」

「ヴァレリアさん」


 彼女の心情を察したのか、ヴァレリアがぽつりと声を漏らす。

 一先ず傷は塞がったと、治癒魔術を止めさせた上で彼女は続ける。


「イルの方は、アタシが援護する。

 だからお前さんは、邪神の……。シンとフェリーの元へ迎え。

 あの二人がお前と出逢ったから、始まったんだ。大事な、仲間だろ」

 

 全ては、ミスリアの極東。ピアリーという小さな村で起きた騒動から始まった。

 ふらりと現れた二人の旅人とアメリアが出逢ったからこそ、ミスリアは悪意に抗えている。

 

 なら、その終止符を打つのに彼女だけ欠けていては話にならない。

 ミスリアの沽券にも関わると、ヴァレリアは笑みを浮かべて見せた。


「……はい!」


 彼女の気持ちを汲み取ったアメリアは、大空を見上げる。

 シンとフェリーには、どれだけ救われたか解らない。

 今も尚、彼らは邪神さえも救おうと戦い続けている。


 自分の愛した祖国を救うべく。

 彼らの願いを叶えるべく。

 アメリア・フォスターは力強く大地を蹴った。


(悪いな、アメリア)


 一方で、彼女の背中を見守るヴァレリアはうっすらと笑みを浮かべる。

 イルシオンの援護へ向かうと言ったのは嘘だ。正直、もうそんな力は残っていない。

 

 ただ、それを知ってしまえばアメリアはビルフレストの元へ向かうだろう。

 その状況だけは避けたかった。


 これは自分とイルシオンの我欲(エゴ)なのだ。

 奪われたものは戻ってこないけれど、せめて仇は取りたいという。


 誰かの為に気持ちを殺した姿には、驚いた。でも、心の内に蟠りを残してしまうのも感じていた。

 例え結末が最悪なものだとしても。意地だけは貫き通させてやりたかった。

 彼がクレシアを大切に想ってくれているからこそ、その気持ちを吐き出して欲しかった。

 

「イル、思うようにやれ。何かあったら、アタシも付き合ってやるよ」


 運命を共にすると言う覚悟の中。

 ヴァレリア・エトワールは彼らの戦いを見届けると決めた。


 ……*

 

「手負いの龍族(ドラゴン)。いや、コーネリア・リィンカーウェルに言わせれば炎蜥蜴(フレイムリザード)か。

 仲間も相当な数が墜とされただろう。そろそろ、種の存続を心配した方がいいのではないか」

「それをお前が言うか!」


 ビルフレストは敢えて、フィアンマの逆鱗に触れる言葉を選ぶ。

 合成魔獣(キメラ)との戦いで、相当数の紅龍族が負傷。あるいは、命を落とした。

 そこへ触れる事によって、フィアンマの負の感情を増幅させようとしていた。


 自分への怒りや殺意は当然として、ミスリアと同盟を結んでいるが故の苦悩や後悔。臣下への無念。

 少しでも構わない。彼の身から悪意が漏れ出るのであれば、ビルフレストにとっては極上の餌となる。


「お前の仲間だって、もう残っちゃいない! 自分の心配をするべきじゃないのか!?」


 フィアンマは怒りのままに、炎の息吹(ブレス)を放つ。

 意趣返しの言葉を織り交ぜて見たものの、ビルフレストの表情を変えるには至らない。


「そんなもの、私と邪神が居ればどうとでもなる」

「ぐっ!?」


 漆黒の刃が頭上から迫り、咄嗟に受け止めるイルシオン。

 長身から繰り出される袈裟懸けの一撃は重く、膝を折る。

 そのまま流れる様な動きで、ビルフレストはフィアンマの放つ炎へ左腕を翳した。


「フィアンマ! 気をつけろ!」


 イルシオンが叫ぶと同時に、吸収(アブソーブ)は炎の息吹(ブレス)を喰らい尽くす。

 何度も行われた光景に、紅龍族の王は不快感を露わにした。

 

「いつまでも、喰らい尽くせると思うな!」


 だが、フィアンマもそうなる事は承知だった。

 今までの戦闘から、喰らい尽くせる量には限りがある。少しでも許容量(キャパシティ)を削る為の、苦肉の策。

 

 これは根競べだ。

 彼の左腕が満腹になるのが先か。それとも、自分達が力尽きるの方が先か。

 少なくとも、フィアンマはそう認識をしていた。


「ああ、そうだな。あまり無駄なものを喰わせないで欲しいとは思っている」


 根競べというのは、あくまでフィアンマ側の認識。

 ビルフレストは当然ながら、易々と限界を迎えて欲しくはない。

 まだこの戦いの先に、アメリア・フォスターやフェリー・ハートニア。

 そして、空白の島(ヴォイド)で辛酸を嘗めさせられたシン・キーランドが残っているのだから。


「――なんだ!? ガッ!?」


 フィアンマが吐く炎の息吹(ブレス)は瞬く間に消えていく。

 状況が理解できず、狼狽えるフィアンマ。そのカラクリを理解するよりも先に、稲妻が彼の身体を駆け巡っていた。

 続ける様に加えられた鞭のような一撃を浴び、火龍(サラマンダー)の身体が地面へと沈み込む。


 全てが流れるように繋がった攻撃だった。

 クレシアから奪った卓越した魔力操作で、炎の部分にのみ真空状態を造り出す。

 酸素の供給が断たれた炎は瞬く間に消え、ラヴィーヌが得意とする雷の魔術をフィアンマへと撃ち込む。

 回避は出来なくなった瞬間。フィアンマ自身から奪った尾を身に纏い、彼へと叩きつけていた。

 

「ここまでだ。紅龍王よ」


 見上げた先には、既にビルフレストが世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を構えている。

 何の感情も抱いていない。蟻を潰すように見下す眼が印象的だった。


「何を、偉そうに――」


 それでも、紅龍族の王は己の矜持から決して悪意には屈しない。

 ビルフレストの言う通り、この戦いで自分の臣下を多く失ってしまった。

 

 だからこそ、フィアンマは臣下が正しいと声を上げ続けなくてはならない。

 自分が頭を垂れて命乞いなど、許されるはずもない。


「強情だな。蜥蜴の知能では、その程度かもしれないが」

「――っ!」


 漆黒の刃が躊躇なく振り下ろされ、火龍(サラマンダー)の身体を貫く。

 フィアンマが意地を貫こうとするのは、解り切っていた。心を折るのも案外難しいと、ビルフレストは軽く息を漏らす。


「フィアンマ!」


 意地を貫こうとする者は、もう一人いる。

 一方的に自分への因縁を感じ取っている少年。イルシオン・ステラリードだ。

 彼もまた、仲間想いの人間だ。大切な者が奪われ、紅龍王までも傷付けられた。

 どこまで平常心を保てるかは、ある意味で見物でもある。


「心配するな。貴様もすぐに、同じところへ送ってやる」


 まずはフィアンマを仕留め、イルシオンの動揺を誘う。

 突き立てた世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)火龍(サラマンダー)の身を裂こうとした瞬間だった。

 漆黒の刃が、微塵も動かない。代わりに大地へ滴るのは、掌から漏れる龍族(ドラゴン)の血だった。


「どっちが蜥蜴だ。尻尾を生やしているのは、そっちだろう」

「貴様……」


 不敵な笑みを浮かべながら、右手で世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を握り締めるフィアンマ。

 掌に刃が食い込み、激痛が走る。ビルフレストが腕を引けば、この手は瞬く間に身体から離れてしまうだろう。

 それでも、何が何でも一矢報いるという彼の意地が離す事を許さなかった。


 フィアンマは残る左手で尾の先を掴み、ビルフレストの動きを固定させる。

 吸収(アブソーブ)を持つ左手は、敢えて残した。

 

 炎の息吹(ブレス)を呑み込み過ぎないように、彼は行動を起こした。

 潤沢な魔力を秘めた龍族(ドラゴン)である自分を呑み込めば、満腹になるだろう。

 もしくは、呑み込む程の余裕が残っていないという判断からだ。


「イルシオン! 今だ!」

 

 フィアンマやイルシオンにとっては千載一遇の好機。

 例えこの身が裂かれようとも、それは名誉ある負傷だ。


 だから必ず、この男を。悪意に染まった悪鬼を仕留めてくれ。

 彼の決死の想いは、イルシオンへと伝わっていた。


「――おおおおおぉぉぉぉっ!」


 怒りも後悔も。大切なものを護りたいという純粋な願いも。

 まだ未熟な少年が、整理しきれない感情の数々。その全てを受け入れた浄化の神剣は、強い光を放つ。

 全ての元凶である悪意の権化を討つ為。イルシオンは、紅に染まる刃を振るった。

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