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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第五章 妖精と魔族と

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48.後の先

 シンが蝕みの世界ダークネス・イクリプスを使う魔術師を気絶させる、少し前に遡る。


 突如現れた暗闇の存在に、当然フェリーも気付いてはいた。

 シンが、リタが、レイバーンが黒い外套(マント)を着た魔術師と共に闇の中へと消える様を目の当たりにした。


 焦りが、動揺が全く無いと言えば、嘘になる。

 一刻も早く、あの黒い半球を茜色の刃で斬り裂きたいと思っている。


 だが、目の前の男がそれを許さない。

 ギランドレの将軍、ガレオン。


 増強され、巨大化した腕を惜しげもなく振り回す。

 そこに敵味方の区別は無く、破壊衝動に身を任せている姿はまるで子供のようだった。

 力に溺れた者の末路ともいえる姿だった。


 そんな彼を見て、フェリーは奇妙な感覚に捉われていた。ウェルカ領での記憶が蘇る。

 ()()もまた人間が癒着し、取り込まれた姿だった。

 突如、魔物に変貌する人間も居た。


 程度や結果は違えど、ガレオンも『人間』である事を捨てた。

 ウェルカ領では望んでその身を変えた者は居ない。

 だが、この男は自らそれを受け入れた。

 その覚悟は、決して軽視していいものではなかった。


 フェリーには、この男の動きを止める必要がある。

 どれだけ強力な力を持っていても、それだけでは自分を殺せない。

 それはフェリー自身が一番理解している。


 それでも、再生にどれぐらい時間を要するかは判らない。

 もっと言えば肉片が飛び散り、それが再生する自分を想像したくもない。


 自分はこの男に負ける訳には行かない。

 自分の敗北は、妖精族(エルフ)の里が壊滅する事に直結する。


 張られた結界が破られれば、妖精族(エルフ)は圧倒的な暴力の前に屈するしかないだろう。

 シン達にしても同様だった。ガレオンの手であの半球ごと破壊されれば、一体どうなるか想像も出来ない。

 ここで必ず食い止めなくてはならない。


 相手はあれだけの質量を力任せにぶつけてくる。

 長期戦は考えられなかった。


 一撃で仕留めなくてはならない。

 そう思うと、フェリーは自然と深呼吸をしていた。

 

 呼吸をガレオンに合わせる。

 攻撃の瞬間(タイミング)をガレオンに譲渡する。

 自分から攻撃を仕掛けてはいけないと、フェリーの本能が『待った』をかける。


 先に動けば、ガレオンの動きに対処できない可能性がある。

 ただでさえ、今は自分の間合いではない。ガレオンはいくらでも行動を変える事が出来る。

 

 最悪なのは目の前にいる自分を無視して、妖精族(エルフ)の里を狙われる事だった。

 絶対に、先に手を出す事は許されない。


「っ……」


 唇が渇く。先刻まで衝動に身を任せていた男が、フェリーに合わせるかのように沈黙をした。

 彼もまたフェリーの強い意思と、自らの危険を感じ取っていた。


 呼吸により互いの肩が、頭が、僅かに上下する。

 何度目かの往復を終えた時、ガレオンは動いた。


「うおおおおおおっ!」

「……!」

 

 力任せに振られた、横薙ぎの一振り。

 巨大な刃は空気を切り裂きながら、フェリーの立っていた位置を瞬く間に通り過ぎた。


 ガレオンの眼前は、何も残っていない。

 邪魔をする者はもう居ない、見晴らしの良い景色。


「ふ……」


 ガレオンは勝利を確信した。

 自らの力で、あの化物は跡形もなく消えた。

 邪魔をする者は、もう居ない。


「ふはははははははは! あーっはっはっは!」


 笑いを堪え切れない。

 今、この場で最も強い存在に自分は成ったのだ。

 そう思うと、笑わずには居られない。


「……もお、ウルサイなあ」


 少女の声が聞こえる。

 忌々しい、あの不死身の少女。

 自分の一振りで、身を散らしたはずの少女の声が。


 チリチリと、熱を感じる。

 甲冑と、剣と融合したこの身体が、熱を伝える。


「……なんだと!?」


 リーチが違いすぎる。自分があの少女に、斬られるはずは無かった。

 むしろ、自分が斬ってみせた。いや、消し飛ばして見せた。


 ガレオンはそう思っていた。

 だが、ガレオンはその感触を覚えてはいない。

 自らの兵士を屠った時も、その手応えを感じてはいなかった。


 だから、見誤った。

 彼女が()()に居る事に、気付いていなかった。

 

「まずはコレ、なんとかしないと……ねっ!」


 フェリーは、()()に居た。

 ガレオンが振るった、その巨大な刃。その刀身に。

 自らの魔導刃(マナ・エッジ)を突き立て、彼の剣に乗っていた。

 

 誤算はタイミングが非常にシビアだったという事と、遠心力により危うく振り落とされそうになった事だった。

 心臓が大きく鼓動を打っている。今もまだ、落ち着かせようと必死になっている。

 もう二度とこんな事はしないと、フェリーは心に誓った。


 だが、目論見通りに事は進んだ。

 間合いを詰め、彼の武器を無力化する絶対の好機。

 

 その身に宿された、己の許容を遥かに超える魔力。

 それを今、魔導刃(マナ・エッジ)を通して解放する。


「ぐ、ぐおおおおおおっ! 離れろ、離れろぉぉぉぉ!」


 ガレオンは必死に腕を回り、フェリーを振り落とそうとする。

 彼も必死だが、フェリーも必死だった。

 落とされる訳には行かない。次のチャンスは恐らく回ってこない。


 魔導刃(マナ・エッジ)は熱を伝え、鋼鉄の刃は橙色に熱されていく。

 ぐにゃりと自重に負け、刃が下に垂れ……やがてそれは根本から折れた。


「まだ、まだぁ……っ!」


 短時間の間に多くの血を吸った凶器が、まるで玩具のように破壊される。

 この女は幾度、自分が描いた理想の風景を破壊すれば気がするのだろうか。

 フェリーに対する憎悪が、ガレオンの身体を動かした。


「っ!?」

 

 ガレオンの腕を伝っていたフェリーを、残った左手で捕まえる。

 フェリーは直ぐに狙いを切り替え、彼の親指へと魔導刃(マナ・エッジ)を突き刺す。

 発せられた高熱が、甲冑と一体化した指を灼く。


 しかし、ガレオンにも意地があった。

 親指を失いつつも、残る四本の指でフェリーを圧迫する。

 ボキボキとフェリーの骨が、容赦なく折れていく。


「かはっ……」


 肋骨が折れ、肺に突き刺さる。

 呼吸が出来ない。それでも、この手を離す訳には行かない。

 握られた茜色の刃は、その輝きを失う事は許されない。

 意地のぶつけ合いで、負ける訳には行かない。


「……えっ?」

 

 刹那、フェリーの髪が持ち上がる。空気の塊が、ガレオンの腕に命中していた。

 瞬く間に魔導刃(マナ・エッジ)と溶け込み、茜色の刃はより強力な火柱となる。

 それはガレオンの手首を斬り落とす時間を短縮させ、彼に握られていたフェリーはするりと地面へ落ちていく。


 両手を落とされた事により、絶叫するガレオン。

 フェリーは肺に溜まった血を吐きながらも、残る腕を再び駆けあがった。


「アナタ……はっ、ここ……までだよっ!!」


 三度、魔導刃(マナ・エッジ)を彼に突き立てる。

 心臓から高熱で灼かれ、身体の機能が失われていく。

 やがてガレオンは、その生命を終わらせた。


 ウェルカ領の出来事と違うのは、彼はその身を残している。

 姿形は変わっていても、彼は「ガレオン」として死んでいった。

 それが意味のある事なのかは、フェリーには解らなかった。


「はあっ……。はあっ……」


 フェリーは呼吸を整える。折れた骨は徐々に回復をしている。


 だが、危なかった。意識が本当に飛ぶかと思った。

 あの時、援護が無ければやられていたかもしれない。

 あれは知っている。シンの風撃弾(ブラスト・バレット)だ。


 それはつまり、彼が無事だという事。


「げほっ! ……シン!」


 まだ呼吸が苦しい中、彼がいた方向を見る。

 半球状の暗闇は消えており、シンがいた。リタやレイバーンも、無事のようだ。


「大丈夫か、フェリー?」

「シンこそ。……だいじょぶだったの?」

「ああ、この通りだ」


 シンの隣には、黒い外套(マント)を羽織った魔術師が気絶をしていた。

 見た所、魔術師も大した傷ではなさそうだった。一体何が起きていたのだろうかと、フェリーは首を傾げた。


 ……*


「これで終わりだな」

 

 レイバーンは腰に手を当てながら、頷いた。

 魔術師を拘束し、僅かに残った兵士は既に戦意を失っている。

 幸い、妖精族(エルフ)に死傷者は出ていない。完全なる勝利だった。

 

 だが、まだひとつだけ気掛かりがある。

 魔術師が蝕みの世界ダークネス・イクリプスを発動する前に、僅かに感じた殺気。

 今はそれを感じ取る事は出来ない。一体、あれはなんだったのか。


(……魔術師(こいつ)が起きた時に、訊くしかないか)


 シンは「ふう」と息を一度吐く。警戒を怠るわけには行かないが、戦いは区切りを迎えた。


「……たくさん、死んじゃったんですね」


 リタがぽつりと呟いた。

 排他的で、他人に無関心な妖精族(エルフ)。リタが生を受けてから他の種族と争ったという記録は、リタの知る限りは存在していなかった。

 

 勿論、妖精族(エルフ)とて魔獣や獣を狩る事はある。だけど、これは違う。

 自分の存在が発端となり、多くの命が失われた。その事実に責任を感じる。

 そして、自分も相手の兵士を射った。確実に、自分が放った矢で失われた命は存在している。


「リタ」


 レイバーンが、リタの頭を優しく撫でた。

 優しい声なのに、それがリタには怖かった。

 

 彼は自らの命を差し出し、妖精族(エルフ)の子供を護ろうと魔術師とずっと交戦していた。

 レイバーンだけが、その手を血に染めていない。


 彼は人を殺めた事が無いと言っていた。

 自分は、その一線を越えた。レイバーンがどう思っているのか、判らない。


 無論、レイバーンもその心中を察している。

 だからこそ、彼女の頭に手を置いた。

 

「余は、リタが無事で良かったと思うぞ。

 リタばかり、辛い思いをさせてすまなかった」


 リタの眼から涙が溢れた。レイバーンに拒絶されると思った自分を、恥じた。

 彼はずっと真っ直ぐに、自分を想ってくれていた。

 

「……そうだな」


 シンが、ゆっくりとレイバーンに近付く。

 この拳は固く握られていた事に、誰も気がついてはいない。


「おお、シン! お主にも礼を言わねばな!」

「そんなものは要らない」


 レイバーンは身を屈め、シンに目線を合わせる。

 シンにとっては、都合が良かった。

 

「まあ、そう言わ――」


 不意に、レイバーンの顔に強い痛みが走る。

 首が回って、景色が変わる。

 何が起きたのか理解が間に合わず、レイバーンは目をぱちくりとさせた。


「シン!?」

「な、なにを……」


 シンの拳が、レイバーンの顔を捉えていた。

 目いっぱい、一切の加減無しに、レイバーンを殴りつけていた。

 ()()()()の怒りを、その相手にぶつけていた。


「ちょっと、シン! なんで……」


 流石のフェリーも、シンの行動が理解できなかった。

 一体何故、シンがレイバーンを殴る必要があったというのか。


 戸惑うフェリーとリタをよそに、シンは続けた。

 

「レイバーン。お前、言っただろう。

 リタを『孤独にしたくない』って」

「えっ?」


 一体何の話をしているのか、リタには解らない。

 ただ、自然と顔が赤くなっていた。

 何故だか、恥ずかしい。


 レイバーンはシンの言葉を、その真意を理解した。

 自分が自らの居城にて、シンに語った事。

 彼もまた、その言葉に共感をしてくれていた。


「……あれは、嘘だったのか?」


 本当は解っている。シンも、同じ状況なら命を差し出すかもしれない。

 リタを想っての行動だという事は、痛いほどに判っている。

 だからこそ、腹が立った。自分を見ているようで、怒りが沸いた。


 レイバーンにやった事は、ただの八つ当たりだ。

 それでも怒りをぶつけずには居られなかった。

 最低だと思いつつも、シンは彼を殴らずには居られなかった。


「シンの言う通りだな」

 

 だが、レイバーンは納得をした。そこにシンに対しての蟠りは無い。

 その通りだと思ったからだ。リタの為だと思った行動は、結果的にリタを孤独にするものだった。

 考えが足りなかった。フェリーに「ズルっこ」と言われて返す言葉もない。


「リタ、済まなかった。辛い思いをさせてしまったな。許してくれ」


 深々と頭を下げるレイバーンの頭を、リタが撫でた。


「……リタ?」

「あ、ごめん。その……なんとなく」


 いつも遥か頭上にあるレイバーンの頭が、丁度良かったのでつい手が伸びてしまった。

 初めて撫でる彼の頭は、温かかった。

 リタはこの温もりが、愛おしいものに感じた。


「私の為にしてくれた事だから、レイバーンは謝らないで。

 ……私こそ、ごめん」

「む、リタこそ謝る事はない! 余が――」

「ううん。私が――」


「ふふっ」

 

 互いを庇い合うリタとレイバーンの光景を見て、フェリーは自然と笑みが零れた。


「あのふたりは、だいじょぶそうだね」

「……そうだな」


 二人のじゃれ合う姿を見て、シンも毒気が抜かれてしまった。

 殴ってしまった事も、あの姿を見るとなんだか恥ずかしくなる。


「それにしても、シンってばそんな話してたんだ。へぇ~」

「……なんだよ」

「ううん。べっつにー」


 案外、レイバーンの居城でも楽しくやっていたのではないだろうか。

 どんな顔をしてシンはレイバーンと話をしていたのだろう。

 想像をしてみたら、フェリーも自然と笑みが零れてしまう。

 自分もその顔を見てみたい。そう思った。


 その時だった。


 ()()が、フェリーに刺さる。

 その先端は、悪意を煮詰めたようなドス黒い色をしていた。


「あ……れ……」


 不老不死の少女の身体が、崩れるように倒れ込んだ。

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