504.皆が見守る中で
視界を取り戻していく中。シンは自分と邪神との距離を正確に把握していく。
出来る事を積み上げ、自らの望みを叶える為にも。
マナ・フライトを託された時、マレットから一通りの機能は説明を受けている。
その中で、シンは魔導羽砲についての言葉を思い返していた。
一歩間違えば強力な兵器でしかないこの武装を、自分の為に取り付けた者達の事を。
……*
マナ・フライトの操縦説明を終え、マレットの手が魔導羽砲へと伸びる。
自信満々ではなく、言葉を選ぼうとする。いつもの彼女らしくない姿に、シンは訝しんだ。
「……魔導羽砲はだな。
当然アタシやギルレッグのダンナも手伝ったけど、基本設計はピースとテランだ。
まあ、多少の粗さは目立つが威力は折り紙付きだ。信用してやってくれ」
彼女なりにフォローを入れようとしたつもりだったのだろう。
いつもより事細かく説明をする姿が印象的だった。
そして、意外だった。マレットはかなりの自信家だ。
他人が造った物とはいえ、ここまで弱気になる姿を見るのは珍しい。
だからこそ、シンにはどうしても伝えなくてはならないと感じた。
「疑ってなんかいない。疑ったことなんて、ない」
本心から出た言葉だった。
何もマレットに限った話ではない、自分の仲間は皆尊敬に値する。
特に今回は、自分の我儘に付き合ってくれているのだ。疑う要素なんて、あるはずがなかった。
「お、おう……」
真剣な眼差しのシンとは対照的に、マレットはぽかんと口を開ける。
要らぬお節介だったと頭をボリボリと掻く一方で、彼女は視線を泳がせていた。
「えへへ」
シンの後ろから笑顔を見せるフェリーやイリシャと目が合い、そっぽを向く。
嬉しそうにするフェリーの姿が、視界の隅に映し出される。
「あんにゃろ……」
いつか仕返しをしてやろうと企むマレットを他所に、二人の表情に気付いていないシンだけが、食い入るようにマナ・フライトと魔導羽砲を眺めていた。
その高い威力故に使用するタイミングも、放つ方向も限られる。何せ、一発しか撃てないのだから。
「上手く戦闘力だけを奪えることが出来れば――」
「ったく……」
ぶつぶつと戦闘の状況を想像するシンは、ある意味でいつも通りだ。
彼が朴念仁で良かったと思いつつも、マレットは改めて魔導具の説明を再開する。
疑われていないのであれば、期待には応えなくてはならない。その想いが、一層強くなったから。
……*
魔導羽砲が、邪神の左腕諸共、障壁を消滅させる。
直後。役目を終えた装甲は次々と砲身から剥がれ落ちていき、宙を舞う。
分厚い装甲が砕け、散り散りとなる『羽』の姿はまるで、さながら本物の羽根のようだった。
その様子を満足そうに見上げる、二人の魔術師が居た。
「上手く行ったようだね」
「あー……。もう魔力空っぽだ」
義手の右腕すら支える力を持たないテランと、全身を覆う倦怠感に負けて地面へと転がるピース。
共に魔導羽砲の一撃で魔力を使い果たした結果だった。
「お前ら、バカだろ」
白衣を着た女性が、地面に横たわる二人を上から見下ろす。
呆れ果てたような台詞とは裏腹に、その表情からは「よくやった」という称賛が読み取れるから不思議なものだ。
「そう言わないでくれよ。これもロマンってやつさ」
「そうそう。出来ることはなんでもやっておかないと」
マレットの心の内を正確に読み取ったからこそ、テランとピースは笑みを返す。
マナ・フライトの装甲。魔導羽砲の砲身となった『羽』には、ある仕掛けが施されていた。
着想はアメリアの『羽・銃撃型』から得たものだった。
『羽』の内側に魔法陣を描き、威力を増したものと同じ術式を装甲にも刻んでいる。
結果、元々の質量も相まって魔導羽砲は想定以上の威力を放つ事に成功した。
ただ、反動は決して小さくない。魔法陣を魔力の塊が通過する瞬間。テランとピースの魔力は、ものの見事に全て吸い取られてしまったのだ。
それでも「やろう」と言い出したピースは勿論、賛同したテランに後悔はない。
後の事を考えずに、全力を絞り出した結果。ピースがよく言う「ロマン」とやらが、少しだけ解った気がしたからだ。
「……ありがとう」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや、なんでもないよ」
誰に向かって放った訳でもなく、テランはぽつりと呟く。
マレットとピースが訊き返すも、彼は笑みを返すだけだった。
荒廃した大地と密着する背中はほんのりと冷たかった。
空の上でも、大地の向こうでも。まだ戦闘は続いている。
それでも、テランはなにひとつ怖いとは思わなかった。こんな感覚は、初めてだった。
今まで、テランの人生に於いて己の力を使い果たす事は『死』を意味していた事に起因する。
仮に自分が主君を庇う事はあっても、逆はあり得ない。
自分の命は、ビルフレストの予備のような価値しか見出されてはいなかった。
だが、今はどうだ。力を使い果たしても、『死』の影は迫って来ない。
天から差し込む光が、今はとても眩しくて心地よい。晴れやかな気分だった。
テランは本当の意味で、実感したのだ。自分の人生を生きていると。
自分の世界を変えてくれた友人への精一杯の感謝を込め、ひとつの言葉を贈る。「がんばれ」と。
そして、天空を見上げているからこそ、彼は誰よりも真っ先に気が付いた。
彼らの背中を押す者は自分達だけではなく、既にその行動を終えているという事実に。
……*
シンは邪神の元へ辿り着いた。自分独りの力ではなく、皆の力で。
尤も、魔導羽砲を放った影響か、マナ・フライトの魔導石・廻も出力が落ちている。
不幸中の幸いは、魔導砲はまだその機能を失ってはいない事だった。
恐らくは魔導羽砲の砲身によって負荷が軽減されたものだと考えられる。
とはいえ、決して楽観視が出来る状況ではない。
シンは一刻も早く邪神へ取りつき、純白の子供を救う必要があった。
「待ってろ。今、救けてやる」
左腕を消滅させたからこそ解る。漆黒の身体は、マギアで戦った『憤怒』と同じで外殻に過ぎない。
この中に本体である純白の子供自身が居るはずだと、シンは邪神の身体全体をくまなく探し始める。
恐らく、そう長い時間は残されていない。マナ・フライトもそうだが、邪神が悪意に呑み込まれてしまうまでに救わなくてはならないのだから。
「ぼうや! 駄目よ、その男を近付けてはいけないわ!
その男は、あなたの存在を否定する汚い人間なのよ!」
シンは戦う訳でなく、邪神への接近を試みている。まるで何かを探りながら。
その行為にファニルは本能的な危機感を覚えた。
一刻も早く彼を排除しなくてはならない。彼女の本能が、そう訴える。
「グ……ア、アアァアアァアァァアア」
直後、邪神は苦しみ、悶え始める。
ファニルの命令は邪神にとって、望まぬものだった。
悪意の器は己の気持ちと、自らに課せられた役目の間で揺れる。
シンを。手を差し伸べてくれた彼を傷付けたくはない。彼は自分にとっての希望だと、直感しているから。
けれど、自分は総てを破壊するべく創られた存在。その意味を否定は出来ない。
せめぎ合いの中。悪意の器は意思決定よりも先に己の存在意義を証明し始める。
失った左腕の代わりと言わんばかりに、肩からは無数の腕が創り出される。
その指先は全て、シンへと向けられていた。
「くそッ!」
やはり、言葉だけでは届かないのかとシンは毒づく。
もう、マナ・フライトでは精密動作は出来ないだろう。
魔導砲も、充填出来ていない。
残る手段は玉砕覚悟の突撃しかないと、覚悟を決めようとしたその時だった。
天から、無数の光が降り注ぐ。
雨のように襲い掛かる矢は、新たに生えた邪神の腕を撃ち抜いていく。
「――ガッ!?」
「何なの!? ぼうや、護って!」
広範囲に降り注ぐ光の矢の全てを、邪神は受け止めきれない。
何より、邪神にとっては大勢に影響がなくともファニルにとっては大事だ。
自分が撃ち抜かれてしまえば、邪神に自分の存在意義を示す者が居なくなる。
焦った彼女は、自分を護るように命令を下す。上空に張られた魔力の障壁が、光の矢からファニルを護っていた。
「行って……! シンくん、フェリーちゃん!」
地上から、祈るように声を絞り出す者は妖精族の女王。
リタ・レナータ・アルヴィオラだった。
この場に居る誰よりも魔力の感知に優れた彼女は、魔導羽砲で周囲が光に包まれた瞬間も冷静だった。
魔力の状況から全員の位置を正確に捕捉。光を縫うように、妖精王の神弓による光の矢を盛大に放つ。
時間差でシンとフェリーの援護になるようにと、全ての力を愛と豊穣の神への祈りと共に捧げた。
尤も、光がどれぐらいで消えるかまでは把握しきれない。
故に、その後の落下はレイバーンの獣魔王の神爪とオルガルの宝岩王の神槍へ頼る。
彼らも残す全ての力を駆使し、シン達の援護を見事に務め上げていた。
「流石の余も、疲れたぞ……」
ふらつくリタやオルガルの身体を支えながら、レイバーン自身も尻餅をつく。
最後の悪足掻きがここから先の戦いに於いて、少しでも力になれるようにと。
その願いは、シンとフェリーに間違いなく届いていた。




