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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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496.決戦の地へ

 フェリーの容姿をしていたとしても。

 自分と言葉を交わしているのは紛れもなく、ユリアン・リントリィだ。

 今ならはっきりと、そう言える。


 自分の身勝手で家族の元を去ってから、忘れた日は一度たりとも無かった。

 幸せだった記憶を糧にする一方で、イリシャは罪悪感を胸に抱き続けていた。


 イリシャだけではない。

 愛の深さ故に狂い始めたユリアンも、自らの過ちに気がついた。

 止まっていた夫婦の時間が、再び動き始める。

 それは、離別(わかれ)の時が避けられない事を意味していた。


 その前に、どうしてもやらなくてはならない事がある。

 自分のせいで人生を狂わされ。それでも尚、折れる事の無かった青年へ謝罪をしなくてはならない。


「シン・キーランド……!」


 ユリアンが立ち上がった時には、既にシンは背を向けていた。

 背中越しの彼が、どんな顔をしているのか。ユリアンには、想像もつかない。


「シン、あの!」


 シンの運命を狂わせてしまったのは、自分が発端だとイリシャも立ち上がる。

 それでも彼は、ユリアンが正気に戻るように色々と考えてくれていた。

 

 ユリアンだけではなく、イリシャ本人についても同様だ。

 今回の作戦だって立案したはいいが、自分の身を案じて代案を用意しようとしていたのだ。


「イリシャ。アンタの望みは、まだ終わっちゃいないだろう。

 まずは自分の願いを、ちゃんと叶えるべきだ」

「えっ……」


 顔を合わせないままに、シンはイリシャへ告げる。

 彼女は言葉そのままに、カランコエで吐露した願いを思い出す。


 ――優しいユリアンと、一度でいいから話がしたい。


 夫が。ユリアンがまだ存在していると知ってから、イリシャが心から願ったものだった。

 きちんと話をして、納得をした上で。フェリーへ、その肉体を返してあげて欲しい。

 イリシャが抱いた願いを叶えるべく、シンは奮闘していた。


 怒りを押し殺さない方が、よっぽど楽だったというのに。

 彼は根っこの部分で、その優しさを捨てきれない。

 「ありがとう」よりも「ごめん」を先に伝えなくてはならないのに、どうしても「ありがとう」という気持ちが湧き上がる。

 

 もう大丈夫だと思う一方で、夫婦の時間を邪魔してはならない。

 シン・キーランドがリントリィ夫妻へ送る、最後の気遣い。

 

「シン……」

 

 ありがとう。

 思わず零れそうになるその言葉を、イリシャは呑み込んだ。

 きちんと面を向かって伝えなくてはならない。心から、そう思えたから。


「フェリー。君は……」


 ユリアンがそっと、自分の胸の内で佇むフェリーへ問いかける。

 この肉体は彼女のものだ。正気になった今となってはもう、勝手な真似は出来ないと思えた。


(あたしも、だいじょぶ! イリシャさんと、ちゃんとお話しをしてあげて!)

「……すまない」


 申し訳なさを滲ませるユリアンとは対照的に、フェリーの返答は明快なものとなる。

 シンの両親も、故郷も。そして、彼との関係性も全て破壊してしまった。

 そんな相手に対しても思いやれるこの少女に、ユリアンは感謝と謝罪の入り混じった声を漏らした。


(シンも。きっとこれで、よかったんだよね)


 10年もの間、罪悪感が自分の心を苛ませていた。

 全てが楽しかった子供の頃を返して欲しいと思わなくもない。


 けれど。フェリーはその想いを胸の内へと秘める。

 シンが過去へ転移をした時。運命を変えられたかもしてない。

 それでも、シンは自分といるこの未来を選んでくれた。

 自分が最も尊重しなくてはならないのは、彼の想いだと思えたから。


 ……*


 どんな顔をすればいいか判らなかった。

 ぶっきらぼうな言葉になっていなかっただろうか。

 背を向けたシンはユリアンとイリシャから一歩ずつ離れながら、そんな事を考える。

 

 自分の行動は、全てが上手くいったとは思っていない。

 思うところは沢山ある。自分自身の、ユリアンへの感情も含めて。


 家族の、故郷の仇でもあり、フェリーを不老不死にした張本人。

 物事の一面だけを捉えると、シンにとってユリアンは許せる存在ではない。

 

 だけど、彼が居たからこそフェリーと旅を続けられた。

 フェリーが不老不死だったからこそ、救えた者がいる。

 その側面を決して無視はできない。

 だからこそ、シンは自分の抱く悪感情を胸の内へと閉じ込める事を選んだ。


(父さん、母さん。リンも、ごめんな)


 決して仇を取ったとはいえない行動。

 でも、これだけは間違いなく言える。自分の家族はそれを咎めようとはしないと。

 そう確信できるだけで、自分は幸せだったのだとシンは改めて確認をする。


 何にせよ、これできっとフェリーは元通りになる。

 10年に渡る旅が報われようとした瞬間の事だった。


「シン!」


 聴きなれた声が、鼓膜を大きく揺さぶる。

 世界はまだ悲鳴を上げていると伝えにきたのは、長年の自分を支えてくれた仲間だった。


 ……*


 土煙と共に現れた一人の女性。

 マギアの誇る天才発明家。ベル・マレットは、マナ・ライドに跨ったまま声を張り上げる。

 

「シン! 邪神が、世界再生の民(リヴェルト)がミスリアに現れやがった!」

「……もう、動いていたのか」


 彼女の話では、皆も妖精族(エルフ)の里からミスリアに援護へ向かったという。

 マレットだけが、自分達へこの事態を伝えるべく芸術の国(クンストハレ)へと奔走したという。


「お前が大事な戦いをしていることは、皆知っている」

 

 シンの戦いを邪魔するつもりはない。

 ただ。彼はもうひとつ、大それた願いを持っている。

 邪神さえも救いたいという、分不相応な願いを。


 だから、マレットは伝えずには居られなかった。

 彼が道を誤り、何度も苦しんだ事を知っているからこそ。

 選択肢をひとつでも閉ざしたくはなかった。

 何を優先するか。彼に選ばせてやりたかったのだ。

 

「……って、終わったのか?」

「ああ」


 場合によっては、シンは世界かフェリーのどちらかを選ばなくてはならない。

 そう考えていたマレットだが、イリシャと肩を並べるフェリーの姿が視界に入る。

 自分の心配は杞憂だったのだと、彼女は理解した。


「イリシャは、ちゃんとユリアンと話が出来ているよ」

「そっか。それで、そんな顔してんのか」


 そう答えるシンの顔を、マレットはまじまじと見つめる。

 どんな表情をしているのか自分でも判らないシンは、彼女の視線が気になって仕方がない。


「俺、そんなに変な顔してるか?」

「いーや。すっきりした顔してるよ」


 肩を竦めながら、マレットはそう答えた。

 彼女がそうケタケタと笑うものだから、その通りなのだろう。


 そうか、自分はきちんと感情を呑み込めていたのか。

 そう思えただけで、シンは安心をした。


「それよりも、だ。決着がついたってことは」

「ああ。イリシャとユリアン次第だが……。

 フェリーはもうじき、不老不死でなくなる」

「そっか。そうだよな」


 フェリーが不老不死でなくなる。

 それはつまり、彼女から戦うだけの魔力が失われる事を意味する。

 同時に、フェリーを戦場には連れて行かないというシンの意思表示でもあった。


「まあ、そのための戦いだったしな。()()()()()が納得するかどうかはともかく」


 尤も、それはあくまでシンの計画上での話となる。

 全てを自分で抱えようとする彼が、誰かに相談するはずもない。


 ベル・マレットは知っている。

 そうやって一人で突っ走る新米冒険者に、憤慨する幼馴染がいた事を。


「シンのあんぽんたん!」


 シンの背後から聞きなれた声がこだまする。

 振り向いた先に居るのは、頬を膨らませたフェリーの姿だった。


「フェリー……」

「どうして、あたしを置いてけぼりにしちゃうのさ!

 あたし、行くよ! みんなのトコに、ゼッタイ行くもん!」


 ユリアンが中に潜んでいると発覚してから、フェリーは皆と若干だが距離を置いていた。

 その間、皆が奔走していた事を知っている。

 寂しかったが、彼女は我慢し続けた。また笑い合える日が来ると、信じていたから。


 だから。ちゃんと笑い合える日を迎える為に、立ち上がらない訳にはいかなかった。

 頑なに意思を曲げようとしないフェリー。

 シンは知っている。こうなってしまったフェリーは、何を言っても無駄なのだと。

 

「だけど、フェリー。お前は……」


 ただ、今は事情が違う。

 フェリーの中からユリアンが消えてしまえば、彼女は不老不死でなくなってしまう。

 無尽蔵の魔力だって失われるのだ。今までとは、何もかもが変わってくる。

 

「シン、あのね。これは、わたしやユリアンとも話した結果なの。

 フェリーちゃんはユリアンが護る。だから、一緒に行ってあげて」

「イリシャ。でも、ユリアンと……」


 彼が抱える不安に対する答えは、イリシャが告げた。

 眉を顰めるシンに対して、彼女はこう続けた。


「わたしたちに気を遣ってくれて、本当にありがとう。

 代わりと言っちゃなんだけど……。戦いが終わったら、また少しだけユリアンと話をさせて?

 今は、叶えて欲しいの。貴方が欲した願いを、貴方の思うがままに」


 イリシャは笑みを浮かべる。

 シンはどれだけ自分が苦しくても、本質的に持っている優しさを失わなかった。

 彼自身の願いだってそうだ。彼の我儘は、誰かを救う為に在る。

 

 今なら自身を持って言える。

 シン・キーランドなら、悪意の塊さえもきっと救って見せると。

 自分の一番大切な男性(ひと)をも、救ってくれたのだから。


「シン。『信じてもらえないかもしれないが、私は必ずフェリーを護る。だから、今は彼女が思うがままにしてやって欲しい』だってさ」

「それ、本当にユリアンが言ってるんだよな?」

「言ってるよ!」


 心の内に潜むユリアンの言葉を、フェリーが代弁をする。

 あまりにフェリーに都合の良すぎる内容を前にして、マレットが思わず尋ねてしまった。


「……と、フェリーはこんな感じみたいだな。

 シン。お前はどうするんだ? 因みにアタシは、どうせそうなると思ったから根回しはしてる」

「おい」


 あっけらかんと言ってのけるマレットに、シンは訝しむ。

 彼女はとうに、あらゆる可能性を想定していたのだ。

 その中で一番あり得るのが、フェリーも共に参戦をするというもの。

 マギアの誇る天才発明家に、抜かりはなかった。

 

「シン、前も言ったよな。もっと我儘になれって。

 アタシだけじゃなくて、皆もお前の味方をしてくれるんだ。

 お前が積み重ねて来た結果なんだ。ちゃんと甘えとけ、やりたいことを優先しろ」


 その一言が、シンの顔を上げさせた。

 一体、どれだけ彼女には世話になっただろうか。

 背中を押してくれた。戦う力をくれた。支え続けてくれた。


「マレット、お前が居てくれて本当によかった。ありがとう」


 彼女に巡り合えた事は、本当に幸運だった。

 シンは心からの礼を、マレットへと述べる。

 

「いつものことだ。気にすんな」


 手をひらひらとさせながら、いつもの調子でマレットが返す。

 尤も、あくまでそう振舞っているだけ。彼女は、目頭が熱くなるのを隠すのに必死だった。


 子供の頃。無警戒に街中を歩いている自分を救ってくれた青年。

 深い後悔に見舞われた時。ある一言で救ってくれた少年。

 

 それだけではない。

 今となっては妖精族(エルフ)の里で、大勢の仲間と共に研究に明け暮れる日々を送っている。

 

 シンが居たからこそ、今の自分が存在している。

 自分の世界を彩ってくれたのは、紛れもなく彼なのだ。


「……行こう、フェリー。俺たちが、邪神を止めるんだ」

「うん!」


 もう、彼を縛るもの。引き留めるものは存在しない。

 神をも救うという大それた願いを叶える為。何も持たない男が、決戦の地へと向かう。

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