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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福

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494.見えていないもの

 最愛の妻。イリシャと、思い出の地での逢瀬。

 ユリアン・リントリィにとってこれ以上ない至福の時を、一人の青年が立ちはだかる。


「そこをどけ! シン・キーランド!」


 怒りを露わにするが、シンは眉ひとつ動かさない。

 空気の読めない行動を前にして、ユリアンは自分が正しかったと再確認をする。

 

 やはり、この男(シン)は最初から最後まで邪魔だった。

 彼さえいなければ、イリシャと出逢えた瞬間に自分は全て報われていたというのに。

 こうして自分を『表』に出しておきながらも、障害になろうとする行動が理解できなかった。


「断る。アンタはイリシャの元へは辿り着けない。

 ()()()()()()()()、アンタには」


 ユリアンには、シンが放った言葉の真意が判らなかった。

 考えようともしなかった。彼の奥に、イリシャが。愛する妻が自分を待っている。

 そう信じて疑わなかったからだ。

 

 彼女は一体、どんな表情をしているのだろうか。

 きっと悲しんでいるに違いない。思い出に浸る時間を、一人の男に邪魔をされているのだから。


「いい加減に、そこをどけ! 君はこの場に不要な存在なんだ!

 愛する妻との逢瀬を、どうして邪魔立てするのだ!」


 フェリーに肉体の所有権を入れ替えるように頼んだのは、他でもないシンだ。

 彼はユリアンが『表』に出る事を望んでいたというのに。


 いっそ邪魔だからと、シンに危害を加える選択肢もなくはない。

 だが、ユリアンはその手段を採ろうとはしない。

 フェリーのシンに対する想いは本物で、彼に危害を加えるのであれば間違いなく『表』に出てくるからだ。

 そうなってしまえば、再びイリシャに触れられる日がいつになるか判らない。

 シンもその状況を理解しているからこそ、悠然と立ち向かえる。


「ユリアン・リントリ。ここはイリシャとアンタの故郷なんだろう。……大切な場所なんだろう。」

「そうだ。この地で、私とイリシャは恋に落ちた。

 この場所に君は必要がない。早くイリシャと対面をさせろ」

 

 イリシャはそんな事まで話したのかと驚きつつも、ユリアンは優越感を露わにする。

 彼が何を語ろうとも、その過去が覆る事はない。

 愛の大きさを、思いを馳せた年月を理解したのなら、退くべきだと口にするユリアン。


「……ユリアン・リントリィ。

 アンタ、その思い出の地を訪れて、どう思っているんだ?」


 訝しみながらも、ユリアンは周囲を見渡す。

 フェリーの内側から見た、風雨に晒されて朽ち果てた街が再び彼の眼へと映し出される。

 

 仕方がない。この場所は芸術的にも、重要な場所ではなかった。

 保存や復元をするような、由緒正しい芸術品など存在していなかったのだから。


 続いてユリアンが目にしたのは、枯れ果ててしまった大木だった。

 目に留まった理由は語る迄もない。自分が幾度となく絵を描いた、イリシャと言葉を交わす切っ掛けとなった樹だからだ。


 だが、その樹は既に生命の活動を終えていた。

 すっかりと朽ちてしまった樹は、抜け殻として残っているだけ。

 葉は勿論、鳥や虫さえも寄り付かない。


「すっかりと寂れてしまったようだ。何年放置されたのだろうな。

 50年? いや、100年か? だが、仕方がない。誰かに忘れられてしまえば、そうなってしまうのは必然だ」


 軽くため息を吐きながら、ユリアンは首を左右に振って見せた。

 感傷に浸っている様子はない。ただ、眼の前の現実に対して己の見解を述べただけ。


「だからこそ、私とイリシャの愛がいかに素晴らしいか解るだろう?

 ずっと、ずっとだ! 私は一度たりとも、彼女への愛を失ったことがなかった!

 その結果がこの奇跡だ! 不変の愛、変わらぬ関係! 永遠に生きる私たちの、正しい在り方だ!」


 ユリアンは高らかに手を挙げ、堂々と宣言をした。

 自分のイリシャへの想いは変わっていない。そして、変わらないと。

 これから先。未来永劫。永遠に彼女を愛し続ける。いや、愛し合う。

 彼がユリアン・リントリィとしての肉体を失ってからも、その想いだけは失われるどころか強くなっていた。


 ()()()()()、シンは眉根を寄せた。

 彼が不変なのは、イリシャに対する愛情だけだ。他のものは、何も()()()()()()


 イリシャはそんな事を望んでいないのに、彼は決して認めようとしない。見ようともしない。

 シンはユリアンへ突き付けなくてはならない。その結果が、齎す答えを。

 

「いいや、解らない」

「所詮、君の限界がそこまでだということだ。君は怖いんだ、フェリー・ハートニアの中から自分の存在が消えるということが。

 魔力を持たないから、不老不死になるという選択も、魂を移すという方法も採れない。

 だから、自分と同じ存在で居てもらおうとして、ここまで必死に足掻いてきただけじゃないか。

 永遠の幸せを掴めない君が、幸せを掴もうとする者の足を引っ張っている。それはとても、情けないことじゃないのか?」


 自らの気持ちが理解できないと宣わるシンを、ユリアンは否定する。

 結局のところ、彼は嫉妬しているのだ。自分のように、永遠に幸せを掴める立場にいないから。

 そう思うとほんの少しだけ哀れな気持ちにもなるが、邪魔だという事実は変わらない。

 潔く身を引いて欲しいというのが本音だった。


(ユリアンさん! シンは……!)


 心の内から、フェリーがユリアンへ怒りの声を漏らした。

 だが、肉体の主導権を奪い返すほどのものではない。


 ユリアンはそれを、内心ではフェリーも永遠に生きたいからだと考えた。

 真実は違う。フェリーは信じているからだ。ユリアンを『表』へ出すよう願った、シンを。

 自分が彼の邪魔をする訳にはいかないと、本能に抗った結果だからだった。

 

 フェリーは知っている。シンは、誰よりも優しい事を。

 一方で、フェリーは知っている。シンは時に、荒療治を厭わない事も。


「アンタは、全部『自分が幸せになるため』だな。

 イリシャがどう思っているかなんて、理解しようとしていない」


 ユリアンの言葉に、シンは耳を貸さない。

 シンにとっては彼と幸せを語ろうとも、意味を成さないからだ。

 自分の幸せを語るのであれば、フェリーと話さなければ意味が無い。

 

 そして、今はその時ではない。

 シン・キーランドは自分の為すべき事を見失わない。

 分不相応の願いを叶えようとしているからこそ、揺らがない。

 

「ふざけるな! 私の幸せは、イリシャが幸せになることだ!」

「いいや、アンタはイリシャの幸せが見えていない。

 それどころか、我欲(エゴ)だけで生き続けて来たアンタには()()()()()()()()よ」


 シンはその身を、そっと動かしていく。

 ユリアンの視界が拓ける。彼の身体で隠されていたイリシャと、感動の対面を果たす。


 ――はずだった。


「なっ……」

(え……!?)


 その結果を前にして、ユリアンだけではなくフェリーも目を疑った。

 彼が直向きに隠していた者の姿が、ユリアンの追い求めていた者ではなかったからだ。


 獣のような耳を閉じながら、その身を丸く埋める女性。

 魔獣族の王(レイバーン)の部下である狐の獣人。ルナールの姿が、そこには存在していた。


「どう、してだ……!?」


 狼狽するユリアンは、ここまでの旅路を振り返る。

 妖精族(エルフ)の里を発って以降、確かにイリシャは口数が少なかった。

 それは旅の負荷(ストレス)か、もしくは自分に遠慮をしているからだと思っていた。

 だから口数も少なく、その緊張を解してやりたいという気持ちが強くなっていた。


 ――お前には何も()()()()()()

 

 シンの言葉が、ユリアンの耳で反芻される。

 狐の獣人(ルナール)が得意とする魔術は、変化の術だ。

 現に彼女は、妖精族(エルフ)の里でその魔術を活かして見せた。


 口数が少なかったのは、ボロを出さない為だったとすれば?

 自分はイリシャを愛してやまない。言動に異変があれば、すぐに気が付けるという自負がある。


 だから、仕方がない。とは思えなかった。

 ユリアンにとって、後頭部を思い切り強打された気分だった。


 見た目を変化の魔術で誤魔化しても、口数を減らしても。

 普段の仕草で、イリシャだと気付けるはずだったのだ。


 「何も見えていない」という言葉が、ユリアンの心の内を掻き毟っていく。

 自分の100年以上に渡る愛が、否定された気分だった。

 

 信じられなかった。イリシャ以外の存在を見間違えた、自分が。

 だが、それ以上に許せなかった。自分の愛情を理解して尚、弄んだ男が。


「シン・キーランド……! 貴様は、貴様はやってはいけないことをした……!」

 

 身体中から、魔力による熱が生み出される。周囲の水分が全て蒸発をし、たちまち空気が乾燥していく。

 沸き立つ感情は怒り。何よりも優先されるべきは、この代償を払わせる事。


(待って、ユリアンさん!)


 流石にまずいと感じたフェリーが、肉体の主導権を奪い返すべく『表』へ出ようとする。

 しかし、その望みは叶わない。

 愛する妻を。イリシャ・リントリィを出しにして、自らの気持ちを弄んだシンへの怒りがフェリーの意思を弾く。

 

 この愚かな男へ、裁き鉄槌を下さなくてはならない。

 右手に炎を纏わせたユリアンが、大地を蹴った。


「っ!」


 シンも、こうなる事は覚悟していた。むしろ、解り切っていた。

 彼の怒りは自分が受け止めるべく身構えたシンだったが、ユリアンは意外にも彼を素通りする。


 ユリアンは熱気だけを残して、シンの元を一瞬で離れていく。

 無尽蔵の魔力をふんだんに生かした脚力は、虚を突かれた事もありシンの視線を切り離す。

 

「私が許せないのは、貴様だ! イリシャを偽った罪は、『死』を以て償え!」

 

 刹那、ユリアンはルナールに馬乗りとなっている。

 首の骨を折る勢いで掴んだ左手は、徐々に力を強めていく。


「ぅ……。ぁ……!」


 苦しみ、悶えるルナールだがユリアンの気が晴れる事はない。

 ひと時の間、自分を欺いたこの女を焼き尽くすべく炎を纏った右手を構える。

 それがシンへの裁きになる事を、彼は理解していた。

 

「やめろ、ユリアン!」

「それはこちらの台詞だ! こんな薄汚い真似をして、許されると思ったか!?

 『死』だ! 『死』を以て償え! そして貴様は、未来永劫その業を抱え続けろ!」


 振り返ったシンの言葉に、ユリアンは耳を傾けない。

 こうなる可能性を考慮していなかった彼が悪いのだ。


 自分を欺く為だけに、仲間を犠牲にした。

 その事実はシンにもフェリーにも影を落とすだろう。


 そうなれば、自分が『表』へ出続ける切っ掛けになるかもしれない。

 フェリーがシンへの想いを失う切っ掛けにもなるかもしれない。

 ユリアンにとって、この拳を下ろさない理由は存在しなかった。

 

(やめて、ユリアンさん!)


 胸の内で、フェリーが抵抗を試みる。

 だが、ユリアンの怒りは彼女の想いすら上回る。

 何度試みても、彼女ではユリアンを止められなかった。


「っ! クソッ!」


 ――やらなければならない。

 

 シンがその決断を下すまでの時間は、一瞬にも満たなかった。

 渇いた音が、朽ち果てた空間で鳴り響く。

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