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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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493.思い出の場所で

 妖精族(エルフ)の里を発ち、何日が経過しただろうか。

 判らなくなる程に月日が経っている訳ではないのに、なんとなく数える事を躊躇ってしまった。


「これ、おいしいね!」

「ああ」「ええ」


 フェリーが夕食を口に含み、代わりに愛嬌を振りまく。

 シンとイリシャは否定するでもなく、小さく。そして静かに頷いた。

 彼女なりに気を遣った結果なのだが、期待した結果は得られない。


「むぅ……」

 

 妖精族(エルフ)の里を出てからというものの、空気が重い。

 原因は判っているが、核心を突けずにいる事がもどかしい。


 彼女達は今、芸術の国(クンストハレ)のブルネという街へ訪れている。

 イリシャの故郷であるこの街を訪れた理由は言うまでもない。

 フェリーを不老不死の魔女へと変貌させ、彼女の中で潜伏し続けた張本人。

 ユリアン・リントリィとの決着をつけるに相応しい地へと、足を踏み入れたのだった。


(この国も、随分と様変わりをしているな。イリシャが戸惑うのも無理はないだろう)

(そういう問題じゃないと思うけど……)


 フェリーを通して、ユリアンは久方ぶりに訪れた故郷を見回す。

 この肉体では初めての帰還だった。


 理由は語るまでもなく、イリシャが居ないと解っているからだ。

 それならば戻る理由はなく、宿主となった肉体が訪れる事も起きなかった。

 フェリーに限って言えば、自分の手掛かりを知られたくないと心の内で拒絶すらしていた。

 

 ユリアンの心理がフェリーへと伝わった結果。

 旅の指針を決める際に芸術の国(クンストハレ)はおろか、イーマ大陸すらも希望を出した事はない。


 しかし、イリシャと共に訪れるのであれば話は正反対に変わる。

 夫婦揃っての凱旋に、ユリアンは胸を躍らせた。

 

 二人で愛を育んだ大地を踏みしめる。

 芸術の国というだけあって、街中も個性的な建造物で囲まれている。

 そんな中。いかなる芸術に囲まれていても全く見劣りのしない美しさに、ユリアンは心を奪われていた。


(ああ、やはりイリシャは美しい……)


 長い刻を経て、この街(ブルネ)も様変わりしているはずだ。

 二人揃って新鮮な目で見られる機会など、そうは起きない。

 今すぐ肉体の主導権を奪い、イリシャと共に街を往来したい。

 そんなユリアンの欲求をひしひしと感じながらもフェリーは彼の出現を許さない。

 

(ユリアンさんは、こうやってテンション上がってるケド……)


 というよりは、昂るユリアンとは裏腹にフェリーが冷静になってしまっているのだ。

 抑えつけようとするまでもなく、ユリアンが表に出る事は許されなかった。

 理由は言うまでもなく、シンとイリシャにある。


(シンもイリシャさんもれーせーだから、あたしもヘンに気を遣っちゃうよ……)


 冷静。というよりは、冷めている。いや、沈黙を貫く様に心掛けているのかもしれない。

 兎にも角にも。熱を帯びていない二人に中てられ、自然とフェリーも彼らに寄っていっている。

 本当は自分も、色んな芸術を前にシンと楽しく話をしたいのにそれは叶いそうにない。


「イリシャさん。芸術の国(クンストハレ)って、オシャレだね」

「ええ、そうね」


 懐かしんでいるのか。まじまじと街中を見回すイリシャへ、フェリーは声を掛ける。

 話題の切っ掛けになればいいと思ったのだが、彼女は簡単な相槌を打つに留まる。

 広がらない会話に、フェリーは眉を下げた。


(は、話が続かない……)


 判っている。自分達は遊びに来た訳ではない。

 けれど、シンやイリシャがどうやって戦おうとしているのか、フェリーは知らされていない。

 自分を通してユリアンへ筒抜けになる事を恐れたのならば、正しい判断だとは思う。


 ただ、どうしても疎外感が拭いきれない。

 せめていつものように話が出来ればというのは、高望みしすぎなのだろうか。


(イリシャと話が続けられないのであれば、私に代わってくれないか。

 時間はいくらあっても足りないんだ。これまでの隙間を全て、埋め尽くさなくてはならないのだから)

「そんな状況じゃないよ……」


 心の内からは、会話にした自分を叱咤するユリアンの声が聴こえる。

 挙句に主導権を譲れとまで言ってきたが、フェリーはそれを拒否した。

 自分の肉体を挟んで起きる温度差に、眉根を寄せる。

 少しだけ、苦労している時のシンの気持ちがを理解できた気がした。


 それから一行は、ブルネの街を歩き続ける。

 個性的な建造物や、少しだけ装いの違う衣服に囲まていたフェリー達は次第に街中から外れていく。

 やがて人の気配が感じられなくなったところで、シンはその足を止めた。


「――着いたぞ」

「ついた……って……」


 あまりに迷いのない眼差しで言った事に、フェリーは驚きを隠せない。

 何も聞かされていない彼女からすれば、ここが本当に目的地だとは思えなかったからだ。


 周囲を見渡しても自分達以外に人の気配は存在していない。

 いくつか造られている彫像物は勿論、ベンチさえも朽ちてしまっている。

 きっと放置されたまま、風雨に晒され続けた結果なのだろう。

 とても芸術の国とは思えない景色が広がり、フェリーの気はほんの少しだが沈んでしまった。


(ここは……)

「ユリアンさん?」


 だが、彼女の内に潜むユリアンの反応は違う。

 無理もない。彼にとって、この場所はとても大切な場所。

 最愛の妻。イリシャと巡り合った場所なのだから。


「……フェリー」

「うん?」


 朽ちた景色だというのに、ユリアンは今まで以上に感情を昂らせる。

 フェリーとの温度差が大きくなる一方で、眼前に立つシンが自分の名を呼んだ。

 

 彼はこの地を目的地に設定している。

 何をするつもりなのだろうと、フェリーは小首を傾げた。


「悪い。ユリアンと変わることは出来るか?」

「えっ?」


 フェリーにとって、意外な言葉が投げかけられた。

 一体、彼が何を企んでいるのか判らない。イリシャの表情から探ろうとするが、彼女は俯いたままだった。


(『表』に出すというのなら、変わってくれないか?

 君たちにとっては、この場所は何の思い入れもないだろう。

 逢瀬の邪魔をされたくない気持ち、理解できると思うのだが?)


 心の内では、またユリアンが感情を昂らせている。

 正直、今のユリアンが『表』に出てどんな影響があるか想像もつかない。


「出来ると思うケド……。ユリアンさん、今すっかりテンション上がっちゃってるよ?」

「構わない」


 一応の忠告をしたつもりだったが、シンが言葉を覆す事は無かった。

 むしろ、それすらも織り込み済みで頼んでいるようにも思える。


 きっとこれは、シンの予定に入っているのだ。

 ユリアン・リントリィと決着をつける為。必要な儀式に違いない。


 シンとフェリーの間に沈黙が流れる。

 ユリアンを『表』に出してしまえば、自分の意識がどうなるか未だ自身がない。

 せめて、彼の顔をはっきりと目に焼き付けておきたかった。

 

「……無理にとは言わないが」

「え!? ううん、そういうワケじゃないよ!

 ちゃんと代わるから!」

「そうか?」


 しかし、当のシンは彼女が無言の抵抗をしているように見えてしまったのだろう。

 流石に不躾すぎたと一歩引く姿勢を見せたので、フェリーが慌てて否定をする。


「じゃあ、ユリアンさんと入れ替わるね」

「……ああ」


 正直、フェリーもどうやって彼に肉体の主導権を譲るかなんて判ってはいない。

 ただなんとなく。心の内に身を委ねればいいのだと、本能で感じていた。

 意識が薄れていく中。シンが「すぐに、終わらせる」と語り掛ける。

 とても優しい声だった。




「イリシャ! ああ、イリシャ! やっと君に触れられる!」


 入れ替わるように『表』へと現れたユリアンは、胸を躍らせた。

 シン・キーランドの言葉で入れ替わった事が気掛かりだが、大した問題ではない。


 彼の企みなど、無尽蔵の魔力を持つ自分に掛かれば意味を持たない。

 ましてや、この肉体は彼が愛するフェリー・ハートニアのものだ。

 もう彼女を傷付けられないシンが、止められるはずもなかった。


 故に自分は、イリシャとの逢瀬を満喫すればいい。

 思い出を語り、彼女を連れ出し、シンから身を隠せばいい。

 

 彼を殺そうとすれば、きっとフェリーが『表』へと入れ替わる。

 そうなれば、次の機会はいつ訪れるか判らない。ユリアンにとってこれは、千載一遇の好機でもあった。

 

「ユリアン……」


 彼が『表』へと姿を現した事で、イリシャは重い顔を持ち上げた。

 その表情は浮かない。とても苦しそうな顔をしている。

 

 しかし、ユリアンはそれさえも美しいと思ってしまった。

 同時にこうも思う。ここからが笑顔へと変わる様は、更に美しいものになるだろうと。


「大丈夫だ、大船に乗った気持ちでいてくれ」


 ユリアンはフェリーの身体で両手を目一杯に広げる。

 シンが眉根を寄せるが、最早背景の一部にしか見えない。


 だからこそ、許せなかった。

 その背景が厚かましくも、自分とイリシャとの仲を阻むように立ち塞がるのだから。


「そこをどけ! シン・キーランド!」

「断る」


 怒りを露わにするユリアンを、シンは拒絶する。

 彼をイリシャの元へ向かわせる訳にはいかない。()()()()

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