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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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487.ぶつかり合う魔術師達

「ビルフレスト! お前の企みをここで終わらせる!」

「イルシオン・ステラリード」


 イルシオンの闘志が燃えているかの如く、紅の刀身が熱を纏う。

 ビルフレストが握る神器にも劣らない名器。世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が、少年の剣を受け止めた。


 神剣と魔剣がぶつかった瞬間。火花が散ったのは、刃だけではない。

 荒ぶる感情を、胸を掻き立てる怒りを、自らが持つ復讐心を呑み込んだ少年と、その発端となった黒衣の男の視線が交わった。


「クレシア・エトワールのいない生活には慣れたか?」


 眉ひとつ動かさず、淡々と述べるビルフレスト。

 冷静を装うとする少年の神経を、いとも容易く逆撫でする。


 効果的だと言う事は、言うまでもなく知っている。

 イルシオンに取ってクレシアは掛け替えのない存在だった。

 それこそ、姉であるヴァレリア以上に。

 

「……お前っ!」


 イルシオンはの髪が逆立ったのは、気のせいではないだろう。

 これは挑発だと理解していても、既に抑え込んでいた憤りを再び呑み込むのは至難の業だった。

 意図せずとも、紅龍王の神剣(インシグニア)を持つ手に力が入る。

 ビルフレストの追撃に備えて残していた柔軟性(マージン)を、自ら失わせてしまう。


「やはり貴殿は判り易い。人は早々、変われないと教えてくれる」


 生まれた隙をビルフレストは見逃さない。

 重なる刃の軌道を逸らし、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)へ魔力を走らせる。

 魔力によって生まれた斬撃が、イルシオンの左肩を斬り裂いた。

 

「くそっ!」


 刃を受けた瞬間。勢いに流され、イルシオンの身体は転げ回っていく。

 左肩の痛みが、イルシオンの血の気を引かせてくれた。

 あのままムキになって抵抗していれば、間違いなく両断されていただろう。


「……いや、思いの外冷静だったか」


 口惜しそうにしながら、ビルフレストは魔剣を強く振る。

 イルシオンの血を吸った刀身が、大地へと吐き出していく。


「お前こそ、いつまでもそんな態度で居られると思うな!」


 入れ替わるようにして視界へ現れたのは、紅龍族の王(フィアンマ)

 視界を覆い尽くす程の炎の息吹(ブレス)が、ビルフレストへと放たれる。


「その程度の炎で、私が止められると思うな」


 自身を呑み込もうとする炎が迫っているにも関わらず、ビルフレストの表情に焦りの色はない。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の穂先を向け、己の魔力を解放する。

 次の瞬間。炎の息吹(ブレス)は彼の魔力を避けるかの如く真っ二つに分かれた。


「なんだって!?」

「驚くようなことではないだろう」


 避けるでも、防ぐでもなく。炎を掻き分けながら進むビルフレストに、フィアンマは息を呑んだ。

 最短距離を通って近付く黒衣の男。翳された漆黒の左手を前にして、身が仰け反るのは本能から来るものだった。

 無理もない。フィアンマは、この男の左手に己が翼を奪われたのだから。


「紅龍族の王よ。貴殿は的が大きい。いくら逃げようと、必ず喰らい尽くしてやろう」

「何を偉そうに、見下しているんだ!」


 その巨体故に触れられる危険性が増しているにも関わらず、フィアンマは決して人の姿へ擬態を行わない。

 判っているのだ。これはビルフレストの挑発で、奴は自分が人間の姿になる事を望んでいると。


 そう思える要因はいくつかある。

 まずは単純に、擬態をする事でフィアンマ自身が全力を出せなくなる事。

 ビルフレストの吸収(アブソーブ)は触れられた瞬間に喰われる訳ではない。

 魔力によって拒絶出来るのだから、的が大きかろうと気を張り続けた方がいい結果に繋がると考えた。

 

 火龍(サラマンダー)の姿でいる事には、まだ利点がある。

 連携に於いて、フィアンマの身体で仲間を覆い隠せる事が出来る。

 いくらビルフレストと言えど、不意を突かれたくはない。これがもうひとつの理由だろう。


 事実、ビルフレストはフィアンマの巨体を疎ましく感じていた。

 その原因はクレシアから得た力、探知(サーチ)の不能にある。

 

 激しく魔力がぶつかり合うだけでも、周囲に魔力を這わせる範囲度は段違いに上がっていく。

 加えて、『始まりの魔術師』。コーネリア・リィンカーウェルが周囲の天候すらも魔術で変えていく。

 フィアンマだけならいざ知らず、イルシオンやヴァレリアが居るこの状況で探知(サーチ)が使用できないのは大きな痛手だった。


 故にビルフレストは、早くこの均衡を崩したくて堪らなかった。

 仲間意識の強い彼らならば、一人倒されれば瓦解するのが目に見えている。


 既に負傷しているヴァレリアか。

 的の大きいフィアンマか。

 はたまた、精神的に一番未熟なイルシオンか。

 誰にでも付け入る隙がある事は、既に把握している。


(後のことを考えると、狙うべき相手はイルシオン・ステラリードか)


 滑らせた視線がイルシオンを前にして留まったのは、イルシオン本人も気が付いた。

 紅龍王の神剣(インシグニア)を構え、迎撃態勢を取る。

 今度こそは怒りに身を任せるなと、自らに言い聞かせた。


(まずは奴を孤立させる)


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を地面へ突き立て、魔力を放出させる。

 ヴァレリアが得意とする、地形に魔力を走らせる技を模したものだった。


「あんにゃろう!」

 

 それが自分の猿真似だと、ヴァレリア本人はすぐに気が付いた。

 真似をされた事自体はいい。腹が立つのは、自分が放つものよりも威力が高い事だ。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の力を借りているとはいえ、自分の立つ瀬がなくなる。


「ヴァレリア姉、動けるか!?」

「なめんな! まだまだ動ける!」


 身を案じるイルシオンに、ヴァレリアは強気の言葉を返した。

 大地を疾る魔力の塊を、それぞれが躱す。その瞬間に、ビルフレストはイルシオンとの距離を詰めようとした。


「これは――!」

 

 だが、上手くは行かない。

 彼が大地を踏みしめた瞬間と同時に、コーネリアの魔術によって大地が大きく揺れたからだ。

 当然、イルシオン達も影響を受けるがこの場合は救われた形になってしまった。

 

「――っ! コーネリア・リィンカーウェル!」

「仕方ねえだろ。こちとら、四人いっぺんに相手してんだ。

 こうやって地形をイジった方が、バランスとりやすいんだよ!」


 出鼻をくじかれたビルフレストは、コーネリアへ視線を送る。

 邪魔をするのであれば容赦はしないという威圧を込めたものだったが、当の彼女はどこ吹く風という態度だった。

 その証左に彼女は間髪を入れることなく竜巻を、続けて落雷を生み出している。


「……チッ」


 これ以上追及をしても、コーネリアはまともに取り合わないだろう。

 彼女への処罰は、戦いが終わった後にすればいい。

 ビルフレストは舌打ちを一度行い、自らが戦うべき相手と向き合い直した。


 ……*


 時間は僅かに遡る。

 『始まりの魔術師』へ挑む魔術師達の戦いが激化し始めた、その時まで。

 

「――影よ、欲するものを闇へと縫い付けろ」


 『羽・盾型』(シールド・フェザー)を用いて距離を保ちつつ、テランは影縫(シャドウシャックル)の詠唱を行う。

 放たれた影の針が、コーネリアを捉えんと襲い掛かる。


真木(ベトール)……。チッ!」


 真言を唱え影縫(シャドウシャックル)を掻き消さんと目論むコーネリアだったが、その効果は薄い。

 舌打ちをしながらも、稲妻の槍(ブリッツランス)を放ち影の針を撃ち落としていく。


(オリヴィアの睨んだ通りだ)


 結果的に不発に終わった影縫(シャドウシャックル)だが、テランは手応えを感じていた。

 オリヴィアが主にテランへ述べた指示は、たったひとつ。「これから放つ魔術は全て、拡張しない詠唱をしてください」というものだった。


 人間の世界の魔術師は、拡張性の高さを売りにしている。

 彼女の指示は自分達の魔術の売りを壊すもの。だが、それの考えは正しかった。


 拡張性を棄てる。それは即ち、完結した魔術へと近付く事を意味する。

 完全には無里でも、真言への対抗策としてこれ以上即効性のあるものはそうないだろう。

 

 この指示はあくまでテランに対してだけのもの。

 精霊魔術を扱うストルや、攻撃手段を『羽・強襲型』(アサルト・フェザー)で補えるピースには行っていない。


 ただ、この手段が必ずしもコーネリア自身に有効かと言われると素直には頷けない。

 完結してしまった影響で、今のように威力を中々上げられない点。そしてなにより、詠唱を要する事で魔術の乱発が行えない。

 尤も、テランの義手には魔導弾(マナ・バレット)が仕込まれている。後者の問題点は、自己解決が可能だった。


「っ! 今度は魔導具かい!」


 テランより放たれた凍結弾(フロスト・バレット)が、コーネリアを襲う。

 詠唱もなく放たれた魔導弾(それ)を彼女は瞬時に魔導具と判断し、結界を用いて受け止める。


 結界を隔てて、冷気が周囲へと充満する。

 刹那、コーネリアは背後に殺気を感じ取った。

 

 振り向いた先に現れるのは、土塊を集めた巨腕。

 ストルの精霊魔術による魔造巨兵(ゴーレム)によるものだった。


「お次は妖精族(エルフ)の魔術……。いや、それだけじゃないね」


 視線を動かさなくても判る。

 凍結弾(フロスト・バレット)によって生み出された冷気が、風に乗っている。

 ピースの『羽・強襲型』(アサルト・フェザー)が、頭上から迫って来る合図だった。


「いけえっ!」

「こっちの魔導具もかい!」


 どれも真言で対応できない攻撃。

 反撃に備えて、結界を全て覆わなかったのは失敗だった。


(いいや、違うか)

 

 もしも周囲全てを覆っていれば、魔力の消耗戦に持ち込むつもりだっただろう。

 コーネリアとしても攻め手を失い、亀のように引きこもらなくてはならない。

 

 こちらの行動を誘導した上で、各々が為すべき事を成している。

 いいコンビネーションだと、コーネリアは笑みを浮かべた。


 そう、各々が為すべき事を成しているのだ。

 自分へ啖呵を切った少女が、このまま指を咥えて見ているはずがない。


「大気で鎮まりし氷の精霊たちよ。今一度、凍てつく槍と成りて我に力を貸し給え。――凍撃の槍(フリーズランス)


 コーネリアは『(フェザー)』や魔造巨兵(ゴーレム)に気を取られている。

 そう判断したオリヴィアは凍結弾(フロスト・バレット)の冷気を隠れ蓑に、凍撃の槍(フリーズランス)を放つ。

 拡張性を代償にして放った氷の矢は一直線に、『始まりの魔術師』へと襲い掛かる。


「へっ。そうこなくっちゃな」


 だが、コーネリアは気付いていた。

 むしろ、彼女は一度たりともオリヴィアの警戒を解いてはいなかった。

 彼女は必ず何かを狙っている。攻撃に移ったこの瞬間こそが、コーネリアにとって反撃の糸口となる。


「――真土(アラトロン)。派手に暴れな!」


 地面へ手を当て、唱えるは大地の真言。

 彼女の魔力と真言に反応した大地は大きく脈打ち、元々入っていた亀裂をより大きなものへと変えていく。


「これは……!」


 いくら精霊魔術が完結した魔術であろうとも、単純な威力で上回られてしまえば意味がない。

 魔造巨兵(ゴーレム)は呆気なく崩され、ストルは下唇を噛んだ。


 途中、戦闘の邪魔をされたとビルフレストが睨みを利かせるがコーネリアは気にしていない。

 むしろ、彼に気を取られて傷を負う方がよほど馬鹿げていると考えた。

 

「そっちの魔導具もだ!」


 続けざまにコーネリアは、曇天の空模様から竜巻を生み出す。

 乱れた気流に呑み込まれるピースの『(フェザー)』。コーネリアには、届かなかった。


「まだまだ!」


 コーネリアの手は止まらない。

 同じく曇天模様から降り注ぐ落雷が、テランとオリヴィアを襲う。


 『羽・盾型』(シールド・フェザー)で直撃を防ぐものの、限界が訪れる。

 破壊された衝撃によりオリヴィアは体勢を崩し、大地の亀裂へと足を取られた。

 遠くで、コーネリアが不敵な笑みを浮かべているのが判った。


「嬢ちゃん。ここでコケるとはツイてないな」

「っ!」


 少しばかり残念だったが、運も勝負の内。

 コーネリアは割れた地面へ手を当て、紅炎の新星(プロミネンスノヴァ)を放つ。

 割れた大地が溶岩となり、周囲の魔術師達を呑み込もうとしていた。


 ストルが、テランが、ピースが溶岩から逃げる。

 一方で、身体を起こせていないオリヴィアだけがそのままだった。


「オリヴィア!」

「させねぇよ」


 影縫(シャドウシャックル)を用いて、オリヴィアの回収を試みるテラン。

 だが、咄嗟の判断であるが故に詠唱を破棄してしまう。

 オリヴィアを救うはずの影縫(シャドウシャックル)は、無情にも真言の前に散ってしまった。


 迫る溶岩。オリヴィアを救えるものは、誰一人としていない。

 そんな過酷な状況の中。オリヴィア・フォスター本人は、妙に冷静な自分に驚いていた。

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