483.皆で繋いだ一撃
神器の継承者といえど、戦闘に向かない小人族では足手纏いとなる。
皆が血と汗を流している中、ギルレッグは無力感に打ちひしがれていた。
アルジェントの右腕。接収対策に鋼鉄をいくら打ち付けようとも、決定打にはなり得ない。
ただその場しのぎの武器を造っているに過ぎない。
(ワシは、ワシはどうすれば)
自分も皆の力になりたい。その願いとは裏腹に、足が動かない。
全てを奪い取る『強欲』を前にして、自分に出来る事が思い浮かばない。
「ギギ……」
「こ、こいつ!」
立ち尽くすギルレッグの元へ、人造鬼族が迫りくる。
武器として扱った事が無いにも関わらず、小人王の神槌を構えるギルレッグ。
持てる力の全てを込めて、神槌を振り下ろそうとした瞬間。人造鬼族の巨体が、地面へと転がる。
「おいおい、ジジイ。そんなモンで殴ったら、罰当たりだろうが」
「犬ッコロ!」
ギルレッグの危機を察知した銀狼と黒狼が、彼に危険を及ぼす存在を排除する。
目を丸くする小人族の王に、ヴォルクは呆れ果てた様子を見せる。
「テメェが今更戦ったところで、邪魔なだけだろうが」
「や、やってみなくちゃわからんだろう!」
「判るから言ってるんだよ」
口の減らない老人だと呆れ果てるヴォルク。
ギルレッグも、自分では力不足だという事は承知している。
ただ、銀狼に言われるのが癪で言い返しているだけに過ぎない。
「ヴォルク。喧嘩している場合ではないだろう。
第一、お前こそ小人族の様子を気にしていたではないか」
「リュコス! テメェ!」
口喧嘩を止めようとするリュコスだったが、言葉選びが悪かった。
臍を曲げたヴォルクは、フンと鼻息を荒くしながらそっぽを向く。
一言。伝えたい言葉だけ、吐き捨てて。
「ちまちま鉄クズなんか弄ってやがるから、そんな弱腰になるんだよ。
テメェも職人なら、納得いく武器を造りやがれってんだ」
「お前さん……」
それだけを言い残すと、銀狼は黒狼と共に再び戦場へ身を投じていく。
鬼族と共に周囲の魔物を蹴散らしていく彼らの姿は圧巻で、人造鬼族だろうが、黄龍だろうがお構いなしだ。
同時に、感慨深くもない。
あれだけいがみ合っていた彼らが、こうして背中を預けている事に。
切っ掛けは、クスタリム渓谷での戦い。
最後の決め手となったのは、自分がヴォルクへ打った、魔硬金属の爪。
「納得の……いく武器を……」
ヴォルクの言葉を反芻するギルレッグは、瓦礫に埋もれたとある魔剣を目にする。
アルマが所有していた、炸裂の魔剣。
気付けば小人族の王は、その魔剣へ小人王の神槌を打ち込んでいた。
……*
アルジェントとの距離を、一気に詰めたライラスが繰り出すのは右拳。
魔硬金属の塊が、『強欲』の顔面を捉えた。
決死の特攻の末、アルジェントの脳が強烈に揺さぶられる。
ただでさえ飛び出ていた目玉は更に浮き、視界がぐるぐると回る。
それでも尚、アルジェントの闘志は萎えない。
「コ、ノ……!」
「こいつ、まだ!」
渾身の一撃だったが、仕留めきるには足りないのかとライラスは慄く。
相手が人間だという事を忘れ、魔硬金属の義手で思い切り殴りつけたというのに。
「だったら、何度でも!」
それでもライラスは引き下がらない。一発で駄目ならば二発でも三発でも。
仮に彼が痩せ我慢をしていたとしても、遠慮はしない。それぐらいの心持ちで、右腕を振り被ろうとする。
「逃ガスカヨォ!」
だが、攻撃を受ける側のアルジェントが痛みを甘んじて受け入れるはずが無かった。
自分から離れようとするライラスの義手を右手で掴み、接収を発動させる。
魔導石と自身の魔力によって稼働している義手は、瞬く間にライラスから切り離された。
一枚の鱗となった義手は、アルジェントの右腕に張り付いてしまう。彼の所有物として。
「考エナシニ突ッ込ムカラダヨォ!!」
アルジェントは風の魔術付与が施されたナイフを手に取り、ライラスの脇腹へと突き刺す。
いくら魔導障壁を身に包んでいても、その動力源は己の魔力だ。
魔術付与から迸る竜巻は、休む間も与えず魔導障壁を通してライラスの魔力を消耗させる。
「ぐ、なんの! これしき……!」
衝撃に歯を食い縛りながら、その場に踏みとどまるライラス。
アルジェントからすれば、それでよかった。
彼は魔導障壁に興味を示していた。
アルマといい、ライラスといい。恐らくは、リタやギルレッグも身に着けているだろう。
その防御性能は既に身を以て味わっている。故に、アルジェントは奪い取る事にした。
アルジェントは絶え間なくライラスを護り続ける魔導障壁へ、右手を伸ばす。
相手の防御手段を奪い、自分のものとする。
全てを欲する『強欲』の本領が発揮されようとしていた。
「アルジェント! そうはさせない!」
彼の意図にいち早く気付いたアルマが鋼の剣を拾い上げ、アルジェントへと斬り掛かる。
ライラスに集中している今ならばと意を決したアルマだが、そう上手く事は運べない。
「ウルセェヨ」
アルジェントの右腕から鱗が射出される。
現れたのは、先ほどライラスから奪ったばかりの義手だった。
魔硬金属の塊が、いとも容易く鋼の剣を折る。
折れた刃が、弱々しく宙に舞った。
「くそっ……!」
毒づくアルマの目線に、鋼鉄の刃が漂う。
その先にあるアルジェントの目線が読めない。ただ、口角は上がっていた。
「ライラス! 防御を!」
「はい!」
咄嗟に出た言葉は、彼と過ごした時間から得たものだった。
彼が浮かべた不敵な笑みは、悪巧みをする際の合図に似ている。
事実、アルマの予感は当たっていた。
次の瞬間。鱗より大量の稲妻の槍が射出されていく。
ライラスとアルマは魔導障壁に頼りつつも、致命傷を避けるべく身を覆った。
その過程でアルジェントもまた、鱗によって発生した火炎の防壁で自らの防御を固める。
腑に落ちない行動だった。攻めている彼が、どうして射線を遮断する必要があるのか。
「坊主ども! その義手じゃ!」
「そうか!」「っ!」
叫ぶオルテールによって、アルマとライラスは同時にアルジェントの意図を汲み取った。
両腕とも健在のアルジェントにとって、珍しい魔導具とはいえ義手は不要だ。
それでも有効活用をしようというのならば、手段は限られる。
アルジェントは義手を、使い捨てようとしていた。
関節部に埋め込まれた魔導石を、爆弾として利用する事によって。
「モウ遅ェ!」
防御から回避へ行動を転換しようとする二人だったが、間に合わない。
出鱈目に撃たれた稲妻の槍は、関節部の魔導石を撃ち抜く。
「させるか!」
蓄積された魔力が殻を突き破り、爆発を引き起こそうとする直前。
オルガルが自らの右手に握られた宝岩王の神槍を、義手に向かって投げつけた。
「ぐうっ!」
「耳が……!」
直後、轟音が周囲の者の鼓膜を破れそうな程に揺さぶる。
抉れた地面が砲弾の如く、周囲へ飛び散っていた。
「ク、ククク! アルマッチ、残念ダッタナァ!!」
火炎の防壁を掻き消すどころか、自分にまで熱を浴びせる程の大爆発。
いくら魔導障壁が優秀でも、限度はあるはずだ。
薄くなる煙の向こうで、アルマとライラスがどのような姿になっているのか。
人影がうっすらと見えた瞬間。早く全貌が見たいと、アルジェントは胸を躍らせていた。
「若、素晴らしい判断でしたぞ」
しかし、その人影は少年でも、筋肉質な男でもない。
人生の大半を鍛錬に費やした老人、砕突のオルテールが年齢を感じさせない動きでアルジェントへと向かっていた。
「ジジィ!?」
煙の向こうから現れたオルテールのみなら、まだよかった。
許せないのは、更に奥。アルマとライラスは多少の怪我こそ負っているが、健在なのだ。
魔導石の爆発を至近距離で受けたにも関わらず。
意味が解らない。考える時間が欲しいと、アルジェントの身は半歩引いた。
たったそれだけで、オルテールは彼の心理状態を見抜いていた。
驚きよりも、恐怖が勝っている。
どうしてアルマとライラスが無事なのか。その謎を解かない限り、安心して攻められない。
得体の知れない相手には、手出しできない。他者を見下す事で自分の精神を保っている人種の行動。
「知りたくば、足元を見るが良い」
「何ィ!?」
オルテールの行動は敵に塩を送った訳ではない。
理解させる為だった。自分の主君が咄嗟の判断で、どれだけの事を成し遂げたのか。
幼い頃から見ているオルガルの成長を、誰よりも喜んでいるから。
アルジェントは誘導されていると解りつつも、視線を爆発の中心へ向ける。
そこで彼は気付く。爆発によって抉られた大地が、不自然な形になっている事を。
「まさか……」
一方向にのみ抉られている様を見て、アルジェントは何が起きたのかを理解した。
神器だ。オルガルの投げた、宝岩王の神槍に阻害されたのだ。
オルガルによって投げられた神槍は魔硬金属の義手に触れ、重力の向きを変える。
結果、爆発の力が向く方向そのものを変えられてしまった。
結果、余波による負傷は免れないが、アルジェントが期待したものとは程遠い。
「コノッ!」
「反省するならともかく、この状況で逆上する余裕があるとはな」
頭に血が上るアルジェント。この流れも、オルテールの目論見の内だった。
余力は残さない。オルテールは自分の少ない魔力を全て身体の強化へ注ぎ込み、アルジェントを攻め立てる。
「グッ!」
オルテールの槍を咄嗟に受け止めるアルジェントだったが、それがまずかった。
今、彼が握り締めている槍は、地面に投げられたものを拾い上げた宝岩王の神槍なのだから。
「コ、コノ……!」
移り変わる重力の向きに、身体の対応が追い付かない。
気付けばアルジェントの背中一面が、地面へとへばりつく。
「ここまでじゃ」
見上げた先にあるのは神槍を構えたオルテール。
しかし、アルジェントの視界に移ったのはその奥にある、曇天模様だった。
今の自分の状況を映し出しているようだ。
他者の上澄みを奪い取り、見下してきた人生。
それがいつしか、見下ろされる立場にある。
彼にとって、これ以上の屈辱はないだろう。
そんな事はあってはならないのだ。
何のために、右腕をこんなものに換えたのか。
何のために、身体をこんな異形に変えたのか。
全ては自分が、強者である為。
あらゆる者を得て、他者を見下す。優越感に浸る為。
アルジェント・クリューソスはそれ以外の快感を知らない。
いや、満足が出来ないのだ。
妬み、僻みは他者による敗北の証明。
自分が勝利していると、実感できる唯一のもの。
だから、もう敗ける訳にはいかない。
代償はとうに払っている。結果だけが、欲しかった。
「調子ニ……乗ンジャネェエエエェェェェェ!!」
アルジェントは右腕の鱗を片っ端から解放していく。
ありとあらゆる魔術が暴発し、自分もろともオルテールの身体を撃ち抜いていく。
「がはっ……」
自爆も厭わない攻撃に、流石のオルテールも防ぎきれはしない。
既に全盛期はとうに過ぎている。一撃一撃が、身体の芯に伝わるようだった。
「オレッチハ、オレッチハヨォ! 全テヲ掴ムンダァアァァァァァァ!」
オルテールが負傷したからか、宝岩王の神槍の支配が弱まる。
その一瞬を見逃さない。風の魔術付与を施したナイフが、オルテールの脇腹へと突き刺さる。
抉られた部分から、血飛沫が周囲へと飛び散っていく。
「じいや!」
このままではオルテールが死んでしまう。
オルガルは、交代するべくアルジェントの元へと駆けようとする。
だが、視線の先にはもうひとつの人影があった。
その少年はとても痛ましい表情を浮かべながら、残る力の全てを振り絞って走っている。
「ホラヨォ、クタバッチマイナァ……」
「何を抜かすか……。貴様如きにくれてやるほど、安い命ではないわ……」
などと強がってはみたものの、決してオルテールの傷は浅くない。
このままでは自由になったアルジェントが暴れ回るのは時間の問題だ。
自分に残された手段は他にないのか。
それを追い求めた時。
やはり、最後に鍵を握るのは長年連れ添った相棒。宝岩王の神槍だった。
「……小僧。貴様、その奇怪な術を大量に消費したな」
「アァン!?」
確かにアルジェントは、オルテールを退ける為に鱗を大量に消費した。
だが、だからなんだというのか。接収の手に掛かれば、鱗はいくらでも補充が利く。
それこそ、戦っている相手から奪えるのだから。
尤も、オルテールもそんな事は今更訊くまでもない。
あくまで話の掴み。不要なお節介を、押し付ける為の。
「貴様のような矮小な男は、使える枚数が減れば減るほど、不安にもなるだろう。
儂からの餞別じゃ、受け取れ」
次の瞬間。『強欲』の右腕に激痛が走る。
最後の力を振り絞ったオルテールの、宝岩王の神槍が突き刺さっていたからだ。
「テメェ! フザケンナァ!」
手の甲まで貫通した神槍の先端は、地面にまで突き立てられる。
怒りのあまりアルジェントは、ナイフの刃を更にオルテールの腹へ埋めていく。
それが、まずかった。
「く、くく。眼の前のことしか見えない、愚か者めが」
小型の竜巻が腹の中を抉っていく。
身を刻まれる激痛に耐えていたオルテールにも、遂に限界が訪れる。
全身の力が抜け、そのまま仰向けに倒れ込んでしまう。
「じいや!」
まずい。このままではオルテールが殺されてしまう。
血の気が引いていくオルガルだったが、オルテールの様子がおかしい。
大怪我を負っているにも関わらず、彼はうっすらと笑みを浮かべているのだ。
「グ、シマッ……」
「フ……。阿呆めが……」
アルジェントは追撃を仕掛けてこない。
訝しむオルガルが目にしたものは、所有者の離れた宝岩王の神槍によって自由を奪われたアルジェントの姿だった。
「クソッ! クソッ!」
いくら神槍を抜こうとも、触れると重さが増してしまう。
故に宝岩王の神槍は、アルジェントを地面へと縫い付ける杭となる。
「アルジェント……!」
既にアルジェントの元へ走り込んでいたアルマが、アルジェントの上に跨る。
千載一遇の好機。この機を逃してしまっては、永遠に彼を倒す事は不可能だ。
「坊主、受け取れ!」
アルマがアルジェントと顔を見合わせたのとほぼ同じタイミングで、アルマに一本の剣が託される。
正体は、ギルレッグによって強化された炸裂の魔剣。
刀身に埋め込まれた魔石が集約され、一撃で多大な威力を発揮する魔剣へと生まれ変わっていた。
「これで終わりだ……。アルジェント!」
炸裂の魔剣を振り上げるアルマ。
振り下ろす瞬間、アルジェントと目が合う。思い返されるのは、共に過ごした時間。
悪意に染まっていた時間だが、間違いなく安らぎはそこにあった。
「っ……!」
アルマの身体が強張る。人を、かつての友人を殺めるという事に対する忌避感。
また後悔するのではないかという不安故に生まれた隙を、アルジェントは見逃さない。
「ビビッテンジャネェヨ! ヘタレガァ!」
宝岩王の神槍に右手を撃ち抜かれながらも、残る鱗を解放するアルジェント。
再び暴発する数々の魔術が、アルマへと襲い掛かる。
「っ! くそお!」
この瞬間、アルマは悟った。
アルジェントは変わらない、自分の言葉は届かない。
この刃は、振り下ろさなくてはならないと。
全身でアルジェントの悪意を受けながらも、アルマは掲げた炸裂の魔剣の能力を解放する。
組み込まれた魔石が巨大な爆発を引き起こし、鱗から発せられた魔力を吹き飛ばす。
炸裂の魔剣の刀身自体も威力に耐え切れず破損するが、その中からもうひとつの刀身が顔を覗かせる。
魔硬金属によって造られた刃が、アルジェントの胸を貫く。
「ナンダ……。デキルジャ……ネェカ……」
爆発によって捥がれた右腕。『強欲』から解放されたアルジェントは、残った左手の指先で魔硬金属の刀身に触れる。
どんな芸術品にも劣らない、美しい輝きを放っていると思った。
かつて、芸術の国で名を馳せようと野心を燃やしていた事を思い出す。
だが同時に、自分には到底無理だと改めて悟った。こんなに美しいものを、創造出来るとは思えなかったからだ。
(いちばんしょうもないのは、おれっちだったってことか――)
自分では何も創り出せないからこそ、他者の上澄みを求める。
『強欲』を受け入れた後は、より顕著になった。
そんな贋作のような人間が、真作に勝てるはずもない。
アルジェント・クリューソスは納得をしたかの如く口元を緩めながら、その生涯を終えた。