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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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482.胎動

 黒い球体。

 卵のように見える()()の中で閉じ籠りながらも、邪神は過敏に受け取っているものがある。


 ひとつは、悪意。

 合成魔獣(キメラ)素体(ベース)となった人間が、断末魔を上げる度に自分へ流れ込んでくる。

 不平不満から手を伸ばしたものは希望ではなく、絶望だった。

 素体(かれら)は最後まで満たされる事なく、この世の全てを怨みながらその生涯を終える。


 堪らなく気持ちが悪かった。

 異形に身を堕とした者の末路も。

 そうなると判っていながら利用した者の悪意も。

 いつまでも喉にへばりつくような不快感が纏わりつく。


 もうひとつは、想い。

 悪意とは対照的な善意とまでは言えない。

 だけど、この感覚は知っている。

 自分に手を指し伸ばしてくれた者の残滓が、一ヶ所へ集まっていく。


 判る。判るに決まっている。判らないはずがない。

 自分が唯一触れた温もりを忘れるはずがないのだから。


 逢いたい。分体を通してではなく、自分自身が、彼と逢いたい。

 それが難しいという事も理解している。

 

 自分の身体を分け与えた分体は、もう各々の道を歩み始めた。

 今は彼の親は自分ではなく、適合者と言っても過言ではない。

 どうしようもない。止められない。


 やがて、分体は世界を破壊していくだろう。

 恨み、辛み、妬み、嫉み、僻みは全て、親である自分の元へと還ってくる。

 また、気持ち悪いものが自分にこびり付くのだと考えるだけで憂鬱だ。


 いっそ、何も考えなければ。入り込んでくる本能ままに従えば。

 この苦しみも、分体のように快感へと変わるのだろうか。


 邪神は深い闇の中へ沈む身に、全てを委ねようとした。

 だけど、どうしても忘れられない温もりがある。


 ――お前は……。本当に、それでいいのか!?

 

 彼の言葉が耳から離れない。

 この暗闇に浸ってしまえば、二度とあの温もりと巡り合えないような気がする。

 邪神にとって、最後の抵抗だった。


 ――そんなのは、嫌だ。


「あら? あらあら? そう、ついに目覚めたのね」

 

 卵が脈打つ瞬間を、ファニルは両の眼で、両の手で感じ取った。

 ついに邪神が目覚めるのだと、感情を昂らせた。


「いいわ、すごくいい。今ね、私の息子も一生懸命戦っているのよ。

 そう。気持ち悪いものを全部壊して、ちゃーんとお話が出来る子と一緒に、世界を創り変えるの。

 きっと素敵だわ。ビルフレストなら、きっとやってくれる。

 あなたは、私と一緒にそれをお手伝いするの。邪魔するひと、みーんな壊しちゃっていいからね。

 私の精神(こころ)を色濃く受け継いでいるんだもの。あなたも、私の子供みたいなものよ。

 だったら、お兄ちゃんのために家族一丸となって頑張りましょうね」


 混ざり気のない純粋な悪意が、邪神の精神を蝕む。

 根底にあるのは、息子への愛。だからこそ、邪神は訳が分からなかった。

 手を差し伸べてくれた青年も、情愛を根底に抱えた人間だったから。


 ふたつの違いを理解できる程、邪神はまだ『心』に触れていない。

 愛情が混ざり気のないものだったからこそ、飲み干してしまった。

 

 心の内から浸されていく。沈んでいく。溺れていく。

 

 自らが本当に欲しているものと、自らに求められているもの。

 乖離したふたつを抱えながら、邪神は目覚めの刻を迎えようとしていた。

 与えられた『役割』を果たす為に。


 ……* 


 場所は変わって、ミスリア王宮。

 『強欲』の適合者(アルジェント)を討たんとするレイバーン達が、最後の攻防へと挑む。


「テメェラガイクラ束ニナッタトコロデ、勝テルワケネェンダヨォ!」


 まるで魚のように飛び出た眼球が、薄気味悪く周囲を捉えるように動いている。

 博打で鍛えたからか。或いは、元々がこの男の本質だからか。

 アルジェントはマーカスによる人体実験を受けながらも、元来から持っている観察眼を失ってはいない。


 そもそも、互いの勝利条件が違う。

 アルジェントはミスリアの王妃(フィロメナ)を墜とせば、いい。

 そこから先は自分が手を下さなくとも、ミスリアは崩壊するだろう。


 だが、相手は自分一人に拘っては居られない。

 自分を倒してもまだビルフレストが、邪神が残っている。

 その間も、この地に蔓延る人造鬼族(オーガ)を放置はしていられない。

 殲滅をしなくては、援護へ向かう事もままならない。


 一秒でも早く決着をつけたいのは、決して自分ではない。

 変わり果てた様相から想像できない冷静さが、アルジェントの身体を僅かに引かせた。


「逃がしはしない!」


 アルジェントの動きに最も早く反応をしたのは、オルガルだった。

 彼の持つ宝岩王の神槍(オレラリア)ならば、接収(アクワイア)の影響を受けはしない。

 自分が適任だと瞬時に判断し、アルジェントが下がった分だけ彼の懐へ踏み込もうと試みる。

 

「若、お待ちください!」

 

 しかし、歴戦の猛者であるオルテールが待ったを掛ける。

 不自然だった。ここまでミスリアを追い詰めておきながら、援軍が来た程度で引き下がる訳がない。

 恐らく、彼が欲したのは距離だ。接収(アクワイア)で奪い取ったモノを射出するだけの間合い。

 付け加えるならば、相手が咄嗟に反応して躱しきれないギリギリの距離を、アルジェントは求めていた。


「モウ遅ェ!」


 オルテールの声に反応を示したオルガルは、前へ傾いた重心を引き留める。

 結果、アルジェントが欲した分よりも長い距離が両者の間に残る。

 最高の結果とは言えないが、許容範囲。アルジェントの右腕から、鱗が射出される。

 

 放たれたのは、人間を人造鬼族(オーガ)へと変える薬。

 神器の継承者を化物へ変貌させるべく、アルジェントの悪意がオルガルへ襲い掛かる。


「こんなもの!」


 オルガルは宝岩王の神槍(オレラリア)の穂先を大地へ当て、重力の向きを操作する。

 持ち上がった砂による薄壁が、アルジェントの放った薬を防いだ。

 

 だが、アルジェントの攻撃が終了をした訳ではない。

 あくまで薬は前座。より危険な、どうしても防がなくてはならないものに手を割かせる為の布石。


「ナラ、コッチハドウダァ!?」


 続けて右腕から放たれた鱗は、アルジェントの足元へと落ちていく。

 そこから周囲を巻き込むように広がっていくのは、透明な氷。

 鱗の正体は氷の最上級魔術、六花の新星(フロストノヴァ)


「くっ!」

「小癪な真似を……!」


 一瞬にして広がる氷。砂の壁によって反応の遅れたオルガルの足元が縫い付けられていく。

 その影響はオルガルだけに留まらない。周囲のオルテールやアルマ、ライラスまでも身体の自由が奪われていく。

 

 このまま足止めされるのはまずいという判断から、オルガルは氷を割るべく神槍を突き立てる。

 他の者も同様に、六花の新星(フロストノヴァ)からの脱却を試みる。

 その間、誰一人としてアルジェントへの注意は怠ってはいない。警戒が薄れたのは、頭上だった。


「ココマデダァ……」


 厭らしく、不気味に口角を上げるアルジェント。

 彼は敢えて、目立つ自分に注意を引き付けた。

 本命は遥か上空、雲の上。六花の新星(フロストノヴァ)に隠れて上空へ打ち上げた、一枚の鱗。

 彼らを纏めてを焼き尽くさんとする紅炎の新星(プロミネンスノヴァ)が、地上に張り付いたままのオルガル達へと襲い掛かる。


「死ンジマイナァ!」


 迫る灼熱によって、氷が溶けていく。だが、逃げるには間に合わない。

 全員が『死』を覚悟した瞬間。分厚い氷が傘となり、炎と彼らを隔てた。


「なに、いい様にやられてやがんだ!」


 氷を放った主は、レイバーンと共に現れた銀狼(ヴォルク)

 ギルレッグによって新たに打ち直された爪を地面へと突き立て、氷の傘を創り出していた。


「オルガル! その氷を!」

「っ! はいっ!」


 その奥で声を上げるのは小人族(ドワーフ)の王、ギルレッグ。

 オルガルは彼が言わんとしている事を瞬時に察知し、宝岩王の神槍(オレラリア)の先端を氷の傘へと当てる。

 重力の操作によって密度が増した氷は、灼熱の炎に耐えきるだけの強さを発揮していた。

 

 アルジェントの腸は煮えくり返っていた。

 まただ、また邪魔が入った。今度こそ、仕留めたと思ったのに。

 クスタリム渓谷では醜態を晒した相手に邪魔をされるなんて、屈辱の極みでしかない。


「オイィ! 黄龍ドモ! 犬ッコロトデカブツハテメェラガ見テオケェ!!」


 これ以上の横槍は入れさせないと、黄龍へ乱雑な指示を出すアルジェント。

 彼はまだ気付いていない。今度は、自分の視野が狭まっている事に。


 尤も、彼にとって優先順位の高い。つまり、危険だと判断した相手の動向は把握している。

 氷の傘で自分の邪魔をした銀狼(ヴォルク)。かつて辛酸を嘗めさせられたオルテールやオルガル。

 共に同じ釜の飯を食ったアルマでさえも、注意深く気にしていた。


「うおおおおおお!」

 

 頭から消えていたのは、彼にとって最も関係が希薄な人物。

 ミスリアの五大貴族であり、右腕に義手を装着した男。ライラス・シュテルン。


 強引に最短距離を走るライラスに、アルジェントは虚を突かれた。

 だが、脅威であるかどうかは別の話となる。

 いくら身体を鍛え上げ、恵まれた魔力で強化しようとも。

 アルジェントの迎撃を許さずに距離を詰めるだけの速度は持ち合わせていなかった。

 

「コイツバカカァ!?」


 あまりにも無策なその様に、アルジェントは彼が囮である可能性を棄てきれない。

 オルガル達への注意が解けないまま、ライラスの迎撃を余儀なくされた。


 鱗から弾き出されるのは無数の矢。

 動きを止める為の稲妻の槍(ブリッツランス)。その身を焦がす為の紅炎の槍(ファイアランス)

 魔術の矢が最短距離で放たれたにも関わらず、ライラスは引かない。


「なんの、これしき!」


 義手となった右腕で急所を護りつつ、残る箇所は全て魔導障壁(マナ・プロテクト)の性能に任せた。

 右腕を義手に換装しているからこそ、ライラスはベル・マレットの魔導具を信用している。


 昔は魔導具など、大したものではないと鼻で笑っていた。

 魔術を使えない者が足掻いているだけだと思った。


 だけど、本質はもっと別のところにあった。

 魔力の有無を問わず生活を、心を豊かにするだけの潜在能力が魔導具には秘められている。

 ミスリアもマギアも、本来はもっと手を取り合うべきだと考えを改めた。


 ライラス・シュテルンは考える事があまり得意ではない。器用ですらない。

 だからこそ、彼はこのような方法でしか信頼していると証明できない。

 だがそれは、他者を欺き、上澄みを奪うだけの人間にとっては胸に突き刺さる行動でもあった。


「いい加減、自分も貴様には苛立っていた! 覚悟しろ!」


 魔硬金属(オリハルコン)で造られた義手が振り被られる。

 肘から魔力が放出され、ライラスの拳を加速させた。

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