477.想いの糸
ミスリアの。ひいては自らの危機に現れたのは、かつて共に戦った仲間。
神器の継承者である彼らの実力は折り紙つきだ。
けれど、イディナは頭の整理が追いつかない。
どうして彼らがミスリアの王宮に居るのか、検討も付かないからだ。
「おふたりとも……ど、どうしてここに!?」
「そこにある、転移魔術を使わせてもらったんだ」
人造鬼族を宝岩王の神槍で弾きながら、オルガルは答えた。
確かに、転移装置の上にある瓦礫が綺麗に取り払われている。
「全く。転移してみれば瓦礫に埋もれているのだから、驚いたわ。
あの女め、想定しておらんかったな」
「いやあ、それは特例というか……。想像しろという方が無茶だよ、じいや」
渋い顔をしたオルテールが恨み言のようにぽつりと呟く。
小言を言うオルテールも、主君の身でありながらフォローするオルガルも、全てが懐かしい。
紛れもなく本人だと思うと、イディナは安堵から腰が抜ける。
だが、根本的な疑問はまだ残っていた。
「で、でも! その転移魔術が繋がっているのは妖精族の里ですよ!?
どうして、オルガルさんとオルテールさんが……?」
彼らの説明は適切ではなく、イディナを益々混乱させてしまう。
オルガルとオルテールは妖精族の里に居る訳ではない。
マギアから移動してきたのであれば、郊外。今まさに、合成魔獣と戦っているあちら側ではないのだろうか。
オルガルとて自分の言葉が足りない事は承知している。
人造鬼族を払いながら、彼はイディナの疑問を解消すべく語り始めた。
「実はこの間、シンさんやフェリーさんがマギアへ訪れたと小耳に挟んだんだ」
「えっ……?」
きょとんとするイディナだったが、心当たりはある。
少し前に、慌てた様子でシンとフェリーが転移魔術を使うべく訪れていた。
あれは確か、イリシャを連れ戻す為だった。
「まあ、結局会うことは出来なかったんだけど。
それでも、戦いが近いんじゃないかって考えてしまったんだ」
「フン、あの小僧。顔さえ出さない白状者めが。若の慈悲深さに感謝するがいい」
鼻息をするオルテールに、オルガルは「事情があったかもしれないだろう」と落ち着くように促す。
オルテールも本気で苛立っている訳ではないが、主君が取られてしまうのではないかと懸念しているのかもしれない。
「どうしようかと考えていたところ、ロイン様。
……新たにマギアの王となった方がね、行くべきだと諭してくれたんだ」
マギアでの内乱を終えて、正式に国王に就任したロインは悪意と内乱によって傷付いた国の復興に勤しんでいる。
まだ小さな灯を耐えさせないよう日夜奔走する中。
本来ならば、自らの腹心とも言えるオルガルとオルテールを手元から離す選択は中々取れるものではない。
それでも、ロインは迷わなかった。
問題がなければないで、帰ってきてくれれば構わないと、オルガルへ告げる。
王となった少年は知っていた。想いは、とても強い原動力になる事を。
そして何より、ロインも恩返しをしたかった。祖国の為に戦ってくれた青年達に、してあげられる事を模索していた。
だからこそなのかもしれない。
彼らを慮るオルガル達を送り込むのは、当然だとロインが感じていたのは。
ここまでが、オルガルがミスリアへ向かう動機。
郊外ではなく王宮に現れた理由は、この決断が大いに関係している。
「それで、僕たちも初めはミスリアへ向かうつもりだったんだ。
けれど、転移魔術がうまく作動しなくてね。それで、妖精族の里へ転移させてもらったんだ。
ベルは以前、片道だと言っていたからヒヤヒヤしたけどね」
ここで漸く、イディナは合点が行った。
オルガルとオルテールがこの場に現れたのは、妖精族の里の転移装置を利用したからだ。
彼らからすれば面倒な手順だっただろうが、この場に於いては神に感謝せざるを得ない。
「フン! あの魔女め。仕様を変えたなら伝えんか」
「まあまあ……」
これだから魔導具は信用ならんと鼻息を荒くするオルテールを、オルガルが宥める。
実際、いつの間に仕様が変更されたかを彼らが知る術はない。
ただ、オルガルは知っている。自分の幼馴染は、そういう人間であると。その強みが、今活きたという形だ。
事実、マレットは最悪の状況に備えて出来る限りの準備をしていた。
万が一を踏まえ、一方通行だった転移装置をオリヴィアに改造の依頼を出す。
オルガル達に伝える余裕こそなかったが、彼らは見事にマレットの思惑通り動いてくれた。
この援軍は奇跡の賜物かも知れない。けれどそれは、マレットが細い糸を垂らしたからだ。
彼女は戦場に立たずとも自分にできる全てを以って、戦い続けている。
「でも、実際に妖精族の里へ辿り着いた時は驚いたよ。
シンさんやベルが居ないことも踏まえてね」
オルガルはシンは兎も角、マレットさえも居ない状況を訝しむ。
尤も、妖精族の里からしてもオルガル達は招かれざる客だ。
もしかすると世界再生の民の手先かも知れないと、里の防衛を務める者が警戒心を顕にする中。
ミスリア第二王女であるイレーネが、二人の身元を保証した。妖精族の里に害をもたらす人間ではないと。
「多分、僕たちはかなり警戒されていたと思う。こうして転移出来たのは、イレーネ様のおかげさ」
「イレーネが……」
一時期。オルガルとオルテールはミスリアの王宮を間借りしていた。
その際に面識を持っていたが故に、間を取り持つ事が出来た。
「そこから僕たちはイレーネ様に大まかな事情を教えてもらって、ミスリアへ来たってわけさ」
同時に彼女は救けを求める。ミスリアの危機に、皆が戦ってくれている。手を貸して欲しいと。
イルシオンをはじめとするミスリアにも、彼らは恩義を感じている。
こうして妖精族の里にある転移魔術を用いて、彼らは王宮へとやってきた。
絶望的な状況を打破する、救世主の如く。
「バクレイン卿。此度のこと、心より感謝いたします。
そして……。不躾ではありますが、貴殿たちのお力を、私どもにお貸しください」
感謝の言葉を述べながらも、フィロメナは胸に熱いものが込み上げてくるのを止められない。
人々の思いが繋がり、奇跡を引き寄せる。
悪意に対抗する術であると同時に、これから先のミスリアが大切にしなくてはならないものを学ばされた。
奇跡でありつつも、偶然ではない。人の善意は、ここまで拡大するのだと知る事ができたのは僥倖だった。
「ぼ、ぼくからもお願いします!」
頭を下げるフィロメナの動くを追うかの如く、イディナは頭を下げる。
その様はとても拙いが、必死さが伝わっていた。
「大丈夫、初めからそのつもりさ」
「若の言う通りじゃ。お主らには恩がある」
心配無用。元よりそのつもりだと、二人の槍使いは軽く笑みを浮かべる。
まるで手足のように槍を扱いながら、迫り来るくる人造鬼族を撃退していく。