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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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473.スイッチ

 テランの義手から放たれた高熱弾(ヒート・バレット)は、コーネリアに届かない。

 けれどそれは、大いなる一歩となる。

 

 相手の大きさに惑わされないように、自分が小さいと卑下しないように。

 確実にコーネリアの輪郭と、そこに生じる差を見極めていく。


「魔術そのものを放つ魔導具か。ったく、魔導具の方は大した進歩だよ!」


 初めて見る魔導弾(マナ・バレット)の前に、コーネリアは惜しみの無い称賛を送る。

 『(フェザー)』もそうだが、本当に魔導具に関しては技術の進歩が目覚ましいと心から思っている。

 そもそも、そうでなければ自分もこの場に立っていないだろう。

 

 ただ、大きく進化を遂げたと言ってもあくまで魔導具の話だ。

 使っている張本人の能力で言えば、コーネリアはこの場の誰よりも魔術師として優れている。

 『始まりの魔術師』と呼ばれた誇りに掛けて、敗北を喫する訳にはいかない。


(真言で打ち消せなかったということは、アタシと術式の基礎体系が変わっている。

 ……当然か。魔導具で疑似魔術を放っているんだ、そもそもイメージもへったくれもない)


 魔力による結界の向こう側から、コーネリアは冷静に状況を見極める。

 イメージを必要としない疑似魔術は術式が完成している。

 即ち、使用者本人にとってもこれ以上の威力は出せない。


 高熱弾(ヒート・バレット)の威力は、コーネリアにとって脅威となるものではない。

 簡易結界を前方の張る事により受け止める事は容易だった。

 

 向こうは魔導具、それも消耗品なのだ。いつか必ず、弾を打ち尽くす。

 攻撃手段を手に入れたと言っても、永遠には続かない。

 この勝負はコーネリアに分があるものだった。


 ――というのは、オリヴィアとて百も承知である。

 

 だからこそ、彼女は魔術を放った。

 結界に防がれた高熱へ、大量の雨を降らせるかの如く。


(雨? フォスターのやつ、何を……)

 

 粒子状に降り注ぐ水滴は、オリヴィアの魔術によって創られた物である。

 当然、コーネリアの真言によって魔術は無効化される。

 結界を張りながらでは使えないと思っているのであれば、誤りだ。

 魔力による結界を張る事と、真言を用いる事を並列に扱うなど造作もない。

 コーネリア・リィンカーウェルは元々、今の魔術体系が出来上がる前から魔術を操ってきた人間なのだから。

 

 オリヴィアの意図は解らない。解らないからこそ、気持ちが悪い。

 故にコーネリアは、真言を用いて彼女の魔術を掻き消す事に躊躇は無かった。

 

「――真水(オフィエル)

冷凍化(アイスメイク)!」


 コーネリアが真言を唱えるとほぼ同時に、オリヴィアは次の一手を打つ。

 使用した魔術は対象の温度を下げ、凝固させる冷凍化(アイスメイク)

 しとしとと降り注いでいた雨は一部が固まり、雹という形でコーネリアへ牙を剥く。


(まさかこれで真言の対象をズラしたつもりか? 発想は悪くねぇけど、通用しねぇよ)


 真言を回避しつつ、雨を一瞬にして武器へと変貌させる。その発想力には感服する。

 けれど、水が氷となったに過ぎず、何ひとつ恐れるものはない。

 コーネリアは用いた真言を氷へ向け、冷気を待機中に霧散させる。


(いける……!?)


 しかし、それこそがオリヴィアの狙い。正確に言えば、賭けだった。

 降らせた雨も、創り出した雹も。コーネリアが同時に掻き消せるのであれば、作戦は失敗となる。

 では、そうでないとすれば。ここから先、反撃の狼煙を上げる事が出来るだろう。


 結論から言えば、コーネリアは真言を用いて雨と雹。その双方を打ち消す事は可能である。

 けれど、広範囲に影響を及ぼすには集中力を要する。故に使わなかった。否、使()()()()()()

 

 今回、オリヴィアが選択した雨という手段は的確だった。

 コーネリアが生み出した曇天より降り注ぐ雨は、上空で雹となって降り注ぐ。

 視界の悪さと高さを生かした攻撃は、コーネリアの警戒心を煽る。

 「何か狙いがあるはずだ」とオリヴィアを評価した時点で、既に目論見は成功していた。


 残った水滴が高熱弾(ヒート・バレット)によって高熱を帯びた結界へと触れる。

 刹那、蒸発した水滴は周囲を白く覆った。シンやフェリーが好んで使う、水蒸気による煙幕。


煙幕(こっち)が本命か! ……しゃらくせえ!」


 たちまち、前方のオリヴィア達が煙の向こう側へと消えていく。

 「してやられた」と毒づくコーネリアは即座に結界を解除し、風の魔術で煙そのものを吹き飛ばした。

 

 視界が晴れた瞬間。コーネリアの脳裏に様々な可能性が過る。

 テランによる魔導弾(マナ・バレット)。ストルによる精霊魔術。フィアンマによる炎の息吹(ブレス)

 もしくは、純粋な魔術師であるオリヴィアの魔術。


 どの状況に於いても、冷静に対応すれば対処が出来ると自負していた。

 想像の範疇であれば、百戦錬磨の彼女が驚きで身を強張らせる事などあり得ない。


 そう、()()()()()()()()()


「う、おおおおおおっ!?」

「な……っ!?」


 拓けた視界の眼前。最も近い位置に立っていた者は、コーネリアの想定から外れた存在だった。

 翠色に輝く刃を握り締める子供は、先刻までビルフレストと対峙していたはずの少年。

 逆に火龍(サラマンダー)の姿が見当たらず、完全に視界から消える形となる。


(何がどうなって……)


 狼狽するコーネリアだったが、その理由を察するまでに時間は要さなかった。

 緑髪の少年。ピースの胴体に巻き付いた帯が、そのまま答えを示していたからだ。


 ……*

 

「二人がかりでも……!」


 ビルフレストと対峙していたピースは、自分とヴァレリアの攻撃を難なくいなすビルフレストに慄いていた。

 攻め立てるどころか、反撃によって繰り広げられる『暴食』の左手や漆黒の刃による強烈な一撃を前に劣勢を強いられている。

 魔導障壁(マナ・プロテクト)による防御が無ければ、とうに何回か致命傷を負っていてもおかしくはない。

 むしろ、脇腹を抉られながらも必死に抵抗し続けるヴァレリアには感服をしてしまう程だ。


「貴様等が束になったところで、私には届かない」

「上から目線で偉そうに!」


 淡々と述べるビルフレストに、ヴァレリアは感情を露わにする。

 風を纏った黄龍王の神剣(ヴァシリアス)の剣閃が、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)と衝突をし周囲に魔力が吹き合えた。


 神剣と魔剣による衝突。ピースも魔導刀(マナ・ブレード)を持っているが、元々の膂力が違い過ぎる。

 力比べの状況になってしまえば、入り込む余地がない。

 

(くそっ)


 それでも少年は、どうするべきかを必死に模索する。

 状況に変化が起きたのは、まさにその瞬間だった。

 

「ピースさん、こっち手伝ってください!」

「はへ!?」

 

 思い掛けない方角からの要請に、情けない返事が放たれる。

 次の瞬間、ピースの身体に巻き付くのは影による帯。

 テランから放たれた影縫(シャドウシャックル)が、味方である彼を捕まえていた。

 

「ピース、すまない。オリヴィアの指名だ」

「ちょっ……!」


 言葉の上では謝っているものの、テランからは全く反省の色が見えない。

 捕らえた者を逃がさない影縫(シャドウシャックル)に抗えるはずもなく、ピースはそのままオリヴィア達の元へと引き寄せられた。


「おい、ピース!? オリヴィア、テラン! なにやってんだ!?」


 ビルフレストと鍔迫り合いをしているヴァレリアも、テランらの行動には驚きを隠せない。

 一流の魔術師が束になって尚、『始まりの魔術師』には及ばないというのか。


「貴殿に、他人の心配をしている余裕はないはずだろう?」

「うる……せ……」


 気が逸れた一瞬で、形勢はビルフレストへと傾く。

 全体重を乗せ押し込まれた刃はヴァレリアの肩へと食い込みはじめ、彼女へ鋭い痛みを走らせた。


 ビルフレストの言葉通り、決してヴァレリアにも余裕などない。

 むしろ、彼女は危機に陥っていた。手負いの状態で、ビルフレスト・エステレラと一対一の状況が作られたのだから。

 

 尤も、オリヴィア達もそうなってしまう事は理解している。

 初めからヴァレリアを犠牲にするような作戦を選ぶつもりはない。

 力と力のぶつかり合いで一歩及ばないピースに代わって、的確な援軍を送りつけていた。


「――テランか」

 

 ビルフレストの足元に、影縫(シャドウシャックル)が撃ち込まれる。

 彼は冷たい視線で打ち込まれた針を眺めていたが、つまらなさそうに呟くに留める。

 

 影縫(シャドウシャックル)を掃う事はそう難しい話ではない。

 けれど、今すぐとなれば話は変わってくる。


 現在、ビルフレストはヴァレリアと鍔迫り合いの真っただ中だ。

 押しているとはいえ、両手で剣を支えている状況。そんな中で意識を割けば、手痛い反撃を受けるのは明らかだ。


 故に、判断を迫られる。このまま強行するべきか、一度下がるべきかを。

 彼の判断を惑わせたのは、他でもない相対するヴァレリア自身だった。


「ビルフレスト、逃げんのか?」


 痛みに耐えながらも、ヴァレリアは不敵な笑みを浮かべる。

 そう、彼女は手負いなのだ。吸収(アブソーブ)によって脇腹は抉られ、今も尚左肩には刃が食い込んでいる。

 この状況で下がるなんてありえない。面倒な神器使いの始末を優先するべきだ。


「嗤わせるな。すぐに貴殿を楽にしてやる」


 ヴァレリアの挑発に乗る形で、ビルフレストは更に魔剣へ宿らせる魔力を高めた。

 負傷したヴァレリアでは彼の剣を受け止めきれない。刃は一層深く、彼女の肉に呑み込まれていく。


 痛みに耐え、尚も抵抗を続けるヴァレリア。

 一刻も早く、彼女を断ちたいビルフレスト。

 二人の攻防に終止符を打つのは、影縫(シャドウシャックル)によってテランが送り込んだ援軍だった。


「ボクを無視するとは、いい度胸じゃないか!」

「フィアンマ殿!?」

 

 高速で近付いてくる援軍の正体は、紅龍族の王であるフィアンマだった。

 龍族(ドラゴン)の身体を持つ彼は、その巨体が原因で影縫(シャドウシャックル)に引き摺られるまでに時間差(タイムラグ)があった。

 

 故に、影縫(シャドウシャックル)の意図が読み切れないビルフレストに選択の余地が生まれてしまったのだ。

 もしもフィアンマがピースを回収した時のように高速で動き始めていれば、彼は間違いなく下がっていた。


「紅龍族の王か――」

「翼の借りは、返させてもらう!」


 影縫(シャドウシャックル)による拘束移動の傍ら、フィアンマは右手を抱え上げた。

 鋭い爪のひとつひとつに高熱が宿り、そのままビルフレストを灼き斬らんと振り下ろされる。

 

「チッ」


 流石のビルフレストもヴァレリアと鍔迫り合いを続けている状況ではなくなった。

 舌打ちをしながらも、彼はフィアンマの一撃を躱す。

 ヴァレリアを仕留めきれなかった、苛立ちを募らせながら。


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