471.光明
(もしかして、わたしたちの魔術は……)
ストルの精霊魔術を、コーネリアは消滅させる事が出来ない。
この事実は、オリヴィアのひとつの仮説を浮かび上がらせる。
人間の魔術の歴史に於いて、コーネリア・リィンカーウェルは始祖とも呼べる存在だ。
時を経て魔術師達は改良と開発といった研究に勤しんでいるが、本質的にはコーネリアの派生となる。
覚えた言葉を喋るように。多く目にした文字を、無意識化で読めるように。
息をするかの如く組み込まれている魔術式は、コーネリアが生み出したものだった。
無論、それは理にかなった行動である。
イメージが重要となる魔術を教えるにあたって、同じ物体を見て違う感想が出るのでは教えようがない。
感覚の共有は、魔術を学ぶ上で基礎中の基礎だ。決してコーネリアは、全ての魔術を自分の制御下へ置きたかった訳ではない。
ストルの精霊魔術が掻き消せないのは、大元から違う技術体系によって生まれたものだから。
加えて挙げるならば、精霊魔術は魔法陣を描いている。そこで術式は完結しているのだ。
介入する余地のない、閉じた術式。
オリヴィアはコーネリアが精霊魔術に介入できない理由の本質は、ここにあると考えた。
そう考える根拠は、『羽』を初めとするマレットの魔導具の存在。
魔導具はその性質故に、組み込まれた術式を完結させる必要がある。
『羽』へ魔力を供給していても、あくまで『羽』内で魔力が循環しているのだ。
もっと言えば、魔術と違いイメージが介入する余地はほぼない。
それは同時に、コーネリアが入り込む余地がない事を意味する。
「ううむ……」
結論ありきの推察ではあるが、オリヴィアはほぼ間違いないだろうと確信している。
尤も。漸く掴んだ突破口だというのに、彼女は口を真一文字に閉じて不満を露わにしていた。
(これ、本当に的確な人選が……)
フィアンマが身体を張ってくれているものの、その図体の大きさが仇となりコーネリアを捉えきれない。
しかし、彼以外が何度もコーネリアの魔術に耐えきれるだろうかと言う問題も浮かび上がっている。
現状の戦力では詰めるだけの前衛が足りず、後衛の魔術師も思うような成果を上げられない。
(リタさんかシンさんが居れば……)
居ない者の事を考えても仕方ないと思いつつも、考えてしまう。
きっとこの二人が、コーネリアと戦う上での最適解ではないかと。
リタならば、魔術を無効化される事無く、思う存分に打ち合えるだろう。
シンは言うまでもない。魔導砲は魔導具だ、彼の立ち回りも含めて優位に事が運べただろうに。
(肝心な時に! ふたりとも! いないっ!)
状況が状況なので仕方ないとはいえ、間が悪すぎるとオリヴィアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
ただ、そこで思考を止めないのは彼女の長所でもあった。
どうにかこの『神の代行者』を。コーネリア・リィンカーウェルを組み伏したい。
現状のミスリアに不満を抱いているとはいえ、理由はこの国を大切に想ってくれているからだ。
この国を愛してくれているからこそ、討たせたくはない。
「オリヴィア。根を詰め過ぎだ、落ち着いた方がいい」
「……わかりました」
まるで一人で見えない敵と戦っているかの如く表情を変えるオリヴィアに、ストルが落ち着くように促す。
オリヴィアは一度深呼吸をし、改めて己が越えるべきと向かい合う。
……*
(アイツ、おもしれぇなぁ……)
オリヴィアがコーネリアを打ち崩す突破口に頭を悩ませている間。
百面相のように表情を変えていくオリヴィアの姿を、コーネリアは愉しんでいた。
ただ、コーネリアは決してオリヴィアを馬鹿にしている訳ではない。
彼女は自分に有効打こそ与えられていないが、きっと誰よりも頭を回している。
自分を越える為の突破口を常に探し回っているのだと、気付いているからだ。
(あの様子だと、お嬢ちゃんは気付いたかもしれないしな)
現に彼女は危惧している。
フォスター家の末裔が、自らが操る魔術の特異性に気付いているのではないかと。
結論から言うと、オリヴィアの推察は当たっていた。
コーネリアが介入できる魔術は、人間の操る魔術。つまり、彼女が創り出した魔術の派生となる。
これは元々、コーネリアが詠唱とイメージを重ねて放つよう教え始めた事に起因している。
言葉を発する傍らで、別の事象を想像するのは難しい。
彼女の教え方は理にかなっている。
結果的にそれは、詠唱の変更による魔術の改造をも容易にしていた。
現にピースは、アメリアに魔術を教わる際に風刃の刃をたった一文の追記で増やしてみせた。
コーネリアが生み出した魔術の基礎は、500年以上も変わらない程に優秀なのだ。
その綻びを利用できるのが、コーネリア・リィンカーウェルしかいない点も含めて。
彼女以外は知る由もない。この方法で生み出された魔術は、完結しないままに放たれている。
放つまでは詠唱によっていくらでも書き換えられるのだから、正確な終わりを指定できないと言った方が正しいか。
詠唱を破棄してもこの問題は決して解決しない。
何故なら、既にイメージする方法として浸透し、確立させてしまっているから。
人間の魔術は無意識化で、拡張の余地を残したまま放たれている。
コーネリアは魔術の綻びにそっと、一言を加える。
魔術詠唱の神髄とも言える言葉。真言を以て、魔術そのものを崩壊させていた。
(しかし、今もアタシの造った方法が浸透しているのは誇らしいもんだね)
人間の使う魔術を難なくいなしているコーネリアだが、内心では嬉しさを隠しきれていなかった。
自分の教えが伝わっているという事は即ち、非常に優れた方法だったという証左なのだから。
(ただ、人間の魔術だけじゃアタシはどうしようもないぜ)
その言葉にも偽りはない。
前述の通り、現代の魔術はコーネリア・リィンカーウェルによって創られている。
それは彼女が、魔力を持つ人間達に噛み砕いたという話になる。
では、コーネリアはどうやって魔術を使っていたのか。
『神の代行者』と言われる所以となったのが、真言である。
コーネリアが操る真言は全部で七種類。魔力を支配する為の、特別な言葉。
彼女は己の持つ強力な想像力と真言の力によって、数々の魔術を操っていた。
未来ある若者の芽を摘むようで気は引けるが、手心を加えるつもりは毛頭ない。
魔術だけに限る必要はない。どうせなら、あらゆる手段を用いて自分の想像の上を越えて欲しい。
コーネリアは心から若き魔術師達に願う。己の力で、未来を切り拓くだけの力を築き上げて欲しいと。
特にフォスター家の末裔である少女には、その思いが強かった。
……*
「テラン、頼みがある」
各々が自分に出来る事、するべき事を模索する中。
賢人王の神杖の継承者であるトリスもまた、己がするべき事を見つけていた。
「話を聞こうか」
深く息を吐いては、己の心を落ち着ける。
視線をコーネリアへ向けたまま呟いたトリスの声には、まだ力強さが残っていた。
彼女は『羽』を扱えず、攻撃も専ら魔術によるものだ。
それも人間の魔術。つまり、コーネリアの術式であるが為、彼女に掻き消されてしまう。
賢人王の神杖はあくまで、魔力に干渉をする。
故に出来上がった術式そのものは変えられず、コーネリアとの相性は悪かった。
心が折れてもおかしくない状況に身を置いても、トリスは依然として気丈に振舞う。
その上で、自らの提案を傍に居たテランへと語り掛けていた。
「このままでは、魔術師が全員コーネリア・リィンカーウェルに足止めされたままだ。
私が彼女を操っている者を探し出す。だから、援護を頼みたい」
「アテはあるのかい?」
「――ある」
闇雲に探しては、貴重な戦力を独り失うだけとなる。
最低限で構わない。取っ掛かりがあるのかと問うテランに対し、トリスは短く頷いた。
「探す方法は?」
「賢人王の神杖を使う」
そう言い残すと彼女は、賢人王の神杖を前へと構える。
周囲の混ざり合った魔力へ介入し、コーネリア・リィンカーウェルと繋がっているものだけに神経を集中させていく。
「僅か。ほんの僅かではあるが、コーネリアのものではない魔力があるんだ。
賢人王の神杖で干渉し続けて、術者そのものを止めたい」
この乱戦の中、最前線を離れる。
世界再生の民に居た頃のトリスからは考えられない発想に、テランは舌を巻いた。
同時に、決して分の悪い賭けではないと思ってしまった。
「……この戦線は僕たちで維持をする。コーネリア・リィンカーウェルを、止めてくれ」
「ああ、出来る限りのことはやってみせる」
テランが頷くと同時に、トリスは己の魔力を賢人王の神杖へ集めていく。
戦線を離れる代わりの挨拶。コーネリアには通用しないだろうが、他の者には援護になると信じて放つ、六花の新星。
氷の結晶は瞬く間に、周囲一帯を呑み込んでいく。
「これは……!」
その恩恵を最も受けたのは、大量の合成魔獣と戦闘を行っているイルシオンだった。
ある個体は全身が。ある個体は身体の一部が凍り付く。
肥大化した身体を用いて強引に脱出を図る合成魔獣だが、イルシオンの前ではその一瞬が命取りだった。
「遅い!」
紅龍王の神剣は炎を纏い、動きの止まった化物を斬り伏せていく。
冷気による拘束に苛立つ合成魔獣は、正反対の熱気を浴びその身を焦がしていった。
顔を上げた先には、戦場から離れようとするトリスの姿があった。
「トリス姉!」
「イルシオン……!」
一体どうしてと? と考えたが、その疑問はすぐに忘れ去られる。
彼女の力強い眼差しは決して逃げた訳ではないと、理解できたから。
自分がするべき事は、彼女が選択を誤ってしまったと後悔をさせない。
瞬時に悟ったイルシオンは紅龍王の神剣をより一層の力で、握り締めていた。