469.魔術師の魂
試行錯誤。
勢いからの発言ではあるが、オリヴィアとてただ悪戯に魔力を消耗するつもりはない。
これまでに見聞きした情報を元に、取っ掛かりを探り寄せていく。
中でも、直接相対した時間の長いフィアンマの意見は貴重だった。
コーネリアは意味深な言葉を呟き、本心ではこの戦いを快く思っていないという印象。
その証左として、彼女は問答無用で襲い掛かっている訳ではない。会話に応じるだけの余裕が見受けられる。
加えて、『羽』に対する反応。
彼女の魔導具に対する反応は、オリヴィアにあるひとつの仮説を浮かび上がらせる。
まず仮説を確証へ至らせなくてはならない。
コーネリア・リィンカーウェルとの戦いに於いて数少ない手札を作る事に繋がるはずだと信じて。
「時にコーネリア・リィンカーウェルさん」
改めて『羽』を内蔵した杖を構えながら、オリヴィアは彼女の名を呼んだ。
宙に舞う『羽・盾型』はコーネリアの魔術を二度受け、著しく損傷している。
戦闘を行いながら問うだけの余裕はない。だからこそ、敢えて攻撃意思を見せずにオリヴィアは話し掛ける事を選択する。
「オリヴィア、なにを――」
狙い撃たれてしまうだけではないかと心配をするストルを、彼女自身が制する。
これによりテランとトリスはオリヴィアの大まかな意図を悟った。
下手に薮をつつくような真似は行わず、彼女の選択に身を任せる。
「どうした? やる気なら、いつでも相手してやるよ」
(やっぱり。話が出来る……)
腕を組みながら仁王立ちをするコーネリアを前にして、オリヴィアは会話の余地がある事を喜んだ。
その上で彼女はこれまでを踏まえ、導き出した仮説を直接コーネリアへぶつけた。
「あなたは、500年生き続けたわけではないですよね。
というか、生きていませんよね」
「――!」
この瞬間。コーネリアと相対していた者の身に戦慄が走る。
普段イリシャやフェリーを見ているからか、『神の代行者』とまで呼ばれた彼女も500年生き続けた可能性を無意識化で探っていた。
「へぇ。どうしてそう思うんだ?」
若干の笑みを含ませながら、コーネリアはオリヴィアへ問い返す。
この時、彼女の気持ちは高揚していた。
瞬時に自分の存在を受け入れ、あまつさえ生者ではないと見抜いた一人の魔術師と、もう少しだけ会話がしたいと感じた。
「疑問のとっかかりは、魔導具に関する知識が疎いことに対してです。
誰よりも魔術に精通して、様々な魔術を生み出した方が、こんな面白いものを見逃すなんてありえないじゃないですか。
現に『羽』を使った時は、興味を示していたわけですし」
「その通りだな」
否定するまでもなく、コーネリアは強く頷いた。
自分の時代に存在していた古代魔導具は、神が造ったとされるものだ。
それだけ奇跡の産物に近い現象を、人間の手で生み出せるようになったという事実は彼女にとっても喜ばしい事だった。
「もうひとつは、今までわたしたちはあなたの影を感じたことがありませんでした。
確かに世界再生の民には邪神という強力な存在を控えています。
ですが、あなたほどの魔術師を遊ばせておくとは思えません。
ミスリアの襲撃や空白の島でさえ、あなたの姿は見当たりませんでした。当時はまだ、居なかった考えるのが妥当でしょう」
理路整然と話す様を見て、隣で身構えているストルは息を呑んだ。
オリヴィアは辛抱しながらも、ずっと頭を回転させていた。その上で、「戦うしかない」と判断したのだ。
やはり彼女は、強く逞しい。
長寿である妖精族は、基本的にゆったりとしている。
排他的だった故に疑問を抱く事は無かったが、接するうちに人間の成長速度を羨ましく思う機会が増えた。
誰よりも速く、他種族との交流を選んだリタの気持ちが今なら理解できる。
ストルは凛として伝説の魔術師へ立ち向かおうとするオリヴィアへ、尊敬の念を抱く。
その上で、自分も彼女の横に並びたいという気持ちを強めていた。
「そして最後に。あなたはミスリアに多大な貢献を残してくれた方です。
勿論、後の世代であるわたしたちを許せないという可能性は残っているでしょう。
でも、そうだったとすれば問答無用で争いになる。話していて、そんな印象を受けました。
こうやって会話に応じてくれるということは、本心では争いを望んでいないのではないでしょうか」
一方のオリヴィアは、コーネリア・リィンカーウェルに対して率直な意見を述べた。
彼女の知るミスリアと、自分達の知るミスリアはきっと同じではない。
決して赦せないような振舞いをしている可能性だってある。
だけど、それならば彼女は自らの力を以て語り掛けるのではないだろうか。
少なくとも、本物を目の当たりにしたオリヴィアはそんな印象を受けた。
そして、ここから先が本題となる。
コーネリア・リィンカーウェルは故人であり、500年以上の時を経てこの地に舞い降りた。
その事実こそが、彼女を倒すヒントだと決定付けなくてはならない。
「これらの点を踏まえると、あなたは世界再生の民によって魂を呼び寄せられたのではないでしょうか。
だから、気乗りしなくても戦わざるを得ない。違いますか? コーネリア・リィンカーウェルさん」
本当はもうひとつ、確かめたかった事がある。
地形を変動させる程の魔術によって転移装置を破壊したのは、彼女なりの抵抗ではないだろうかと。
世界再生の民による命令に従いながらも、悪意を世界中に振りまかない。
そのギリギリの線を保った結果が、あの地震だったのではないか。少なくともオリヴィアは、そう仮定した。
「はは、お前。大したもんだよ。生きている間に出逢ってたら、弟子にしたいぐらいだ」
「それは、とても光栄ですね」
オリヴィアの話を一通り聞き終えたコーネリアは、賞賛の証として拍手を送った。
逢って間もない中。ほんの僅かなヒントから、彼女はほぼ正確に自分を見極めていた。
「アンタ、名前は?」
「オリヴィア・フォスターと申します。以後、お見知りおきを」
「フォスター……」
名を問われ、特に疑問を抱く事なくオリヴィアは応じた。
だが、コーネリアは「フォスター」という名に反応をする。
「そうか、お前……。フォスターの末裔か」
「え、ええ。いちおうは……」
懐かしむように。それでいてどこかほんの少しだけ、切なさを感じさせるかの如く、コーネリアは目を細める。
それがどのような感情を意図しているのか、オリヴィアには解らない。
「フォスター。アンタの推察は、ほぼ当たっているよ」
「ほぼ……?」
笑みを噛み殺すようにしながら、コーネリアはオリヴィアと向き合う。
オリヴィアの立てた仮説はその殆どが正解だ。ただ、ひとつだけ間違っている部分を彼女は訂正する。
「ああ。唯一、訂正させてもらうとすれば。
ミスリアの現状については、アタシも少しだけムカついてる。
そこの男前から聞いたよ。腐った連中が、好き勝手やってるってな」
「それは……」
黒衣の男を指しながら、コーネリアはため息を吐いた。
それはアルマが、ミスリアに反旗を翻そうと考えた切っ掛け。
アメリアやオリヴィアたちには知らされていなかった、貴族の醜い部分。
「だから、馬鹿弟子が継ぐべきだったんだよ。ったく……」
誰にも聞こえないような小さな声で、コーネリアは吐き捨てる。
生前、彼女が唯一取った弟子は当時のミスリアにおける第二王子であり、賢人王の神杖の継承者でもあった。
彼は心優しい人間で、誰とでも分け隔てなく接していた。
だからこそ数々の神器が集い、人間へ迫る脅威を退ける事が出来たのだ。言わば、『英雄』である。
その貢献度の高さから、コーネリアの弟子を次期国王に推す者も少なくなった。
けれど、彼はそれを固辞した。兄である第一王子に家督を譲り、残る余生を旅と魔術の研究に費やした。
コーネリアは彼が王位を継承しなかった件について、原因の一端は自分にあると考えている。
それでも弟子は、「兄上の方が、いい国を造り上げますよ」と言ってのけた。
どの過程で、貴族が腐り始めたのかは知らない。
だが、もしも自分の弟子が国王となっていれば。そんな事はなかったのではないか。
どうしても、そんな事を考えてしまうのだ。
「……つっても、アタシの心の内をそっちに愚痴っても仕方ないんだが。
少なからず、思うところはある。それがアタシの戦う理由にはなってる。
結局のところ、どう足掻いても逆らえない部分はあるからオマケ程度の理由だけどな」
「そうですか……」
オリヴィアも五大貴族である以上、「知らなかった」という言葉で済ませるつもりはなかった。
これから先。この国を護り抜いた先で、自分達が向き合わなくてはならないもの。
ミスリアの生み出した歪みに対して、コーネリアは憤りを感じている。
それは単に、彼女がこの国を愛していたからだろう。オリヴィアは少なくとも、そう感じ取っていた。
一方でオリヴィアは、こうも思う。
コーネリアは、止められる事を望んでいるのではないだろうか。
だからこそ、自分の問いに対して否定をしなかったではないかと。
「……コーネリア・リィンカーウェル」
冗長に続けられている話に苛立ちを抱いたか、低く重苦しい声が空気を震わせる。
世界再生の民の首魁。ビルフレスト・エステレラの怒りが、周囲の空気を圧迫させる。
「ビルフレスト! アンタは、そっちに気を取られている場合じゃないだろうよ!」
放たれる殺気に怖気づく事なく、ヴァレリアは彼と刃を交え続ける。
魔術師の正体がコーネリア・リィンカーウェルだと判明した今、下手に連携を組まれたくないという意図もあった。
「貴殿こそ、思い上がるな」
脇腹が抉られているにも関わらず、ヴァレリアの剣閃は一切の鈍りを見せていない。
その事実に感心こそすれど、ビルフレストは決して彼女を脅威とは捉えていなかった。
確かに不意を突かれ、手傷を負ったのは事実だ。
だがそれも、元を辿ればコーネリアの魔術から派生したものだった。
地震による地形の変動。雷による視界の妨害。
コーネリア・リィンカーウェルは世界再生の民に逆らえないという状況下でも、抵抗する素振りを見せている。
このまま放置しておけば、取り返しのつかない事になりかねない。
だからこそ、ビルフレストは彼女へ釘を刺した。
「はいはい。男前の割に、心の狭い奴だ」
コーネリアもビルフレストがはっきりと言葉にしなくとも、意図を理解している。
要するに主は自分達で、いくら抵抗しようが無駄なのだと訴えているのだ。
仮に自害しようとも、きっと彼らは再度復活させるだろう。そうでなくては、脅しの意味が無い。
「というわけで、フォスターとその仲間たち。アタシを止めたきゃ、アンタらで何とかするんだな。
アタシの知らない500年を、見せてくれよ」
「ご期待に応えられるかどうかは、解りませんけどね」
両手に魔力を迸らせるコーネリアを前にして、オリヴィアは息を呑む。
どうやら、これ以上の対話は望めそうにない。
少しだけ口惜しさを感じながらも、オリヴィアは伝説と対峙する。