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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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467.相対する魔術師たち

 ピースは激突を避ける為に、翼颴(ヨクセン)から生み出される風を地面へとぶつける。

 空気の塊がふわりと身体を持ち上げ、不格好ながらも着地に成功をした。


「無茶しやがって」

「それはお互い様ですよ」


 自らに寄って来るヴァレリアと顔を合わせながら、互いに苦笑をする。

 ビルフレストに一矢報いる事が出来たかもしれないが、自分達の代償も決して小さくはない。


 吸収(アブソーブ)によって抉り取られたヴァレリアの脇腹周辺は、鮮血で真っ赤に染まっている。

 点々と……ではなく、地面に糸を引いたような赤が出血量を物語っていた。


「変な心配はすんなよ。傷は見た目よりはずっと浅いんだ。

 アタシはまだ戦える、アンタひとりに任せたりはしない」


 気丈に振舞うヴァレリアは、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を構えてみせた。

 本来なら休むように促すのが優しさなのだろうと思いつつも、ピースはその言葉を発する事が出来ない。

 

 一撃を与えただけに過ぎず、戦いはまだ終わっていない。

 悪意を生み出す者。ビルフレスト・エステレラを、独りで抑えられるとは思っていないからだ。

 

「……大したものだ」


 ピースから遅れて地面へ着地したビルフレストは、じっとピースを睨みつける。

 たったそれだけの事で身が竦んでしまいそうになるのだから、とてもヴァレリアを気遣う余裕などない。

 情けないと思いつつも、ピースは『(フェザー)』を翼颴(ヨクセン)へと回収する。

 

「お褒めいただき、どうも」

 

 まだ彼に恐怖していると悟られないよう、ピースは必死に言葉を絞り出した。

 彼の背中から生えた翼は、『(フェザー)』によってズタズタに裂かれている。

 全く飛べないという程ではなさそうだが、今までみたいに立体的な動きを見せる事はなさそうだ。


「こっからは、騎士らしく地べたでやり合おうか」


 ヴァレリアが神剣の切っ先を向けると、別の角度からはピースが翼颴(ヨクセン)を構える。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を携えたビルフレストは両者の動きを牽制しつつも、自分の置かれている状況を改めて整理していた。


(ヴァレリア・エトワールは、思ったより深い傷ではないか)


 『暴食』の左手は、僅かにしか触れていない。見た目こそ派手ではあるが、ヴァレリアはこうして立っている。

 戦意が一切萎えていない彼女を前にして、ビルフレストは傷の程度を読み切れていない。


 そもそもだ。彼女が吸収(アブソーブ)を受ける要因として、地震による地形の変動がある。

 前触れもなく天変地異が起きるはずもない。あの地震は明らかに、人為的に起こされたものだった。

 

 そしてビルフレストには、その原因に心当たりがある。

 じっと睨みつけた先に立つのは、フードを被った魔術師の女が立っていた。


「なんだよ? アンタも合成魔獣(キメラ)も空を飛び回ってるから、一番効率的な援護をしてやっただけだ

 思い通りに行かなかったからって、アタシのせいにすんなって」


 女は不服を申し立てるように、口を尖らせた。

 魔術によって大地を広範囲に渡って揺らした事は謝罪も否定もしなかった。


「失礼した。貴殿を責めるつもりはない」

「だろ?」


 彼女の言う通り仲間は皆、空を飛んでいた。

 魔術の選択として地震を引き起こすと言う判断は悪くない。

 上手く行けば敵だけを一網打尽に出来たのだ。

 現に、体勢を崩したヴァレリアは吸収(アブソーブ)によって脇腹を抉られている。

 

 そこから先は、あくまで結果的にそうなったに過ぎない。

 濡れ衣を着せられたのであれば、彼女が異議を申し立てたくなるのも無理はない。


 ただ、唯一。ビルフレストが納得をしていないとすれば。

 地震により破壊したものは、()()()()()()()()という点だった。


 大地に亀裂を走らせる程の揺れは周囲を巻き込み、双方にとって重要な施設を破壊している。

 ミスリアと世界を繋ぐ為の、転移装置を。


「転移装置が……」


 ビルフレスト同様に、周囲を見渡していたピースがぽつりと呟く。

 転移装置の破壊により、ミスリアを介して移動したシン達は同じ道筋で戻ってくる事は出来ない。

 同様に他国からがこの戦いに気付いたとしても、援軍は期待できない。


 一方で、合成魔獣(キメラ)が世界中に散らばる可能性も潰えた。

 悪意が世界中に蔓延る危険性が潰えた事に関して、ピースは素直に胸を撫でおろす。


 そして、もうひとつ。この場ではピースだけが知っている。

 マレットは時間が不十分な中、この可能性に対しても手を打っている事を。


 彼女はあらゆる可能性を考えて、希望を繋ごうとしている。

 ならば勝手に諦める訳にはいかないと、ピースは気を入れ直した。

 悪意の根源に怖れを抱きながらも、少年は決して背を向けようとはしない。

 

 ……*


「お前……」


 魔術師の女によって放たれた地震が齎した結果を前にして、フィアンマは思わず声を漏らした。

 彼女の魔術は多様かつ多彩で、今までの魔術師とは次元が違うと思い知らされる。

 

 地震だけではなく、生み出された曇天から放たれる雷。

 自らの動きを止めようとする氷の枷。

 その全てが詠唱すら行わず、強力な威力を誇っている。

 現状、打ち克つどころか喰らい付くのが精一杯というのが本音だ。


 しかし、行動そのものには不可解な点がいくつもある。

 その際たるものが先刻の地震だった。


 ビルフレストへ語った通り、確かに地面に這いずっている物を一網打尽にするという意味では悪くない。

 しかしその一方で、彼女は転移装置そのものを破壊してしまっている。

 結果として合成魔獣(キメラ)はこの場に留まり、ミスリアにとっての懸念がひとつ減った形となる。


 思えば言動もそうだ。

 世界再生の民(リヴェルト)に。ビルフレストに忠誠を誓っているとはとても思えない。

 ましてや、自分が倒される事を願っている節さえ感じられる。

 

「お前は一体、何が目的なんだ?」


 味方になって欲しいなどと、烏滸がましい事を言うつもりはない。

 ただ、戦闘をしなくて済むのであればそれに越した事はない。

 一縷の望みを賭けて、フィアンマはフードの女へと問う。


「目的……か。そんなモンは、とっくに果たしたはずだったんだけどな。いい迷惑だよ、本当に」


 僅かに哀愁を漂わせながら、女は語る。

 相変わらず言葉の意味が掴みとれないが、この状況を望んでいないというのは伝わってきた。


「けど、まあ。従うしかないのも、強い奴と手合わせするのが悪くないと思ってるのも本音だ。

 だから止めて見ろよ、火龍(サラマンダー)。アタシはそれで構わないんだよ」

「待て! だからもっと、判り易く……!」


 やはり彼女の言葉は要領を得ないと、フィアンマは若干の苛立ちを見せる。

 言動から真意を探りたいと思っていても、彼女の放つ魔術はどれも強力で考える暇を与えてはくれなかった。


「ほら! 火龍(サラマンダー)は頑丈さと火力がウリだろ!

 逃げ回ったって、アタシなら余裕で捉えられちまうぞ!」


 女は一歩も動く事なく、フィアンマへ多種多様の魔術を放ち続ける。

 詠唱をしている様子は一切ないというのに、どれも最上級の魔術と言って差支えのない威力だった。

 炎の息吹(ブレス)で応戦するものの分が悪く、鱗に覆われた皮膚が次々と傷付けられていく。

 

「ッ! いつまでも、調子に乗って!」


 考えるのは後だと言わんばかりに、フィアンマは地を這うようにして女との距離を詰めていく。

 彼女が何者で、何が目的なのかは解らない。それでも、戦うというのなら応戦せざるを得ない。


「いいね、それぞ火龍(サラマンダー)って感じだ」


 女は突進する巨体を目の当たりにして、口角を上げる。

 触れれば自らが肉塊と化すだろうに、彼女に焦りの色は一切見受けられなかった。


「けどまあ、対処は楽なんだけどな」


 彼女は一切の焦りを見せず、襲い掛かるフィアンマと向き合う。

 知っている。火龍(サラマンダー)の皮膚は、熱を灯している事を。

 故に罠を張るのも、そう難しい話ではなかった。


「――ッ!?」


 刹那、爆発音と共にフィアンマの巨体が持ち上がる。

 彼女は魔術でフィアンマを牽制する傍ら、小型の球体状に圧縮した空気を無数に忍ばせていた。

 フィアンマが触れた瞬間に膨張した球体(それ)は弾け、爆発を引き起こす。

 

 尤も、紅龍族の王を相手にこの程度の小細工では威力が足りない。

 だから、あくまでこれは布石。フィアンマの自由を奪い、自らの魔術を以て戦況に変化を齎す為の。


「まだまだ、終わらねえぞ」


 女は爆発した空気を再利用して竜巻を生みだす。

 それは瞬く間にフィアンマの巨体を持ち上げ、続けざまに重力を押し当てる事で大地へ強く撃ちつけた。


「……ガハッ!」


 亀裂の入った大地が更に砕ける程の衝撃を受け、フィアンマが肺の空気を全て吐き出す。

 その衝撃は攻撃を受けた彼のみならず、周囲の戦闘にも影響を及ぼした。


「フィアンマ!」


 合成魔獣(キメラ)との戦闘を繰り広げていたイルシオンが、思わず声を上げる。

 紅龍族の王がたったひとりの魔術師に歯が立たないという状況に、驚きを隠せなかった。

 

「お前はもう少し、自分の心配をした方がいいぞ。紅龍王の神剣(インシグニア)の継承者」

「ぐっ!?」


 だが、フードの女はその状況を良しとしない。

 片手間に放たれた氷の槍はイルシオンの足元へと突き立てられ、広がる氷が彼の足を止めた。


 次の瞬間。襲い掛かるは大量の合成魔獣(キメラ)

 翼を広げながら肥大化した腕や鋭く尖った牙がイルシオンへと迫る。

 瞬く間に、彼の身体は大量の合成魔獣(キメラ)によって覆い隠されてしまった。


「イル!」


 負の連鎖は留まる事を知らない。

 フィアンマ、イルシオンと立て続けに攻め立てられる状況をヴァレリアが視界に捉えてしまった。

 身近な人間の危機に、否が応でも身体が反応してしまう。

 

「貴殿も、余所見をする余裕などないだろう」

「ッ!」

「ヴァレリアさん!」


 その隙をビルフレストが逃すはずもなかった。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の刃が、ヴァレリアの胴体を断たんと迫りくる。

 咄嗟にピースが『(フェザー)』を潜り込ませるも勢いは殺しきれず、ヴァレリアの身体に強い衝撃が走った。


「つ……っ。はぁ、はぁ……」


 抉られた脇腹から、再び鮮血が漏れ出る。

 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を大地に突き立て身体を起こそうとするが、見上げた先には黒衣の騎士が漆黒の刃を振り被っていた。


「終わりだ」


 淡々とした口調で、ヴァレリアを見下ろすビルフレスト。

 その言葉に偽りはなく、彼女はビルフレストの凶刃を防ぐ術を持たない。

 

 せめて、漆黒の刃が自らの血を吸った瞬間。

 反対に黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を彼へ突き付けようと覚悟を決めていた矢先。

 そうはさせまいとする男から、魔術が放たれた。


「――影縫(シャドウシャックル)


 ビルフレストの腕に、漆黒の帯が纏わりつく。

 次の瞬間。帯は急速に縮み、ビルフレストの腕を強引に引っ張っていった。


「チイッ」


 両腕を拘束された状態で引きずり回される身体に、ビルフレストは舌打ちをする。

 だが、自分へ抵抗する者の攻撃はそれだけではなかった。


「――六花の新星(フロストノヴァ)!」

 

 続いて氷の結晶が、亀裂の入った大地全体へと広がっていく。

 ビルフレストだけではなく合成魔獣(キメラ)さえも巻き込んだ氷は、敵意のある者を凍り付かせていく。


「これはっ!」


 自らの襲い掛かる合成魔獣(キメラ)が、反対に動きを鈍らせる。

 僅かに出来た隙間を強引に突破したイルシオンは、即座に何が起きたのかを理解した。


「遅くなってすまない」


 息を切らせながら杖を構える少女を、イルシオンは知っている。

 自らの親戚であるトリス・ステラリードが、援軍として到着をしてくれた。


「テラン……。悪い、助かった」

「いや、間に合って良かった」


 無論、トリスだけではない。

 影縫(シャドウシャックル)を放ったテラン。そしてオリヴィアとストルが、ピースに遅れて戦場へ姿を現していた。


「状況は……。ヤバそうですね」


 周囲を見渡しながら、ぽつりとオリヴィアは声を漏らす。

 見る限り、騎士団はほぼ全滅。


 対する敵は、新種の魔物である合成魔獣(キメラ)だけでは済まない。

 世界再生の民(リヴェルト)の首魁であるビルフレストは、まだ邪神の分体を出してはいない。


(あの女の人は……)

 

 その中で彼女の眼を引いたのは、フードを被った魔術師の女だった。

 面識こそないと言い切れるが、どこか既視感がある。

 そうではないと頭で否定しつつも、オリヴィアはその可能性を否定しきれないでいた。

 

「へえ……」


 一方。自らに迫る氷を打ち消しながら、女は口元を緩めた。

 六花の新星(フロストノヴァ)は知っているが、漆黒の帯は初めて見る魔術だった。

 魔術が進歩している様を垣間見た気がして、自然と気持ちが高揚していくのを止められない。


「まだ活きのいい魔術師が、いるじゃねえか」


 挨拶代わりにと女は、両の手にそれぞれ別の魔術を宿していく。

 炎と氷。熱気と冷気は、瞬く間にオリヴィア達へと伝わっていた。


「皆さん、伏せてくださいっ!」


 女の手から魔術が放たれるまでの数秒で、オリヴィアは決断を下した。

 とても指示をして、他人頼りで間に合う状況ではない。

 咄嗟に『羽・盾型』(シールド・フェザー)を展開し、女の眼の前で魔術を防いで見せた。


「いい反応してるじゃねえか!」


 四枚展開したうち、二枚の『(フェザー)』が耐えきれずに破壊される。

 それでもオリヴィアは、彼女の魔術を受けきってみせた。

 

「……っ」

 

 受け止めた衝撃による爆風がフードをめくりあげ、女の顔立ちが露わになる。

 その顔立ちを前にして、オリヴィアは思わず言葉を失ってしまった。


「オリヴィア、君は魔力を温存――」

「いや、そうも言ってられる相手じゃないですよ……」


 咄嗟の事とはいえ、オリヴィアに魔力を消耗させる訳にはいかない。

 ストルが止めようとしたものの、当のオリヴィアがそれどころではなかった。

 

 顔を引き攣らせながらも、まじまじと女の顔を眺め続ける。

 知っている。見間違えるはずがない。何度も何度も、その肖像画を眺めた事があるのだから。


「コーネリア・リィンカーウェル……」


 聳え立つ魔術師の名は、コーネリア・リィンカーウェル。

 500年以上も昔。『神の代行者』とも、『始まりの魔術師』とも言われた偉大な人物、その人だった。

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