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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福

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463.古の魔術師

「あら、もう行くの?」


 徐に立ち上がる息子(ビルフレスト)を前にして、ファニルは口惜しそうに呟いた。

 王宮と、転移魔術。今のミスリアにとって要となる二ヶ所を同時に攻めている。

 ミスリアが慌てふためく様を、二人でもう少し愉しみたかったというのが本音だった。


「ええ。戦況は優位に進めているようですが、聊か気になる点もありますので」

「ああ……」


 ビルフレストが漏らした言葉の意味を、ファニルは理解した。

 喰らい尽くした者の力がより馴染んだ影響で、探知(サーチ)の精度も上がっている。

 にも関わらず、荒れ狂う魔術の波によって、郊外における攻防の感知が阻害されている。


「彼女、ちょっと好き放題暴れすぎよね。後でお仕置きが必要かしら」


 まるで言う事を聞かない子供のようだと、ファニルは肩を竦めて見せた。

 戦力としては申し分ないからこそ戦場へ投入したものの、中々思うようにはいかないものだとため息を吐く。


「仕方ありません。なんせ、5()0()0()()()()の現世なのですから」


 しかし、ビルフレストはその彼女と呼ばれた存在へ一定の理解を示す。

 大いに戦力が削られた今、例え制御しきれなくても強大な戦力には変わりがないからだ。


 ただ、不確定要素である事には変わりがない。

 王宮で戦闘を繰り広げているアルジェントより、自らが現場へ赴く優先度は高いと感じた。

 

「優しいのね、ビルフレストは」


 あくまで合理的に戦況を進めようとするビルフレストへ、ファニルは恍惚の表情を浮かべる。

 愛すべき息子が強く逞しく、立派に育っている。母として、こんなに嬉しい事はない。


「では、行ってまいります。邪神は任せました」

「ええ、任せて頂戴」


 靴音を響かせながら、ビルフレストはファニルの前から姿を消す。

 薄暗く通路を抜ける中、彼の脳裏に浮かぶのはとある青年の姿。


 ――誰だってアンタの野望を打ち砕ける可能性があるってことを俺が証明してみせる。


 空白の島(ヴォイド)での戦闘で、何者でもない『ただの人間』が言い放った言葉。

 この言葉の主であるシン・キーランドは未だ戦場に姿を見せていない。


 無論、ビルフレストとて彼が今更怖気づくとは思っていない。

 ただ、意識はしてしまう。彼はいつ姿を現すのか。それは自分の前なのか。

 ビルフレストはシンの動向が気になって、仕方が無かった。


 それは、純粋に彼へ興味を持ったからではない。

 自分を否定した彼を、否定するという敵愾心から来るものだった。


「やはり貴様は『ただの人間』で、大層な力など持っていない。

 如何に無力で愚かだったのかを、私が証明してやろう」


 逃げるとは到底思えないが、戦場に現れないのであればそれでも構わない。

 世界を護れなかった。自分の野望を打ち砕けなかった彼は、自動的にその無力さを証明する事になる。

 

 ビルフレストは邪神の力を以て世界を破壊する。醜い人間を根絶やしにする。

 その際、絶望した彼の姿をこの目に焼き付けたい。空白の島(ヴォイド)で受けた屈辱を、何倍にもして返したい。

 悪意は静かに闘志を燃やしながら、彼の居ない戦場へと向かう。


 ……*


「あーあ。行っちゃったわね」


 ビルフレストを見送ったファニルは、寂しさを紛らわすかのように天を仰いだ。

 今、この空間には自分と邪神の『卵』ともいうべき漆黒の球体のみが存在している。

 マーカスでさえも、ここにはいない。正確に言えば、親子水入らずの邪魔だから他所へ向かわせたのだが。


「でも、怪我が治って良かったわ。それに、あんなにやる気になって」


 退屈しのぎにファニルは、『卵』へと語り掛ける。

 闇に溶け込む『卵』は、なにひとつ反応を示したりはしない。


「あなたも早く起きて、ビルフレストを手伝ってあげてね。

 あの子もきっと、喜ぶから」


 『卵』へ額を当てながら、ファニルはまるで赤子へ語り掛けるように呟いた。

 歪んだ母の愛情は、ゆっくりと。しかし確実に、邪神の中へと浸透をしていく。

 刻一刻と、目覚めの刻が近付いていく。


 ……*


 ビルフレストが戦場へ向かうより、僅かに時間は遡る。

 オリヴィア達から離れて先行していたピースは、戦場へと辿り着いていた。

 

「ヴァレリア……さんっ!」


 『(フェザー)』を繋ぎ合わせたボードを浮かせ、空中で分解させる。

 翠色の刃が龍騎士(ドラゴンライダー)を襲う合成魔獣(キメラ)へと、突き立てられていく。


「ピース!」


 予期せぬ援軍の姿に、ヴァレリアは目を見開いた。

 だが、頼りになるのは間違いない。彼の登場を、ヴァレリアは心から歓迎した。


「お前が居るってことは……!」

「オリヴィアさんたちは、後から来ます!」


 紅龍王の神剣(インシグニア)合成魔獣(キメラ)を灼き斬りながらも、イルシオンは思わず期待を声に漏らした。

 訊きたい事が即座に理解できたからこそ、ピースも求められている答えを返す。


(しっかし、なんだこれ……。気持ち悪ぃな)


 止めどなく襲い掛かってくる合成魔獣(キメラ)の群れを見渡しながら、ピースはその異様さに辟易していた。

 今まで、自分が見て来た異常発達した魔物とは一線を画している。

 夢にまで出て来そうな悍ましさを前にして、脳が本能的に拒絶していた。


「ところで今の状況って、どうなってるんですか!?」


 空中を駆け回る『(フェザー)』を回収し、翼颴(ヨクセン)へと合流させる。

 一本の刃を形成しながら、ピースはヴァレリアとイルシオンへと問う。


「正直、最悪だ」


 ぽつりと漏らしたヴァレリアは、怒りを必死に噛み殺しているようにも思えた。

 言わんとしている事は判る。風に乗って漂う血の臭いが、吐き気を催しているのだから。

 

 今までに斃したと思われる合成魔獣(キメラ)だけではない。

 火龍(サラマンダー)も、騎士も。血を流しながら横たわっている。

 対照的に、魔術師に関しては相対的に負傷者が少ない様に思える。

 きっと前線の者が、身体を張った結果なのだとピースは考えた。


 一方で仲間が身を呈して護ってくれた魔術師達は皆が皆、身を寄せ合って震えている。

 例え異形の存在に怯えたとしても、前衛が護ってくれている間に後衛が動かなければいずれ戦線は崩壊する。

 その結果がこの有様なのだろうと、ピースは考えた。


魔術師(あいつら)では、相手にならない」

 

 けれど、それは誤りだとヴァレリアは告げる。

 いくら異形の存在といえど、魔術大国ミスリアの魔術師はその程度で怯んだりはしない。

 もっと根本的な部分で、魔術師達は戦意を喪失しているのだと理解したのは直後の事だった。


「へぇ。また、面白そうな奴が出て来たじゃないか」


 不意に聴こえる、女性の声。

 ピースは咄嗟に、構えた翼颴(ヨクセン)の切っ先を声の方へと向けた。


「……誰だっ!?」


 切っ先の向こうに居る女は、間違いなく初対面だった。

 紺色のローブに取り付けられたフードが、彼女の顔を隠している。

 辛うじて判るのははみ出たベージュ色の髪ぐらいだろうか。

 ただそれは、やはり見知らぬ人物だという裏付けでしかなかった。


「……奴だ。奴が騎士団を、独りで崩壊させた。

 オレたちも、彼女に一切触れられていない」

「はい!?」


 自身に満ち溢れているイルシオンから出たとは思えない発言に、ピースは耳を疑った。

 騎士団を崩壊させただけではなく、触れられてすらいない。

 まだ世界再生の民(リヴェルト)にそんな人材が居たなんてと、言葉を失った。


「ま、神器の威力はよく知ってるからな。

 アタシもこの状況自体には不本意なんだが。まあ、やらないといけないんだ。堪えてくれ」

「意味が――」


 ピースの問いに答える間もなく、フードの女から魔力が爆ぜる。

 次の瞬間、巻き起こされるのは周囲一帯を覆い尽くす爆発。


「ぐっ……!?」


 触れた瞬間に四肢が爆散するのではないかと錯覚する程、高威力の爆発。

 詠唱を破棄した上で、容易く放たれる一撃を前にしてピースは慄く。

 ただ物ではない。今の一瞬で、それだけは間違いないと確信した。


「くそっ……! 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)!」


 ヴァレリアは何度、この爆発に優位性(イニシアチブ)を奪われたか解らない。

 同じ轍を踏みはしないと、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を大地へと突き立てる。

 天へ向かって吹き上げる風が、爆発から身を護る盾となって仲間を覆い尽くす。


「いい使い方……だと言いたいが、甘い」


 自らの魔術を防がれたにも関わらず、女に一切の焦りは無かった。

 刹那、雨が降り注ぐ。それは黄龍王の神剣(ヴァシリアス)が生み出した気流に乗り、周囲へ雨粒を散らしていった。


「全部覆わなきゃ、意味がないだろ」


 女がそう呟くと同時に、雨粒は急激に温度を下げていく。

 雹へと変わり果てた雨粒は、風に乗って多角的にヴァレリア達を責めていく。


「なんだ、この魔術は!?」

「なんだと言われても、偉そうに『魔術』と言う程のものでもない。遊んでいるだけだ」

 

 何を驚く事があるのかと、女は呆れた表情を見せる。

 この芸当ですらも、彼女にとっては遊びでしかない。

 

「『魔術』っていうのは、こういうのを言うんだよ」


 証拠と言わんばかりに、彼女は自身が定義した『魔術』を放って見せる。

 急激に練り上げられた魔力は雷へ姿を変え、一筋の光を描いた。


「なんだと……!?」

「コイツ……!」


 放たれた稲妻はヴァレリアの防御に乗じて距離を詰めていた、イルシオンとフィアンマへと襲い掛かる。

 詠唱破棄どころではない。予備動作すら感じさせない一閃が、瞬く間に彼らの身体を撃ち抜いていた。


「く、そおぉぉぉ!」


 身体を痙攣させながらも、イルシオンは決して倒れない。

 力の限り大地を踏みしめては、紅龍王の神剣(インシグニア)を構える。


「イルシオン!」

 

 フィアンマも同様に、たかが魔術師の雷一発で落とされては紅龍王の名が廃る。

 大きく息を吸っては、炎の息吹(ブレス)をフードの女へと放っていた。

 

「おいおい。仲間ごとかよ。最近の火龍(サラマンダー)は怖いねぇ」


 流石の女も、驚きが隠せなかった。

 フィアンマの放った炎の息吹(ブレス)は、その射線上にイルシオンが立っている。

 自分が躱してしまえばたちまち、炎は彼へと襲い掛かるだろう。


 そして、女からすれば馬鹿正直に炎を受けてやる必要性などない。

 ひらりと躱し、息吹(ブレス)の矛先をイルシオンへと向ける。


 眼前に広がる炎は、雨によって湿った空気を乾燥させる。

 不快感の残る蒸気を発しながら、イルシオンへと迫っていた。


「避けてくれるのなら、ありがたい!」


 だが、単純な攻撃が通用しない事など既にお見通しだった。

 フィアンマが放った炎は、女への攻撃ではなくイルシオンへの援護。

 イルシオンが構えた紅龍王の神剣(インシグニア)へ、放たれた炎が纏われていく。


「へぇ……」


 紅の刀身が炎を纏い、より力強く輝いていく。

 その様を眺めていた女は、感心すると同時に懐かしさを思い返していた。


「まずはお前の正体を暴いて見せる!」

「別に隠すようなもんでもないけど、そう言われると見せたくねぇよなぁ」


 振り被られた紅龍王の神剣(インシグニア)に焦る様子もなく、女は飄々とした態度でイルシオンへ向き直る。

 直後。大地に根付いた雑草が異常な発達を遂げ、イルシオンの足から太ももに掛けて巻き付いていく。


「ぐっ。なんだ、これは!?」


 邪魔だと引き千切ろうにも彼女の魔力が込められているのか、強引に抜ける事は叶わない。

 ならばと紅龍王の神剣(インシグニア)で灼き斬ろうとした瞬間。イルシオンの頭に冷水が被せられる。

 女が魔術で生み出したものである事は、今更言うまでも無かった。


「おいおい。燃やしちまったら可哀想だろ?」


 表情こそ隠れているが、女は僅かに口角を上げている。

 こうも思い通りに事が進んでいるのだ、楽しくないはずは無かった。

 

「これ程の魔術師が、まだミスリアの外にも居たとは……」


 ヴァレリアは眼前で繰り広げられる状況が信じられなかった。

 神器の継承者や龍族(ドラゴン)でさえも、赤子のようにあしらう魔術師。

 そんな人材がミスリアの外に居たとは、俄かに信じがたかった。

 

「ミスリアの()、ねぇ……。

 まあ、ある意味では()だわな」


 意外にも女は、ヴァレリアの言葉に対して懐疑的な反応を示す。

 含みのある言葉を残すが、その真意を理解できる者はいなかった。


「何がおかしい……!?」

「いーや、おかしくないぜ。ただ、ちょっとばかし失望しただけだ」

「失望……?」


 またも含みのある言葉を前にして、ヴァレリアだけでなくイルシオンも眉を顰めた。

 まるで彼女がミスリアの関係者であるかのような口ぶりが、どうにも引っ掛かる。


「この程度しか前へ進んでないなら、やっぱり馬鹿弟子が継ぐべきだったなぁ」


 女は独り、脳内で組み立てた筋書きに納得をしている。

 何が何だか分からないと、一同が困惑をする中。

 この規格外の魔術師へ牙を剥こうとする者が、もう一人いた。


「コイツを見ても、前に進んでないって言えるか!?」

「ディダ!?」


 その男は、闇の魔術を操るテランの弟子。ディダ。

 魔術師としての圧倒的な実力差。合成魔獣(キメラ)による惨劇を目の当たりにしても、まだ彼の心は折れていない。

 

 イルシオン達が女と戦闘を繰り広げている最中。

 ディダは延々と魔力を練り続け、イメージを膨らませて来た。

 そして、今この瞬間。彼女の精神を崩壊させる為だけに、彼はとっておきの魔術を放つ。


「喰らえ、蝕みの世界ダークネス・イクリプス!」


 ディダが魔術を行使する同時に、周囲が闇で覆われていく。

 それはかつて、妖精族(エルフ)の里でリタとレイバーン。そして、シンを閉じ込めた魔術。

 

 周囲一帯を巻き込みながらも、ディダはこの女の心を折る事を優先した。

 一人の魔術師としての矜持が、彼を突き動かす原動力となっていた。

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