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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福

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459.生まれ変わった『強欲』

「ところで、新種の魔物は具体的にどんな感じなんですか?」

 

 妖精族(エルフ)の里からやってきたオリヴィア達は、改めて現在の状況をアルマ達へ尋ねる。

 決してイレーネの情報を疑っている訳ではなく、前線を張る者としての見解を知りたかった。


「特製からすれば、鬼族(オーガ)吸血鬼族(ヴァンパイア)を掛け合わせた混血種だろう。

 尤も、現段階では吸血鬼族(ヴァンパイア)のように人間を眷属にする能力を見せる素振りはないが……」

「ふむ」

 

 アルマは歯噛みしながら、自身の考えを述べる。

 恐らくはアルジェントが鬼族(オーガ)を連れて来た時から、研究を進めていたのだろう。

 自分は吸血鬼族(ヴァンパイア)の存在すら知らされていなかったという事実が、改めてお飾りだったと気付かされる。


「面倒くさそうなのは間違いないですけど、眷属化しないというのは有難い情報ですね」

「まだその能力を使っていないだけかもしれないぞ?」


 犠牲になった人間が居る以上、決して良い状況とはいえない。

 けれども、最悪ではないという見解をオリヴィアは示した。

 彼女がどうしてそのような結論に至ったか理解できないライラスは、眉を顰めながら首を傾げていた。


「はーっ……。これだから脳ミソまで筋肉な人は……」

「ちょっと待ってくれ。当然の疑問ではないか」


 呆れたと大きなため息を吐くオリヴィア に対し、ライラスは心外だと不満げな顔を見せる。

 とはいえ、言わなければライラスも納得はしないだろう。

 「仕方のない人ですね」と悪態をつきながらも、オリヴィアは己の仮説を説明し始めた。


吸血鬼族(ヴァンパイア)の眷属化はほぼ初見殺しです。

 最初の戦闘で、龍騎士(ドラゴンライダー)がやられてしまっているんですから、これ以上に狙えるタイミングは限られてるんですよ。

 何より、ミスリアが襲われていると情報が伝わることを制限できます。扱えるなら、ビルフレストが狙わない道理はありません」


 合成魔獣(キメラ)が襲った人間を眷属化出来るのであれば、初手から打てばミスリアは急速に崩壊していくだろう。

 転移魔術を利用して世界へ悪意を撒き散らす事さえも。

 かつては領民を魔物化させるような奴らだ。今更躊躇するとも思えない。


「なるほど……」

 

 言われてみればオリヴィアの指摘は正しいだろうと、ライラスは納得する。

 空白の島(ヴォイド)すら失い、世界再生の民(リヴェルト)の戦力は大いに削られている。

 質は兎も角、数は相当困窮しているだろう。その事実が、手駒を増やさないのではなく増やせないという結論を後押しした。


 とはいえ、世界再生の民(リヴェルト)の最大戦力が合成魔獣(キメラ)などではない事は知れ渡っている。

 邪神の適合者が。そして、邪神そのものが現れた際に、致命傷とならないように。

 一刻も早く現れた魔物を駆逐しなくてはならない。


「というわけで、ちゃっちゃと行っちゃいましょう。

 どれぐらいの強さかは解りませんけど、早く片付けるに越したことはありませんから」


 一刻も早く戦場へ向かい、イルシオン達の援護をしなくてはならない。

 そうオリヴィアが告げた瞬間だった。


「……こっちの方が、ちょっと遅かったかも。近付いてきてる」


 リタが、ぽつりと呟いた。遅れて、同じ妖精族(エルフ)であるストルがその意味を察する。

 強く、悍ましい魔力がミスリアの王都へ近付いていると、彼女は皆へ伝える。


「やはり王宮を狙ってきたのか……」


 アルマは神妙な面持ちで、炸裂の魔剣エクスプロード・ブリンガーを手に取る。

 あくまで合成魔獣(キメラ)は囮。本命は王宮であるというヴァレリアの予測が当たった形となる。


「毎度毎度、頭ばっかり狙ってきますねあのヒトは」

「オリヴィア。解っているとは思うが――」

 

 歯噛みするオリヴィアを宥めながら、ストルが声を掛ける。

 自分達には役目がある。それを努々忘れないようにと、念を押した。


「状況次第ですよ!」


 オリヴィアも自分達の重要性には十分気付いている。

 しかし、行うべきは『温存』であり『出し惜しみ』ではない。

 我慢はするが約束は出来ないと、強い口調でストルへと言い放つ。

 

「オリヴィア。そうならないように、私たちがついている」

「その通りだ、急ごう。これ以上、好き勝手されるのも癪だ」


 オリヴィアのもどかしさをいち早く察したのは、同じミスリアの魔術師であるトリスとテランだった。

 危機に陥ったと判断したならば、オリヴィアは躊躇なく参戦をするだろう。

 そうならないように踏ん張るのは、自分達の仕事だと己へ言い聞かせた。


「イディナは、フィロメナ様の護衛についてくれ。

 お前なら出来る。任せたぞ」

「……はい! ライラス先生もお気をつけて!」


 合成魔獣(キメラ)が出現した際。イルシオンとヴァレリアは、食い下がるイディナを置いて行った。

 彼らに配慮したライラスは、彼女へ王妃(フィロメナ)の護衛を任せる事を決めた。

 これはライラスなりの決意表明でもある。決して王宮の中へ、悪漢を入れはしないという。


 イディナもまた、ライラスの命令を素直に受け取った。

 彼女とて、自分の実力は把握している。この錚々たる顔ぶれで自分が居ては、邪魔になるだけだろう。

 

 それでも尚、信用されて王妃の護衛を任されたのだ。

 その信頼に全力で応えるのが、自分の役目だと理解した。


 こうしてリタを先頭に、悍ましい魔力の気配へと駆け抜けていく。

 道中、しきりに彼女が「気持ち悪い」と呟いていたのが印象的だった。

 

 ……*


 王宮を抜けると、リタが一層眉根に縦皺を刻んでいく。

 異質というよりは歪な魔力が充満しており、正確な方角が感知できない。

 最終的には視覚に頼らざるを得ないと判断した瞬間、悪意(それ)は姿を現れた。


「みんな、伏せてっ!」


 何が起きているかを認識するより前に。

 リタの叫びを経て、全員が彼女の指示に従う。

 ただ一人。声を張り上げた張本人は、妖精王の神弓(リインフォース)から無数の矢を放っていた。


「つぅ……っ」


 稲妻の槍(ブリッツランス)紅炎の槍(ファイアランス)凍撃の槍(フリーズランス)

 襲い掛かってくる無数の矢を、リタは光の矢で迎撃する。

 それでも全てを貫くには程遠く、打ち漏らした矢が王宮の城壁へと突き刺さっていく。


「これは……」


 どれも術式としての外殻は同じだが、付与するべきイメージや魔力の質が異なってくる。

 一見すると手練れの魔術師による仕業のように思えるが、そうでない事は過去の経験が示していた。


 魔術師の。魔力を扱う者の上澄みを掠めとる無粋な輩。

 憎たらしい『強欲』の適合者の顔が、オリヴィアの脳裏に浮かんだ。


 『強欲』の適合者であるアルジェントにより、先制攻撃が放たれた。

 その予測は間違っていない。


 靴底が大地を削り、砂利の擦れる音が静まり返った空間に響き渡る。

 屈辱の記憶を消し去る為。生まれ変わった『強欲』の適合者、アルジェント・クリューソスが姿を現した。


「イイイ、居ヤガッタ……ナァ……!!」

「アルジェント……。その姿は……」


 彼の姿を視認したアルマが、思わず声を漏らす。

 眼を疑うのも無理はない。今までのアルジェントとは何もかもが異なっているのだから。


 浅黒く染まった肌は、別人と思わせる程筋肉質へと変わっている。

 眼球は目まぐるしく動き、焦点が合っているのかすら怪しい。

 呂律の回らない口調は、口元から垂れる涎は粘り気も相まって、薄気味悪さを増長していた。


 何より、彼を『強欲』たらしめる右腕の変貌が凄まじい。

 瑪瑙の模様を象っていた右腕は漆黒に染まり、陽光に反射して無数の鱗にも似た鎧を形成している。

 鋭く伸びた爪も人間とは違い、それが武器であるような印象を抱かせる。

 

 この変化が『強欲』にどんな自称を齎しているかは解らない。

 ただひとつ。確実に言える事があるとすれば、より禍々しさを印象付けているぐらいだろうか。


「少し見ない間に、随分と様変わりしてますね。

 イメチェンですか? 誰も興味ないと思いますけど」


 挑発をするように、オリヴィアが憎まれ口を叩く。

 風貌が変わったといえ根っこの人格はどうなのか。

 そこに付け入る隙があるかどうかを、確かめる為だった。


 しかし、オリヴィアは読み違えていた。

 今のアルジェントへ迂闊に触れる事は、神経を逆撫でする結果となってしまう。


「テ、テテテ、テメェ……。

 忘レ、ネェゾ……! アルマッチモ、アノニイチャンモ……!

 オレッチハ、屈辱ヲ忘レテネェゾ……!!」

 

 風貌が変わり果てても、彼の脳裏に刻まれた屈辱の記憶が色あせる事はない。

 クスタリム渓谷でも、ミスリアでも、空白の島(ヴォイド)でも。

 幾度となく自尊心を踏みにじられた。その恨みを晴らす為、彼は生まれ変わった。

 マーカスの手によって、合成魔獣(キメラ)の『核』を体内へと受け入れた。


 より強く。より深く。

 失った自尊心を取り戻す為に。

 今まで以上に、他者の上澄みを手に入れる為に。


「屈辱? 言ってくれますよ、散々ヒトの上澄みを掠めとるだけの盗人じゃないですか」

「オリヴィア、落ち着け! 挑発している場合じゃないだろう!」


 余程、努力の上澄みを奪うこの男が気に食わないのだろう。

 鼻息を荒くするオリヴィアを宥めるようにして、トリスが二人の間に割って入る。


「ライラス、行こう」

「はい!」

 

 このままではオリヴィアは、自分が矢面に立って戦いかねない。

 確かに彼女は魔術師でありながら、巧みな魔力操作でアルジェントを完封した経験がある。

 

 だが、今はオリヴィアの魔力を温存させなくてはならない。

 アルマはライラスと共に、前線で戦える自分達が速攻で彼を組み伏せるべきだと判断した瞬間だった。

 

「言ワセテオケバ、言ワセテオケバァァァァァッ!!」


 屈辱の記憶が蘇ったのか。

 逆上したアルジェントが、漆黒の右腕を突き出す。

 刹那、鱗の一枚一枚から無数の矢が放たれる。


「なっ……!」


 稲妻の槍(ブリッツランス)紅炎の槍(ファイアランス)凍撃の槍(フリーズランス)

 先刻同様に、様々な魔力を帯びた矢が放たれる。


 アルジェントはこれまで、接収(アクワイア)で奪った魔術を行使する為に(カード)を取り出していた。

 その弱点を補うかの如く。彼は右腕の鱗から奪ったであろう魔術を放つ。

 今までの『強欲』とは明らかに一線を画した能力を前にして、オリヴィアは咄嗟に杖を構える。

 

「オリヴィアは、『(フェザー)』を使うな! 君は魔力を温存するのが役目だろう!」


 動揺をしながらも、オリヴィアの判断は早い。

 このままでは彼女は、誰よりも先に魔力を消費してしまうだろう。

 それを諫めるべく、テランは己の義手から『羽・盾型』(シールド・フェザー)を展開した。


「~~っ!」


 もどかしさを感じながらも、オリヴィアはグッと堪える。

 稲妻の槍(ブリッツランス)『羽・盾型』(シールド・フェザー)が触れた瞬間。

 ぶつかる魔力によって周囲が激しい光に包まれた。

 

「アルジェント、やめるんだ!」

「ッ!!」

 

 全員の視界が奪われた一瞬。

 魔力の矢を掻い潜ったアルマが、アルジェントの懐へと忍び込む。

 斬り上げられる刃を、アルジェントが漆黒の右腕で受け止めようとした瞬間。


 妖精王の神弓(リインフォース)によって生み出された光の矢が、最短距離でアルジェントを射抜かんと放たれる。

 祈りを込めた魔力を灯さない光の矢を、アルジェントは右腕で受け止めざるを得なかった。


「調子ニ乗ッテンジャネェェェェェ!」

「ぐっ!?」


 放たれた光の矢を握りつぶしながら、アルジェントは吠える。

 次の瞬間。不意な重力による重みがアルマの身体が地面へと縫い付けられる。


「まさか、重力を……!?」


 懸命に身体を持ち上げながら、アルマが自らに起きた状況を確かめる。

 自分以外の者に異変は見当たらない。彼が自分の意思で、狭い範囲で重力を課したのは明白だった。

 

 だが、先刻と違い自分へ右腕を翳した形跡はない。

 混乱するアルマの前にひらひらと舞い降りたのは、黒く染まった一枚の鱗だった。

 

「これは……」


 自然と眼球でそれを追う中、アルマは確かに見た。

 まるで花びらのように舞い落ちる鱗が、徐々に色を失っていく様を。


「そういうことか……!」


 アルマは瞬時に理解する。アルジェントは一体、何をしたのか。

 生まれ変わった彼の右腕は、もう(カード)を必要とはしていない。

 鱗の一枚一枚が、彼が接収(アクワイア)によって奪った全てなのだ。

 それを身体から切り離す事により、彼は時間差(タイムラグ)なしで他者の上澄みを行使しているのだと。


「鱗だ! 鱗の枚数だけ、アルジェントは奪った物を使用できる!」


 まだ重力の効果は失われておらず、アルマは身動きが取れない。

 肺が潰されそうな圧迫感を覚えながらも、仲間に状況を伝えるべく声を張り上げた。


「そういうカラクリですか……!」

 

 オリヴィアはアルマの話を受け、視線をアルジェントの右腕へ向けた。

 禍々しい右腕に纏わりついた鱗の数は、とても数えられる枚数ではない。

 一体どれだけの上澄みを奪ってきたのか。そう考えるだけで、苛立ちが増してくる。


 だが、それ以上に。

 確かめなければならない事があった。

 

「テランさん」


 オリヴィアがテランの名を呟くと、彼もまた意図を理解する。

 矢の雨を受けきり、視界が拓けた一瞬。

 テランは威力を抑えた石礫(ストーンショット)を、アルジェントへと放った。


「無駄ダァ!」

 

 妖精王の神弓(リインフォース)から放たれた光の矢を握りつぶしたアルジェントは、石礫(ストーンショット)へ向かって右手を伸ばす。


(かかった!)


 目論見が上手く行ったと、テランとオリヴィアは石礫(ストーンショット)を凝視した。

 威力こそ抑えているが、悟られては意味がない。中を空洞に、咄嗟に見た目だけは派手に仕立て上げた石の礫。

 彼はその全てを、漆黒の右腕全体を使って受け止めた。


 次の瞬間。石礫(ストーンショット)は瞬く間に姿を消す。

 同時に、アルジェントの右腕に一枚の鱗が追加されているのをオリヴィアは見逃さなかった。


「はぁ……。これはちょっとばかし、面倒な相手かもしれませんね」


 流石のオリヴィアも、想定していた最悪を目の当たりにして挑発する余裕は消え失せていた。

 他者の上澄みを奪う接収(アクワイア)。その本質は、何ひとつ変わっていない。

 だが、その弱点がごっそりと解消されてしまっている。


 (カード)を持つ必要もない。同時に複数の鱗も行使できる。

 自分を彼を完封したあの時とは、まるで異なる生命体。

 まさに魔術師殺しと呼ぶに相応しい怪物が、眼の前に立っていた。

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