458.ミスリア現着
ミスリアと妖精族の里を繋ぐ転移魔術から、来訪者が姿を見せる。
援軍の存在を聞きつけた王妃は、己の立場も弁えず王宮内を駆け回る。
息を切らせながら開いた扉の向こうで待つのは、銀髪を靡かせる妖精族の女王の姿だった。
「リタ様……!」
「フィロメナ様。リタ・レナータ・アルヴィオラほか。
友好国が危機という報を受け、再び参上いたしました。
……って感じでいいのかな?」
畏まった挨拶をするのは今更だと、リタは最後に表情を綻ばせる。
正直、まだ人間の作法はよく解らない。
妖精族の里にも人間の王族や貴族が住んでいるけれど。
認識を疑ってしまいそうになるぐらいに破天荒な人間が揃っている。
当たり障りのない人間を思い浮かべたリタは、アメリアやフローラが言いそうな言葉を見繕ってみた。
「ええ。……ええ! 来て頂けましたことを、心より感謝いたします」
駆け付けてくれた友人に感謝の念を抱きながら、フィロメナは深々と頭を下げた。
敬意と感謝を示すに於いて、王妃という立場など関係はない。
眼前に居る少女こそ、己の立場があるにも関わらず前線へと出てきてくれているのだから。
「それで、リタ様。イレーネは……」
第二王女は無事に妖精族の里へ辿り着いたのだと安堵する一方。
いくら見渡しても彼女の姿は見当たらない。愛娘であるフローラも同様だった。
「イレーネちゃんなら、フローラちゃんと一緒に妖精族の里で待ってもらってるよ。
安心して。妖精族と魔獣族が、二人のことをしっかりと護るから」
「ありがとうございます……!」
子を想う母の気持ち落ち着かせるべく、リタはグッと親指を立てた。
事実、フィロメナとしてもその方が安心だと胸を撫でおろしていた。
「フィロメナさんも、良かったら妖精族の里に――」
「いいえ。私はミスリアに残ります」
娘と一緒に居れば心が休まるのではないかと、妖精族の里へ向かう事を提案するリタ。
しかし、フィロメナは彼女の申し出を断ってしまう。
「リタ様のお心遣いは幸甚に存じます。
ですが、私はこの国の王妃として戦いの結末を見届ける義務があります。
どうか、我儘をお許しください」
全てはミスリアから始まったのだから、たとえ、自分に力が無くとも決して逃げる訳にはいかない。
それがこの歪みを生み出した国の王妃として、彼女が成せる唯一の事だった。
「……フローラちゃんは、本当にお母さん似だね」
クスリと、リタが笑みを溢す。
フィロメナの瞳には決意が宿っている。きっと梃子でも動かないだろう。
妖精族の里を発つ前、フローラも同じような事を言っていた。
皆が戦っていて、自分だけ安全圏には居られないと。
前回、邪神の適合者として覚醒をしてもまだ彼女の心は強いままだった。
結果としてイレーネと子供達の世話を任せる形で、納得をしてもらったが中々首を縦に振ろうとはしなかった。
フィロメナも、フローラも。起きてしまった現実から決して逃げようとはしない。
故に、リタは彼女達に力を貸す。
かつて迷い、動揺の最中に。愛する者を討ちかけた自分だからこそ。
大切なものを見失わない彼女達に、その尊さを失わないでいて欲しいから。
「だったら、絶対に護りきらないとね」
一層の気合が入る中、リタ達は王宮の中を突き進んでいく。
……*
「オリヴィアさん! それに、皆さんも!」
「やあやあイディナさん。オリヴィアお姉さんですよ」
頼れる援軍の姿に安堵したイディナは、八重歯を覗かせる。
人懐っこいイディナを前にして、オリヴィアは上機嫌で彼女の頭を撫で始める。
尤も。喜ぶ彼女とは対照的に、アルマとライラスが彼女の頭の上から眉を顰める姿が印象的だった。
「オリヴィア嬢。その……。アメリア嬢の姿が見えないようだが」
アメリアとオリヴィアは戦場でさえ目立つ、美しい青い髪を持ち合わせている。
元々、顔立ちも整っている二人だ。姉妹揃えばそれは壮観なのだが、この場にはどう見てもひとり分しか見当たらない。
何度見渡しても変わらない結果に、ライラスは思わずその青髪の持ち主に尋ねてしまった。
「まーだお姉さまを狙ってるんですか。この筋肉ゴリラは」
「ち、違う! そう言う意味ではなくてだ!
ミスリアを誰よりも大切にしていた彼女が、この場に居ないのはおかしいという話だ!」
呆れ果てたオリヴィアを前に、ライラスは慌てて訂正を入れる。
彼の言う通り、アメリアは祖国を大切に想っている。
ましてや、彼女は蒼龍王の神剣の継承者だ。
性格も相まって、祖国の危機を前にして姿を現さない方が不自然だった。
「ライラスの言う通りだよ、オリヴィア。
アメリアは一体、どうしたと……」
あまりにも不自然だと言いかけたアルマだったが、ある可能性に気付き口を噤む。
シンやフェリーはつい先日、転移魔術を介してミスリアへと訪れた。
少しだけ張り詰めた空気の中、再び転移魔術の向こう側へと旅立ったのは記憶に新しい。
これらの情報から導き出される答えは、かつて世界再生の民の頭目となっていたアルマからすれば責任を感じるものだった。
「まさか、妖精族の里もビルフレストたちが……!?
いや、それどころか世界の各地で……!」
「いえいえ、違います。そうだとしたら、わたしたちこそもっと焦っていますよ」
神妙な面持ちを見せるアルマへ、オリヴィアは手を横に振り否定をする。
証拠として、妖精族の女王であるリタがこの場に居ると説明をすると彼らは漸く納得をした。
「アメリアお姉さまや、レイバーンさん。あと、シンさんとフェリーさんは用事の真っただ中なんです。
本当は合流してからの方が良かったんですが、そうも言ってられませんからね。
わたしたちが先行して来たってわけですよ」
「そうなのか……」
合流してからの方が良いというのは、まさにオリヴィアの本音が見え隠れする発言だった。
単純な戦力に至ってもそうだが、マレット達が開発していた魔導具や自分とストルで構築していた魔術もまだ煮詰めきれていない。
唯一の完成品と言えば、マレットが最優先で生み出した魔導具のみだ。
「ともあれ。皆さんにこれを配布しましょう」
「なんだい、これは?」
オリヴィアが指をパチンと鳴らすと同時に、テランとピースが皆へ量産された魔導具を配布する。
アルマが受け取ったまま摘まみ上げると、重力に従う形で広げられていく。
それは薄くも伸縮性を感じさせる、一枚の服だった。
「ベルさんたちからの贈り物です。
とりあえず、着ておいてください。生存率はきっと跳ね上がります」
「私とトリスちゃんが頑張って造りました」
オリヴィアの後ろでは両手を腰に当て、鼻高々に天を仰ぐリタの姿がある。
彼女に追従するべきかと悩むトリスの姿が印象的だった。